はぎれ   作:檪楾

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原作:ポケットモンスター

注意:残酷な描写、原作キャラの死亡


それは人に似ていた

 

その数は1000を超えて未だ次々と新種が発見され続けている不思議な生物群、ポケットモンスター。その中でもやはりピカチュウは特別なものであった。ポケモンのことをあまり存じ上げない、あるいはなんらかの悪感情がある人でさえもピカチュウの名は聞いたことがあるだろう。その聖地といえるのがここマサラタウンだった。トレーナーとして名高いレッドや全地方を渡り歩いた旅人サトシの生まれ故郷だ。そしてその両名にポケモン図鑑を託したポケモン研究の権威オーキド博士も研究所を構えている。もちろんその孫であり両名と因縁深いグリーンとシゲルもマサラタウン出身である。

 

マサラタウンの代名詞ともなったピカチュウだが本来はトキワの森が生息地でマサラタウンには生息していないはずだった。しかしレッドやサトシにあやかってピカチュウを育てるトレーナーが急増、ピカチュウというのは触れるだけで感電の危険があるようなもともと飼育難度が高い部類のポケモンであり、飼いきれなくなる例が続出した。研究所や愛好団体引き渡すならばともかく野生に逃がすようなことさえ行われた。

 

中でも悪質だったのが「厳選」なる行為である。バトルあるいはコンテストで結果を残すためにポケモンを品種改良するのだ。大量に繁殖させ要求を満たした個体同士でまた交配を繰り返し、それ以外を全て野生に逃した。逃がされた個体は「厳選」なる悪魔的行為の要求に満たなかったとはいえそれは充分に強力な個体であり、生息地ではない環境にも存分に適応した。

 

オーキド博士が気づいた時にはもう自然繁殖を繰り返して個体値6Vと呼ばれる悪魔的な力を持ったピカチュウが大繁殖していた。通常の個体よりも随分と大きくトレーナーによる指導を受けていない野生下では無類の強さを誇っていた。群れの全てがヌシポケモンとしての格さえ備えているようだった。

 

どの個体も強さと比例した賢さをも得ていたため事故も事件も起こっていなかったが、これを危険視したオーキド博士は複数の機関やトレーナーに委託し自身も率先して捕獲を目指した。まだこの頃は善意だったのだ。間違いなくオーキド博士は保護のために動いていた。何が引き金だったのかは事件後もわからぬままだが、この善意が狂気の前触れだった。

 

そうして方々の尽力によりある程度の終息の目処が立った頃。魔が差したとでもいうのだろうか、オーキド博士の研究者としての血やそれ以外の良からぬ何かもが騒ぎ始めた。野生化での自然交配だけでここまで強力な個体が生まれるのであれば研究所でよりこの遺伝子を増強していけば、あるいはそれ以外の手段をも用いたらいったいどこまで到達できてしまうのだろうかと、オーキド博士は考えるだけにとどめておくことができなかった。

 

その後の暴走はなにかに操られているようにも見えた。かのフジ博士とカツラ博士によるミュウツーの遺伝子強化実験のように、人格者が突如豹変し狂気に堕ちたのである。

 

限界まで高められた個体値を持つ血統が、時に外科手術や薬物さえ用いて未だかつてない速度で掛け合わされていく。度重なる改造と無理な交配の結果ほとんどの個体は生存に不利な重度の障害を持ち繁殖能力を喪失して産まれ、理不尽に苦しむだけの生を得た。オーキド博士は実験にはもはや使えないそれらの個体を殺処分せずに飼育し続けた。最後に残った良心の残滓だったが、残念ながらそれは彼らに苦痛しか与えないものだった。

 

成果の出ない日々がいくらか続いて、そしてついにオーキド博士の狂気とピカチュウたちの犠牲が実を結ぶ時が来た。個体値が限界を突破する個体が現れたのだ。その数値は33を記録した。

 

この個体を契機に狂気の実験は加速していく。世代を重ねれば重ねるほどに指数関数的にピカチュウたちの個体値は増大していった。しかし個体値の増大とともに精神に異常をきたす個体が増えていった。給餌もままならず点滴で繋がれて動くこともほとんどないピカチュウが並ぶ研究所は得体の知れない雰囲気を漂わせた。

 

この研究に抵抗を感じる者もいたが具体的な行動にはつながらなかった。もしかすると孫の誰かかあるいはレッドやサトシといった面々の説得ならば応じたかもしれなかったが、はかったかのようにそのような機会は訪れなかった。親しい関係者は長期間マサラタウンに帰省せず狂気は止まることがなかった。狂気の賛同者は増えて研究は規模を増していった。

 

ついに個体値にして100を超える個体が現れた。その体格は進化系のライチュウさえも超越しピカチュウ本来の倍以上もあった。しかも心身の異常も発現せず繁殖も可能とした。

 

成功の喜びの冷めない覚醒した脳みそでオーキド博士ははたと気づく、このピカチュウが進化したらそれはどれほどのものになるのだろうかと。

 

オーキド博士はそこら中から雷の石を買い集めた。足りなければ雷の石集めに自ら鉱山までおもむき採掘さえした。しかしそこまでしたにも関わらず用意した雷の石は全てが砕けて消えた。出力があまりに足りていなかった。量を増やして繰り返し最終的にトン単位の雷の石を消費したがそれでもピカチュウは進化することがなかった。限界を超えてあらゆる方向から強化され尽くしたピカチュウを進化させるに足るエネルギーは、ただの雷の石ではどれだけ集めても得られないだろうことがわかった。

 

存在しないのであればそれも作り出すしかあるまい。研究のための道具を作り出すのも研究者の役目であろうと、もはや微かにしか残っていない意識でオーキド博士は思った。

 

そうしてたどり着いたのが、私財を投げ打ってそれでも足りず権威を切り売りしながら実施まで漕ぎ着けた巨大実験。分割も研磨もされていない超巨大雷の石の原石が、複数都市に給電する大発電所に設置された仰々しい装置に取り付けられていた。これに発電所まるごとの電力と、定期的な電力供給を対価に協力をとりつけたサンダーの雷を同時に吸収させることで理論上はあのピカチュウを進化させるに足る素材ができるはずだった。

 

それは実行され筆舌に尽くしがたい衝撃が大気を揺さぶった。ただの余波であるのに大量破壊を目的にしたなにかのように感じられた。

 

装置に取り付けられた石は焼け焦げ黒ずんでひびだらけだった。本来の雷の石とは似ても似つかない禍々しき何かだった。それが恐ろしい力を秘めていることは見なくても理解できた。直視しようものなら気の弱い者は肝を潰して即座に死に至るだろう。事実として数人の研究者がばたばたと糸が切れた人形の様に受け身などしようもなく倒れて病院に担ぎ込まれた。オーキド博士の興味は石にのみ向けられていたから倒れた彼らがどうなったのかはわからない。

 

その禍々しき石は使用された。はたしてあのピカチュウは完成した。しかしそれによって研究所は半壊し、いくらかの実験体の死亡と行方不明と研究員の神経衰弱が引き起こされた。このろくでもない研究はこのろくでもない結果を残して終了することになった。

 

オーキド博士をはじめ直接関わった研究者、直接関わることのなかった支援者含めてほとんどが口も聞けない完全な狂気に陥った。ごくわずかの正気を保った人々はこの研究の被害者であるピカチュウたちの保護に尽力したが、その詳細に関しては誰もが口を閉ざした。研究所に燃え残る資料と破壊痕など状況証拠と、出どころも定かではない断片的な噂話だけが事件を語っていた。完成したピカチュウはその行方どころか存在さえもほとんど知られることはなかった。

 

それは頭部以外が脱毛した皮膚が剥き出しの体で、粘膜が外にせり出す特有の口をもち、粘膜が外に露出しない特有の鼻をしていた。

 

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