原作:葬送のフリーレン
注意:原作キャラ未登場
その魔族はあまりにも弱くあまりにも阿呆だった。人をだますどころか人にだまされてばかりでこのようなことになっている。角を折られ首輪をはめられ持ち物など纏うぼろ布だけだった。弱い魔族は強い魔族に使われるものであるから主人が魔族から人間に取って代わられようとそうは変わらないと思われるかもしれないが、こと合理性においては魔族のが上等なものを持っていた。魔族がもたない非合理でもって主人だという人間たちはこのか弱い魔族の女をいたぶった。この魔族の女をメレという。
魔族というものは固有の魔法を持っていてその研鑽に生を費やすのが誇り高いことであるとされている。この矮小なるメレも例に漏れず「神経を眠らせる魔法」というものを持っていた。この魔法によってメレは拷問まがいの行為にもショック死することなく耐えることができたし、主人にひそかに使用してやる気を縮ませることもできた。
いつもやかましく乱雑で汚い生活だったが人の死にも死体にも恵まれていた。メレ以外のさらわれてきた人間たちはすぐに死んだ。メレは少食だったからそれで充分に満足することができた。
人間の主人は魔族の平均よりもずっと弱かったが逃げも隠れもしたからそれなりに生き延びた。しかし無法な行いというのは法に守られないということでもある。主人は人同士の食い合いによってたまに死んだ。魔族に殺されることはなかったから、それによってメレの生活に変化が起こることはない。別の人間の主人に取って代わられるだけだった。メレは何年かもわからない年月をそうやって貪られながら転々と移動し続けた。
なにもかもが虚弱なメレだったがそれでも魔族だった。人間への攻撃性というのは持っていた。少しずつ成長していく「神経を眠らせる魔法」で人を殺害できないかということは大きな関心事だった。
その日、主人は大規模な略奪に成功して満足していた。さらわれてきた人間が何人も転がっていた。泣き叫んでいた子供が主人に痛めつけられて瀕死になっていた。これだけ重傷を負った子供であればいきなり死んでも不自然ではなく、自身の貧弱な魔法でも殺害できるのではないかとメレは思った。叫びこそしていないが苦しんでのたうつその音が不快だったのも理由としては大きい。メレはやかましいのが嫌いだった。
メレは瀕死の子供に近づきその身を血で汚しながら頭にそっと触れた。魔法の効果範囲をできるだけしぼり威力を高めようという苦肉の策だったが、周囲の人間からはどう見えただろうか。メレは魔法を浸透させるべくゆるやかに手を動かした。暴れる子供の手がメレの頬をとらえるが、ただでさえ瀕死で弱々しいその抵抗は少しずつさらに弱くなっていく。間違いのない手応えを感じてメレは優しく微笑んだ。子供は四苦八苦が体から消えていくのを感じて穏やかになっていく。子供は抵抗をやめて、幸せそうにメレに笑いかけ、そして死んだ。メレは生まれてはじめて演技ではない涙を流した。
初めて自分の魔法で人を殺害したという感動でメレは満たされていた。こんなおこぼれにあずかれるのなら、できるかぎりこの主人には長生きしてもらいたいとメレは思った。しかしこの世界は魔族に厳しい。
大規模な略奪に味をしめた主人は短絡的に無軌道に繰り返そうとした。そうなってしまえばもうたった一度の成功など砂でてきた城でしかなかった。散発的な局所戦であるから半端なならずものが訓練された兵隊に対抗できるのである。正攻法でうまくいく道理はない。ならずもの一党はまたたくまに殲滅されて、囚われた人々は解放された。
メレの扱いは宙に浮いてしまった。魔族の脅威を知る上層部はどうにかしてしまいたかったが、メレが牢に入れられていることを知った人々から多数の嘆願書が届いていた。囚われている間にメレに魔法で癒された人々だった。
メレは新たな主人(看守)に自身の役割を求めたが与えられたのは牢の中でただ静かに過ごすことだけだった。それは喜ばしい事だった。「神経を眠らせる魔法」によって苦痛はないとはいえ歴代主人による行為はメレの心身を大いに疲労させてきたからだ。人の死と肉に触れられないのも、つい先日の初体験の充足感が打ち消していた。この先何年かは問題ないだろうと少食なメレのお腹は主張していた。
メレは今まで着ていた布かどうかも定かではない物とは違う、正しく服といえるものを着せられ、毎日の食事を与えられた。牢はメレがこれまで過ごしてきた環境のどこよりも清潔だったが、それでも罰を与える場であり人が住む場所としては平均よりずっと汚かった。だから小動物がわくことがあった。メレにとっては人間よりもずっと親しみがあるネズミだった。親しみがあろうともメレは魔族であり魔法を行使してネズミの殺害を企てたが、ネズミは少し穏やかになるだけでその生命を毛ほども脅かされることがなかった。メレもそれは予想していたので魔法の練習と割り切り、効果が無くともネズミの頭部を指で撫でつけて魔法を浸透させていく。
魔族としての人間に魅力的にうつる外見で、終始穏やかで、小動物を愛で、というメレの生活を監視することになった看守(主人)の心中がどうなるかというと、それは嘆願書を届けた者たちと同じであろう。たったの数日でかなり同情的になっていた。優しい魔族もいるのだという幻想を真実だと思い込み始めていた。内心がどうあれこれが演技でなくメレが本当にこの生活を気に入っていたからこそだった。
短期間で絆された看守であるが、本来このような扱いの難しい者の監視が役割でありフラットなものの見方ができる冷静な人物だった。上層部にとっても信用に足る人物だったのだ。故に看守からの報告書が短期間で魔族へ同情的なものに変わると上層部も動きをみせた。民からの嘆願書によって「メレの近くにいると穏やかになり苦痛が取りのぞかれる」というのは上層部にも伝わっていた。看守の心変わりのこともあり危険な精神に作用する魔法ではないかという疑いがあった。それで魔法使い立ち合いの尋問が行われることとなった。いつの間にか随分と増えていたネズミも回収されて検査に回された。
魔法使いはメレを見たとき、角が根本からへし折られて髪の毛に隠れてしまっているのもあり、あまりの魔力の小ささに人間なのではないかと疑った。隠す気があるのなら今こうして牢に入れられることさえなかったかもしれない。ただそれだけで油断するほど阿呆でもなかったが、思うところはあった。
メレは尋問と聞いて警戒していたがすぐに諦めた。今までに見たこともないほど大きな魔力を持った人間が複数現れたからだ。物々しい人々に囲まれて、穏やかそうな主人だったがあてが外れてしまったなと思った。
尋問は粛々と行われた。メレにとっての尋問とはつまり拷問のことであったから、いつになったら尋問が始まるのだろうかと疑問に思いながらおそるおそる対応した。赤い服の人物が質問して、メレが返事をする。それを聞いて黒い服の人物が書類になにかを書き込んだ。
鎧を着た人物がネズミを取り出すとメレに魔法をかけるように言い、メレが言われるままに魔法をかけると、黒い服の人物がやはり書類になにかを書き込んだ。
その後もいくらかの小動物に魔法をかけさせて、その反応からなにがわかるのかメレにはわからないが、物々しい雰囲気はしだいに減じていった。最後に包帯を巻いた人物に魔法をかけさせて、それで尋問は終了となった。
取り上げられていたネズミは返却され、その日の食事は少し豪華になった。メレはきしむ寝床に体を横たえて脱力した。魔法の使いすぎだった。結局尋問はいつされるのだろうかとメレはまだ疑問に思っていた。
それから数日。ネズミの数はますます増えて看守がメレの食事とは別にネズミ用の餌を持ってくるほどになった。今までだったら主人に気持ち悪がられて殺されるか、だれかしらの食糧になっただろう小動物たちがここまで生き残るのは初めてのことだった。魔法で穏やかになっているからかほとんど鳴きもしない静かなものだったが、寝床に入りきらないほどになるとメレもさすがにわずらわしく感じてきた。殺そうとは試みるものの力も敏捷性もあまりに貧弱で、看守からするとじゃれているように見えた。
メレにとって魔族生でもっとも充実していた時間だったがついに牢からでるように命じられた。魔法の解析が終わったようだった。魔族の魔法にしてはあまりに簡素で、人間が真似できるかは別であるが、その効果は簡単に隅々まで調べられた。そうして精神操作のような高度な魔法ではなく、せいぜい一般医薬品程度の弱い鎮静作用しかもたないということがわかった。医薬品と違って患部に効果を集中させることでその鎮静作用を高めてはいるが、使用者の能力の低さをかえりみると危険度は低かった。評判通りの人格であることも確認されて無罪放免となった。メレの内心を考えると間違った判断であるが、メレの能力では人に危害を加えようがないことは事実でもあった。この判断を無能とそしるのは心が見える者に限られるだろう。
ネズミは牢に残るようだった。看守は世話を続けることを約束しネズミに会いに来ることの許可まで得てくれたが、メレはネズミとの別れに清々しささえ感じて、ネズミにとってもメレは看守の与える餌以下だったという事実には看守はついに気づくことはなかった。
尋問にも参加していた黒い服の人物が現れてメレについてくるように言った。メレは次の主人はこの人間なのだと理解した。事実として彼は監視役だった。この黒い服の魔法使いをペトリファイドといった。
今までの主人の中で一番に静かな男だったからメレは少しの期待をした。メレはやかましいのが嫌いだった。