「来ます……!」って一番に敵の気配を察知する索敵能力最強キャラになりたい!   作:10年前のラノベみたいなのが好き

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草薙一九太は、出会う

 

 

「この辺を探してみるか……」

 

 やって来たのは人影の無い路地裏。眠らない表通りとは違い、鬱々とした空気感に満ちていた。光があれば影もある。時折すれ違う人々は、陰りのある表情をしていた。

 

「うんうん、なんだか怪しいね」

 

 うちの姫も納得してくれたようで幸いだ。

 

 注意して探してみれば、怪しい場所はすんなり見つかった。普段は見過ごしていた視界の端々の暗暗だが、こんなにも濃淡が分かれている。どうして気付かなかったのだろう。いや、気付かない振りをしていたのか、或いは光だけを見て生きていたかったのかも知れない。けれど、任務遂行の為には踏み入らなくてはならないのだ。俺達が知らなかった裏の部分へと。

 

「まぁ、みんながみんな幸せにとはいかないよな……」

 

「大変だね」

 

「あぁ」

 

 道に座り込む人、項垂れている人、うずくまっている人。彼等に何があったかなんて、知りもしない。だからきっと、こんな同情も御節介極まれりなのだと思う。俺は善人ではないから、手を差し伸べる事も無い。出来る事があるとすれば、彼等をドツボに嵌めるような危険因子を早々に取り除いてやる事だけだった。

 

「それじゃあ、頼んだ」

 

「うん、任せて」

 

 カノンが取り出したのは、十数枚の紙束。剣を持ったような人の形に切り取られたそれは、形代だとか、そういう物と類似していた。

 

「──行軍せよ、【紙吹雪】」

 

 紙にふぅ、っと一息吹き掛けて、飛ばす。すると、“彼等”は意思を持ったかのように、生命を宿したかのように自立する。

 出来上がったのは、十数体の兵士達。素材が紙である為に、嵩張らないし、持ち運びにも適している。

 

「じゃあ皆、怪しい奴がいないか探して来てね?」

 

 紙の兵士達は、まるで了承するかのように頷き、路地裏に散り散りに去っていく。

 

 これが、カノン・弓削の【異能】。

 

 紙、石、鉄。素材を問わず、形を問わず。紙であればより身軽な、鉄であればより強固なものとなる。彼女がふぅっと息を吹き込んだ物に生命を与えて、自身の手駒とする異能。また、離れた私兵達との視界共有も可能であるが、それなりに体力を消耗するのだとか。

 彼女が今回の任務に駆り出された理由は、この異能があったからだろう。秘密裏に行う人探しにはもってこいの力だ。

 

「私もその辺探してみるから、いっきゅーくんも“異能の進化”試してみてね」

 

 カノンもふらりと歩いて行ってしまう。猫みたいな奴だな、と思った。気まぐれな猫。自由奔放な猫だ。

 

「さてと……」

 

 良い機会だから、自己研鑽に励もうと思う。

 

 イメージするのは、地下都市に敵意を持って薬物なんかを流行らせている外敵。皆を危険に晒そうとしている、明確な自身の敵。悪意の塊。

 

「うーん……」

 

 どうも上手くいかない。そもそも、この方法では相手が本当に善意で配布している場合、引っ掛かってくれないだろう。『これを使えばハッピーになれるよー! みんな使おうー!』という具合に、幸せな頭の人間が犯人ならば、意味の無い行為だ。

 その証拠に、どんなに唸ろうが捻ろうが、反応は無かった。冷静に考えてみれば、そういう疾うにネジの外れた、切ってしまえる尻尾にやらせているのは当たり前なのだ。

 

「……カノンに賭けるか」

 

 出来ないものは仕方無い。更なる高みには至りたいが、来るべき時を待つ他無かった。

 

 しかし、その時だった──。

 

「──反応した……!」

 

 間違い無い、異能が訴えている。俺自身への敵意か、はたまた地下都市を脅かそうと考えている敵意か。この際どちらでも良い。悪党を取っ捕まえてやろう。

 

 そう思惑し、俺は足早に犯人の顔を拝みに向かったのだった。

 

 

 

***

 

 

「この辺りだと思うんだけどなぁ……。一足遅かったか?」

 

 反応を追って辿り着いた先は、行き止まりだった。人の気配は無く、居た痕跡すら見当たらない。慎重な性格なのか、何か手掛かり、証拠の類いの一つでも見つかれば良いのだが、望みは薄いだろう。

 秘密裏に違法薬物を取り引きするというのに、長居する人間はいない。パッと現れて、サッと渡して、スッと消えたに違いない。何処からともなく現れては、卵を植え付けていく害虫のような奴らだ。

 

「どうすっかなぁ……」

 

 行き詰まり、独りごち、気を抜いた。──その途端、自分の背後に気配を感じた。纏わりつく、蛇にでも睨まれたかの如き視線。俺は最初から誘い込まれていただけだったのか、蜘蛛の巣に絡み捕られたような錯覚にさえ陥る。

 

「……“来る”。……ふっ──!!」

 

 そう呟き、瞬間、ばっと振り向いて護身用のナイフを突き立てる。先手必勝とばかりに、生まれ持った反射神経を活かして、行動に出た。しかし──。

 

「いない……?」

 

 結果は空振りに終わった。確かに自身の後方、後数歩という所まで差し迫って来ていたように感じたのだが、気の所為だったのだろうか。

 否、違う筈だ。自分の野生感とでも言うべき感覚を信じて、警戒しながら辺りを見る。暗がりのためか、目を凝らさなくてははっきりと視認できない。けれど、暗くて見えないだとか、そういう次元の話でも無い気がした。相手は一瞬にして姿形も、気配すらも消してみせたと考えた方が幾分かマシとさえ思える。それほどまでに、形跡が見当たらなかった。

 

「何処だ! 何処にいる!?」

 

 堪え切れず、悪手を取ってしまう。騒ぎ散らしたところで、相手が素直に出て来てくれる筈などないというのにだ。それどころか、却って不利になるだけの行為だ。完全な誤ちだった。しかし、張り詰めた緊迫感に耐えていられるほどの甲斐性が無かったのだ。このような状況なのに、自身の【異能】がうんともすんとも言ってくれない事が、焦りをまた加速させていた。

 

「そんなに求められたら、出てこないとね」

 

 静寂に、少女の声が響いた。少女性故の、可憐で非力な印象の声音だったが、その反面、ぞくりと身を震わせる不快感を孕んでいた。冷ややかで、だけどぬるい。身の毛がよだつような不気味さ。生理的な嫌悪感。耳にしてからというもの、冷や汗が止まらなかった。

 

「ほらほら、これくらい近付けば顔も見えるかな?」

 

 暗闇から現れる少女。八、九歳くらいの背丈で、亜麻色の髪をしていた。何が楽しいのかニコニコと微笑んでは、一歩、また一歩と此方へ近付いて来る。それにどうにも忌避感を覚えさせられて、反比例するように後退りしてしまう。

 

「なんの真似だ?」

 

「何処だ〜、何処だ〜って乳飲み子みたいに求められたもんだから、出て来てあげただけなんだけどなぁ……」

 

 凄むような顔をして問うと、彼女は不貞腐れた表情をして答えた。此方を茶化す、目の前の少女は何者か。その得体の知れなさが、より不気味さを増大させていた。

 

「お前の名前は!? どうして此処に居る!? 目的はなんだ!?」

 

 矢継ぎ早に責め立てる。舌の根も乾かぬうちに、次から次へと言ってみせる。先の現場の状況と、何処からとも無く現れた存在。結びつけるには充分だ。だから、何か一つでも相手から訊きだしたかった。また逃げられてしまう前に、だ。

 

「そんなに盛らなくても、逃げたりしないよ。私の名前は、ホオズキ。目的は……そうだね、まだ言えないかな」

 

 少女はホオズキと名乗った。名前を訊き出す事には成功するが、肝心の部分をはぐらかされる。馬鹿正直に全てを答えてくれるだなんて思ってもいないし、名前を訊けただけで重畳か……いや、何を浮かれているのかと冷静になる。それこそ、馬鹿正直に自身の名前を口にする犯人などいるものか。疑心は尚、深まった。

 

「お前は悪魔街から来たのか!? 地下都市(此処)で薬物を流してるのはお前か!?」

 

「……ずっと……ずっと見てたんだ」

 

「は……?」

 

 答えは返って来る事は無く、ホオズキは何か譫言を口にし始める。俺は、あまりの突拍子の無さに素っ頓狂な声を出して、間抜けな顔を晒した。

 

 ──コイツが何を言っているのか解らない。見ていた? 何を?

 

()()()()()くん、ずっと、ずぅーとキミを見ていた」

 

「どうして名前を……!?」

 

「キミを初めて見つけてから、食事してる時も、寝てる時も、残穢とかいう化け物と戦っている時も。楽しそうに笑っている時も、退屈そうに欠伸してる時も、接敵して嬉しそうに顔を綻ばせている時も……ずっと、ずっと見てたんだ」

 

 彼女が何を言っているのか理解出来ない。したくない。もし、彼女の言っている事が本当なら、それはまるでストーカーだった。

 

「──そして次第にキミが欲しくなった。欲しくて欲しくて堪らなくなって、試してみたんだ」

 

「──っ!! おい!!」

 

 ホオズキは、俺が呆けている間に胸に飛び込んで来る。自分よりも一回りも二回りも、小さな躰。抱き締めれば壊れてしまうような儚さがあった。敵意は感じられない。【異能】は反応しなかった。

 

「キミの事なら全部知ってるよ? こんな風にしないと異能が反応しないこともねッ! ──全てを変えろ、【千変万化】ッ!!」

 

 バッと突き飛ばされて、距離が開く。眼前には少女の姿。しかし、段々と変容し始めて、躰は数倍に膨れ上がり、少女の面影すら残らない。現れたのは大きな口をした黒い影だった。牙を剥き出しにして、輪郭が戦慄いている。残穢と遜色無い姿。人間が心から恐怖を感じて震え上がるような、そんな姿だった。

 

 歪んだ瞳から殺意が飛ばされて、俺は無様にもこの時初めてホオズキから“敵意”を感じたのだった。

 

()()の【異能】はこうやって敵意を向けられへんと反応しいひんのやろ? そやから、さっきもこないな風に変態してみたんや。そないしたら、案外すんなり引っ掛かってくれたわ」

 

 本性を現したとでも言うべきか、目の前の彼女は、姿形どころか口調も丸っ切り変わっていた。

 俺はまんまと騙されたわけか、と最早諦観してしまう。読み通り、相手は姿を変えられる力だったわけだが、敵意すらも操ってしまえるような敵に、俺はどうすれば良いのか。お手上げといった感じだった。

 

「うちは敵意を持たへん姿にも、持ってる姿にも変われる。うちの力は旦那の力と相性最悪ってわけやね」

 

 彼女は『敵意を持たない姿にも、持っている姿にも()()()()』と言った。敵意をコントロールしていると言うよりは、そもそも持っていない姿に成り変わっていう事か。末恐ろしい能力だ。得体も知れない、極めて不定形で、何でもありの力だ。

 おそらく、俺一人でどうこうなる相手ではない。時間稼ぎに努めたところで、カノンが敵う相手とも言い切れない。完全な脅威だ。

 

「そやけど、安心して? うちは旦那と戦う気なんてあらへんから」

 

 化け物の口は、ニコリと口角を上げる。そうしてまた、変形する──。

 

「ほらね?」

 

 怪物の躰が霧散して、現れたのは少女の姿。先程の亜麻色の髪とは違い、癖のある、長い柘榴色の髪をしている。ところどころがぴょんぴょん跳ねて、巻いて、羊のような犬のような、野生児を思わせる様相だった。

 またしても姿を変えたホオズキは、アピールするように手を広げる。敵意は感じられない。俺は遊ばれているみたいだった。上げて下げて、ジェットコースターにでも乗せられているような、寒暖差で風邪を引きそうだ。

 

「なんなら、旦那の好みの姿に変わったろうか? 瞳は小動物みたくデカい方がええ? それともクールな切れ長? 胸は大きい方がええ? 小さい方が好き? 背は? 脚は? 髪は? 体型は? ──どないな姿にもなってあげられんで?」

 

 変わる、変わる、変わる。変形し、変容し、変態する。粘土を捏ねるみたいに縮んで、伸びて、膨れて、縮んだ。

 

 はたして、彼女には本当の姿があるのか、本当の姿ってやつを覚えているのか、不思議に思う。同時に、底冷えするほどに恐ろしくも感じていた。

 

「司って娘の顔がええかな? それとも五和って娘の方がええかな? うちなら、どないな姿にもなって、どないな愛も受け止めてあげられるで?」

 

 ホオズキは、()()()()()()()、にまぁっと微笑んだ。彼女ならば決してしないような下品な笑み。大切な人を汚されたような気がして、激情が込み上げる。

 

「やめろッ!」

 

「──無駄やて」

 

 彼女に向けて振り下ろした刃は、尚も空振りに終わる。彼女は、俺のナイフを避けるようにして変容していた。

 

「──じゃあ、私ならどうかな〜?」

 

 背後から聞き慣れた、少女の気怠げな声がする。彼女が……カノンが来てくれたのだと悟る。

 

 情け無く、不甲斐無く。俺では攻撃すら当てられなかったが、彼女ならどうだろうか。彼女の【紙吹雪】なら一矢報えるかも知れない。けれど、正直望み薄に感じてしまっていたのも事実であった。

 

 ──いかんな、俺が後ろ向きでは……。

 

「行って、【紙吹雪】」

 

 彼女の言葉を合図に、兵士達は真価を発揮する。小さな紙だった彼等は、一八〇センチほどの背丈に具現化した。張りぼてでは無い、正真正銘の騎士となってカノンを守護る。その数、十五体。十五の剣がホオズキの躰を貫いた。

 

「どれだけ増やしても、無理やから」

 

 しかし、その猛攻はホオズキの躰に傷一つ負わす事は出来ずに、空を突くだけに終わる。今なら、彼女が気体で構成されていると言われても信じるだろう。それほどまでに、手応えが無いのだ。

 

「これならッ! 【紙吹雪】ッ!」

 

 取り出したのは鉄製の形代。ふぅー、っと五体に生命を与え、更に増えて最大二十体。二十体の同時操作だ。さすがのカノンと言えど、無茶過ぎる。相当な負担が彼女の身にかかっている筈だ。彼女は躍起になってしまっているのではないか。

 

「カノン、もうい──」

 

「──まだだよ。見ててね、いっきゅーくん。これが“異能の進化”だから」

 

 カノンは異能の負荷からか、鼻から血を垂らし、尚も気丈に振る舞う。彼女は異能の進化と言った。俺に異能の進化を見せる、と。

 

 カノン・弓削は努力の人だった。彼女の【紙吹雪】は、初めから今のように二十体も同時操作出来たわけでは無い。最初のうちは、一体を数十秒動かすので精一杯だった。ぎこちない操作。それこそ、視界の共有なんてのは後々に開花させた力で、彼女はN世代の“出来損ない”と呼ばれていた。

 けれど、彼女は諦めなかった。折れなかった。

 一体を数分動かせるまでに研鑽し、次は数十分にまで延ばした。そして次第に、一体は二体に、二体は三体に増え、彼女だけの兵団が出来上がる。それでも彼女は止まらなかったのだ。

 だからこそ、今のカノンがある。異能の進化の体現者、カノン・弓削が──。

 

「束成れ、【紙吹雪】」

 

 カノンはパンッと手を鳴らした。すると、彼女の兵士達は、ホオズキへの攻撃を止め、隊列を成す。そして彼等は一息に重なって、束なった。出来上がる、一体の戦士。異能持ちの武闘派集団とも渡り合えるだけの突飛な戦力。最強の臣下だ。

 

「この子はちょっと強いよ? どうかな?」

 

「どれだけ素材変えても、人数増やしても、最強の個を作り出したとて、うちには届かんよ」

 

「それはどうかな〜?」

 

 【紙吹雪】によって作られた戦士は、その剣を振り下ろす。風が起きる程の凄まじい剣戟。素人目でも、これまでのモノとは異なる、卓越した武に見えた。しかし、それでもホオズキには傷一つ付けられない。彼女はけろりと、余裕綽々といった表情で、カノンの反抗心を刺激する。

 

「行ってッ!!」

 

 彼女の声を受けて、異能の武者は更に攻撃の手を速める。

 それはまさに猛攻だった。他の追随を許さない、人間離れした、人間で無いからこそ出来る芸当だった。目で追う事は出来ず、巻き起こる疾風(はやて)によってその程度を知らされる。たとえ、敵の躰が気体であったとて掻き消されるような、液体であったとて飛散させるような、個体であったとて微塵も残らないような圧倒的な攻撃だった。

 

 ──だからこそ、ホオズキの躰に漸くダメージが入ったのだ。

 

「血なんて流すのいつ振りやろ……」

 

 口元に垂れた血を、ホオズキは指で拭い取った。下唇が紅く色付く。少女の幼い外見からか、背伸びをしたマセた女の子のような印象に仕上がった。妖艶な姿の彼女は、瞳を三日月みたいに湾曲させて、此方に微笑む。それがなんとも、余裕有る表情に見えたのだ。

 

「敵わんわぁ……」

 

 ホオズキは、鋭い犬歯を剥き出しにして笑う。すると、顔の傷がみるみる消えていくではないか。しゅうっと音が鳴って、其処に鎮座していたのは傷なんて端から無かったかのような無傷の少女だった。傷痕一つと無い姿に成って魅せたのだ。

 

「結構良い線行ってると思うよ。悪魔街でもカノン(あんた)なら通用するかもなぁ?」

 

 にまりとはにかんだ笑みを浮かべると、目先の彼女の躰が霧散した。目視出来ない程の小ささだった。頭を忙しなく動かして、どうにかホオズキの行方を追おうとする。これが攻撃であれば、必ず実体を現すだろうと踏んでの行為だった。けれど、これが逃げの一手であれば……。最悪な想定に、嫌な汗が滲んでいた。

 

「──でも、旦那は渡さへんから。欲しいモノは何がなんでも手に入れる。それが悪魔街のやり方や」

 

 ふっと、いきなり他人の体温を感じた。背中から誰かに抱きつかれている。肌と肌が触れ合う密着度。細くしなやかな指先が、俺の胸を這っていた。

 振り解こうとして、じたばたする。しかし、俺の力で突き放す事は出来なかった。けれど、しきりに躰が軽くなって、彼女の拘束が解かれた事を知る。彼女は何処に、と四方八方に目を凝らした。

 

「忠告しとくわ。悪魔街には近付かん方がええよ」

 

「──待てッ!」

 

「それじゃあ、旦那。また会いに来るわ」

 

 また、ホオズキは突如姿を見せる。自然発生したとすら錯覚させられる特異な力に、何度も驚かされた。

 今度こそは、と手を伸ばすが、またしても彼女は霧散する。別れの挨拶を残して、完全に姿を消した彼女を、俺もカノンも追う事は出来なかったのだった。

 

「いったい、アイツは何が目的だったんだ……」

 

「行くしか無いんじゃないかな? 雪辱を果たす為にも、悪魔街ってやつにさ──」

 

 珍しく乗り気なカノン。彼女も逃げられたままでは納得がいかない様子だった。

 

 今や俺達の意識は、薬物の真相を知る為、ホオズキの目的を知る為に、悪魔街突入へと向いていたのだ。

 

 

***

 

 

 暗い室内を、ひとつの炎の明かりだけが照らしていた。揺れ動く火は、弱々しいもので、陰ばかりが目立って仕方無い。小さな光源によって映された壁の影は、二つだった。

 

 部屋の中に鳴り響く、乾いた音。肉同士を打ちつけるような、そんな音だった。初めは、ぱん、ぱんっと規則的に響いていたが、次第にペースが速まった。淫らな嬌声を添えて、音は鳴り続ける。鼻を刺激するような、鼻を覆いたくなる程の淫香が漂っていた。

 二人の男女の情事。何処からとも無く顕現した少女は何を言うでも無く、ただ黙って暗がりからそれを見つめていたのだ。

 

「貴方のテクニック最高だったわ……♡」

 

 男が果てた事で終わりが訪れ、女が卑猥な顔をして感想を述べた。ぐちゃぐちゃの、まさに獣のように乱れた女は、実に満足げな表情であった。

 

「そうか、そうか。そんじゃあ、まぁ……」

 

 男はかぷりと女の首筋に噛みついた。

 

「んんぅ……」

 

 女が堪らず声を漏らす。歯型を残す程度の咬合力であったが、しかし──。

 

「……()()()()()()

 

「は……?」

 

 男の躰が豹変し、鋭く尖った歯が女の首を噛みちぎった。突然の事で女は間抜けな声を出す事しか出来ない。女は今更気付いて抵抗するが、すぐに絶命した。がぶり、がぶり。口を休める事も無く肉に喰らいつく獣。血で濡れるのさえ厭わないで、夢中で女を喰らった。

 

「……やっぱ、処女じゃねぇと美味くねぇな」

 

 一頻り食べて満足したのか、男は長い舌で口元を舐めて呟いた。まるで人を食べ慣れたかのような言葉。まさに、食事だったのだ。

 

「それなら、ヤらんかったらええやろ」

 

 暗闇から現れる少女。癖のある赤毛をした女、ホオズキだった。

 

「それじゃあ、ヤれねぇだろうが。あーあ、破瓜でこんなに味の変化が出るもんかね?」

 

「どっちもは無理やろ、ガロの(あん)ちゃん」

 

 ガロと呼ばれた男は残念そうにぼやくと、溜め息を零して、立ち上がる。すると、鍛え抜かれた男の肉体が目立った。割れた腹筋、広い胸筋、太く長い手足が男の猛々しさを強調していた。

 

「なんだよ、帰って来たのかホオズキ。俺は俺が求める全部が欲しい。それがたとえ世界の決めた事から捻じ曲がっていようと、俺の求めるままが欲しいんだ。ところで、どうだったよ? テメェの入れ込んでる男の様子は」

 

 ガロの鋭い、野生の瞳が少女を捉える。好戦的な目付きであったが、しかしホオズキに対しては何処か血を分けた家族を見るような温もりも感じられた。

 

「そいつ、強くなりそうか? お前が唾つけてるって事はしょーもない野郎ではねぇんだろ? 場合によっては俺が──」

 

「──(あん)ちゃんとて、旦那に手を付けたら許さへんから」

 

 ホオズキは“(あん)ちゃん”と呼び慕う男に、冷たい眼を向けた。只人が晒されれば、忽ち震え上がるような眼力だ。それでも、ガロは怯む事も無く口元に弧を描いてみせた。

 

「此処じゃあ、早いモノ勝ち。強さこそが絶対であり全てだぜ?」

 

「そん時は(あん)ちゃんを殺すまでやな?」

 

 話の冗談で、生かす殺すを話し合う二人。

 

 此処は悪魔街──。弱肉強食が根底であり、たとえ親類であろうと奪わないと生きていけない過酷な世界。強者こそが絶対であり、他者を虐げられる事が許される。まさに自然の摂理のままに出来上がった、優勝劣敗の街だったのだ。

 

 

 





 処女にも非処女にもなれるキャラクターを出しました。これで安心やね^^

 Twitterでホオズキちゃんのイラストを更新したって話ぃー。見るのは自己責任って話ぃー。



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