何も変わり映えのしない日常、ただの幸せ。
……愛おしさそのものの形。




TE残党勢様主催の陰鬱曇らせ杯参加用作品です。
久しぶりに筆を取りましたが楽しく書けたので良かったかなとは思います。

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日常

「鉱山の仕事お疲れ様です!」

 

「ありがとな、ミルクスさん! あんたは医者なんかよりよっぽど信頼できるぜ!」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

 今日の業務が終わった。

 源石が取れるこの鉱山は村にとってなくてはならず、採掘者の管理人がわりを自分がやっている。

 軽いとはいえ医学の知識があるおかげか注意喚起のおかげか……長いことやってきてはいるがこの村の鉱石病の患者はゼロだ。

 

「おーい! ミルクスー!」

 

「タディアン! もう、家で待っててって言ったのに!」

 

「君に会えるのが待ち遠しくて……だめかな?」

 

「もう! 毎日会ってるでしょ!」

 

 この他愛のない日常が私の幸せだった。

 

「……イタッ」

 

「どうしたんだ?」

 

「ちょっと人員確認の書類で指を切っただけですよ、絆創膏でも貼っておけば治ります」

 

「気をつけなよ、紙は切れやすいしあんたが怪我でもしちゃ鉱山の管理人にまた面倒なやつが来ちまうかもしれねぇからな!」

 

「あんまりそういうこと言っちゃダメですよ、鉱石病のせいでそんな人でも貴重なんですから」

 

 注意が散漫になっているかもしれない。

 ……彼からのプロポーズのせいだろうか? 

 わずかでも会えない時間が苦しく感じるようになっている。

 

「タディアン……ダメよ、仕事に集中しなきゃ!」

 

 ……

 

「指の怪我は大丈夫かい?」

 

「ええ、もう大丈夫」

 

「そりゃよかった、今日もよろしく頼むよ!」

 

 ちくりとした痛みがはしって、指が動かない。

 

「? どうかしたのか?」

 

「まだ痛むみたい、表面は綺麗だけどまだ治りきってないのかも」

 

「結構深そうだったしな、書類整理とかは俺たちでもできるからよ、監督だけお願いしてもいいか?」

 

「うーん、書類も管理したいけど……確かにそっちの方が良さそうね、お願い」

 

 ……

 

 あの痛みはなんだったのだろう、いまだにちくりといたんで少し動かしにくい。

 ……考えても仕方ないか、落ち着くのに飲み物でも。

 ……カツン。

 手とマグカップが接触したにしては高すぎる音が鳴る。

 心臓がびくりと跳ねて、それに合わせるように鼓動が加速していく。

 私は書類整理をしてただけ、直接源石にも触れてないから大丈夫なはず。

 ……手袋の下から赤い、黒いそれが映る。

 それは……私の手に始めからあったようにくっついていた。

 全身から血の気が引いていく。

 なんで? 私が? 源石を見たことすらないのに? 

 ……こんなことがバレてしまえば管理人を首になるではすまない。

 バレてはいけない、なんとしても隠し通さねばならない。

 

 ……

 

「……どうしたんだミルクスさん、顔色が悪いが」

 

「朝から少しだけ調子が悪くてね、多分睡眠不足か何かだから心配しなくていいわ」

 

「それなら深くは言わねぇけど、あんたがいないと鉱山の仕事もこんなに楽にはできないんだ、倒れたりしないでくれよ」

 

 ……真面目そうに心配する様子が深く瞳の底に刻み込まれるようだった。

 そうやって色んな人が心配してくれても、病の進行は決して止まってはくれない。

 気がつけば私はベットの上で眠っていた。

 傍らではタディアンが頬に泣き後を残したまま眠っている。

 

「あれ……僕はいつのまに……ミルクス! よかった……!」

 

「もう、大丈夫だから……」

 

「そんなわけない! 君の顔色が悪くなってから何日が経ったと思ってるんだ、今だって丸一日も寝込んでたんだぞ!」

 

「私は本当に……「本当のことを話してくれ! 君が心配なんだ! それとも……僕じゃ力になれないのかい!?」

 

「タディアン……」

 

 タディアンなら……話してもいいかもしれない、将来を誓い合って、お互いを大切にして……。

 きっとダディアンなら助けてくれる。

 ゆっくりと右の手袋を外す。

 ……今まで目を背けて来た罰が、右腕の肘下まで石が連なっていた。

 

「……これは……どうして言わなかったんだ? こんな……辛いだろうに!」

 

「言えるわけ……ない、鉱石病の患者がどうなるかなんてあなたもよく知っているでしょう? だから私はこの村に患者が出ないように必死だったんだから……私が最初の一人になるなんて夢にも思わなかったけど」

 

「よく話してくれたね……明日ここを出よう、逃げる場所を探さなくちゃ」

 

 彼の目は……いつもと変わらない優しい目だった。

 

 ……

 

 次の日の朝、私は鉱山の従業員に引きずられて家を叩き出された。

 どこでバレてしまったのか、誰かに見られていたのか。

 広場には多くの村人が集まっていて……その全てが私を見ていた。

 タディアンはどこに……いた。

 聴衆の中に、私を、汚物を見るような目で。

 

「この女は俺たちを騙していたんだ! 鉱石病を隠して俺たちの村を潰そうとしていたんだ!」

 

 違う。

 

「このアバズレが! この村から出ていけ!」

 

 やめて。

 

「タ、タディアン」

 

「……死ねよ、クソ女が」

 

 夢中だった、周りの声も、自分の足音も、風の音もわからなかった。

 ……知らない荒野に私は一人になった。

 死にたくなかった、生きることに必死だった。

 かけずり回って人がいれば助けを求めて声をかけた。

 ……私の鉱石病は頬まで上がってきていた。

 

「助けてください! 何日も食べてないんです!」

 

 石を投げられた。

 

「助けてクだサイ……もう、のドがからカラで」

 

 煮湯をかけられた。

 

「……」

 

 ……銃で打たれた。

 

 穴が空いているはずの右腕にはもう何も感じなかった。

 ゆっくりと横になって……私は眠りについた。

 ……辛い、辛い夢だった。

 私は鉱石病なんかじゃないし、タディアンはいつでも私の味方で……お腹の中の命も私に笑いかけてくる。

 ……あぁ、心地よい……。

 

 ……

 

「……ずいぶんひどい死体だ、右半身がほぼなくなってやがるし、残ってる左半身は痩せ細ってる上に……これは火傷と打撲痕か?」

 

 感染者の末路なんて分かりきった話だ。

 どこにだって救いはない。

 ……右腕に丸い穴が空いてそこから大きくヒビになっている。

 

「……胸糞悪い」

 

 ただ一人呟いた……変わり映えのしないテラの大地の日常に。



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