『内々で済ませるのにも限度がある』
ワイズマンに召集されたジョエルは、そうですかね、と軽く返す。
「むしろ、選抜試験においては、これくらいの難易度でちょうどよかったのかもしれない。現に、厳しい現実がよく分かったのでは?」
『……第一線のサヤが死んだのだぞ』
「カナデは惜しい戦力でした。ですが、彼女の遺した意志はまだ潰えていない。サヤ候補生は生き残っています」
『今さら候補生など。このような醜態、セクション三で役に立つものか』
「ですが、彼女らは襲名の儀を経て、一端のサヤに成るのですよ。喜ばしい。これまでたった十二人ぽっちしか居なかったサヤが、少しは増える」
『ジョエル。貴様、その腹の底では何を企んでいる?』
「全ては機関のためにです。“原生林”で生き抜けるサヤを育成するのには、これが手っ取り早いはずですからね」
『……この度の狼藉、除名では済まぬぞ』
「狼藉? 何を仰る。事実無根ですよ、そのようなもの。第一、あれらを手引きしたのは何も、僕の特権とは言い難いのでは? 誰が敵であろうともおかしくはないはずです」
こちらの攻勢の弁舌にワイズマンのお歴々は勝負を持ち越しにしたようであった。
『……何を目論んでいようとも、急務なのはサヤを使っての翼手の根絶』
『左様。セクション三では、今も“SAYA”感染者は増え続けている。そのほとんどが未覚醒のものでありながら、彼女らを確保出来れば我々の優位に繋がる。要は勝てればいいのだ。アシッドとの抗争に……! そのためには力を尽くせ。機関の長官であるのならばな』
ワイズマンの気配が薄れ、静まり返った査問会でジョエルは呟く。
「……ああ、そうでしょうとも。僕達も過程はどうあれ、勝てればいい。それは共通認識だろう? アマミヤ」
「どうやろうね。ウチにしてみれば投げられた爆弾はすぐにでも爆発すべきやと言われているようで癪ではあるわぁ」
「君達は生存した、これは大きな意味を持つはずだ」
その言葉にマイケルは問い返す。
「……ジョエル、それはこの度の襲撃、あなたの差し金だったと言っているようなものだが……」
ふむ、と一拍置いてからジョエルは言葉にする。
「……正直に言おう。僕が想定しての刺客ではない。だがアシッドの尖兵にしては、少し気がかりな部分が大きい。よって、シフに関しては機関内部での軋轢があると思っていいだろう」
「機関の中で、サヤに代わる戦力として数えられるようになるって可能性もあるわけ。あんたさん、相変わらず腹の内が読めんね」
「……誤解はしないでくれ。本当に何も知らないんだよ。ただ、可能性ならば言える。今回の選抜試験、ともすればサヤの実戦レベルへの引き上げだけじゃなく、シフの実戦形式への移行も考えられていたとすれば」
「疑心暗鬼だ、ジョエル。……そりゃあ、オレだってついこの間まではアシッドの構成員だった。今さら言えた義理じゃないかもしれないが、機関内で揉め事を起こすべきじゃない」
「それに関してで言えば、ウチもマイケルに賛成やね。第一、“原生林”へと攻め込む戦力を整えるって言うのに、潰し合いをしとる場合でもないし。ここで脱落するようなサヤじゃ、どうせ生き残れんよ」
「しかし、シフの脅威は想定外だったな。まさかサヤ以外にも、武器を用い、そして翼手の特性を有する存在が居たとは」
ジョエルは映像記録を何度も再生し、最後の最後、マイヤと呼ばれたシフが自爆する際の映像に目を留める。
「……どう見る? アマミヤ」
「十二年前のシュヴァリエ遭遇戦、あれにそっくりな気配を感じたわ。……けれど、その模倣と言うのには少し違う……。シフは別の思惑で動いていると想定すべきやね。少なくともアシッドのやり方とは思えないんよ。アシッドなら、もっと手早い方策を取る。これじゃ、迂遠にもほどがあるし……それに、シフの力はシュヴァリエと競合する。自分達の組織の中で序列を作ったところで、相手にしてみれば旨味ないやろ」
深く椅子へと腰掛けたジョエルは、確かに、と映像を倍速で視聴する。
「サヤと同じく、超加速度の俊敏性に、武器を使うほどの知性の高さ。そして、サヤを殺す術を心得ているしたたかさ……。どれもこれも、すぐに対応するのは難しい。アマミヤ、次の作戦においてはシフの強襲も加味してもらいたい。もちろん、そう簡単に対応出来るとは考えていないが……」
アマミヤにばかり負担はかけらない。
しかし、今は彼女を頼るほかのないのも事実である。
「いいけれど、ウチは“原生林”への侵攻をメインに捉えとるさかい、あんまり期待せんといてよ。二個も三個も器用に出来るほど、ウチは便利やないんやからね」
「重々承知しているよ。……さて、気になる事はシフだけじゃない。セクション三、“原生林”は一刻を争うと言ってもいい。“SAYA”覚醒者は増え続けている。選抜部隊には、彼女らの確保を願いたい」
「保護、やなくって確保なんやね?」
その赴くところを見据えたかのようなアマミヤの尋ね方に、ジョエルは嘆息を差し挟む。
「……ワイズマンのお歴々の考えもある。それに、“SAYA”への感染者が、では簡単に組織に順応するかと言えばそうではないと、僕は考えていてね。セクション三のその数は異常だ。一夜で百人は増えている」
モニターされる感染者数とセクション三の後手の対応に、アマミヤは悟ったらしい。
「……何者かの作為を感じるって言うんやろ? けれど、“SAYA”を増やして得をする勢力なんて、なかなか思い浮かばんけれど」
「我らが機関以外は、ね。だが、興味深い。ここまでの“SAYA”のモデルケースは少ないんだ。アマミヤ、選抜試験を抜けて来たサヤと共に、三日後には潜入してもらう。準備は……」
「とっくに出来とるよ。あとは、選抜試験の突破者やけれど」
「ああ、君自ら言うのが正しいだろう。シフの介入があったとは言え、それなりの強さははかれたはずだ」
「……ほんま、あんたさんはどこまでも意地が悪い……。マイケル、付いて来ぃ」
「……ま、待てよ。選抜試験の突破者って、そう言ったって……」
「ウチの言う事に口挟まんでもらえる? それに、どっちにしたって六組は選ばんと話にならんのよ。……いくらカナデが死んだと言っても、その穴を埋めるくらいは、ね」
ぼっ、と燃え盛る蒼白い炎に、イレイナはただ立ち尽くしていた。
「……残ったのは、ほんの十一人……また一人減りましたね」
マイヤが最後の力を振り絞ってくれなければ、もっと犠牲者は出ていただろう。
イレイナは棺に横たわった骸を見据えていた。
この者も、マイヤと同じく“ソーン”が生じていたシフの一員だ。
彼は今際の際に、自分の武器を引き継いでくれと進言していたので、非戦闘員のシフへと差し出す。
相手はこれまで通り、数名の仲間が遺していった武器を背負っていた。
三叉槍に、大鎌、薙刀などシフの仲間達が置いていった遺物は数知れず。
「……私達は限りある者達。あなたの死を、無駄にはしません」
イレイナは空となった棺へと自らの掌を切って血を滴らせ、それを手向けとする。
「……情報を得た。ロンギヌス機関は、セクション三、“原生林”へと作戦行動を仕掛けるらしい」
索敵に秀でたシフの報告にイレイナは振り返る。
その翡翠の眼差しを伏せ、そう、と淡白に応じていた。
「やはり、彼らも赴くところは同じ……。“原生林”にはシュヴァリエが配置されていると聞きます。その内情は?」
「……では……」
内偵役は“声”を発し、自分達全員に平等に情報を渡していた。
瞑目し、イレイナは首肯する。
「……厄介ですね。エメトピア四神官の一人、カルナのシュヴァリエとは」
「継続戦闘に長けたシュヴァリエと推測される。そして、今日の“SAYA”感染者の推移だが……やはり倍々に増え続けているらしい」
「どこかにカラクリがあると思ったほうがよさそうですね。……いずれにせよ、サヤの血は、これっぽっちじゃ足りない」
アンプルを振り、イレイナは整った目鼻立ちに静かな怒気を湛えていた。
――サヤを殺し続けなければ。そうでなければ自分達は……。
「……聞きたいんだが、マイヤは最後には何と言っていた……?」
そういえば彼は、マイヤと恋仲にあったのだったか。
イレイナは一拍の逡巡の後に応じていた。
「……生きていてよかった、と言っていました」
どれだけ醜悪な嘘。どれだけ欺瞞に満ちた言葉。
しかし、これで救われる命がある。
少なくとも彼は、マイヤの死に引きずられる事はないだろう。
「……そう、か。よかった……」
涙ぐんだ相手に、イレイナは心の奥で罪悪感を抱く。
自分のやっている事は、所詮は虚飾。
機関やアシッドのやっている事と、何が違うと言うのだろう。
――しかし、だからこそ。
「行きましょうか。私達も、セクション三、“原生林”へと。どれだけの地獄が待っていようとも、それを跳ね除けるだけの宿業が我々、シフにはあるのですから」
燃え尽きた骸へと、イレイナは一顧だにしない。
それは戦い抜いた仲間への侮辱に繋がるからだ。
――限りある者である自分達は、散り際くらいはせめて、潔く。
踏み出した自分を嚆矢として、シフは動き出していた。