BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第七章 怨敵宿業戦域
第百二話 歌姫の憂鬱


 

 中央庁から離れれば離れるほど、基本的にセクションの治安は悪いとされている。

 

 数字で言えば、全四十七セクションのうち、最悪の数値が四十七、という事になるがそうとも限らない。

 

 中には特例でセクション管理を任せられ、内部自治は別のセクションと掛け持ち、と言う形の管理者も少なくはない。

 

 セクション四十の管理者はその立場であった。

 

「……それで、やはりどうしようもないのですか。私が管理するセクション三、“原生林”は」

 

「手遅れ、と言ったほうが適切でしょうね。最早、“SAYA”感染者の数は数えるまでもなく、28号の出現も確認出来たとされています」

 

 交渉の矢面に立つのはラビであり、彼は今日もシューティングゲーム片手に中央庁の意を伝える。

 

「……なんと……“SAYA”だけではなく、28号も……。それなら、私が任せられた時点で情報が伝達されていれば……いえ、もう今さら苦しい言い草でしょう。あなたの言う通りであるのならば、この書面にサインすれば、28号に関しては一任する、でよろしいのですね?」

 

「ええ。そこにサインを。28号は中央庁の管轄となり、セクション三は完全にあなたの手を離れます」

 

 そう促すがセクション管理者は渋い面持ちを崩さない。

 

 セクションの保有数はそのまま、この理想郷の地位そのものだ。

 

 彼は28号翼手の概要も知らされていなければ、“SAYA”が結果的にどのような帰結を辿るのかもまるで知らない。

 

 だが、彼の手の中にあるのはセクションを二つ分、しかも中央庁にほど近いセクション三の権限を持つ管理者であるという事。

 

 これは大きな意味を持つ。

 

 中央庁へと管理が移れば、セクション管理を放棄した者として、放逐まではいかなくとも他の管理者からの心証は悪くなる。

 

 セクション管理者と言う名の楽園の上層階級であるところの相手にしてみれば、一気にその冠を奪われてしまうようなものだ。

 

 たった二つしか持っていなくとも、数十万人を生かすセクションをいざという時にどうこう出来る権限は甘美なるものだろう。

 

 それを手離すか否かを問われれば、戸惑うのも無理からぬ事。

 

 ラビはだが、それを一秒でも早く容認させなければいけない立場であった。

 

「……言っておきますが、セクション三は絶望的、と見たほうがよろしい。中央庁自ら、あなたから権利を剥奪する事も出来たのです。それをせず、こうして交渉と言う形を取った意味を理解していただきたい」

 

「それは……その通りですが……」

 

 中央庁の一方的な規則で管理者権限を全て破棄してもよかった。

 

 それをしないのは、管理者権限と言う甘い蜜を維持するためだ。

 

 中央庁のさじ加減一つでどうこうなる立場ではない――それを彼だけではない、他の管理者にも理解させるためにわざわざ面倒な手続きを踏んでいる。

 

 ラビは紫色のサングラスのブリッジを上げていた。

 

「……ここで迷われる、という事は、セクションの人民を危険に晒す事になります。結果として、中央庁が手を下す際の実行性能は高くなる」

 

「存じています。……セクション三十七は酷い有様だったと。28号と“SAYA”を抑え切れなかったがために……中央庁自らの鉄槌が下った……」

 

「そうはしたくないでしょう? このセクション四十は平和そのものだ。平和の象徴たる鳩が飛び交い、人々は明日の希望に笑顔を湛えている」

 

 ラビは窓際に歩み寄り、窓から望める景色を視野に入れる。

 

 白亜の理想郷たるエメトピア、その四十地区は未だに健在。

 

 管理者とて理解していないはずがない。

 

 自分の手に余るようになったセクションをわざわざ保持し続ければ、悪評ばかりが目立つようになるのだと。

 

「……一つだけ。“SAYA”感染者は、どうなるのです?」

 

「処理されます」

 

 短く返答した自分に管理者は肩を震わせた。

 

 焼却されたセクション三十七の噂が耳に届いていないはずはない。

 

 だが恐ろしくとも、ヒトは自らの持つ栄誉に縋る。

 

 ラビにしてみれば、それこそ理解の範疇の外であった。

 

 ――人間は生まれ持った資質で全て決まる、それはこの楽園の鉄則だろうに。

 

 中央庁に召し仕えられなかった時点で、その運命の帰結は決まっているのに。

 

 まだ足掻こうと言うのか。

 

 まだ抵抗すると言うのか。

 

 これでは時間がかかりそうだ、と思った矢先、管理者は端末を手元に引き寄せていた。

 

「……これはあくまで、外交的措置だ。私はセクション三の管理権限を持つ者として、必要に駆られた政策を迫られている。よって、責任者として決定権を振るう必要性がある。だから……」

 

 管理者は署名する。

 

 結局のところは、見捨てるだけの口実が欲しいだけだろう。

 

 だがラビはおくびにも出さず、笑顔でその対応を称賛する。

 

「とても助かります。あなたは賢明な判断をなされた。セクション三の人々も救われるはずです」

 

「救われる……天国で、彼らはきちんと救われるのでしょうか……」

 

 全く馬鹿げている、と返答しかけてラビは口元を笑みの形に吊り上げていた。

 

「……ええ、それは。あなたの決断が世界を救ったのです。それはセクション三の人々にとっても、大きな価値を持つ」

 

「ああ、神様……」

 

 祈りの十字を切った管理者に、ラビは反吐が出るとひとりごちつつ、通信を繋げる。

 

「もしもし? こちらで承認されました。現時刻を持って、セクション三、“原生林”の管理者権限は、中央庁へと移行します」

 

『それはいいんだがよぉ、ラビぃ……ちょっと時間かけ過ぎじゃねぇのか?』

 

 通話口より聞こえて来たねっとりとした論調の相手に、ラビはわざとらしく応じる。

 

「そうは言ってもですね……管理者の権限引き渡しは書面でのみ実行されるのがこの楽園の掟のはず」

 

『てめぇが手ぬるいのは知ってるんだよ。とっととそいつを脅して署名させりゃよかっただろうが。……まぁ、いい。俺のシュヴァリエがもう現着している。そいつにやらせるが、本当にいいんだな? 後々、交渉に穴があった、なんてのはなしだぜ?』

 

「それは滞りなく。しかし、カルナ兄様。シュヴァリエを出してよろしかったので? 彼は虎の子でしょう」

 

『あいつ自ら、な。……どういう心境の変化なのかは分からんが、出陣するって言うんなら止めるのは主人のあるべき姿じゃねぇだろ。元々、中央庁の内偵任務ばっかりで疲れていたんだろ。息抜きも必要さ』

 

「息抜き、ですか。これよりもたらされる結果が、息抜き、と」

 

『……何か言いたそうだなぁ、てめぇ。それよりも、交渉は頼んだぜ? てめぇみたいな腰の引けた野郎にはお似合いさ。とっとと中央庁に帰還して、そのよく回る舌で文人様を宥めてくれや。あの人、王だってのに前に出たがるから困るんだよ……』

 

「文人様は楽園の王です。その立ち振る舞いに異を唱える事、まかりならぬはずですが」

 

『……あー、うっせぇな。てめぇと話していると憂鬱になるぜ。もう切る。そういや、女王様はてめぇの管理下なんだな?』

 

「ええ。彼女はわたしと共にセクションを見て回りたいと」

 

『よく懐いてるんじゃねぇの。爆弾なんだ、思わぬところでボン! ってのは勘弁しろよ。せいぜい穏便に頼むぜ? ま、てめぇみたいな弱腰じゃ、どうしようもねぇだろうがな』

 

 それっきり通話が途切れる。

 

 ラビは端末へと表示されたカルナの通話履歴に心底うんざりする。

 

 中央庁に召し仕えられた兄弟達の中でも、彼とはやはり話が合わない。

 

「……どっちが弱腰なんだか」

 

 ぼやいてラビは身を翻す。

 

「失礼、ムッシュ。耳障りな会話をお耳に入れてすいません」

 

「いや……中央庁の人間の考えは分かりませんからね……」

 

 最大の謝辞のつもりだったのだろう。

 

 ――ああ、それさえもどこまでも虚飾で……。

 

「では、わたしはこれにて。連絡先は書面に記された番号までお願いします」

 

 立ち去る間際、管理者は初めて執務椅子から立ち上がっていた。

 

「……失礼を! ……今さら言えた義理ではないかもしれないですが……セクション三の民には、安息なる死を……。せめてもの手向けです」

 

 せめて苦しまないように、か。

 

 どこまでも利己的。どこまでも傲慢。

 

 だが、だとしても自分は虚飾の笑みを返そう。

 

 それこそがこの楽園においての役割なのだから。

 

「ええ。あなたの気持ちはきっと、民草に届いているはずですよ」

 

 真鍮製の扉を潜り、地下駐車場で待っているはずの自分の車へと向かおうとして、一匹の黒い獣が白銀の車体に横たわっているのをラビは発見する。

 

「あら? 遅かったじゃない」

 

 何でもないように告げる少女の手にはマイクに仕込んだナイフが握られている。

 

 蠢く目玉が飛び出し、眉間を貫かれた獣は口を開いたまま絶命していた。

 

 肉体が結晶化し、半身が砕けている。

 

「あまり、無暗に歌わないでいただきたいと言いましたよね? レクディ」

 

「だってー、とても退屈なんだもの。あなたがこの施設に入ってもう一時間も経ったわ。運転手の方は運がなかったようね?」

 

 その発言から鑑みて、翼手に変じたのは運転手か。

 

 レクディの「本物」の歌を聴き、その結果としてオニゲンの因子が覚醒したのだろう。

 

「戯れで人を殺す。それがあなたのやり方ですか」

 

「なに? 糾弾でもするの? けれど、あなた達、結局何一つとして出来ちゃいないんでしょう? 上は酷い“声”ばかり」

 

 レクディはD因子を持つもう一人の女王だ。

 

 彼女の視聴覚にはきっと、潜在翼手の“声”が酷く耳障りに聞こえるに違いない。

 

「だからと言って、殺していい理由ではないのですよ。レクディ、お陰でわたしはまた、足を雇い直さなければいけない」

 

「彼は? いつも影の中に居るじゃないの」

 

「アダムは銀を嫌います。この車は特に」

 

 純銀で構成された車体には触れる事さえもしないだろう。

 

 その返答にレクディは至極つまらなさそうに応じる。

 

「ふぅん……あなた達に降ってみて、少しはこの世界がマシに見えるかと思ったけれど、駄目ね。私、何も面白くないわ。手を取ってくれた時が一番ピークだったかも」

 

「お気に召しませんか? 中央庁の庇護下は」

 

「インディーズ時代よりも退屈よ。私、これでも目利きはいいほうだと思っているのだけれど」

 

 レクディは蒼い瞳でこちらを見据える。

 

 ――サヤとは違う、蒼と深い絶望に染まった眼差しだ。

 

 ラビは端末へと目線を落とす。

 

 もしもの時には彼女の回収もカルナに委託しなければいけないな、と益体のない思考に身を浸したのを、レクディは見透かしたようであった。

 

「……ラビ、だったわね? あなた、何でそんなにつまらなさそうに世の中を見ているの?」

 

「そう映りますか? わたしほど世の中を面白がっている人間も居ないと思いますが」

 

「嘘よ。とても嘘くさい。あなたほど世の中を斜めに見ている人間も居ないの間違いじゃないの? どうして私を解放したのよ。私は楽園の歌姫、レクディ。そのお飾りだけで充分だったんじゃないの?」

 

「……わたしの考えを話しても?」

 

「ええ、いいわ。一時間の退屈に比べれば、あなたの話を直に聞かせて頂戴」

 

 ラビは咳払いして、では、と言葉の穂を継ぐ。

 

「この理想郷……いえ、この言い回しも狡いですか。偽りに糊塗された翼手のための檻では、あなたのようなカリスマを求めている。彼ら彼女らは本能的に欲しているのでしょう。自らを獣にしてしまう、理性擦れ擦れの歌声を。それが何重にも劣化させられたあなたの声でも、彼らにとっては甘美に映るのです。オニゲンは現状、楽園の九割以上。潜在翼手人類にとって、もしあなたの声が覚醒に導かれるのだと、その真実を告げれば」

 

「告げれば?」

 

 レクディはわざとらしく首を傾げる。

 

「……絶望するか、レクディに解き放たれるのならば本望だと、自ら理性を手離すか。……わたしにしてみれば、それも理解の範疇ではない」

 

「あなたからはオニゲンの血の臭いがしないわ。その時点で、違うのね。あなたは純正人類、真のヒト」

 

 ラビはその言葉に襟元を整え直す。

 

「純正人類はこの世界において、廃絶された側に過ぎない。たった一割未満のヒト相手に、翼手が何を我慢する必要があると言うのでしょう。彼ら彼女らにとっては、わたしの血こそ真実の意味で、追い求めている禁断の果実の味のはずです」

 

「本能の赴くところ、ね。ねぇ、あなたは絶対に“SAYA”に感染せず、そして翼手人類にもならないのでしょう? その気分はどう? 生まれた時から全能感を与えられたようなものだったのかしら?」

 

 ラビは己の生を反芻する。これまで全能感がなかったと言えばそれも嘘になるだろう。

 

 しかし、その全能感をへし折られたのは忘れもしない――。

 

「……階小夜……彼女はわたしの傲慢さを打ち砕いた。あの時から、わたしも魅せられている、サヤと言う名の真紅の存在に」

 

「キザハシ……って確か姉様の事よね? あーあ! 早く会いたいわ! 姉様、だってあんなにも苛烈に、私の事を求めてくれたんだもの! もう一度、あの殺気を向けてくれないかしら!」

 

 レクディは心底楽しそうに告げる。

 

 彼女にとって、命の駆け引きはさほど重要ではないのだろう。

 

 それよりも、ラビはまさか機関の中にレクディの姉が居るのが寝耳に水であった。

 

 確保のためにあらゆる方策を練ったが、その情報は出て来なかったのだ。

 

「レクディ、あなたはあのサヤの事をどう思っているのです? 階小夜はあなたを必ず追い込むために、我々の敵になります」

 

「あら? それこそ本望じゃない? 私のために、姉様が本気になってくれるのよ。それってとっても……ああ、愛おしいわ……!」

 

 レクディの価値観が壊れているのか、あるいは自分達がサヤに対してのスタンスが好戦的過ぎるのか。

 

 いずれにせよ、機関との戦いは間もなく幕が上がる。

 

「レクディ、運転手を雇っておきました。残り二十分ほど我慢してもらえますか?」

 

「嫌よ。待たされるのなんてトップアーティストの名折れだわ。ラビ、あなたもう少し過去を聞かせなさいよ。私だけ知られて不公平よ」

 

 不公平と言うのは少し違うような気がしたが、どうせ全く会話をしないわけでもないのだとラビは端末に呼び出す。

 

「あなたの作ったあの曲は、それこそ我々人類そのものを変革させる代物でしょう。わたしが純正人類であろうと、あの歌は世界を変える……まさしく猛毒の歌。そのタイトルが『ラスト・リゾート』と言うのは、あまりにも意趣返しが過ぎる」

 

「そうかしら? だってあの曲にはそれがぴったりなのだと思ったのだから。最果ての楽園、最後の希望……全て、とてもポジティブな旋律でしょう? 私はあの歌を、いずれこの箱の楽園に向けて歌うのよ。その時……世界がどうなるのか、あなたも楽しみなんじゃないの?」

 

「わたしは結果のみで判断するまでです」

 

「そう? それにしては嬉しそうな顔をしているけれど」

 

 レクディに指差され、ラビはハッと口元をなぞる。

 

「わたが……喜悦を感じている?」

 

「そこまで意外かしらね。まぁでも、私、すぐにでも姉様に会いたいのよ。あの真紅の瞳、私を呪う声……どれも堪らないわ!」

 

 うっとりと語るレクディは既に壊れているのかもしれない。

 

 いや、狂っているのは世界のほうか。

 

 白亜の理想郷での唯一無二の歌姫。彼女の歌は、誇張でもなんでもなく、真に世界を壊す鎮魂歌であろう。

 

「……では、レクディ。運転手の替えを用意しますので、それまでは少しだけお時間を」

 

「はぁーい。……けれど、私、正直なところで言えば彼に従者になって欲しいのだけれど」

 

「彼……とは?」

 

「皆まで言わせないで。アダムよ」

 

 まさか、レクディがアダムに何か特別な感情を抱いていると言うのだろうか。

 

 嫉妬ではないが、ラビは探りを入れる。

 

「彼はわたしのシュヴァリエです。それに、あなたの守りをさせるのには少し不安材料もある」

 

「不安? 何が?」

 

「彼はサヤ……S因子の血でシュヴァリエとなった者。D因子を持つあなたの血は、一番の猛毒です。彼の無事を考えれば、危険極まりない」

 

 猛獣の檻に入れるようなものだ、と続けて言い添えるとレクディは微笑んでいた。

 

「あら? それは心外ね。けれど……彼には何か、すごく親近感を覚えるの。私を退屈から救ってくれるような、そんな存在にね」

 

「王子様、ですか? らしくない少女趣味だ」

 

「いけない? 女の子は誰でも王子様に憧れているのよ」

 

 長い黒髪を梳いてそう口にしたレクディの艶めかしさにラビは思わず目線を逸らしていた。

 

 純正人類であったとしても、魅了するそのかんばせ。

 

 なるほど、翼手にとっての彼女はまさに劇薬。

 

「……失礼を。代役を呼んできます」

 

 駐車場の端で端末を操作している途中で、ラビは気配を感じて目線を振り向けていた。

 

「……どうして彼女と目を合わさないのですか、ラビ」

 

「……アダム。君が言える事じゃないでしょう」

 

 影より出現したアダムは白磁の肌を駐車場の灯りに透かしている。

 

「ラビ、分かっているのでしょう? 僕がS因子を受けてシュヴァリエとなった以上の事を。それに、本能で察知出来る。僕にとって、レクディは相反する存在……階小夜の妹であると言うのならば」

 

「彼女が君を求めるのも必然、と言うわけですか。……古に綴られし、女王翼手の伝説は真であるのでしょうかね?」

 

「僕はレクディの従者になる事はない。あの日、マハラル様に救われたその時から、僕の命はアシッドのものだ」

 

「そのマハラル様から、伝令が来ています。セクション三、“原生林”について。……カルナ兄様のシュヴァリエが現着しているとの報告がありましたが、殲滅勧告を受けてなお、彼女らは抵抗しているようですよ?」

 

 ラビはアシッドのヘリが映し出したセクション三のリアルタイム映像を端末に表示させる。

 

 アダムはその真紅の瞳を絶望に伏せていた。

 

「……また、サヤが死ぬのですね」

 

「彼女らはサヤですらない、未覚醒者、と呼称すべきでしょう」

 

 黒々とした影が、地表を埋め尽くしている。

 

 それらが全て、“SAYA”の因子に目覚めた少女らだと赤の他人に説明したとして、誰にも理解が出来ないだろう。

 

 今しがたモニターしている反応を鑑みるに、解き放たれた野生に対し、相対するのはたった一人――。

 

「カルナ様の擁するシュヴァリエ……ジェイムズ。彼は……」

 

 アダムの論調をラビは片手を上げて制し、それからヘリの映像へと視線を落とす。

 

「まぁ、未覚醒者がどれだけ死んだところで数は変わりませんよ。大局に影響なし。それがアシッドと中央庁の結論でしょう」

 

 赤い眼をぎらつかせる少女達へと一人の青年がすっと歩みを進める。

 

 軍服に身を包み、厳めしい眼差しを注ぐ黒い肌の男性。

 

 刈り上げた頭髪と、そして精悍な面持ち。

 

 どれをとっても、偉丈夫という印象を抱かせる。

 

 ラビも直接見るのは久しぶりだ。

 

 彼こそが、カルナのシュヴァリエ――。

 

「ジェイムズ。その実力は……」

 

 

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