BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百三話 開幕の予兆

 

 砂礫に佇むと言うのはどうにも慣れぬ感触だと、ジェイムズは胸中に結んでいた。

 

 それも無理からぬ事――理想郷たるエメトピアではここまで空気汚染の激しい場所など存在しない。

 

 大気が煤け、闇夜に沈んだ街並みは灰色一色でジェイムズはここが見捨てられた地なのだと言う事を理解する。

 

「造物主より見捨てられ、そして誰も居ないのが当たり前のはずの地にて、まだ要らぬ抵抗を続けるか。――サヤ」

 

 その声に無数の眼差しから殺意が飛ぶ。

 

 赤くぎらついた執念の瞳に本能を宿らせ、少女らの縄張りへとジェイムズが踏み込む。

 

 中には吼え立てる者も居た。

 

 まさしく獣のように。

 

 ジェイムズは白いハンカチを取り出し、鼻孔を塞ぐ。

 

「……酷い臭いだ。なんて醜悪。なんて愚かしい」

 

『ジェイムズ、聞こえているな?』

 

 接続されたインカムより主たるカルナの声が響き渡る。

 

「ええ、御意に」

 

『そいつらは疑似餌だ。全員殺すのは最終目的だが、殺し過ぎるな。そいつらの血で機関のサヤ共を釣る。いい塩梅で逃がすのも手の打ちと知れよ』

 

「それは構いませんが、我が主。このサヤもどき共は既に獣に堕ち行くでしょう。私が放置していても、いずれは破滅します」

 

『馬鹿だな、ジェイムズ。破滅するからこそ、面白いんじゃねぇか。そいつらは遠からず自分達が死ぬ事だって理解しているはずなのに、どうだい、その眼! 傑作だろう? まさかしてやられるなんて一ミリだって思っちゃいねぇ!』

 

 カルナは少し道楽が過ぎるが、従者である自分はその分をわきまえている。

 

「……何匹か潰せば、大人しくもなりましょう」

 

『理解のある従者で助かるぜ。じゃあ、あとは任せた。どうせ、シリウスの兄貴もそうだが、姉貴だってセクション三は取り損ねているんだ。一番、警戒すべきなのは……あいつだ。あいつさえ……居なけりゃ……!』

 

 憤怒の入り混じった声と、そして獣性を伴わせた論調に、ジェイムズは落ち着き払って応じていた。

 

「ラビ様、ですか。あのお方も謎が多い」

 

『……ラビは小間使いだ。所詮、あいつなんざ……。中央庁だって何であいつを交渉人なんかに立たせやがる……。オレのほうが上手くやるってのに……!』

 

「カルナ様。そろそろ切ります。任務は、つつがなく」

 

 通信を切ると、獣に堕ちた少女らがめいめいに威嚇する。

 

 真紅の殺意に対し、ジェイムズは首から下げたロケットに口づけしてからハンカチを捨て去る。

 

「さぁ、来るがいい。サヤ。私はエメトピア中央庁のシュヴァリエ、ジェイムズ。……伝説の通りとはいかないが、君らを殺すのは私の役割だ」

 

 雪崩れ込むようにして、少女らが襲い掛かる。

 

 四方八方から、解き放たれた身体能力で跳躍していた。

 

 その手には武器とも言えない棒切れや、鉄パイプが握られている。

 

 それでも、サヤと言えば血の呪縛による猛毒を有しているのは事実。

 

 翼手にとって唯一の天敵。

 

「だが、私は君らを愛でよう。かつてそうであったように、私は憎むよりも愛するほうが得意のようなのでね。愛した上で……叩き潰す。それが私なりの、花嫁への愛情表現だ」

 

 真紅に染まっていく視界の中で、ジェイムズは瞼を閉じ、風切り音に身を任せていた。

 

 直後には肉体を嬲るはずの少女らの怨嗟の声が、今は耳心地がいいワルツだ。

 

 ――最初に到達するのは、三人。

 

 そう判じたジェイムズは、音階と舞踊に両手を開いていた。

 

 未覚醒者の少女が武器を振るい上げる。

 

 突き立った感覚が伝導すると同時に、少女らが爆ぜていた。

 

 血肉を撒き散らし、三人の少女らの肉体を足蹴にする。

 

 僅かに気勢を削がれた未覚醒者達へと、ジェイムズは耳を澄ます。

 

「どうした? まさかこの程度で身を竦ませたか? 何度も言わせないでくれ。私はサヤを――忌まわしきその血を、愛して差し上げる。その結果として、殺し殺されようではないか」

 

 ショウの幕は上がろうとしていた。

 

 

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