BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百四話 交わす刃は

 

 雄弁なまでに太刀筋は語る。

 

 その刃の赴く先、自分自身の信念を。

 

 だからか、真那の胸中を読み切ったように、アマミヤの返答の太刀は静かであった。

 

 下段より応戦の一閃を浴びせかけるが、相手はカランと下駄を鳴らして飛び退る。

 

 その距離を理解していないわけではない――既に展開していたキザハシが背後から斬りかかっていた。

 

 キザハシほどのサヤならば、如何にアマミヤだとしても一撃を受けざるを得ないはず。その甘い目算は目の前で弾け飛んでいた。

 

 アマミヤは柄頭で振るわれる前のキザハシの刃を止め、ほんのレイコンマの硬直を有効活用して彼女の腹腔を蹴りつける。

 

 真那はすかさず真正面から大上段に打ち下ろすも、アマミヤは血を纏わせた刃を回転させて噴出した血潮そのものを盾のように構築し、こちらの一閃を弾き返す。

 

 たたらを踏んだ一瞬が隙となった。

 

「王手やね」

 

 アマミヤの切っ先が喉元に突き付けられる。

 

 キザハシは立体的に駆け抜けて次手を仕込もうとしていたが、アマミヤは振り返ったその時にはその太刀筋を読んで最低限度の回避を打つ。

 

 深く斬撃が地面に食い込んだのを感じ取った時にはもう遅い。

 

 アマミヤの全く力を込めていないように映る拳がキザハシの鳩尾へと叩き込まれる。

 

 それだけで、歴戦のサヤであるキザハシはよろめいていた。

 

「ツーマンセルは悪ぅないけれど、お互いに相手に頼るって事を知らんね。斬るのならば、ここで斬る。倒すのならばここで倒す。当たり前やけれど、あんたさんら覚悟がもう一歩足りんのよ。ウチをシュヴァリエや上級翼手やと思って立ち向かわんと実戦で命を落とすよ」

 

 脂汗が染み出し、真那とキザハシはようやく戦闘神経を緩ませていた。

 

 ぜいぜいと息を切らす事なんてサヤに成ってからはほとんどなかったのに、アマミヤ相手ではほとんど遊ばれているようなものだ。

 

 そんな自分へとアマミヤは投げたのは清涼飲料水だった。

 

 キザハシにも同じように投げる。

 

「少しは休みぃ。それに、近道なんてないんやから。強くなるのには経験積むしかない言う事、キザハシなら分かっとるやろ」

 

「……それは分かっているけれど、次の戦地は“原生林”……少しでも不確定要素を減らしたい」

 

「戦うんなら、一ミリでも、やね。けれど、あんたさんら、もうちょっと肩の力抜いたら? それじゃ上級翼手にさえも届かんかもしれへんし」

 

 その宣告は少しばかりショックだったが、これだけ刃を交わせば嫌でも分かる。

 

 ――アマミヤの分析は的確だ。的確がゆえに、残酷でもある。

 

「……アマミヤさん。シュヴァリエと会敵した場合、どうすればいいんですか」

 

「勝てそうなら戦う、負けそうなら逃げる。それくらいしかアドバイス出来んね」

 

 飲み物を一気に呷って口元を拭ったアマミヤに、自分はどれほど間抜けな顔をしていたのか、キザハシに追求される。

 

「……当たり前の事だけれど、勝てない相手に立ち向かうのは下策よ。“隔離病棟”での事、忘れたとは言わせないわ」

 

 自分はあの時――何も知らずにシュヴァリエへと刃を向けたのだ。

 

 その結果が惨敗であったのだから、今にして思えば迂闊であった。

 

「けれど、他のサヤ達も訓練は続けてる。……そういえば今日の午後から襲名式やね。あんたさんらは出席するん?」

 

 前回、サヤ候補生であった者達が名実ともに機関のサヤとして戦うため、名前の襲名式が行われる予定であった。

 

 キザハシは立ち上がるなり、身を翻す。

 

「あたしはパス。どうせ作戦前に打ち合わせもあるし、襲名式なんて見たって面白いもんじゃないわよ」

 

「そう……なんですか? でも、私は襲名式、やっていないから」

 

「前任者のオトナシから直接やったっけ? ほんま、あんたさんはツイてるんやか、ツイてないんやか」

 

 それでも打ち合いをしてくれるアマミヤはありがたい。

 

 機関最強のサヤとの訓練は自分の戦力を明らかに向上させていた。

 

 ただ、それでも二対一だ。

 

 多勢に無勢と言われてしまえばそこまでかもしれない。

 

「一つ、言っておくけれどアマミヤ。その子は何だかんだでよくやっている。軽んじるもんでもないわ」

 

 意外であったのはキザハシから称賛があった事だろうか。それとも、思ったよりも見てくれているのだ、という驚愕もあったかもしれない。

 

「あらぁ……キザハシもよく言うようになったやんか。まぁ、どっちにせよ、ウチはあんたさんらが実戦で使い物になるように少しでも鍛える事やけれど」

 

 アマミヤが雅な仕草で刀を提げたので、真那は立ち上がって構え直す。

 

「もう一本……よろしくお願いします……!」

 

「ええのん? 死ぬかもしれんよ?」

 

「……構いません。どっちにしたって、私は“音無小夜”なんですから……!」

 

「……心構えは充分やね。ほな、やろか。どっちが音を上げるかの勝負、になるんかねぇ」

 

 軽い立ち振る舞いで刃を構えるアマミヤに対し、真那は固い調子で正眼の構えを取る。

 

 カラン、と下駄の音が残響し、一気に距離を詰められたのを認識したのと同時に習い性の肉体が薙ぎ払って相手の射程から逃れる。

 

 交差する刀に、弾ける火花。

 

 青い加速度を帯びながら、二つの影が交錯する。

 

 踏み込みは浅く、それでいて体重移動を微調整してアマミヤの肩口を狙っていた。

 

 彼女は軽い様子で刃を斬り返しつつ、もう一方の手を添えて刃を偏向させる。

 

 瞬時に交差した太刀を振りほどこうとして、脇腹に手刀を浴びせられる。

 

 一拍のブラックアウト。

 

 激痛が走り、内臓がいくつか不能になる。

 

 平時ならば膝を折るであろう衝撃波に、真那は奥歯を噛んで耐えていた。

 

 反射的に刃を叩き上げ、今度は真那が応戦の手刀を見舞っていた。

 

 アマミヤは即座に回避したが、それも織り込み済みである。

 

 縦一文字の手刀を叩き込んだのは地面にであり、粉塵が舞い上がって視界を阻害していた。

 

 だが、それはアマミヤだけではなく真那も同じ。

 

 両者の有利不利が目まぐるしく変移していく中で、真那は足払いを行っていた。

 

 アマミヤほどの実力者が引っ掛かるはずがない――だが少しでも隙を稼げれば――事実、それは成功しなかったがアマミヤは掌底を真那の胸元へと打ち込む。

 

 衝撃波が背骨を突き抜け、肉体が塵芥に帰した感覚が居残る。

 

「あんたさんも懲りんねぇ……」

 

「……諦めだけは、悪いので……」

 

 アマミヤの腕を掴み取り、自らの肉体を躍動させて一閃を叩き込む。

 

 当然、アマミヤは刀で受けるほかないが片腕は抑えてある。

 

 どう抵抗するか、と真那は一撃へと重さを乗せていた。

 

 だが、アマミヤの対処はさほど大事なものでもない。

 

 片手に握った太刀を逆手にして掌底で掴んだ真那のセーラー服を握り締め、そのまま引き寄せての叩き上げ。

 

 刀の峰で脇腹へと打ち込まれ、真那は一瞬呼吸出来なくなっていた。

 

 訓練場を無様に転がっていくが、すぐさま意識を持ち直し姿勢制御する。

 

 途端、冷水を浴びせかけられたかのようにぞくりと総毛立つ。

 

 真那は咄嗟の習い性で飛び退ったが、先ほどまで首があった空間をアマミヤの刃が引き裂いていた。

 

「あら? 思ったよりも速いんやね」

 

 何でもない話題の延長のようにして、必殺の太刀が放たれていた。

 

 その事実に真那は心臓が激しく脈打つのを感じ取る。

 

 ――今、まかり間違えれば死んでいた……?

 

 その予感が嫌でも身を竦ませる。

 

 アマミヤは刀を鞘に仕舞っていた。

 

「これで終いやね。あんたさんに出来るのはここまでやろ」

 

「ま、まだ……」

 

「言わんと分からんの? これ以上やればあんたさんは使い物にならんよ」

 

 最強のサヤからの宣告は、あまりにも冷徹。

 

 だが、真実であっただろう。

 

 真那は刀を収め、それから一礼する。

 

「……ありがとう……ございました……」

 

 声が自ずと震える。

 

 もし、実戦であったのならば自分は首を刈られていたのだ。

 

 体温が下がり、斬られ損なった首の皮に意識が集中する。

 

 まだ繋がっている――と意識し直しただけで今にも集中の糸が切れそうだった。

 

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