BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百十三話 血を超えて

 

 斬、と血の刃に宿らせた殺意のままに打ち下ろし、キザハシは上級翼手を仕留めていた。

 

「かなりの大喰らいだったみたいね……」

 

 周囲に飛び散った臓物や手足が、地下道に血の痕跡を残している。

 

 背後で結晶化していく上級翼手には最早目もくれず、キザハシは血の臭いを辿っていた。

 

「……この感じ。まだ生きている人間が居る……?」

 

 確証はない。

 

 しかし、死者の臭気だけではなく、明らかに生存者の匂いが入り混じっていた。

 

 キザハシは太刀を構えて探索する。

 

 点々とレールに落ちた血の道標を進むと、不意に殺気を感じ取って飛び退る。

 

 つい先ほどまで頭部があった空間を掻っ切ったのは、鉄の一撃であった。

 

 血を纏わせた鉄の棒で振るわれた暴力の主は、ぜいぜいと息を切らす少女だ。

 

 だが、ただの生存者ではないのは、闇の中で煌々と照り輝く真紅の瞳で明らかである。

 

「……未覚醒者……」

 

「ころす……ころ、す……! 私達は、だって……!」

 

 鉄パイプが振るわれるが、サヤの感覚を使うまでもなくかわし、キザハシは背後へと回り込む。

 

 その腕をひねり上げて武器を取り落とさせていた。

 

「……答えなさい。あんたは“SAYA”のキャリアーね?」

 

「……みんな……みんな、そうだった……」

 

「見たところ、この地下空洞に拠点を張っていたのを、上級翼手が追い込み……そのまま全滅、ってところかしらね」

 

「……地下に逃げるしか、道なんてなかった」

 

「……確かに、地上は酷い有り様だった。アシッドの爆撃にでも遭って、それで逃げたわけ?」

 

「……違う……。爆撃? そんなもんじゃ……ない。あれは……怪物……」

 

 どうやらこちらの認識と少女の持つ情報は異なるようだ。キザハシはより強く、少女の腕をねじり上げる。

 

 呻く少女へと、キザハシは詰問していた。

 

「迂遠な言葉は、ためにはならないわよ。……アシッドの爆撃機によってこうなったんじゃないの?」

 

「……ここは……“SAYA”のキャリアーの数が二桁を超えてからずっと、こんな調子だった。怪物が練り歩いて、私達を狩る。でも……狩られない方法を、何故か私達は知っていた……。血を使って武器に纏わせれば、相手は結晶化される……」

 

 恐らくは先天的に、サヤの因子を使いこなす素養があったのだろう。

 

 このセクションではそうやって生き永らえたわけか。

 

「……それが分かっていても、勝てない相手が居た、と見るべきなのかしら。上級翼手が相手なら、逃げるのもやむなしだけれど」

 

「……上級翼手……違う。そんなのじゃない。奴は……あの男はこう名乗っていた……。――シュヴァリエ、と」

 

 その名称が紡がれた瞬間、キザハシは少女を組み伏せていた。

 

 痛みに呻く少女へと、キザハシは問いを重ねる。

 

「答えなさい! ……いいえ、答えないなんて選択肢はないわ。あんた……シュヴァリエと行き遭って、生存したって言うの……!」

 

「い、痛い……痛いっ! ……シュヴァリエと言うのはそこまで……」

 

「質問の権利はこっちにある。シュヴァリエ相手に勝てる未覚醒サヤが居たって言うの?」

 

 僅かな沈黙の後に、少女は、そうか、と口にする。

 

「……勝てた……と見るべきなの、かな、あれを。……でも、私よりも殺意の濃い“SAYA”のキャリアーは、立ち向かっていった。でも……私は勝てないと思って、数人の同胞と共に、地下に逃げたの。それを、怪物が追ってきて……」

 

「仕留めたと言う事ね。……なるほど、お仲間は追い込まれて殺された、と」

 

 だが、それでも得心がいかない部分がある。

 

 上級翼手相手に、未覚醒サヤが善戦しただけではなく、シュヴァリエ相手に立ち向かうような命知らずが居たと言うのか。

 

「……シュヴァリエに対抗した者達は?」

 

「……分からない。地下に潜って、何日か経ったし……ここじゃ日にちの感覚も曖昧だから。ただ殺されないように……抵抗しただけだって言うのに……」

 

 キザハシはこれ以上、情報は得られそうにない、と少女を突き飛ばす。

 

 血塗れの制服に袖を通した少女は、今にも消え行きそうな呼吸を漏らす。

 

 キザハシは刃の切っ先を突き付けていた。

 

 息を呑んだ少女に尋ね返す。

 

「そんなに異常じゃないでしょう? これまで死ぬような思いをしてきたんだから」

 

 喉元へと刃を据え、一方的に言葉を発していた。

 

「ここで死んだほうがマシ、って思えるんならそうしてあげる。ちょっとした慈悲みたいなものよ。いずれにしたって、このセクションはもうお終いでしょうし……シュヴァリエが来ているのなら、その命も長くないと思いなさい。けれど、選ばせてあげる。殺されるか、これ以上の地獄を味わうか」

 

 大方、逃げ込んで来たのだ。

 

 最後くらいは選ばせるのは自分なりの気紛れであったのかもしれない。

 

 あるいは――かつて自分が選ばされたように、今度は突きつける側だと言うのが分かったのだろう。

 

 少女は茫然としていたが、やがて決意した双眸で刀を握り締める。

 

 抜き身の刃を強く握って、その痛みで彼女は決断を下したようであった。

 

「……死ぬくらいなら、もう死んでいる……。私は、まだ……諦めたく、ない……!」

 

「……上等な決意ね」

 

 少女の胸倉を掴み、キザハシは息のかかる距離で言い捨てる。

 

「じゃあ、あんたはまだ生きなさい。それが死んで行った者達への、せめてもの手向けになるって言うんなら」

 

 身を翻す。

 

 少女は黙って後ろに付いて来ていた。

 

 別段、突き放してもよかったのだが、今は決意するのが重要だ。

 

 自分でした決意なら、最後の最後に下手に誰かへと責任転嫁せずに済む。

 

 そう選ばせたいだけの、ただの狡い論法であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛空艇はセクション三を飛び回り、直下の灰色の景色を眺めるには足る高度を取っていた。

 

「……随分と静かやねぇ」

 

 ぼやいたアマミヤはしかし、周辺警戒を怠らない。

 

 索敵の感覚を奔らせつつ、管制室に居る者達へと問いかける。

 

「後方部隊が合流するのには?」

 

「あと一時間は、少なくとも。セクション間を抜けるのです。支部に命令書を通してから、そちらで出撃する事になるかと」

 

「難儀なもんやね。セクションを完全に超えるのには権限がどれだけあっても足りへん言うんは。この飛空艇かて、制空権を超えるだけの出力を持っとる時点でセクション条約違反の代物やもんな。見つかれば撃墜されても、何の文句も言えん……ちぃと待ちぃ。あれは……?」

 

「あれ、と仰るのは……?」

 

「四時方向。索敵を厳にせぇ」

 

「……何も見えませんが……霧、ですかね……」

 

 だがアマミヤの感覚野には、それがただの霧ではないのは明白であった。

 

 赤く染まった霧は、気象現象ではない。

 

「……あれは、血ぃ……?」

 

 血の濃霧の向こう側で、閃光が明滅する。

 

 人間の眼では捉えられない何かが蠢動し、直後、飛空艇を照準したのが伝わった。

 

 肌が粟立ち、アマミヤは小さな自分へと感覚を戻して声を張り上げる。

 

「……後退……いいや、四時方向に警戒! ――来る」

 

 何が、と言う主語を欠いたままの感覚に翻弄された飛空艇の乗組員達は、直後の激震に姿勢を崩していた。

 

「何事だ!」

 

「攻撃です! ……いえ、これは……地上から……?」

 

「あの霧の向こうに……何か、居る……!」

 

 だが、熱光学――あるいは人類の持つ全ての識別信号で霧の向こうに居る存在を捉え切れないようであった。

 

「……血の、赤い霧……。何や、何が居る言うん――」

 

 索敵網を走らせようとして、アマミヤは不意に別方向に存在を感じ取っていた。

 

 見知った気配に、血の霧を探ろうとしていた意識は誘導される。

 

 感覚野が拡大し、大写しになって捉えた視野で、アマミヤはこちらを手招く存在を目の当たりにしていた。

 

「……まさか。七原文人……?」

 

「アマミヤ……? 一体、何が起こって……」

 

 操舵長の声を皆まで聞かず、アマミヤは射出用の繭へとアクセスしていた。

 

「ウチも出撃する。……恐らくはここに、七原文人が居る……!」

 

「まさか! 楽園の王自ら? ……だが、雨宮小夜の守りがなければ飛空艇でも……!」

 

「別命あるまで、後退して地上からの攻撃に備えぇ。そう簡単に轟沈する装甲やないやろ。……霧への探索には地上展開している六人のサヤを向かわせるわ。それで事足りるはずやし……それで足りんのなら……」

 

 最悪の想定を浮かべたが、頭を振って払い落とす。

 

「……地上の各員へ。合流地点へと合流後、こちらの指示するポイントへと進軍。……敵は飛空艇を狙って来とる。そう簡単に墜ちるわけがないけれど、もしもの事もあり得る。あんたさんらは、血の霧を張っている敵を撃退せぇ」

 

『アマミヤ。こちらで生存者を一名確認。サヤは全員、無事に合流完了したわ。これ以上の生存者の探索は……』

 

「打ち切って敵の対応に専念するとええ。……どうせ、そこに来るまでたくさんの死体は見とるやろ」

 

 図星だったのか、通話先のキザハシは答えない。

 

「……ウチも出撃する。どうも……このセクション、ただ単にアシッドが制圧しただけには思えんのよ」

 

『飛空艇の守りは? そこまであたし達は余裕ないわよ』

 

「それは……」

 

 二の句を継げないでいると、管制室のメンバーが代わりに応える。

 

「安心して欲しい。ここに居る全員、既に覚悟の上だ。現場のサヤの判断を優先する。……心配するな。我々だって精鋭揃いだ」

 

 代わりに応じた面々に振り返る。

 

 サムズアップを寄越す彼らを目にしてから、アマミヤは通達していた。

 

「……聞いた通りや。あんたさんらは地上の脅威を打倒。ウチは敵の頭目を抑える」

 

『頭目って……まさか、七原文人が……?』

 

「逸らんとき……と言いたいところやけれど、ウチの第六感が告げとるんよ。七原文人か、あるいはそれの準ずるだけの脅威がここに来とる。ウチが抑えへんと、あんたさんら、多分死ぬんよ」

 

 唾を飲み下したのを通話越しに感じつつ、アマミヤは繭へと足をかけていた。

 

「出撃後、飛空艇の守りは手薄になる。地上部隊のサヤへと座標データは送っておいた。……あんたさんらは、せめて死なへんように……」

 

「要らぬ心配だ、アマミヤ。我々だってタフなんだ」

 

「そう……そう、やったね。機関の連中は、みんな……」

 

 感慨を噛み締めて、アマミヤは繭へと包まれる。

 

 降下準備を行い、照準補正をかけてから、アマミヤは飛空艇から射出されていた。

 

 地上へと繭が突き立ち、開かれた白銀の装甲から解き放たれたアマミヤは駆け抜ける。

 

 足を止めている猶予はない。

 

 先ほど関知したのが間違いなく、七原文人本人のものであるのならば、自分が抑えれば大きな躍進となる。

 

「……けれど、そう簡単に抑えさせてはくれん、言うわけ……」

 

 針路上に現れたのは呪符より召喚された怪物達であった。

 

 巨大な怪鳥が甲高く鳴き、その翼で辻風を巻き起こす。

 

 地表を這うのは大蛇であり、堅牢な表皮が砂埃を引き起こして自分の前に立ちはだかっていた。

 

「……〈古きもの〉……」

 

 アマミヤは支給された刀の鯉口を切り、姿勢を沈めて敵に備える。

 

〈古きもの〉達が威嚇する中で、呼吸を静かに抑えていた。

 

 ――直後には、自分は静謐なる血の湖畔に佇んでいる。

 

 くちばしの大きな灰色の水鳥が降り立ち、ぎゃあと一声鳴いて羽ばたいていった。

 

 血の湖に波紋が広がる。

 

 その波紋と同期して、アマミヤは踏み込んでいた。

 

 気配を殺した刃が奔り、〈古きもの〉を掻っ切る。

 

 大蛇の堅牢な表皮が砕かれ、その頭蓋を叩き割っていた。

 

「――退きなはれ。死ぬんは嫌やろ?」

 

 牽制だけで済めばそれでよしと捉えていたが、怪鳥と大蛇が喰らいかかって来る。

 

 アマミヤは一つ、小さく嘆息をついていた。

 

「そんなに――命は要らんようやねぇ?」

 

 

 

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