BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百十四話 傍に居る資格

 

 アマミヤが出撃したと伝令があったのが三分前。

 

「急いでくれ! すぐにでも援軍に向かわなくっちゃどうしようもない!」

 

 急いたマイケルが承認書をいくつかさばいている間にも、現場の状況はひっ迫している様子であった。

 

 飛空艇からのラグがある映像情報だったが、血の霧が舞い上がりそこから攻撃を受けている。

 

 本部施設から飛び立とうにも、二重三重のチェックと権限のリストが自分達を物理的にも情報的にも阻んでいる。

 

「こういう時に……理想郷のシステムって奴は厄介なんだ……!」

 

 セクション間を容易く爆撃出来る装備があってはならない。それと同じように、セクション間を簡単に超えられるような存在もまた、居ないのだ。

 

 如何に平時より隠密を忍ばせているとは言え、機関の権限はこういう時に届くのがあまりにも遅い。

 

 致命的な誤差に、マイケルは苛立つ。

 

「……頼むぞ……オレ達のサヤを、死なせるわけには……」

 

 承認書はまだ十枚のうち、一枚の調印すらされていない。

 

 アシッドの眼を掻い潜る事は、物理的に不可能だ。

 

 ならば、条約違反にならないように動くしかないのだが、これがある意味では弊害であった。

 

 身勝手に動けば、後々禍根を残す事になる。

 

 あくまでも、隠密にと準じた結果、全てが手遅れに転がっていくのをマイケルは予感していた。

 

「……出撃時には、戦術ヘリには新型特殊弾頭の装備を許可されている。ジョエル、調印はまだなのか?」

 

『正式に辞令を出すのには、あまりにも不自然なんだ。陸路を行こうにも、セクション三は現在、全ての運航を拒んでいる。アシッドの隙を突くのには、困難な状況が続いたままだ』

 

「しかし……! アマミヤが出撃したんだ……そのシグナルがあった時点で……!」

 

『承知している。こちらでも急がせているが……早くても一時間後だろう』

 

「一時間……だって……? そんな頃には、サヤ達が……!」

 

 最悪の想定が滲む。

 

 アマミヤが動き出した事実を鑑みれば、シュヴァリエ相当が潜伏していてもおかしくはない。

 

『マイケル、君の焦燥も分かるが……我々だって精鋭のサヤ達を出撃させている。本部への強襲にも備えなければ、お歴々だって枕を高くして眠れないだろうさ』

 

「ワイズマンの連中が阻んでいるって言うのか……!」

 

『逸るなよ。ワイズマンは僕らのストップ役だ。現場判断で兵力を割き過ぎれば、本部が手薄になる。敵だって馬鹿じゃない。きっと、この千載一遇の好機を狙ってくるに違いない』

 

 言わば、肉を切らせて骨を断つ覚悟なのだろう。

 

 敵の強襲は予測出来ているが、だからと言って今さら精鋭部隊を帰すわけにはいかない。

 

「……すぐそこまで……!」

 

『だから、焦るなと言っている。マイケル、我々はどう足掻いたってサヤのバックアップだ。落ち着いて事態の趨勢を見るのも役割の一つ。……現場判断だけを優先すれば、思わぬところで足をすくわれるだろう』

 

「……でも、だからって……死にに行くようなものを、見過ごせるものか!」

 

 通話を切り、承認書を急がせていると不意に声が掛けられていた。

 

「失礼。雨宮小夜の担当とお見受けする」

 

「……あんたらは……確か、音無小夜の……」

 

「デヴィッドだ」

 

「おれはルイス。よろしくな、確か……」

 

「……マイケルだ」

 

「特殊技能の職務なのだと聞いている。我々が口を出すものでもないとは思うのだが」

 

 オトナシのデヴィッドは端末を取り出し、そこに波形データを表示させていた。

 

 投影されるデータに、マイケルは疑問符を挟む。

 

「……これは何だ? 歌……?」

 

「レクディの潜伏先に放置されていたデータだ。恐らく、レクディ本人の歌だろう」

 

 その段になってマイケルはよろめくように後ずさる。

 

 レクディの歌――その意味が分からぬほど蒙昧ではない。

 

「……おい、そんなのは……!」

 

「安心して欲しい。既にオニゲンに対して無害である事を確認済みだ」

 

 デヴィッドは落ち着き払って波形データを操作している。

 

 何だか慌ててしまった己の無知が晒し上げられたようで、マイケルは咳払いしていた。

 

「……それで? レクディの歌には確かに、影響がないものもある。それは、劣化データを配布していたためだと考えられていたが」

 

「我々もそう断定していた。レクディの歌で潜在翼手人類が覚醒しないのは、劣化した音声データには肝心の覚醒因子を刺激するものがないからだと。だが、これを解析して分かった事が大きく二つ。レクディは恐らく、自らの意志で覚醒因子をある程度操作出来る」

 

「それは……だとすれば、レクディは本当に覚醒させたい連中以外には無害だって?」

 

「無害とまでは断定出来ないが、少しは落ち着ける要因にはなったはずだ。この音声を聴けるな?」

 

 デヴィッドは紺碧の瞳に覚悟を問い質している。

 

 マイケルはここで退いてなるものか、とヘッドセットを引き寄せる。

 

「……で、もう一つって言うのは」

 

 曲調はバラード。レクディのヒットナンバーにしては、聴いた覚えもない。

 

「もう一つは、この楽曲、『ラスト・リゾート』には覚醒因子を呼び起こす意味以外の何かが仕込まれている」

 

「それって……! 危険だって事じゃ……!」

 

「それが我々、オニゲンにとって、ではないとすれば?」

 

 デヴィッドの詰めた問いかけにマイケルは唾を飲み下す。

 

「……どういう事なんだ……」

 

「俺達も探っている途中だが、レクディは恐らく、わざと我々にこれを奪取させた。意図があるはずだ、オニゲンを誘発するのではなく、別の目的が。俺にはこう言われているように感じる。“これを読み切れるか?”と。……レクディだけじゃない、彼女を裏から操る者からの挑発だ、これは」

 

「考え過ぎだって、おれは言ったんだがな」

 

 肩を竦めるルイスに、マイケルは曲調をよく精査する。

 

「……待ってくれ。覚醒因子じゃない歌を我々に差し出しても、レクディにとってのメリットはない。それに、サンプルデータを差し出すと言う事は……」

 

「この歌は解析されるべくして、与えられた歌だと言う事だ。……言ってみれば挑戦状か。レクディだけじゃない。これを読み切れなければ、我々は敗北する」

 

 マイケルは解析データに視線を走らせるが、どれもこれも影響なしの数値を弾き出している。

 

「……“養殖場”のデータはオレも参照した。その時には、レクディは破滅の歌を歌ったと……。方針が変わったと言うのか?」

 

「と言うよりも、その接触を契機にして、レクディはただ闇雲に歌う事をやめたと考えるべきだろう。……レクディの意志だけじゃない。アシッドのやり口は徹底している。我々を破滅させる気ならば、最も効率的な手を打つはずだ」

 

「それってのは……」

 

 言葉を彷徨わせていると、マイケルは不意打ち気味の警笛を聞いていた。

 

 その場に集ったデヴィッド、ルイス全員に緊張が走る。

 

「……おいおい、これって……」

 

 オトナシのルイスが戸惑ってよろめく。

 

 マイケルも目を見開いて硬直していた。

 

「……本部施設への強襲警告……? ついさっきジョエルと話したばっかりだぞ……」

 

「どうやら思ったよりも我々の考え以上にアシッドは素早く動いているらしい。俺は一時間後の援護に向かう。マイケル、お前はどうする? 本部施設に仕掛けられれば、ここに居るほとんどのデヴィッドとルイスには帰投命令が下りる。そこから先は、命令違反の行動になるが」

 

 このデヴィッドは何を言っているのか。

 

 自分が命令違反を押してまで、サヤ達の援護に向かうのだと宣告している。

 

「……本部を捨てるのか?」

 

「では返させてもらうが、サヤ達を捨てるのか?」

 

 まるで迷いのない問答。

 

 彼の答えはもう決まっているのだ。

 

 本部が数秒後に陥落するとしても、心の指針は既に。

 

 見据えるべき戦場を見据えている。

 

 ここに自分へと声をかけ、そしてレクディの切り札を開示した以上、求めるところは一つだろう。

 

 マイケルは端末を閉じさせ、それから宣言する。

 

「……オレも、自分のサヤのために命を捨てさせてもらうぜ」

 

「……そうか。お互いに酔狂に成り下がったものだな」

 

「どうとでも。……他の連中は本部へと帰投しろ! オレとオトナシのデヴィッドとルイスだけで充分だ! それとも、ここで指をくわえて命をわざわざ捨てに行くか? お前ら、“デヴィッド”と“ルイス”なんだろ! ……本部に待つ自分のサヤのために行動しろ。オレから言えるのはそれだけだ」

 

 行動を迷っていた“デヴィッド”と“ルイス”達が一斉に本部への援護に向かって駆け出す。

 

 最後にはロビーに残っていたのは自分とたった二人だけ。

 

「人徳がないと困った事になるもんだな」

 

「いや、それがお前の決断ならば尊重しよう。……俺は自分のサヤに恥じ入りたくないだけだ。我儘に過ぎない」

 

 だが、そうと決めた男の眼差しを注ぐオトナシのデヴィッドに、最早迷いはないようであった。

 

「……あんたも変わり者だな。オレなんて、この間“マイケル”になったばっかりだ。機関への忠誠だって薄い。……オレが裏切るのはまだ分かる。あんたらは長いクチだろうに、こちら側を選ぶなんてな」

 

「俺達は常に間違いのない選択肢を選んできたつもりだった。……だが、その末に自らのサヤを死なせるのは、もう二度とまっぴらだ。それならばまだ、己の覚悟だけを信じればいい。組織を信じるのは俺達以外の、誇り高い“デヴィッド”と“ルイス”の役割だ。俺達は、ただの人でなし。本部に居る数百名の重要人物よりも、前を行くと決めた一人のサヤを選んだ。……ただの人でなしだ」

 

「そうか? オレは勇気ある覚悟だと思うぜ。……勇気がなくっちゃ、こんな重要な局面で決意出来ないだろ。ああ、そうさ。オレだって同じ気持ちだ。自分のサヤに、失望されたくないのさ」

 

「そうか。互いに難儀な道を選んだものだ」

 

「おいおい、そっちが言うか? あんたがオレをこっちに留めたんだぜ?」

 

 自嘲気味に応じる自分へとデヴィッドは口元を綻ばせる。

 

「……俺は後悔しながら生きていきたくないだけだ」

 

「生憎だな。オレもそうだ」

 

 ロビーには本部襲撃の警告が鳴り響く。

 

 しかし、自分達の戦場はここだ。

 

 全ての書類に調印が成されるのは、早くても一時間後。

 

 その時に全てが決している可能性がないわけではない。

 

 要らぬ足掻きとプライドで、肝心な決断を間違えたかもしれない。

 

 それでも――自分達はサヤを支えると決めた男なのだ。

 

 ならば、ここ一番でうろたえてはならない。

 

「……何だかな。おれ達だけかと思ったぜ、ここまで馬鹿やるのは」

 

「それは言いっこなしだろ。第一、そっちは覚悟決まってるのかよ」

 

 ルイスはこれまで我関せずの態度を取っていたが、最後まで彼は言及せずに肩を竦める。

 

「言うもんじゃないさ、“デヴィッド”と“ルイス”は一蓮托生。覚悟決まった相方が居るんだ、なら、おれはついて行くだけだ」

 

 ロビーに留まった三人はそれぞれ、出撃の時を待ち望む。

 

 それこそが自分達の存在証明だと、信じて疑わずに。

 

 

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