BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百十六話 刃の宿命

 

 血を浴び過ぎたか、とアマミヤは冷静に事の次第を分析しつつ、それでもこちらの道筋を阻む〈古きもの〉を斬り伏せていく。

 

「ほんま、厄介やねぇ……血で殺せん言うんは」

 

 一瞬の交錯の後、斬撃で敵の心臓部を射抜く。

 

 そのまま踊るようにもう一体の植物形態の〈古きもの〉の追撃をかわし、腰だめに構えた太刀を薙ぎ払う。

 

 寸断された敵を一顧だにせず、アマミヤは駆け抜ける。

 

 恐らく、己の中では最大値に近い速力で。

 

 セクション三、“原生林”は整備されていない箇所の多い土地だ。

 

 そもそも、土地勘に関してはあまり得意でもない。

 

 索敵に関しても、本当に秀でているサヤに比べれば、自分は標準より少し上程度。

 

 だが、その背中だけは逃すわけにはいかなかった。

 

 再び〈古きもの〉が屹立する。

 

 今度は獅子を模した〈古きもの〉であった。

 

 牙を軋らせ、黄金の体毛を誇るかのように震わせる。

 

 直後に噛み砕く鋭利な一撃が一直線に放たれるが、アマミヤは最短経路を辿るべく刃を縦一文字に走らせていた。

 

「邪魔なんよ」

 

 獅子の〈古きもの〉が肉体を両断され、その遺骸を横たえさせる。

 

 その肉体を蹴ってようやく、アマミヤは立ち止まった相手へと声を投げていた。

 

「……警護も付けずに? 舐めとるん?」

 

 振り向いた相手の相貌は十二年前から変わっていない。

 

 柔らかな微笑を湛えた楽園の王――七原文人はしかし、声を発しなかった。

 

 アマミヤは討つのならば今しかないと、脚部に血を流し込み、刃には殲滅の灯火を宿らせる。

 

 直後、撃滅の速力で躍り上がる。

 

 アマミヤはそのまま大上段から文人へと刃を打ち下ろす。

 

 別段、妙な感慨に足を取られるわけでもない。

 

 殺すと決めた相手に、今さら慈悲もない。

 

 殲滅の太刀は確かに、文人の肉体を断ち切っていた。

 

 ――その姿を構築していた呪符が解ける、その時までは。

 

「……これは……!」

 

『アマミヤ。君はとても強いから、メッセージを残しておこう。きっと君は僕を追って、そして取り返しのつかない場所まで踏み込んでくる。〈古きもの〉を何体か放ったが、ほとんど無為だろう』

 

 四方八方から文人の耳障りのいい声が残響する。

 

 アマミヤが視界を巡らせるも、その声の主は捉えられない。

 

 否、最初から、違う。

 

『君の強さと、そして強靭な意志に敬意を表し、僕の目的を教えよう。ロンギヌス機関本部への襲撃だ』

 

 舞い落ちていく呪符の数々。

 

 そこから生み出されたのは絡み合う触手で編まれた牢獄であった。

 

〈古きもの〉が積み上がり、その存在を顕現させる前に繋ぎ合わされる。

 

 瞬時に刃を奔らせるが、その時には既に手遅れだ。

 

 火花が散り、太刀筋は無効化される。

 

『残念だよ、アマミヤ。君ほどのサヤと、正面衝突と言う形で決着をつけられないのは。その代わり、僕の最大の賛辞を贈ろう。君の強さ、そして気高さに。――さぁ、出番だよ。九頭』

 

「仰せのままに」

 

 声が放たれるのと同時にアマミヤは意識の範囲外から投擲された刃を感覚していた。

 

 習い性の感覚で紙一重で回避するも、突き立った刃を苗床にして生物的な檻は膨れ上がる。

 

 真紅の花が咲き誇り、眼球が幾重にも浮かび上がる。

 

 直後には、動物とも植物ともつかない〈古きもの〉の籠が構築されていた。

 

 その檻の中で、一人の疾駆が恭しく頭を垂れる。

 

 執事服にモノクルの奥の瞳は伏せられていた。

 

「……久しいですね。雨宮小夜」

 

「……十二年ぶりやないの。確か、九頭やったっけ」

 

「覚えていただき、恐悦至極」

 

 九頭は〈古きもの〉の籠の内側で腰に提げた太刀の柄頭へと指を添える。

 

「……あんたさん、まさか七原文人に言われるがまま、ここでウチを止めるつもりなん?」

 

「いけませんか? 十二年前も時間稼ぎは出来た」

 

「だとすれば、正直舐めとったわ」

 

「買っていただけている、と思っていいんでしょうかね?」

 

「――阿呆、違うよ」

 

 アマミヤは己の内奥に飛び込む。

 

 心証世界で血の湖が広がり、臓腑の臭気を漂わせて一匹の水鳥が羽ばたく。

 

 それを嚆矢としてアマミヤの瞳は真紅に染まっていた。

 

「その成りでウチを止められるなんて思い上がったその思考回路が、心底ウチらサヤを舐めとるって言っとるんよ」

 

「物は言いよう。では、行きましょうか」

 

 直後、互いに距離を殺したかのようにして距離を詰める。

 

 一秒が永劫に感じられるほどの交錯。

 

 抜刀した九頭はこちらの首筋を狙っていたが、アマミヤは駆け抜けると同時に柄頭で九頭の腹腔を狙っていた。

 

 ――サヤに人間だけは殺せない。

 

 その法則で時間稼ぎをする腹積もりであるのならば、取るべき方策は一つ。

 

 打撃で昏倒させるほかない。

 

 しかし、九頭はその思考回路を読み切ったように、肘打ちを叩き込んでいた。

 

 接触の瞬間、アマミヤは咄嗟の判断で飛び退る。

 

 先ほどまで頭蓋があった空間を射抜いた肘打ちには電撃が纏いついていた。

 

「惜しいですね」

 

「そう? ウチにはだいぶ届いてへんみたいやけれど」

 

「雨宮小夜。その刃、研鑽の上にある技巧、どれもこれも、十二年前よりも鋭くなった、と言わせていただきましょう」

 

「そっちは随分と老け込んだやんか。もっと強かったんとちゃう?」

 

「返す言葉もありません。いやはや、年は取りたくないですね」

 

 だが、九頭の振る舞いそのものは余裕だ。

 

 息が切れている事もなければ、脈拍が乱れている様子もない。

 

 それどころか戦いを楽しんでいる。

 

 心の奥底からの、戦闘狂。

 

 否、それは忠誠にも似た狂信者の在り方だろう。

 

「……何で七原文人のためにそこまで出来るん?」

 

「文人様は私の全てですから。エメトピアを動かすのに必要なお人である」

 

「虚飾はええんよ。あんたさん、ただ単に信奉しとるわけやないやろ。……七原文人と言う存在を、そうやね、端的に言うのならば――“愛している”とでも」

 

 モノクルの奥の瞳が細められ、彼は太刀を握り直していた。

 

「……私を覗きますか。機関のサヤ風情が」

 

「覗かれて困るような腹の内、とっとと曝け出すべきやと思うけれど? それとも、あんたさんはこうしてウチ相手に善戦する事で、七原文人に愛を誓いたいんか? 随分とまぁ、一途やねぇ」

 

 九頭は軽く刃を提げたかと思うと、瞬間的にその姿が掻き消える。

 

 アマミヤは薙ぎ払われた一閃を刀身で受け流していた。

 

 だが、その速力。

 

 そして迷いのない殺意はどこまでも強靭だ。

 

 僅かに押し返されたアマミヤは言葉を重ねる。

 

「……図星突かれてキレる言うんは、大人やないって言うんよ」

 

「文人様は楽園の全てであり、私の全てでもある。雨宮小夜。あなたには行かせない。文人様はご決断なされた。断腸の思いで、本部襲撃を決意なさったのです。あなたには分かりますか。かつての同胞をその手にかけなければならぬ、文人様の苦しみが」

 

「分からんよ。その点、十二年前から変わらんわ。あんたさんら、自分勝手なドラマに酔い過ぎなんよ。そんな信条、敵であるだけで分かりっこないやろ」

 

「……確かに。雨宮小夜、私を万に一つ殺せたとして、この〈古きもの〉で構築された牢獄は一度に大量出血させなければ破れない。私が文人様より借り受けた〈古きもの〉は、総数五十体。あなたは相当数を倒してきたようですが、牢獄を作るのに用いたのは三十体。分かりますか? あなたは私を無力化しても、三十体の〈古きもの〉を殺し尽くさなければならない。遠大な時間がかかるでしょう。その間に、文人様の目的は完遂される。最早、ここで争い合っても利はない」

 

「だから? ウチに利がないからって諦めろって? それこそ、阿呆の領域なんよ。ウチはこの十二年間、あんたさんらを殺す術を探してきた。純正人類を無力化し、〈古きもの〉を封じる術を」

 

「そんなものはありはしない」

 

「せやね。ないとは思うわ。だからウチは探し続けた。殺すのではなく、無力化するでもない。相手の戦意を挫く事こそがその最適解への道標なんやと」

 

「……雨宮小夜、何が言いたいのです」

 

「あんたさんら、迂闊やって言うとるんよ。勝てるからって全部、ベラベラ喋る人間が居る? ウチらサヤには、通信用の首輪が巻かれとる。……聞こえとるね? 本部施設襲撃を予見してサヤを配備。デヴィッドとルイスも第一種戦闘配置で応戦。七原文人はサヤじゃ殺せんけれど、〈古きもの〉は大量出血で殺せる」

 

『了解。本部防衛部隊はこれより、雨宮小夜の命令をもって応戦に入る』

 

 

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