BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百二十話 赫灼

 

「死んだか?」

 

 ジェイムズがそう問いかけたのは、真那がこの数十分間、一度も間合いに辿り着けなかった事も起因していた。

 

 ぜいぜいと息を切らす。

 

 制服は煤けた風と血の霧、そして爆薬の衝撃波でぼろきれ状態だ。

 

 それでも真那は折れない。

 

 どうしても――勝たなければいけない理由があった。

 

 キザハシがここまで導いてくれた。

 

 アマミヤが自分に鍛錬を施してくれた。

 

 ならば、報いる事だけが――。

 

「遅いな」

 

 堂々巡りの考えを打ち切るように、ジェイムズは機雷化させた石を投擲する。

 

 いくつかは刃で弾いたが、それでも余剰衝撃波で肉体は嬲られる。

 

 姿勢を崩した自分へと、ジェイムズは加速術で懐に潜り込み、真那の首を絞め上げていた。

 

 奈落の底に通じているかのような昏い眼差しには、恩讐が漂う。

 

「貴様さえ……! 貴様さえ居なければ、十六夜小夜は私を見てくれていた! 最愛のシュヴァリエだと! 唯一無二だと! ……だが貴様は“ママ”を殺した。ゆえに、一ミリの慈悲を与えるつもりもない。ここで首を落とされるか、それとも全身焼かれるか」

 

 ジェイムズの腕から炎が生じ、真那の肉体を焼き尽くさんとする。

 

 もがくも、相手の膂力を前に振りほどけないでいた。

 

 ――死ぬ? このまま? 何も出来ないで?

 

 脳裏を掠めた最悪の予感に真那は意識を手離そうとするが、それをサヤの因子が許さない。

 

 ――翼手は殲滅。翼手は皆殺し。ヒトじゃないもの。

 

 誰が歌っているのだろう。

 

 わらべ歌のような抑揚で、少女の声が木霊する。

 

 真那は柄を固く握り締め、そのまま払い上げていた。

 

 ジェイムズの肉体はしかし、堅牢そのもので刃を一切通さない。

 

「無駄だと分かっているだろう? そろそろ往生際が悪いぞ」

 

 ああ、そうだろう。

 

 そうだとしても。

 

 たとえ、それが愚かしい結末を辿ろうとも。

 

 どくん、と脈動する。

 

 世界が真紅へと堕ち、その旋風の中で真那は今一度、刃を薙ぎ払っていた。

 

「……何だと……?」

 

 血潮が迸る。

 

 後ずさりしたジェイムズへとそのまま追撃の浴びせ蹴りを見まい、相手がうろたえた瞬間を狙って頸椎を斬り伏せていた。

 

 ジェイムズが喉の奥から呼吸音と大差ない声を発する。

 

「……何故……」

 

「分かった事が二つだけあった。恐らくだけれど、ある一定タイミングで硬質化と赤熱化は同時に出来ない。その隙を突けば、一撃は通るはず」

 

「賭けだったはずだ……それでもか?」

 

 首肯し、真那は身を翻そうとして背後から沸き上がった哄笑に足を止めていた。

 

 理解する前に剛腕で臓腑を殴りつけられる。

 

 全ての現象が後れを取る中でビルの壁面に叩きつけられていた。

 

 肺の中の空気が全て消え失せ、体内の流れる血の脈動が変動値を示す。

 

 ぼやける視界の中で、ジェイムズは立ち上がって乾いた拍手を送っていた。

 

「いやはや、舐めていたのはお互い様か。いいだろう、見せてやろう。見た事を後悔する私の真の姿を」

 

 めきめきと背骨が折れ曲がり、肉体が三倍以上に膨れ上がる。

 

 色は漆黒だ。

 

 岩石を思わせる肉体の装甲を誇示し、奥で真紅の眼光が煌めく。

 

 漆黒の頑強な翼手は吼え立ててその存在を証明する。

 

「……シュヴァリエの完全翼手化……」

 

「その通り。あまり使いたくないのだがね。何せ、これを使って勝利したサヤは居ない。私は戦闘狂ではないが、それでも少しは楽しみたい部類だ。だが、この程度でサヤは死に行く。ならば、手加減でもいいかと思っていたのだが……今回は甘かったようだな」

 

 重戦車のようなその姿に、真那は己のダメージを鑑みる。

 

 ――すぐに奇襲は出来ないけれど、一閃くらいは……!

 

 青い加速術で立体的にビルを駆け抜けて攻撃の矛先を定めさせないように留意しつつ、剣閃を払っていた。

 

 その太刀が表皮にかかった瞬間である。

 

 切っ先が硬直した。

 

 否、もっと正確な物言いを選ぶのならば、徹らない。

 

 刃が刃として機能せず、ただ単に打ち付けたのみ。

 

「その程度か」

 

 落胆か、あるいは承知の上での言葉か。

 

 ジェイムズは腕を薙ぎ払う。

 

 それだけで真那の肉体は地面を激しく転がっていった。

 

 頭がぐわんぐわんと揺れる。

 

 臓腑が激痛のあまり、血流が阻害されていた。

 

 刃を握ろうとするが、どこへ行ってしまったのか分からない。

 

 呼吸が出来ているのはほとんど奇跡だ。

 

 今の一撃だけで、身体機能のほとんどを奪われていた。

 

 ――こんな事って……。何も、出来ない……。

 

「知らなかったようだな。サヤとシュヴァリエの力の差と言うものを。そして、終着だ。貴様はここで死に、私は任務を完遂する。……そう言えば、そろそろデイダラの間合いか」

 

 遥か遠くの地表を食い荒らし、薄紫色のデイダラの体表が膨張する。

 

 飛び交う白い痩躯の翼手の群れをデイダラは噛み砕いていた。

 

「アレに巻き込まれれば私とて無事では済むまい。そろそろ離脱する頃合いだが」

 

 真那は肉体に火を灯そうとして、下段より掌底を浴びせて来たジェイムズを大写しにしていた。

 

 接触すると同時に赤熱化が発現し、真那の躯体を焼き尽くす。

 

 爆発の衝撃波で臓腑が激震する。

 

 最早、身体活動を継続している事でさえも臨界。

 

 死の淵に堕ちたほうがまだマシだ。

 

 ジェイムズが真那の首筋を抑え込み、爪を揃えて貫手を放つ。

 

 激しくかっ血する。

 

 重装甲の腕が真那の痩躯を貫通していた。

 

「終わりだ。このまま起爆させる。内側から爆ぜて惨たらしく死ね。音無小夜」

 

 ジェイムズの腕が赤く照り輝く。

 

 今に、終わりはやって来るだろう。

 

 その致命的な、そして決定的な瞬間を。

 

 自分はただただ、沈黙して待つと言うのか。

 

 刃は徹らない。

 

 太刀は意味を成さない。

 

 牙は、既に砕かれたのだ。

 

 真那は意識を手離そうとしていた。

 

 思えば――ほんのひと月ほど前には想像もしなかった激戦であった。

 

 自分の人生に劇的なものなど訪れないと思い込んでいたからだ。

 

 悲劇もなく、喜劇もなく。

 

 まして、諦観や静観もなく。

 

 ただただ、流れるだけの日々で。

 

 ただただ、浪費していくだけの楽園の毎日で。

 

 だから――。

 

 ――ねぇ、真那はどんな大人に成りたいの?

 

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