BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百二十三話 悔恨

 

 飛空艇はセクション三から離れつつあったのを認識していたが、デヴィッドはインカムに吹き込む。

 

「まだだ! まだ俺達のサヤが帰還していない……!」

 

「そうは言うがなぁ、デヴィッド……! もう臨界点だ! これ以上はおれ達だって本部への背信行為と捉えられても……!」

 

 機関本部から完全に通達が途絶えたのが三十分前。

 

 しかし、それを無視しなければ真那を救い出せなかっただろう。

 

「ルイス! 最後の特殊弾頭は残っているな?」

 

「離脱用のだろ……あるにはあるが……オトナシの現在位置が完全把握されないと……」

 

「倉橋真那! ……これが聞こえていたら返答を願う……。特殊弾頭を発射する。離脱用のものだ。君をこの戦場から逃がせる、だから……だからお願いだ……声を、聞かせてくれ……」

 

 項垂れたデヴィッドは懇願するように告げる。

 

 先刻の特殊弾頭は元々、雨宮小夜への戦闘補助専用であった。

 

 しかし、アマミヤの返答はなく、そのシグナルも途絶えつつあったのならば、途上で使う事への躊躇いはない。

 

 実際、真那の助けにはなったはずだ。

 

 だが、当の真那も三分前を最後に、返答はない。

 

 デヴィッドは奥歯を噛み締めて、そして声を何度も吹き込む。

 

「……お願いだ。お願いだから……俺達のサヤを、もう二度と……」

 

「……デヴィッド、ありゃあ、何だ? 話に聞いていた〈古きもの〉だろうが……規模が違い過ぎるぞ……」

 

 デヴィッドはキャノピーから覗くセクションを覆い尽くさんとする薄紫色の〈古きもの〉を視界に捉える。

 

「……あれは……まるで進化するように……」

 

 その巨大な腕が振るわれ、セクションのビル街を叩きのめしていく。

 

 ルイスが怖気づいたように戦術ヘリの高度を上げる。

 

「冗談じゃねぇ……! あんなの、御免だぜ……!」

 

〈古きもの〉は自らの腕から生じた新たなる命である白い翼手型の生物を喰らい、その全長をさらに巨大化させる。

 

 やがて、〈古きもの〉は蛙にも似た大口を開き、咆哮を上げていた。

 

 衝撃波だけで戦術ヘリが叩き落されそうになってしまい、ルイスが絶句する。

 

「ま……待てよ、こりゃあ……! 操縦桿を持って行かれる……!」

 

 ルイスでさえも操縦が利かないと判断するほどの距離だ。これ以上、真那の帰還を信じ続ければ、自分達は遠からず〈古きもの〉の攻撃を受ける。

 

 必要なのは時間と判断力だ。

 

 思考を巡らせていたデヴィッドはルイスの声を聞き留めていた。

 

「……おい、あいつは……!」

 

 その視線の先には尖塔に腰掛ける癖っぽい金髪の男が居る。

 

 黒スーツを纏い、その指先に掴まれていたのは――。

 

「あれは……養殖場の翼手か……? だが、だとすれば持っているのは……」

 

 直感であった。

 

 デヴィッドはルイスへと声を飛ばす。

 

「いけない……! ルイス! 高度を取れ! 急務だ!」

 

「何だって……!」

 

「いいからやれ! あれは……まずい!」

 

 主語を欠いた命令に、以心伝心だからこそ伝わった危機感は戦術ヘリを上昇させていた。

 

 直後、シュヴァリエが持っていた呪符が紫色に燃え盛る。

 

 それが契機となり、巨大な〈古きもの〉は形象崩壊していた。

 

 肉体が一瞬のうちに白骨化し、内奥から放たれたのは無数の白い翼手であった。

 

 その巨躯がセクションに沈んだ途端、内奥からその身が爆ぜる。

 

 紫色の焔に沈んだセクション三は既に地獄絵図であった。

 

 白い翼手の群れが空を舞い、自分達を接近させない。

 

 そうでなくとも、自爆した〈古きもの〉の燃焼で真那を捕捉出来ない。

 

「デヴィッド! もう無理だ! ……おれ達の負けだよ……! チクショウが!」

 

 せめて悪態をつかないとやっていけないのだろう。

 

 ルイスは安全高度まで上がり、それから本部へと直通を繋ぐ。

 

「……本部へ。セクション三は壊滅。繰り返す、セクション三は……“原生林”は壊滅した。終わりだ、最早介入は出来ず、そして散って言ったサヤ達は……」

 

 そこから先を嗚咽が入り混じる。

 

 デヴィッドはこんな時に泣けない自分は薄情だなと思いつつも、脱力感で腰掛けていた。

 

「……すまない……すまない、倉橋真那……俺は……人でなしだ」

 

 

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