BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第百二十四話 血の決着は

 

「惨いものだね」

 

 文人の感想はまるで無味無臭で、その言葉の意味でさえもまるで無感情。

 

 だが、実際に酷い様相を呈していたのは事実だった。

 

 ロンギヌス機関本部に強襲をかけて約三十分――その間に状況はほとんど終着を見せていた。

 

 燃え盛る本部施設。

 

 血溜まりが広がり、散り散りになった肉塊がそこいらかしこに転がっている。

 

 つんと鼻孔を突く血潮の臭気。

 

 焼け爛れた肉体を投げ出して、本部守護の命を受けていたサヤ達が項垂れている。

 

 その唇が掠れた声を出したのを、瞬時に変異させた大剣でトドメを刺す。

 

「一匹でも生きていると厄介です。文人様、足元にお気を付けください」

 

「うん。君は頼りになるね、ソロモン」

 

「勿体なきお言葉。それにしても、これが機関のサヤ、ですか」

 

 身を投げ出し、臓腑を撒き散らしている少女らをソロモンは蹴飛ばす。

 

「――あまりに、弱い。こんなものとぼくらは戦っていたと? ……失態ですね」

 

 その時、不意打ち気味にサヤの死骸から飛び出してきた相手に、ソロモンは醒めた様子で応じる。

 

「仲間の死体に隠れての奇襲。手段を選ばないならば定石。しかし、そこには迷いが生ずる」

 

 大上段から打ち下ろされた刀をソロモンは片腕を大剣にして弾き返す。

 

 飛び退ったサヤが再び構え直そうとするが、その眼が驚愕に見開かられる。

 

「……打ち合っただけなのに……」

 

 サヤの刀身はズタズタに砕け散っていた。

 

 今にも崩壊しかけている剣を持ち直すだけの胆力は相手にはない。

 

 瞬時に駆け抜け、サヤの胴体を寸断する。

 

「それにしたところで、まさかここまで弱いとは。この本部施設に居るサヤは実戦向きではない様子。文人様、警戒は怠らずにぼくの背後に――」

 

 ソロモンの首裏を粟立たせたのは所在の読めない殺気だ。

 

 それが文人を狙っている事を認識し、即座に大剣の片腕を振るっていた。

 

 果たして――文人の心臓を狙うべく影より現れしサヤは巨大な杭打機を照準する。

 

「――貰った」

 

 完遂されかけた必殺の距離に、文人は落ち着き払って呪符を翳す。

 

「やぁ……君とは初対面かな? いずれにせよ、僕達の邪魔はさせるつもりはないんだ。本部が砕けて悔しいかい? たくさん仲間を殺されて口惜しいかい? それとも、今永らえている幸運を噛み締めているのかな?」

 

 呪符より生み出された〈古きもの〉へと一撃が叩き込まれ、血潮が舞い上がる。

 

 文人はそれに動じるわけでもない。

 

 新たな〈古きもの〉を地面に這わせた呪符から放射し、蜘蛛の形状を取るそれに杭打機のサヤは組み敷かれる。

 

 ソロモンは青い加速術で肉薄し、その首を刈ろうとした。

 

 だが、それが果たされる前にサヤの肉体が溶け落ちる。

 

「……消えた? いや、影に隠れる能力か」

 

 瞬時に背後へと立ち現れる殺意。

 

 杭の一撃へとソロモンは振り返りながら大剣で打ち合う。

 

 質量で言えば、こちらが勝ち得るはずもなかったが、相手の引き金を絞る速度よりも自分のほうが――。

 

「僅かですが……速い」

 

 ぶん、と高周波を大剣に纏いつかせソロモンは薙ぎ払う。

 

 サヤとパイルバンカーが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。

 

「文人様、お怪我は?」

 

「ないよ。けれど、すごいな。こんな力を使うサヤも居るのか」

 

「……七原文人……!」

 

 恩讐に沈んだその声音に文人は穏やかに応じる。

 

「何だい? もしかして初対面じゃなかったのかな?」

 

「……あなたは……ここで!」

 

 サヤが指先を床へと沈める。

 

 否、床ではない、使役する影に、だ。

 

 影が瞬時に壁へと這い上り、死したサヤ達の骸を吸い込む。

 

 沈みゆく感覚にソロモンは瞬時に文人の手を引く。

 

「こちらへ!」

 

 天井へと大剣を突き立て、文人の手を握り締めて頭上から俯瞰する。

 

「……なんて事だ……」

 

 サヤ達の骸を飲み込み、血を啜る影にソロモンは思わず絶句する。

 

 影を操るサヤは自分自身の勝利のために戦っているわけではない。

 

 機関そのものの勝利のためならば、サヤ達の屍でさえも利用する――それがヒトならざる自身の責務とでも言うように。

 

 サヤの影の範囲が拡大する。

 

 影の水面から頭を出したのは無数のパイルバンカーの刃先であった。

 

 全方位からの照準に、自身のシュヴァリエとしての力の自負を捨て去る。

 

「……仲間を喰らってでもぼくに比肩しようとは……!」

 

「私は……貴様らを殺し尽くす……! そのためならば!」

 

「ヨゴレでも背負う、か。いいでしょう、ぼくもその心意気に……感銘を受けた」

 

 ソロモンは文人へと目配せし、それからその手を離していた。

 

 影のサヤの一斉掃射を文人だけでも潜り抜けさせる――そのために信を置いた一瞬の判断。

 

 四方八方からの杭打ちの応酬に、肉体が分散する。

 

「……見事です。しかし、至らないとすれば、その精度と、そして」

 

「僕を戦力外と見た事、かな」

 

 文人の足元には呪符が敷かれており、異形の怪物を足蹴にして彼は影の水面に佇む。

 

 影のサヤが杭の矛先を文人に向けようとして、再生途上のソロモンが降り立つ。

 

「その強み、確かに余りある。ですが、ぼくはさらに速く、そして性能は想定外のはずだ」

 

 影に一秒未満の着水。

 

 それだけでソロモンは暗礁の水面を蹴ってサヤへと接近する。

 

 無論、打ち砕かれた全身は再生し切っていない。

 

 血と臓腑を撒き散らす、酷い有様だったが、それらは服飾までも巻き込んで蘇生していく。

 

 シュヴァリエの正装たる黒スーツまでも修繕し、ソロモンは大剣を打ち下ろす。

 

 影から杭打機を取り出した相手はこちらの刃と打ち合うが、その一瞬の交錯で――。

 

「充分です」

 

 途端、高周波が拡散し、甲高い斬撃音を立て杭打機は両断されていた。

 

 その刃は武装だけに留まらず、サヤの肉体を引き裂く。

 

 だが、彼女は恐らくすぐに修復出来ると踏んでいたのだろう。

 

 しかし、その再生能力が全く発揮されない事に違和感を覚えたのはあまりにも遅い。

 

「遅いですよ、何もかも」

 

 腹腔を蹴り上げ、サヤの痩躯を弾き飛ばす。

 

 壁に叩きつけられても、それでもサヤは自身の再生能力を信じているようであったが、全く繋ぎ合わされない肉体に目を見開く。

 

「……何で……血肉をあれだけ取り込んだのに……」

 

「ぼくの力を、言っていませんでしたね。ぼくの刃は、サヤ、そして翼手の再生能力を阻害する。別名、“翼手殺し”。この白銀の剣で貫かれたものは、何であろうとしばらくは再生出来ませんよ」

 

 影が収まっていく。

 

 恐らく、サヤの戦闘能力と接続されているのだろう。

 

 弱まっていく影の水面に、文人がようやく踏み出す。

 

「行こうか、ソロモン。彼女らにかけずらっている時間さえも惜しい」

 

「ええ、文人様」

 

「ま、て……」

 

 影のサヤが声をこぼすが、それだけでかっ血する。

 

 臓器が砕かれているはずだ。

 

 声を出すだけでも激痛が走るだろう。

 

「よすといい。別にぼくらは、あなた達を皆殺しにしろと言われているわけじゃないんです。ぼくらの目的は、ただ一つ――」

 

「我々の確保、だろう?」

 

 その言葉尻を認識する前に、銃撃が文人を狙い澄ます。

 

 即座に大剣で弾き落とすも、高周波が機能しない。

 

「……爆ぜたのは、血ですか……」

 

「サヤの血は兵装化出来ない、とは言え、何の手も打っていない我々ではない」

 

 恐らくはサヤの血を加工した一瞬の抑制剤。

 

 ほんの数十秒の硬直であったが、相手が文人を殺すのには充分であろう。

 

「……待ちわびた。この時を、今か今かと……」

 

「やぁ、はじめまして。ロンギヌス機関長官、ジョエル」

 

 恭しく一礼した文人に対し、憎悪に塗れた面持ちのジョエルは歯を軋らせる。

 

「……はじめまして? はじめましてと言ったのか、よりにもよって、僕に……!」

 

「違ったかな? 少なくとも機関の重鎮と知り合いだった記憶はないんだが」

 

 それはジョエルの自己認識を歪ませるのには充分であったらしい。

 

 彼は奥歯を噛み締め、銀色の弾丸を装填する。

 

「化け物を殺す、銀の弾丸だ。……そうだ、化け物だ。お前らも、サヤも……翼手も……! どれもこれも、化け物風情が……!」

 

 震える銃口に、しかしソロモンは加勢出来ない。

 

「……ほんの数十秒だが、確定の数十秒……」

 

 ジョエルの狙いに文人はにっこりと笑う。

 

「その怨嗟、そして憎悪。どれもこれも最上の代物だ。初対面でもらうのには惜しいほどかな」

 

 いけない、と声を発しようとしたがひりつくような殺意にソロモンでさえも口を噤んでいた。

 

「死ね……いや、死んでくれ……! 兄さん……!」

 

 懇願にも似た声と共に銃声が劈く。

 

 銃弾は文人の心臓を射抜くはずだった。

 

 だが、実際によろめいたのはジョエルのほうだ。

 

「……何で……」

 

 横腹が血に染まっていく。

 

 その背後で佇んでいる老人は、皮肉げに口元を歪ませる。

 

「何で? まさか、まったく勘付いていなかったとでも? それはあまりにも……儂らを買い過ぎだよ、ジョエル」

 

「コリンズ……!」

 

 コリンズと呼ばれた老人は数名の研究者を引き連れていた。

 

 その中には怜悧な眼鏡越しの眼差しを投げる女性も居る。

 

「これは想定通り、なのかな? ソロモン」

 

 問いかけにようやくソロモンは口を開いた。

 

「……まさか。どれもこれも想定外ですよ」

 

 しかし、嬉しい誤算だ。

 

 機関から裏切る者が出るとすればこの機会だと思っていたが、まさかこのタイミングだとは。

 

 確実に合わせに来たとしか思えない。

 

 ――げに恐ろしきは人間か。

 

 胸中に結び、ソロモンは一礼する。

 

「アシッドに降ると?」

 

「勘違いするでない。我々が、貴様らを利用するのだ。機関では頭打ちが来る。しかし、そちらならば可能だろう。ヒトと翼手、そしてサヤを超える力……儂の望む楽園を闊歩する真人類を……!」

 

 この老人は狂っている。

 

 明瞭であったが、ソロモンは口にしなかった。

 

「では、歓迎しますよ。それで……どうするんです? ジョエルが生きていれば厄介でしょう」

 

「無論、始末する。その前に、七原文人。この者の心臓を抉り出せ」

 

「何故? 僕は別に、そこまで彼を恨んでいないんだけれど」

 

「阿呆が。この者の心臓に遺したのは貴様だろうが。“朱食免”を奪うのならば今だと言っているのだ」

 

 やはり、そうなのか、とソロモンは確信する。

 

 ジョエルが横腹を押さえて蹲る。

 

 心臓だけは奪わせまいと言うように、血濡れの指先を文人へと伸ばしていた。

 

「殺して……殺して、やる……! そうじゃないと……“オレ”の生きてきた意味が……!」

 

 銃をソロモンは蹴って遠ざけ、それからコリンズに確認していた。

 

「本当に、彼の心臓が朱食免なのですか?」

 

「間違いない。何を思ったか、そこの楽園の王は、自らの力の制約を他者に譲った。その行方こそが、ジョエルの心臓だ。いや、呼び合う性質を持つからか。いずれ手に入れるのだと信じていたからこそ、ジョエルの中に遺したのだろうがな」

 

「……オレは……オレはぁ……ッ!」

 

「諦めろ。ワイズマンも儂に同意した。ロンギヌス機関は塵一つ残らん」

 

 その宣告が決定的だったのか。

 

 それとも諦める材料を探していたのか。

 

 ジョエルの瞳から戦意が失せていく。

 

 燃えるような殺意も。

 

 灼熱の覚悟も。

 

 積み重ねてきた怨嗟と恩讐の日々でさえも。

 

 全て、全て虚無へと消え失せていく。

 

 灯った生存の形が、今音を立てて崩れたのが窺えた。

 

「……オレは……機関は……」

 

「もうロンギヌス機関は意味を失った。どうせ、“原生林”で有用なサヤは死んだのだろう。……貴様の頼りにしてた音無小夜も、階小夜も、雨宮小夜も。……ああ、そうだな。もったいないとすれば、それだけだ。アマミヤはイイ女だったのになぁ……」

 

 老人が舌なめずりした事で、ソロモンは爛れたものを感じ取って怖気が走っていた。

 

「……急ぎましょう。機関を見限ると言うのならば」

 

 思わず声が上ずる。

 

 ここまで醜悪。

 

 ここまで悪辣。

 

 しかし、コリンズはわざわざ誇示するようにジョエルを覗き込んでいた。

 

「なぁ、ジョエル。お前だって分かるだろう? これまで散々、サヤ共をあれだけ使役して来たんだ。どこかで帳尻合わせが来るとは思っていなかったのか? なぁ、お前の存在価値なんて、所詮はその程度でしかない。サヤ共には愛されず、そして人間には騙される」

 

「コリンズ――ッ!」

 

 ジョエルが腰に巻いていたホルスターから拳銃を取り出す。

 

 その照準はコリンズを狙い澄ましたが、それを阻んだのは眼鏡の女性であった。

 

「……退いてくれ、ジュリア……!」

 

「退けないわ。分かるでしょう、ジョエル。彼を死なせられない。彼の死は未来の損失なのよ」

 

「未来の損失……? 本気で言っているのか? その色ボケのジジィが……機関の未来よりも大事だって? そいつなんて殺してしまえばいい……! 文人よりも度し難い……悪だ!」

 

 しかし、ジュリアと呼ばれた女性は退く様子もない。

 

「……退いてくれ。君を殺したくない……!」

 

「じゃあ、その銃口を下ろして。私は……研究者としてコリンズを拒む事は出来ない」

 

「そいつに酷い目に遭わされたんだろう? そいつに……そいつにどれだけ汚されたのか……オレは君だけでも救いたいんだ!」

 

「……退けないのよ……研究者として……」

 

 ジュリアの瞳からは涙が溢れ出していた。

 

「やれやれ……よってたかって老人を悪者扱いか。退け、ジュリア。……なぁ、ジョエル。儂と貴様、何が違う? 他者を使い、他者を足蹴にし、他者を押し退けて来た。目的一つのために、何が違う」

 

 コリンズの指先がジョエルの銃を掴み取り、その銃口を額に据えさせる。

 

 澱んだような眼差しが、ジョエルを試していた。

 

 引き金を絞ろうとするも、ジョエルはトリガー一つ引けない様子で震えている。

 

「……オレは……」

 

「たった一個だ、ジョエル。儂と貴様、それを分けるたった一つの要因。――儂は要る側の人間、貴様は要らない側の人間だった。それだけだろう?」

 

 まるで自身の向けられた殺意に無頓着と言えた言葉であった。

 

 ソロモンは思わず駆け出そうとして、文人に制される。

 

「文人様……! しかし、これは……!」

 

「いいんだ。見てご覧、これが――“ヒト”というものだよ」

 

 その帰結そのもののように、ジョエルの指から力が抜けていく。

 

 否、全身から反抗の気概が削がれていた。

 

 たった一動作で殺せてしまう相手に、憎しみを募らせる事も出来ない。

 

 不出来なでくの坊。

 

 そして、殺意を持て余しただけの――ただの人間。

 

 コリンズはジョエルに対し、侮蔑の眼差しを投げて立ち上がる。

 

「行くぞ」

 

 コリンズの背に研究者達が続いていく。

 

 ヘリポートを使って逃げるつもりなのだろう。

 

「……文人様。どうなさるのですか……」

 

 声は自ずと震えていた。

 

 如何に獣、如何に騎士の名を戴こうとも、それでも理解の範疇ではなかったからだ。

 

 ――これが「人間」だと?

 

 しかし文人は満足そうに告げる。

 

「そうだね。朱食免だけでも抜き取っておこうか。コリンズの言う通り、それは厄介に働きそうだ」

 

 文人の指がジョエルの心臓へと伸びかけて、不意にその姿が影に沈む。

 

 まさか、とソロモンは壁際から影の水面を奔らせたサヤの姿を見据えていた。

 

 ジョエルの身は影に落ちくぼむ。

 

「貴様……サヤ!」

 

 高周波の刃でサヤの片腕を落とすが、彼女は笑みを刻んでいた。

 

「……ジョエルは死なせない。何よりも……アマミヤ達の留守を預かっているのだもの。簡単に事を進ませやしないわ」

 

 高周波の切っ先を心臓へと突き立たせる。

 

 まるで今まで動いていたのは不可思議なほどに、影のサヤは事切れていた。

 

 その相貌に満足だけを浮かべて。

 

「……文人様。ジョエルの位置情報は分かりますか?」

 

「影でかく乱されているようだね。それに、真下に落ちたって言うわけでもない。影にいくつかのルートを辿らせていたのだろう。機関のどこかだろうが、今すぐに見つけ出すのは不可能に近い」

 

 ソロモンは反射的にサヤを殺してしまった事を後悔していた。

 

 拷問でもすれば相手は吐いただろうか、と考えて、否と感じる。

 

 このサヤは、“原生林”へと赴いている一線級のサヤ達と同等か、あるいはそれ以上。

 

 ならば、簡単に情報を渡すわけがない。

 

「……我々はジョエルをむざむざ逃がした、と言うわけですか」

 

「うん。でも構わない。死んだようなものだろう。機関は落ちた。送り狼の爆撃機でここを粉砕する。生き残ったサヤ達も少ない。いい掃除になるだろうね。また楽園は完璧に近づく」

 

 文人は身を翻す。

 

 その業、その在り方の苛烈さにソロモンは息を呑んでいた。

 

 ――ヒトをヒトとも思わぬ所業。人間を蠢くだけの肉塊だとでも感じているのか?

 

 だが、ソロモンは口を閉ざす。

 

 その迷いに足を取られて「かつての自分」は死を選んだ。

 

「……御意に。最早、ぼくも、ただただ無為に死んで行くのは、御免ですからね」

 

 文人の後を追う。

 

 ヘリポートにはアシッドの用意したジェット機が用意されている。

 

 乗り込む間際、コリンズは声を上げていた。

 

「待て。“サンプル01”は? あれはどうなっている?」

 

「“サンプル01”? 一体何の事を言っているのか」

 

 ソロモンが割って入ろうとして、コリンズは口惜しそうに奥歯を噛み締める。

 

「……ジョエルの小僧め。いや、これはサヤの意思か? ……このロンギヌス機関を完全に粉砕出来るのだろうな? アシッドの王よ」

 

「問題ないはず。ねぇ、ソロモン」

 

「……は。確かに。ですが、そこまで念押しをするのは一体……」

 

「最下層だ」

 

 告げられた言葉の意味を理解出来ず、ソロモンは眉をひそめる。

 

「最下層……?」

 

「ロンギヌス機関最下層……そこに“サンプル01”がある。あれは……厄介だ。是が非でも回収するか、それとも出来ないのならば完全に破壊し切ってしまいたい」

 

「そこまで重要ならば、何故、積載しないのです」

 

「……しないのではなく、出来ない。ギリギリまでジョエルを欺いておく必要があった。そのためには、あれの実在でさえも奴に知られるわけにはいかなかった。……今一度、問うぞ? 本当にロンギヌス機関を確実に葬れるのだろうな?」

 

 何故、この老人はそこまでこだわる?

 

 否、そこまでこだわらなければいけないほどの秘密を、機関が抱えていると言う事か。

 

「仕方ない。ソロモン、行けるかい?」

 

「……文人様に危険が及びます。ぼくが傍に居なければ」

 

「融通の効かないシュヴァリエが……。いや、先刻見た通りならば、貴様、“翼手殺し”を備えていたな? ならば打ってつけか」

 

 コリンズはジュリアへと顎をしゃくる。

 

「楽園の王を守護せよ、ジュリア。そのシュヴァリエ一人でも“サンプル01”は有用だ。絶対に確保せよ」

 

「了解しました。……ソロモン、と言いましたね。シュヴァリエであるあなたならば、血の匂いを辿れば到達可能のはず。これを」

 

 ジュリアが差し出したのはアンプルであった。

 

 その血の匂いに、ソロモンは眉間に皺を寄せる。

 

「……これはシュヴァリエ相当の血の質ですが……」

 

「問答は許さん。行け」

 

 まるで犬にでも食わせてしまうかのように、コリンズは吐き捨てる。

 

 ソロモンは機関から逃れようとする者達から背を向け、血を辿る。

 

「……しかし、嗅げば嗅ぐほど、何なんだ、これは……。こんなに血の色濃いシュヴァリエなんて、記録上は……」

 

 

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