BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene3 討滅者達

 

「それにしたって、お客さん、若いねぇ。学生?」

 

「ええ、まぁ」

 

 応じるとタクシー運転手は上機嫌に応じていた。

 

「学生なのにタクシーなんて使うんだねぇ。あ、別に嫌味じゃないんだよ? ただねぇ、なかなか学生のお客さんは見ないもんで」

 

 大通りに出る前に、運転手へと声をかけていた。

 

「すいません、ちょっと遠回りしてもらっていいですか? 前二本の通りは使いたくないんです」

 

「近道だよ? いいの?」

 

「いいんです。裏通りを使ってください」

 

「変わった学生だねぇ」

 

 小道に入っていくタクシーの振動を感じつつ、ちょうど建物の陰に隠れたのを感知する。

 

「……今日はいい天気ですね」

 

「中央庁じゃ、雨もほとんど降らないんだって? 羨ましい限りだよ」

 

「……運転手さん、施行された市民権の?」

 

「ああ、こいつかい?」

 

 運転手の胸元にはIDカードが下げられている。

 

 顔写真と、そして識別信号と番号が記されていた。

 

「最近のナンバーですね。市民権の更新は?」

 

「何だい、役所みたいな事を聞くんだねぇ。更新番号の照会ならちゃんとやってるよ。学生と違って、オジサンは忙しいんだからね」

 

「いいから。今、リアルタイムで照会します。その番号で間違いないですね?」

 

「……変な事ばっかり言うねぇ」

 

 裏通りに入り、人気の絶えた道路で等間隔の振動だけが確かだ。

 

「照会しました。……でも、こんな手続きは要らないですよね?」

 

「何を言ってるんだか」

 

「しらばっくれないでください。――オレ、鼻が利くんです。あんたからはずっと、血の臭いがする。洗ってないけだものの臭気だ。血を浴びて、まだ五時間と経っていない。……なるほど、死体はトランクにですか。処理する前にオレに拾われたから、さっさと終わらせようとした」

 

「……学生、だよね? 何でそんな警察みたいな事を聞くんだい?」

 

「停めてください。裏通りに誘導したのは、大通りでデカイ騒ぎを出したくなかったからです」

 

「停めろって……あんた、一体何を――」

 

 その言葉尻を、鞘に納めた剣で首筋を捉える。

 

「聞こえなかったのか? 停まれ」

 

「まさか、あんたは――!」

 

「停まれと言っているだろう! 停まれ!」

 

 叫ぶと同時にタクシーが荒々しく横付けされ、速力を上げた車体が白い煉瓦に突っ込む。

 

 運転席から素早く飛び出したタクシー運転手は身を沈ませ、肉体を変異させていく。

 

 ひしゃげたタクシーからゆっくりと歩み出し、肩についた煤を払っていた。

 

「何のつもりだァ……っ! 学生がァ……ッ!」

 

「――翼手。ヒトの血を啜る、飢えた獣」

 

 相手が飛び込んでくる。

 

 咄嗟に受け身を取り、爪の一撃を纏ったレザーのジャケットで受け流す。

 

 灰色のコートには傷一つない。

 

「……爪が効かない……?」

 

「対翼手専用の特殊仕様だ」

 

 大振りの刀剣を鞘袋から取り出す。

 

 鉄の塊を想起させる冷たい柄を握り締め、翼手へと変じた相手を睨んでいた。

 

 特徴的な三白眼に、赤い焔が宿る。

 

 翼手と同系色に染まった瞳を敵へと向け、声を吹き込む。

 

「こちら、C班。犬神アオ。識別信号、C‐3155」

 

『認証しました。犬神副長、どうしましたか?』

 

「翼手だ。恐らくは28号相当。これより、討滅許可を乞う」

 

「討滅ぅ……? 貴様のようなガキが、討滅だとォ……!」

 

 自身の微かなプライドを穢されたせいか、翼手が裏通りを駆け出す。

 

 膨れ上がった筋肉の膂力で躍り上がり、建築物に爪を立てて背後を取ろうとする。

 

「結構自我があるな。28号だと判断したが、しかし、この感じは上級翼手でもない」

 

「死ねぇ……ッ!」

 

 壁を蹴りつけて翼手が跳ね上がる。

 

 その爪が頸動脈を狙ったのを認識して、アオは飛び退っていた。

 

 相手が着地するよりも速く、距離を取って刀剣を構える。

 

「……何故だぁ……速過ぎるんじゃないか? 人間にしては……!」

 

「犬神アオ。これより討滅処理に入る」

 

 敵がこちらの強さを判別する前に踏み込んでその懐へと潜り込み、鞘に納めたままの刀剣で叩き据える。

 

 肩口を押さえ、黒々とした表皮が食い込んでいた。

 

「がぁ……っ!」

 

 肩の筋肉を叩き割っただけだ。

 

 完全な無力化とはいかない。

 

「……何だ、この怪力……ッ! 人間じゃないのか……? まさか、貴様も同類――」

 

「貴様らと一緒にするな。オレはエメトピア中央庁、対翼手討伐部隊コープスコーズ所属。C班の副長、犬神アオ」

 

「コープスコーズ……だと……!」

 

「これ以上情報をやる事はない。完全に駆逐する」

 

 瞬時に飛び込み、翼手の頭蓋に向けて唐竹割り。

 

 だが、相手も28号翼手とは言え、反応は素早い。

 

 咄嗟に横っ飛びして壁に張り付く。

 

「……さっきからちょこまかと……まるで羽虫だな」

 

「貴様……何故……ッ! 何故、剣を抜かない! 鞘に納めたままで殺せるとでも思っているのか!」

 

 アオは未だに鞘に封じられたままの刀剣へと意識を向ける。

 

「……抜くと面倒なんだ。始末書をたくさん書かないといけない。それに、小うるさい隊長の小言も。お前らのようにただただ食い散らかすのとはわけが違う」

 

 嘆息交じりに、上を取った翼手を仰ぐ。

 

 翼手は牙を軋らせ、爪で壁をくり抜いていた。

 

 特殊合金を容易に叩き割るその剛力は、通常の人間ならば掠めるだけで致命傷だろう。

 

「戯言をォ……ッ! 死ねぇ……ッ!」

 

 駆け抜けながら翼手は爪を払う。

 

 その速力、そして膂力は凡人では受けようもない領域だ。

 

 ただの人間ならば、の話だが。

 

「……面倒くさいな、お前は」

 

 頸動脈を狙った一閃を軽くステップを踏んで回避し、アオは刀剣の鞘で受け流す。

 

「何故、抜かない! その程度で勝てると思うなよ……!」

 

『コープスコーズ、犬神アオ副長。承認が下りました。これより、殲滅措置に入ってください』

 

「……了解。いつだって、時間は有限なんだ。手早く終わらせてもらう」

 

 敵が迫る。

 

 それを察知してアオは抜刀していた。

 

 白銀の刀身は幅広で、流麗な刀と言うよりも暴力性を封じ込めた鉄塊だ。

 

 分類で言えば大剣、そして片手ではまず振るえないであろうその大型な得物を、アオは軽々と片手で構える。

 

 翼手がうろたえを見せていた。

 

「……狩人か……!」

 

「来い。そのほうが分かりやすくっていい」

 

 手招くと挑発に乗った翼手が牙を軋らせて、その跳躍力を発揮する。

 

 直上からの爪と牙による攻撃を、アオは紙一重で避けながらその大剣を下段より振るい上げていた。

 

 細腕とは思えない剛力で翼手の肉体を寸断する。

 

 断ち切られた翼手はしかし、即座に再生していた。

 

「自己修復能力、そして極限まで高めた自然治癒か。斬っただけでは死なぬ。それもまた、面倒だな」

 

「貴様ぁ……ッ!」

 

「本部へ。特例措置に入る」

 

『特例措置を受理しました。承認の合意信号をお願いします』

 

 懐から取り出したのは小型の錠剤であった。

 

 それを大剣の鍔へと装填する。

 

 途端、流れ出したのは錠剤に仕込まれていた血液であった。

 

 真紅の残火が大剣へと宿り、刀身に刻まれている「shem」の刻印が赤く輝く。

 

「生玉、足玉、魂溜玉――天常立命、国常立命……」

 

「こけおどしぃ……ッ!」

 

 翼手が真正面から向かってくる。

 

 アオは呼吸を深く吐き、それから詰めた呼気で一閃を放つ。

 

 大気中に拡散した赤い残光が収束し、翼手の肉体を両断する。

 

 その断面がじわじわと結晶化したその時には、血文字は完全に消え去っていた。

 

「……だから、面倒だって言っただろう。オレ達コープスコーズは、貴様らの血を殺す」

 

 大剣を払い、纏いついた血と結晶を落とす。

 

「何故……中央庁に来れば……安全だって……」

 

 肉体を生き別れにされていても、まだ翼手は這いずる。

 

 恐るべき生命力、そして恐るべき生への執着心。

 

「楽にしてやるよ」

 

 背後から断ち割ろうとして、その翼手が血の涙を流して懇願していた。

 

「頼むぅ……」

 

「今さら命乞いなんて。お前らが喰って来た人間がそうしたのならば、生かしたのか?」

 

「頼むぅ……頼むからぁ……――気付かないでくれぇ……!」

 

 ハッと感覚した瞬間にアオはタクシーのトランクから飛び出したもう一匹の翼手を関知していた。

 

「……血を吸って感染させた……同類に……!」

 

「……俺だけじゃあ、中央庁で生きていくのには足りない。だが血の隷属で増やしていけば、少しはまともになる。そうさ! そいつももう翼手だ!」

 

 被害者だと思っていた血肉が跳躍し、その爪を振るい落とす。

 

 避けられない――そう判断しかけたアオは並び立つ高層ビルを突き抜けた影を視界に留める。

 

 雄叫びと共に振るわれた一撃は、もう一匹の翼手を断ち切っていた。

 

 断末魔の声が上がる前に、二の太刀が閃き首を落とす。

 

「アオ君! 残心を怠らないでっ!」

 

 降り立った灰色のレザーコートの主は半身を叩き割ったもう一体へと駆け込み、その刃を振るい落としかける。

 

「ひっ……!」

 

 しかし、その切っ先は打ち下ろされる前に止まっていた。

 

「……あなた、懺悔する気はありますか? ちゃんと、後悔してやり直せますか?」

 

「な……」

 

 ――何を言っているのか、はお互い様だ、とアオは胸中に毒づく。

 

「……更衣キリエ隊長。そいつはもう、特例措置で死にます。何でそんな事をわざわざ聞くんですか」

 

「それでも……! まだ意識があるんなら、聞くべきだよ。あなたは翼手に成って、その罪をちゃんと購えますか? それなら……」

 

「それならまだマシな結末を与えられる、なんて? ……お言葉ですが、そいつは翼手としてハーレムを作ろうとしていた。許されざる罪だ。千度殺したって足りないですよ」

 

「それでも、だよ」

 

 こちらへと首肯した真っ直ぐな瞳に、アオは舌打ちを滲ませる。

 

 ――これだから、この女はやりづらい。

 

「お、俺は……」

 

「間もなくあなたは結晶化します。翼手にとって逃れ得ない死です。でも……少しでも罪を償えるのならば……聞かせてください。その言葉を」

 

「お、俺は――ッ!」

 

 その言葉が消え切る前に、アオは大剣を投擲していた。

 

 その頭蓋が砕け、最期の言葉は聞けず仕舞いで終わっていく。

 

「隊長、戯れはそこまでにしてください。翼手に懺悔なんて似合いませんよ」

 

「そう、かな……。アオ君――」

 

「それと。オレは犬神です。下の名前で軽々しく呼ばないでいただきたい」

 

 突き出したのは端末内に記しておいた捜査令状で、この捜査に違法性はない事を投射された書面が示していた。

 

「あ、うん……。ちゃんと書けたんだね。後で確認しとく」

 

「頼みますよ。それにしても、翼手が二体とは思いませんでした。こいつはタクシー運転手に擬態していましたが、元の人間は既に死んでいるでしょう。偽装死体は?」

 

「出ていないみたいだね……」

 

 捜査令状を読み上げながら、キリエは大剣を鞘に納める。

 

「本部へ。偽装死体の割り出しを行ってもらいたい。IDは……」

 

 IDタグを読み取り、本部へと通達する。

 

『受け取りました。これより市民権の洗い出しを行います』

 

「……手間ばかり増える。それに、敵も知恵を付けていると言うべきでしょう。28号翼手程度なのに、血のハーレムを作ろうとしていた。群れが近い、と言う事です」

 

「うん、そうだね。……猿渡君にも連絡を飛ばしておこうか」

 

 キリエは端末で数回コールした後に、相手先へと声を吹き込む。

 

『ああ、何ですか? 自分、非番ですけれど』

 

「猿渡君、翼手が出たの。それも血の質は決して高いとは言えない、28号」

 

『……なぁーんか、それだけじゃないっぽいですね。隊長、自分も向かいましょうか?』

 

「ううん、猿渡君には本部から通達される情報を精査して欲しい。そっちの現場に向かってくれる? 私とアオ君もちゃんと後から追いつくから」

 

『了解しました。キリエ隊長の手は煩わせないっすよ。こっちで現場には急行します』

 

「ゴメンね? 非番なのに」

 

『翼手が出て非番も何もないでしょ。キリエ隊長は連続なんですから、ちょっとは休憩してくださいっす』

 

 通話が切れ、キリエは周囲を見渡す。

 

「それにしても……派手にやったね……」

 

「相手が車体を持っていたのが悪いんですよ。オレは知りません」

 

 歩み出した自分に、キリエは声を差し挟む。

 

「アオ君! ……その、ちゃんとお祈りしよ? 翼手に成りたくって成ったわけじゃないんだろうし、お祈りを……」

 

「しませんよ、オレは。そんな無駄な事をしません。第一、相手は何人も喰おうとしたんですよ? そいつらに慈悲なんて、一片たりとも必要ないでしょうに。何で更衣隊長はそこまで翼手に肩入れするんですか?」

 

 鞘に大剣を収め、それを鞘袋に入れて背中に担ぐ。

 

 武器を誇示しているようなものだと何度か注意を受けたが、構うものか。

 

「……うん。変だよね。でも、みんながみんな……翼手に成って人殺しなんて、したくなかったはずなんだ」

 

「確証のない言葉ですね。感情論だ。それだから、オレ達は“お荷物のC班”なんて言われるんですよ」

 

 言葉もないのか、キリエは二の句を継げないようであった。

 

 それで気分がよくなるわけでもない。

 

 むしろ、最悪の気分だった。

 

「……大通りでタクシーを拾い直そう? 私達だけで向かうのには大きなヤマみたいだし」

 

「……何があったんですか」

 

 その段になってようやく、キリエの言葉を聞く気になっていた。

 

「……つい二時間前に本部に通達された出来事らしいんだけれど――」

 

 

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