BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene4 脅威

 

「ほぉー、こいつは活きがいいっすねぇ」

 

 現着していたその後ろ姿にキリエは声をかける。

 

「遅れてゴメン! 猿渡君……!」

 

「待ってないっすよー。自分も今来たところで……何で、アオと一緒なんです?」

 

「現場で鉢合わせた」

 

 まるでそれ以上の言葉は必要ないと断じたような物言いに、キリエは声を潜ませる。

 

「ゴメン、また怒らせちゃったみたいで……」

 

「隊長が謝んないでください。おい、アオ……キリエ隊長が困ってんじゃねぇっすか」

 

 アオと向かい合ったのは実直と言うのが形になったほどの少年であった。

 

 ただし、横に刈り上げた髪を金色に染めており、見た目だけでは不良に見えなくもない。

 

 目つきもアオに負けず劣らずで鋭く、居合わせた者を射竦めさせる。

 

「……何の問題がある。それで、猿渡。そいつか?」

 

「そん前に謝れっすよ! キリエ隊長が困ってるって言ってんだろう、聞こえねぇっすか!」

 

「さ、猿渡君っ! 私は大丈夫だから! ね? 今は実況見分が先でしょ?」

 

 促すと、さすがにこの猿渡タツヤという少年は意見を仕舞う。

 

 それでも、アオと暫しの睨み合いになるのは割といつもの事だ。

 

「……了解っす。こいつが時速三百キロ以上から投げ出されて、まだ原型保ってる奴っすよ」

 

 顎でしゃくったタツヤにキリエは処理班と清掃班の声を聞いていた。

 

「ここで発見したんですか?」

 

「ええ……とんでもないですよ。直通列車から飛び出して、このザマじゃ……」

 

 処理班が息を詰まらせたのも無理からぬ事。

 

 翼手は半身を柱で砕かれ、もう半分の肉体も僅かに繋がった皮膚で数メートル先に落下している。

 

 恐らく地獄の苦しみだろう。

 

 これでもまだ生きているのだ。

 

「……再生は?」

 

「再生能力は一時的に奪われているみたいです。我々だけで抑えられたのは僥倖でした」

 

 あえて肉体を切り離さない処置をしたのは、相手が上級翼手だった場合、切り離したのを嚆矢として二体に分裂してもおかしくはないからだ。

 

 それがどれほど人間の思考回路が及ばないような領域でも、翼手ならば相当する。

 

「……割れた情報は? 私が聞いた限りだと、本部からの通達じゃ、この一匹だけではないとか」

 

「現場に居合わせた人間の証言だと、一両を貸し切っていたとされる団体は総勢四十名……。どうやら市民権を得た修学旅行生を装っていたようです」

 

「四十体の翼手だと……!」

 

 タツヤが絶句する。

 

 キリエも先んじて聞いていたとは言え、その総数に驚いていた。

 

「エメトピア中央庁の施策である、市民権の発布を利用しての、翼手の大っぴらな潜入……。まさかここまで大規模になるとは思っていませんでしたけれど……」

 

「隊長、ヤバいんじゃないっすか? 何せ、四十体です。自分らがどれだけやっても、さすがに……」

 

「確かに数の暴力は圧倒的だな。四十体の翼手か……。スコア稼ぎにはちょうどいい」

 

 そうこぼしたアオへとタツヤは突っかかる。

 

「おい! そういう言い草ってのはねぇんじゃ……!」

 

「猿渡君! アオ君も。……これは読み合いになる。相手が上回るのが先か、私達が先んじるのが先か……。事態は刻一刻と悪くなっていると思ったほうがいい。今のところ、被害は?」

 

「四十体がこの理想郷の中心街に放たれたのは脅威ですが、どうやら身を隠している様子ですね。すぐに翼手被害が出れば我々の関知網にもかかるんですが……」

 

「別勢力の可能性は? 敵は最初から、中央庁に伝手があった、とか」

 

 アオは不愛想だが審美眼は確かだ。

 

 確かにその線ならば、四十体の翼手の当てがあっての行動となり、車両を使っての特攻にも等しい動きにも納得がいく。

 

「……あ、そう言えば報告漏れがありましたね。正しくは三十六体のようです。四体は既に、車両内部で殺されているのを発見しました」

 

 その言葉にキリエは問い返す。

 

「共食い……があったとかですか?」

 

「いえ、死体は結晶化しており……その事実から、対処したのは……」

 

 赴くところを、その場に居た全員が理解する。

 

「……ここに来ているって事ですか……“SAYA”のキャリアーが」

 

「……そう見るのが自然かと」

 

「け、けれど……! 中央庁に仕掛けてくるなんて、“SAYA”も無鉄砲っすよ! 自分達がちゃんと仕事しているって言うのに……!」

 

「向こうはそう思ってはくれないって事だろうさ。……更衣隊長、これより第一種警戒態勢に入ります。構いませんね? 帯刀の許可を」

 

 キリエは端末を操作し、アオの帯刀許可に署名する。

 

 アオは軽く会釈してから現場を後にしていた。

 

「……いいんっすか? アオの奴、あれじゃあどれだけでもワガママになっちまいますよ?」

 

「……猿渡君。もしそうだとしても、アオ君の自由を制限しても私達にはデメリットしかない。それに、アオ君は鼻がいいから。一番に行き着くかも」

 

「それも込みで、っすか。さっすが、C班の隊長っすね」

 

「そんなんじゃないよ……。ただね、C班のみんながちゃんと、自分の出来る事を精一杯出来たらいいなぁって思うんだ」

 

 弱々しく微笑むと、タツヤはニッと笑顔を向ける。

 

「立派っす。隊長の下で働けて幸せっすよ」

 

 自分には過ぎた賛辞を受け取りながら、キリエはまだ生きている翼手へと調査すべく白手袋をはめていた。

 

「翼手の再生能力から鑑みて、相手のランクは?」

 

「28号と目されますが、妙な点がいくつか」

 

 鑑識の返答に、キリエとタツヤは顔を見合わせる。

 

「妙と言うのは?」

 

「28号翼手にしては、本能が希薄なんです。あ、いえ……他の28号下級翼手に関して、まだ分かっていない事の方が多いのは事実でしょうけれど……それにしては、本能だけで動いているとは思えない。車両を貸し切った事もそうです。28号翼手に、そこまでの知恵はない。あるとすれば……」

 

「何者かの手引き……ですか。でも、そうすると、敵は内側にも居ると言う事に……」

 

「だから、慎重なんです」

 

 翼手の血を採取しつつ、鑑識は処理班に後を任せようとする。

 

「参りましたねぇ……。三十六体……あ、こいつは動けないから残り三十五体……。ってなると、動き方には随分と制限があるっすよ」

 

 封鎖線を超えて、キリエは思考を巡らせる。

 

「うーん……私達、コープスコーズで出来る事は突発的な翼手の排除だけれど、三十五体も居るんじゃ、なかなか戦力の分散も難しいし」

 

「第一、アオの奴、もうちょっと足並みを揃えやがれって言うんですよ。あれで優秀だから副長なんでしょうけれど」

 

 タツヤにも不満はあるだろうが、自分の仕事は彼らの摩擦を最小限にする事だ。

 

「猿渡君も分かってあげて? アオ君、実績を上げるために結構必死だから」

 

「必死っつっても、上になるのってそんなにいい事っすか? 隊長を見ていると気苦労が絶えなさそうっす」

 

「……そう見える?」

 

「見えますよ。あと、いいんですか? モモカに今日は勉強を教えていたんじゃ……?」

 

 あ、とその段になって思い出し、大慌てで連絡を繋ぐ。

 

「ゴメン……! 任務が重なっちゃって……。うん、うん……。埋め合わせはちゃんとするから、とりあえず戻ってもらえるかな? あ、お金は払っておいたから心配しないで」

 

 嘆息をつくと、そのやり取りを眺めていたタツヤは一家言ありそうな態度を取る。

 

「隊長、マジでどっかでぽっきりと折れちゃうんじゃないかって心配っすよ。モモカの勉強も、自分やアオみたいなやりにくい部下を持っているのだって大変でしょう? 出来るだけ力にはなりたいっす」

 

「ありがとう……でも、うん。今のところは大丈夫。中途半端に誰かに投げていい職務じゃないし。それに、私はみんなの事、大好きだよ。私みたいな頼りない隊長に、ちゃんと従ってくれているし」

 

 微笑むとタツヤは頬を掻いて目線を逸らす。

 

「ま、まぁ! それならそれでいいっすけれどね! ……一旦、戻ったほうがいいかもしれないっす。そうじゃなくっても、翼手との戦闘で報告書を書かないと駄目でしょう?」

 

「あ! それも忘れてた……。ホント駄目だね、私って……」

 

 ちょっとした自己嫌悪だ。

 

 元々、本部から回ってきた仕事をこなしているのに、そこにイレギュラーな翼手の反応があったからと言って言い訳にはならない。

 

「……テンプレート作っておきましょうか? 自分、今日非番なんでちょっと手伝う事くらいは出来るっすから」

 

「あ、いいのかな……。隊長である私の仕事だろうし……」

 

「いいんですってば。キリエ隊長、持ちつ持たれつでしょ。それに、自分にしてみれば、何でもない業務っすよ」

 

 タツヤは自分の事をちゃんとサポートしてくれている。

 

 それに比して、己の迂闊さに呆れ返ってしまう。

 

「……うん、じゃあお願い出来るかな? 私はこれから本部に向かうから。28号の討伐だけじゃなくって、三十五体の翼手に関しても情報を得ないと駄目だろうし」

 

「どーんと任せてくださいっす!」

 

 胸元を叩いたタツヤに微笑んで、キリエは踵を返す。

 

「……考えないといけない事がいっぱいだなぁ……。ちゃんと対処出来るのかな……」

 

 それだけはぼやいたって仕方がないのは分かっていたが、何となく不安に駆られる。

 

 C班の事、そして中央庁に潜入してきた翼手の事も、全て自分の掌から滑り落ちてしまいそうだった。

 

 

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