BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene6 彼らの日々

 

「おっ、帰ってきたっすね。モモカ、どうだったっすか?」

 

 モモカが帰宅するなり、リビングの一角にうず高く積まれたクッションで猫を撫でているタツヤを発見する。

 

「猿渡君……また貰って来たの?」

 

「いいでしょー。こいつは何て名前にしようっすかねぇー」

 

 猫の首筋を撫ぜてごろごろと喉を鳴らさせる。

 

「もう十匹目だよ? 更衣先輩もその辺にしておきなさいって言っていたじゃないの」

 

「かわいそうじゃないっすか。理想郷なのに猫の居場所がないなんて。自分は出来ればこの子達の居場所……楽園になりたいんすよ」

 

「要らん悪癖だな」

 

 階段から降りてきたアオが断ずる口調でこちらを見据える。

 

「何とでも言えっすよ。自分が世話するんだから、他の人にとやかく言われる筋合いはないっす」

 

「あ、犬神君。大変だったね。出先で翼手に遭遇するなんて……」

 

「別に。どうって事はない。それにしても、遅かったな。更衣隊長と勉強会だったんじゃないのか?」

 

「……途中で先輩は用事が出来ちゃって……今の今まで自主勉強……」

 

「物覚えが悪いんだろう。そんなだから、更衣隊長も要らない世話を焼く。あの人も困ったものだ」

 

 アオはタツヤの世話する猫を一瞥し、台所へと向かう。

 

 自分達の共同生活拠点である一軒家は大きくアーチが取られた形状の吹き抜け構造で、五人の若者が住むのにはかなり広い。

 

 一階には台所とリビングルームが一体化しており、男であるタツヤとアオは一階で寝起きしている。

 

 女子組であるモモカは二階に部屋をもらっていたが、テレビや娯楽のある一階で過ごす事も珍しくはない。

 

『本日、事故がありエメトピア中央庁直通列車は二時間の遅れが出ています。市民の皆様はリアルタイムで確認をお願いします』

 

 抑揚のない合成音声でニュースが語られる。

 

「やっぱあの事件の事は内密って事みたいっすね」

 

「うん……そうだね」

 

 タツヤの意見に同調する。

 

 キリエは自分には言い含めなかったが、今日あったと言う事件に関してで言えば既に知り得ている。

 

 モモカは自分専用にカスタマイズした端末で瞬時にネットの暗部へとアクセスし、観測映像に記録されている車両が爆ぜた模様の動画を再生していた。

 

 先頭車両が突然に吹き飛び、その窓から数十体の黒い影が中央庁へと落下していく。

 

「またダークウェブの動画を漁っているのか」

 

 アオは台所で夕飯の調理を担当している。

 

 その特徴的な三白眼が細められて、モモカは参ってしまっていた。

 

「……バレちゃうか」

 

「やめろと言われているだろう。隊長はそういう面でもお前には勉学に励めと言っていたはずだが」

 

 返す言葉もない。

 

 普段は粗暴だが、キッチンに立つとアオは一転して面倒見がいい性格になる。

 

 それがどれだけ普段の言動がぶっきらぼうでも彼が嫌われない要因でもあった。

 

「アオ。今日の晩飯は?」

 

「鳥のむね肉で揚げ物だ。猫にはかつお節味の餌を用意してある」

 

「主夫だねぇ、犬神君は……」

 

「貴様らがあまりにも無頓着なんだ。この家で料理が出来るのはオレと隊長くらいなものって言うのはおかしいだろう」

 

 アオは料理本とにらめっこしながら新しいメニュー開拓に余念がない。

 

 それを言われてしまうと自分とタツヤは何も反論出来なくなってしまう。

 

「あれ? まだ先輩帰って来てないんだ……」

 

「本部に寄るって言っていたっすね。その途中で何かあったのかもしれませんし」

 

「そっかぁ……。忙しいんだね、更衣先輩も」

 

「今回の事件が思ったよりも入り組んでいるのもある。翼手が市民権を使って一斉に侵入してくるなんて前代未聞だ。それもこれも、半年前の施策が間違っている事に端を発している」

 

 アオは調味料を組み合わせ、緻密に軽量している。

 

「……半年前の施策、か。市民権を全セクションに発布するのは、でも間違いじゃないでしょ? これまで中央庁に来られるのは相当頑張るか、最初から運でもない限り無理だったんだし」

 

「百年単位での格差を取り戻すって言うスローガンだったすねぇ。ある意味じゃまだ差別は拭えていないって言うのが確かに理想郷には程遠いんっすけれど」

 

 タツヤは猫の毛並みを整えている。

 

 するとクッションの住処から顔を出した他の猫達が鳴きながら寄ってくる。

 

 動物に好かれやすい彼は、すぐに猫を拾ってきては家に住まわせる。

 

 キリエから最初のほうこそ注意が飛んだが、今となれば猫達に一番懐かれているタツヤを悪く言う人間はこの家には居ない。

 

 それも彼の人徳のなせるわざなのだろう。

 

「先に人間のほうのメシにするぞ。揚げ物は冷めるとまずい。とっとと食え」

 

 口調はいつものように取り付く島もないが、テーブルに並んだのは色とりどりの野菜と揚げ物の取り合わせできちんと見た目も意識されている。

 

 アオはこう言うときっと怒るだろうが、エプロン姿は戦っている時よりも様になっている。

 

「……そう言えば、呼ばなくっていいの?」

 

 それとなく二階へと目線を振り向けると、アオは憮然として応じる。

 

「一時間はライブ配信だから呼ぶなとの事だ。……まったく、本当のごく潰しはどうしようもないな」

 

 完全防音が施された二階の一番奥の部屋からは声一つ、物音一つ聞こえてこない。

 

 モモカも席に座り、早速夕飯にありつこうとしていた。

 

「わぁ……っ! 揚げ物美味しそう!」

 

「アオはいい嫁になりそうっすね」

 

「オレは嫁にはならん。隊長が帰って来ないが、オレは個人的にお前達に話がある」

 

 夕食の場で切り出されるのは珍しく、モモカは早速揚げ物を頬張っていた。

 

「ひゃに?」

 

「食いながら喋るな。テーブルマナーが出来ていない奴は何をさせたって駄目だ」

 

 そう言われるとさすがに自分もタツヤも揚げ物を咀嚼して、それからお茶で流し込む。

 

「何っすか。言いたい事あるんならハッキリしろっすよ」

 

「……更衣隊長のやり方に異議がある。あの人が居ないんならちょうどいい。お前ら、今回の三十五体の翼手、捕らえられると思うか?」

 

「先輩のやり方に文句は言えないよ……。だって、ねぇ? 猿渡君。私達、みんなよくしてもらっているし」

 

「そうっすよ。恩知らずっすねぇ」

 

「恩義なんて一個の当てにもならん。オレは三十五体の翼手を追うのに、オレ達独自でやるべきじゃないかって思っている」

 

 そう言ってアオは揚げ物を噛み切り、サラダを食していた。

 

 タツヤと自分は目線を合わせて困惑するしかない。

 

「……けれど、翼手は群れを作っているんでしょう? 私達だけなんて危ないよ」

 

「そうっすよ。もうちょっと頭使ってくれねぇと困るっすね」

 

「頭なら使っている。連中は修学旅行生を装って中央庁に入り込んだ。と言う事は、常に団体で動いているか、あるいはある程度の連携を取らなければ弱い翼手だと言う事だ」

 

 確かに、敵が上級翼手相当ならば一体ずつで動いたほうが能率はいい。

 

 アオの仕込んだコーンスープをすすってから、モモカは応じる。

 

「……そこまで強くない翼手の集団だって言うの? でも、そうだとしたら驚異判定は下がるよね?」

 

「翼手は群れを作っている時が一番厄介だって、キリエ隊長に教わったじゃねぇっすか」

 

「そうだ。だからこそ、中央庁に馴染む前にケリをつける。奴らは巧妙に潜んでいるようだが、中央庁のルールを知らないはずだ。あるいは、ルールから逸脱する者が現れるだろう。……そこを、叩く」

 

 揚げ物へとアオが箸を突き刺す。

 

 その推察は正しいようであったが、モモカには疑問がある。

 

「けれど、そうだとしても三十五体だよ? 私達だけで挙げられるほどの敵じゃ……」

 

「策ならある。今日倒した翼手はタクシードライバーの身分を偽っていた。恐らくだが、同年代の偽装死体が上がってくるはずだ。今回の敵は修学旅行生だと言うのならば、それ相応の年代の人間が標的になる」

 

「……つ、つまり……?」

 

「オレ達は幸いにも身分は学生と言っても差し支えない。奴らを釣る、餌になる」

 

「わ、私はでも……!」

 

「その想定だと、自分達は常に帯刀していないと危険じゃねぇっすか? 自分やアオはともかく、モモカは……」

 

 濁した先にアオは言いやる。

 

「永瀬。武装所持の許可なら取り付けてやる。オレ達全員で仕留めるぞ」

 

 そこまでアオが深刻に思っているとは想定外であった。

 

 と言うよりも、やはりと言うべきか、キリエの事をちゃんと信用し切っていないようである。

 

「……更衣先輩に任せない? だって、私はたとえ帯刀したとしても……」

 

「少しの時間を稼げればいい。お前だってC班のコープスコーズだ。訓練は終えているはずだろう」

 

「そう……だけれど……」

 

「……しゃーねぇっすね。キリエ隊長は信用しているっすけれど、確かに三十五体は多過ぎるっす。負担がデカくなれば如何にキリエ隊長でも大変っす」

 

 確かにこうして共同生活をしている身だ。

 

 ただでさえ勉強を教えてもらっているのに、それに加えて戦闘面でも役に立たないのならば同じ班に居る意味がない。

 

「……分かった。明日、帯刀許可をもらってくる」

 

「決まったな。オレは引き続き、大通りを張ってみる。猿渡、お前も来い」

 

「ええっ! モモカ一人にするっすか?」

 

「……適材適所だ。お前、その姿で囮なんかになると思ってるのか?」

 

「それは……っすけれど」

 

 肩を落とすタツヤに、モモカも同意する。

 

 タツヤは見た目こそいかついが心優しい。

 

 しかしその見た目で不良だと判断される事も数多い。

 

 誤解で敵を見過ごしては旨味がないだろう。

 

「……猿渡君。私も、犬神君の言っている事は間違ってないと思う」

 

「それに二人のほうが勝率も高い。もしもの時には二人で急行する。永瀬、更衣隊長には一言言っておけよ。ついてこられたら囮作戦にならん」

 

「……分かった」

 

「話は以上だ。ごちそうさま」

 

 もう食べ終えているのに二人して目を見開く。

 

「……相変わらず作るとの食うのだけは早いっすねぇ」

 

「……だね。でも、犬神君も自分に出来る事がないかって模索してるんだと思う。確かに更衣先輩にばかり頼ってちゃ駄目だよね。私達はせっかくのC班なんだし」

 

「……まぁ、前向きな意見ならしゃーねぇっすね。けれど危険もあるっつーんなら、もし無理そうなら……」

 

「ううん、無理じゃないよ。ちゃんと……やらないとね」

 

 そこで玄関が開き、キリエが帰って来る。

 

「ただいまー……ちょっと今日は疲れちゃった……って、あれ? もうご飯食べちゃったの?」

 

「……お先、ごちそうさまです」

 

 アオはエプロンを脱いで自室へと戻っていく。

 

「……何かあった?」

 

「い、いえっ……何も!」

 

 どうしても隠し事が出来ず、大仰に揚げ物を平らげそれから自分も部屋に戻る事しか出来ない。

 

 何だかその有り様は酷く不格好で、モモカは胸に湧いた罪悪感に苛まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜は絶好の狩り場のはずだ。

 

 そう感じて、少女はビルの屋上から街頭を見渡す。

 

 滅菌されたような白の街並みに、行き交う人々は今日の安寧を信じ、明日の平穏を頼り切っている。

 

「……聞こえているか、デヴィッド。敵は確実に潜んでいる」

 

『“声”に関してで言えば、潜入を果たしたお前のほうが先んじられるはずだ。翼手を追い詰め、そして殺せ。それが我々の悲願だ』

 

「中央庁は思ったよりも静かだが、昼間の翼手共の“声”は感じられない……。静か過ぎるほどだ」

 

 空に浮かぶ金色の月を仰ぎ、少女は夜の風に身を浸す。

 

 浮かんでくる様々に雑多な音響。

 

 人々の喧騒。

 

 流れていく人間の営み。

 

 その中へと巧妙に潜み、生き血を啜る鬼が居る。

 

 だが、少女の関知野にはその欠片すら探査出来ないでいた。

 

『何らかの障害があると想定したほうがいいか。それとも、別の、手引きしているような者が阻害している可能性もある』

 

「ここは中央庁だ。……アシッドの総本山で私達の力が十全に発揮出来ない罠でもあるのかもしれない」

 

『油断は出来ない。サヤ、引き続き紛れ込んだ翼手を狩って欲しい。敵はどれだけでも利用できるものは利用するだろう。中央庁にしてみても、翼手被害は抑制したいはずだ』

 

「それは分かっている。だが……どうしてこうも“人間臭くない”のか……。見渡してもそれらしい気配すら感じられない。翼手が潜んでいるのならば、もっと血の臭いがするはずだ」

 

『中央庁に潜入出来たのはアマミヤを除けばお前が初めてだ。継続任務を頼みたい。無論、危険が迫れば我々も急行する。敵の数は相当数だ。お前だけに任せる事には我々も苦渋の策だよ』

 

 少女は真紅に染まった瞳で見渡し、注意を振り向けていた。

 

 拡大化された視野の中によろめく人影を発見して、ビルの屋上から身を躍らせる。

 

 風をはらんだセーラー服が舞い上がり、一直線に直下の影へと抜刀していた。

 

 相手も直感したのか、散漫だった動きに鋭敏さを宿らせて瞬時に飛び退る。

 

 一撃を仕損じた――その感触を噛み締めた時には、敵はビルの壁面を這い進む。

 

 デヴィッドらの援護を期待出来ない以上、ある程度まで翼手を追跡するしかない。

 

 壁を伝って軽い挙動で立ち回る相手に、少女は駆け抜けていた。

 

 自分にとって、翼手の加速術はそれほど身に馴染んでいない。

 

 敵に本気で逃げられれば取り逃す可能性もある。

 

 よって、最初から全速前進――全ての脚力を込め、一気に加速する。

 

 精一杯の脚力で壁を蹴り、ビルの壁面を足掛かりにして翼手へと刃を奔らせていた。

 

 だが、その一撃は相手の爪で弾き返される。

 

 降り立った双方は睨み合いとなっていた。

 

「……狩人か。しかし、まさか、な。中央庁には潜り込めないはずだ、貴様らは……」

 

「その認識は今日で終わる。……首を落とさせてもらう」

 

 刀へと血を宿らせ、真紅の残光が灯火となる。

 

 殲滅の血で一気に肉薄するが、相手は逃げ足にだけは通じているのか、即座に横っ飛びされて打ち下ろした太刀は大地を切り裂くのみだった。

 

「せっかく食事に入ろうと思っていたのに……貴様ら討滅の走狗のせいで、俺達がどれだけ参っていると思っている」

 

「その言葉はそっくりそのままお返しする。翼手は一体残らず殲滅する」

 

 決意を固めた刃を奔らせ、下段より振るい上げた一撃が僅かに肩口を捉えるも、翼手は発達した爪で払い除ける。

 

 火花が散り、少女は浴びせ蹴りでその距離を埋めていた。

 

 叩き込んだ一撃はそれなりに通用したはずだ。

 

 咳き込む翼手は黒々とした表皮に身を包み、身の丈は当初より三倍近くになっている。

 

「……狩人め……!」

 

「ここで潰す」

 

 再び血を通し、刀身に刻まれた「emeth」の血文字が宵闇に輝く。

 

 翼手は徹底抗戦の構えで飛び込むと同時に“声”の質量音波を放っていた。

 

 距離を心得ていなければ、鼓膜が破れるのは必至。

 

 しかし、少女は翼手の肩口を引っ掴み、その頭部へと頭突きをかましていた。

 

 僅かに敵の気勢が削がれた一瞬の隙を突き、少女は刃を払い上げる。

 

 翼手の片腕が引き裂かれ、絶叫が木霊する。

 

「ここで殺す。それ以外にない」

 

『待て、サヤ。……こいつが情報を持っていないとも限らない。トドメを刺す前に少しだけ精査して欲しい』

 

「……面倒な事を」

 

 翼手が結晶化の始まった断面を押さえながら逃げおおせようとするのを、少女は先んじて回り込んで身を躍らせる。

 

 回転した一閃が翼手の鼻先を斬り、その一撃で相手は戦意を喪失したようであった。

 

 少女は追い討ちのようにその膝頭へと切っ先を食い込ませる。

 

 声が上がる前に、顔を近づけて詰問する。

 

「お前も昼間に中央庁に潜入した翼手か?」

 

「ひ、昼間……? 俺はもともと、この中央庁に居た……」

 

 となれば、空振りか。

 

 嘘を言うような余裕もないだろう。

 

 脚を切り裂いて動けなくしてから、少女は翼手の首筋に刀身を添わせる。

 

 翼手は涙を流し、命乞いをするが少女は迷わない。

 

 真紅の瞳を蠢動させ、一息に首を刈っていた。

 

 血飛沫が舞い、翼手が瞬時に結晶化していく。

 

 その骸へと手向けの血を与えてから、少女は身を翻していた。

 

「……デヴィッド、こいつは外れだったようだ」

 

『そのようだな。しかし、理想郷の中心地にでさえも翼手の巣窟になりつつあるとは……。それもこれも、半年前の施策が原因なのだろうが……』

 

 少女は人波に紛れつつ、翼手の血の臭いを探る。

 

 だが、思った以上に雑多だ。

 

 人々の匂いが翼手の気配を薄めている。

 

 逆はあっても、この傾向は初めてであった。

 

 まるでフィルターがかかっているように、翼手の気配を精査出来ない。

 

「……こんな夜が続くのか。個人的にはやってられないな」

 

 

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