BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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Sequel:2 Dirty Songs
scene9 彼女の行方


 

 いくつか写真を撮られた後に、長い長い尋問が待っていた。

 

「名前を」

 

 何度目か分からないその問いかけに、おずおずと応じる。

 

「……永瀬モモカ……です」

 

「コープスコーズC班、構成員。調書に間違いはないな?」

 

 資料を差し出され、モモカは間違いない事を確認してから相手へと目線を合わせる。

 

 尋問官は情報を精査してから、こちらへと何度目か分からない質問をする。

 

「何故、帯刀許可を取り付けてあの場に居たのか。説明出来る論拠は?」

 

「そ、それは……。C班のみんなで、その……先輩の負担を減らそうってなって……。それで、帯刀していたらたまたま……」

 

「たまたま電車内での翼手の遭遇。そのまま戦闘にもつれ込み、か。しかし、君の戦闘成績は酷いな。訓練では、下級翼手相手でも苦戦するレベルだと判定されている」

 

 どこか値踏みするような尋問官の目線。

 

 モモカは恥じ入るようにして目線を伏せる。

 

「……確かに私は戦闘向きじゃありません。だから――」

 

「だから後方支援。……君の経歴を洗い出して、少し驚いた。卓越したハッキング技術で、エメトピア中央庁の中枢システムへの何度か分からないほどの介入。足跡もまるで残さず、美麗とも言える潜入と、そしてデータ改ざん能力。君がコープスコーズへと配属されたのは、ハッキングによる罪状を減軽するためだ。まさかまだ女子中学生の身分で、この中央庁でも重罪にカウントされているとは思いも寄らない」

 

 書類を捲る尋問官の言葉にモモカは言葉もない。

 

 自分の経歴くらいは簡単に丸裸に出来る。

 

 問題なのは、刑期を遅延してもらう代わりの条件だ。

 

 ――コープスコーズC班へと配属され、そこで職務を満たせ、と。

 

 罪状は明らかなのだからとっとと処刑すればいいのに、中央庁は自分を利用する道を選んだ。

 

 その意味を解したのは、コープスコーズ――「死体兵団」と呼ばれるプロジェクトの概要に触れた時だ。

 

「コープスコーズは死体兵団。所属する人員は全員、公には死んだ事になっている。君もそうだ、永瀬モモカ。最早、永瀬モモカと言う名前の人間は中央庁には存在しない。まさに影法師のように、ただただ人の闇に介在し続ける」

 

 尋問官はいい加減、自分相手に痺れを切らしたのか、机を足で蹴って牽制する。

 

 びくつくと相手は声にドスを利かせていた。

 

「知っていたんだろう? 更衣キリエの正体を」

 

 切り詰めた声に、モモカはそれだけは、と頭を振る。

 

「いえ……多分知っていたのは……誰も居ないと思います」

 

「更衣キリエは特一級監視対象だ。それさえも?」

 

 首肯すると尋問官は嘆息をついて煙草のパッケージの底を叩く。

 

 是非を確認する前に紫煙をたゆたわせ、彼は長く呼吸していた。

 

「……更衣キリエがどれほどの存在なのか、隠し通していたのは彼女なりの配慮だったのだろう。だが、得心がいかないのは誰も、誰一人として知らなかっただと? 一つ屋根の下で? 貴様らは?」

 

 無駄だと分かっていても首肯するしかない。

 

 尋問官は心底侮蔑したかのように嘆息をつく。

 

「それほどの機密を貴様らに任せるのには困難だった、か。正直に話して欲しい。更衣キリエはどう映った?」

 

 恐らくこの質問は、自分以外のメンバーも受けているのだろう。

 

 慎重に返答を選ばなければならない。

 

「……再生能力は私達にも少なからずあります。だから……」

 

「だから? 確かにコープスコーズは意図して翼手因子をコントロールされている。その戦闘能力は犬神アオ副長が分かりやすい。28号翼手と対等以上に戦ってみせる怪力に、瞬発力。だが、君の報告にあった更衣キリエの変異は、その常識を逸していた、と」

 

 どこに監視の目があったかどうかも分からない。

 

 ここでは正直に話したほうがよさそうだ。

 

「……頭を、切り裂かれたんです。翼手の鋭利な爪で。……けれど、更衣先輩は復活してみせた。あれは……」

 

「一つだけ言っておく。あれは“よくないもの”だ」

 

 ここに来て初めて、尋問官は人間らしい警句を吐く。

 

 しかし、モモカにしてみれば、その言葉が一番信じられなかった。

 

「何でですか……! だって更衣先輩は私達のために戦ってくれたんですよ……! だって言うのに、こんな扱い……」

 

 キリエの処遇までは分からない。

 

 だが、最悪の場合、コープスコーズC班の解散も考えられるだろう。

 

 尋問官は甘ったるいメンソールの紫煙を吐きながら、聞きかじった情報だが、と前置きする。

 

「コープスコーズC班はこのままの措置を続ける事だ。無論、解散はさせない。一名とて、逃がすわけにはいかない、と。更衣キリエの秘密に、貴様らは最後の最後まで関わってもらう。彼女が何者なのか、そして何に成ろうとしているのかを。簡単に一抜け出来るとは思わない事だ」

 

 尋問官なりの優しさだったのだろうか。

 

 彼は灰皿で煙草を揉み消してから、苛立たし気に後頭部を掻く。

 

「あのな、永瀬モモカ。貴様らは相当に、楽園の暗部に触れている。更衣キリエはその凝ったような象徴だ。だと言うのに、我々中央庁監査室に何一つ知らされていないのが一番に気に食わん。どうせ、他の連中を突いても同じだろう。それが腹立たしい……と言うのが正直なところだとも。だが、他の連中と違い、私はその中でも先んじられる。これは中央庁に勘繰られれば一撃で死が訪れるが、恐れていれば真実はいつまでも手に入らないだろう」

 

 尋問官は一枚の名刺を差し出していた。

 

 このやり取りは記録されているはずだ、とモモカは感じ取ってから、尋問官は瞳で確認する。

 

「君の経歴を知らないでこんな風に打って出るわけがない。永瀬モモカ、やる事は分かっているな?」

 

 アオやタツヤでは仕損じる。

 

 だが、自分ならば中央庁の尋問映像を書き換える事など造作もない。

 

 眼前の男はそれを承知の上でこちらに接触を図ったのだろう。

 

 モモカはおずおずと名刺を受け取っていた。

 

「……中央庁監査室……田井中ゴロウ……」

 

「凡庸な名前だろう? だが、私は凡庸に終わるつもりはない。……直感だが、中央庁は大きな闇を隠している。その中の一つが、更衣キリエ」

 

「……いいんですか。私がこの企みに乗じなければ、あなたは捕まりますよ」

 

「構わん。それくらいの賭けに出たっていいだろう。それに、この交渉は君にとっても有益のはずだ。コープスコーズC班……“お荷物のC班”の有用性を挽回したければ、私の賭けに乗れ。それが合図となる。……ここでの約五分間は空白となる、いいな?」

 

 モモカは名刺をポケットに仕舞い、それから問い質す。

 

「……更衣先輩は何なんですか……?」

 

 ゴロウは煙草の煙を頭上に吹かしてから、ゆっくりと頭を振る。

 

「……正直言えば分からん。私は仕事上の書類しか受け取っていないからな。データを参照するのは可能だったが、恐らくは嘘……偽装だ。C班の経歴は洗えたが、更衣キリエだけは読めない、明らかな改ざんが見られる。何が起こっているのか、そもそも更衣キリエなる人間は本当に存在しているのか……」

 

「……更衣先輩が、嘘だって言うんですか……」

 

「私は全て疑ってかかっていいと思っている。中央庁の思惑もコープスコーズなる部隊を扱う意義も。体面上は翼手への対抗策だろうが、そもそもの話で言えば、半年前の施策の失態が滲んでいる」

 

 この男も半年前から発布された市民権の政策を疑っているのか。

 

「……中央庁は間違いなんて滅多な事じゃしないはずです」

 

「だからさ。間違いなんて九割ない連中が、その一割でこれまでの成果を帳消しにした……とは思えない。何らかの思惑があり、そのピースとして必須であったのが、更衣キリエだとすれば」

 

「……更衣先輩は、大きな陰謀にでも巻き込まれているって……?」

 

「正直、そう思いたい。そう思ったほうが楽なのもある。……永瀬モモカ、私に情報を回してくれ。さっきの名刺の裏に隠しコードを書いておいた。どれだけ中央庁の市民にプライバシーなんてないとは言え、君は特殊だ。百年余りのエメトピアの歴史において、唯一の情報だけでの崩落を試みた、後にも先にも存在し得ないガン細胞のようなもの。だからこそ、コープスコーズと言う実験部隊に据えられたのもあるのだろう。他の面々も問題ありきなのは、どこか見え透いている」

 

「……犬神君や、猿渡君も……?」

 

 自分はまだしも他のメンバーまで同罪レベルの闇を抱えていると言うのか。

 

 それがにわかには信じられなかったが、ゴロウは言葉を継ぐ。

 

「いいか? 永瀬モモカ。ここから先は近い人間ほど信用するな。君自身がその命を守りたければな。それに、更衣キリエへと調査が及んでいると知られれば、何が動くか分かったもんじゃない。ともすれば、それこそ四神官でさえも……っと。これは穿ち過ぎか」

 

 エメトピア中央庁における絶対法権。

 

 それを司る最も卓越した種、超常の存在。

 

 それこそが四神官の名を戴く事が出来る――しかし、その事実はほとんどの市民には知られる事さえもない。

 

 四神官という名称を一般で知っているのは、恐らく自分くらいなものだ。

 

「……情報は、私が確証を得てからにします。そうでないと……私だって更衣先輩を裏切るのは嫌ですから」

 

「その心がけでいい。危険な橋を渡っているが勝率は高いと考えている。……ここまでジャスト五分。尋問は終わりだ、貴様らは一度釈放される。ただし、監視措置がつくと思っておけ」

 

 見え透いた警句だけを吐き、ゴロウは机を叩く。

 

 完全に先ほどまでの自我を消し去り、冷徹な尋問官にだけ徹した後の質問はどれも退屈な代物だったが、モモカにとっては大きな躍進の足掛かりを得ていた。

 

 ――更衣キリエ先輩……あなたは一体……。

 

 

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