釈放されるのと、接触は同時だ、と約束していた場所に赴く。
「付けられていないだろうな?」
「だとすれば、オレは今日までお前の情報を基に作戦を立てていないだろう。情報屋、事はどう運んでいる?」
目深に帽子を被り、サングラスをかけた男はこちらとは視線を合わせずにベンチで背中を合わせる。
理想郷に設えられた自然公園は何もかも白一色で、妙に小ざっぱりしているのが人間味を殺しているように映っていた。
「コープスコーズC班は全員、尋問を受けたようだな。解放されたのはばらけているが、問い質されたのは一個のようだ。――更衣キリエ隊長に逆らうな、と。こっちでも調べは尽くしたがな、更衣キリエ。年齢は十七歳……とされている。二年前に中央庁付きの市民として登録され、それまでの記録は抹消済み。まっさらと、綺麗に。……これが逆に不自然なんだが……俺でもそこから先は追えないままだ。なぁ、正直な感想を聞かせてくれないか? お前がここまで違和感を覚えている更衣キリエ……どう探っても中央庁のお墨付き……それ以外にはまるで分からないんだ。調査開始してから既に半年が経つ。その間、同居しているんだろう?」
「家族ごっこだ。それ以上でも以下でもない。あの人は……まともを演じているだけだ。そう思わなくっちゃ……」
そう――そう思わないと「やっていけない」。
それがアオにとって素直な感想そのものであった。
キリエはコープスコーズC班隊長として、ほとんど問題のない素振りを徹していたが、それが逆に不気味で仕方がない。
自分以外にも問題児ばかりのC班を統率するために奔走し、努力する姿はまさに真っ当過ぎて「見ていられない」。
「……なるほどな。それが正直なところってわけか。俄然、興味が湧いたよ。ここで手を引くのも手かと思っていたが、考えが変わった。継続的に情報を手に入れよう。更衣キリエは情報屋としても追うのに足る、飽きさせない存在だ」
帽子を目深に被って情報屋は口元に笑みを刻む。
「……能書きはいい。これが報酬だ」
端末を一度ベンチに置き、その上に相手は違法改造の端末を翳す。
「……おいおい、かなり多めじゃないか。これ、手切り金レベルだぞ?」
「それくらいの仕事を頼んでいるんだ。リターンがないと気力も続かないだろう」
アオは立ち上がる。
情報屋の興味が引けたのならば、それで充分だ。
自分のような内側からだけでは分からない事柄も、追わせる意味はある。
そう思って踏み出したアオの背中へと声がかかる。
「……犬神。元同級生として、質問がある。“死体”に成るのは楽しいか?」
コープスコーズ。「死体兵団」の一員としての名前――。
「……別に。土の下をねぐらにするのには、思ったよりも人間しぶといもんだとは思うがな。代り映えなんてないさ、ここだって理想郷だ」
「俺達の望んだ、か。なぁ、考え直さないか? まだ戻れるだろ、お前」
「考え直してどうするんだ。オレはとっくに、中央庁の名義には存在しないんだぞ。公式に居ないと定義された人間に、戻る戻らないの論法もないさ」
情報屋はにしし、と笑う。
かつて――同じように笑った友人の顔を思い返す前に相手も立ち上がっていた。
「そうか。ならよかった」
よかった? それは死んでもよかった、と言う意味か?
そのような問いかけの愚を犯す前に封殺し、アオは呼吸する。
三秒、深呼吸。
それで憂いは消し去るに限る。
歩み出したアオはコープスコーズの一員として、シェアハウスへの帰路を辿っていた。
既に灯りが点いているところを見るに、他のメンバーは帰宅していると見るべきだろう。
そこまで考えて、アオは瞼を閉ざす。
「……馬鹿馬鹿しい。帰宅って何だ。ここは家じゃないだろうに」
玄関を開けると、猫とじゃれ合っているタツヤと視線がかち合う。
「よっす。アオも帰してもらえたみたいっすね」
「……お陰様でな。……永瀬はどうした」
「部屋っすね。相当参っているみたいで……まぁ、無理ねぇっすよ。キリエ隊長がどうこうしちゃう現場を見たんすから」
またキリエか、とアオは猫の背中を撫でるタツヤを睨む。
何もかも更衣キリエと言う少女一人を中心にして回っている。
それがどうしてなのだか――今は気に食わない。
「……何すか。猫の世話なら……」
「何でもない。オレも部屋に戻る。結局のところ、翼手四十体を追い込む事も出来なかったんだからな」
「あ、その事っすけれど、朗報があるみたいっす」
「朗報だと?」
歩みを止めると、タツヤは猫をゲージに帰してから端末を差し出す。
そこに記されていたのはモモカからのメッセージだった。
〈犬神君が帰ってきたら、黙って私の部屋に来て。ノックは三回〉
短く、そして無駄を排したメッセージはモモカの「本職」である事を雄弁に示している。
「……分かった」
言葉少なにモモカの待つ部屋へとタツヤと共に上がり、三回ノックしていた。
メッセージが返って来てドアノブを回す。
「……お疲れー。こっちも今、何とかなったところかな」
モモカの部屋は外観からは想像がつかないほど、違法モニターで埋め尽くされており外にはダミー用の複写カーテンが施されている。
視覚的にも情報的にも、モモカの牙城であるこの部屋を突き崩す事は、並大抵のハッカーでは出来ないだろう。
そう、ハッカーなのだ、彼女は。
それもエメトピアが設立されて以来、最も凶悪だと判断され司法の場に引き出される事でさえもタブーとされた、天才少女。
八歳の頃には既に万能の鍵であるシステムを生み出し、それをオープンソースにしてあらゆる企業に高額で売買していたと言うのだから、本来の性質を知れば知るほどに恐ろしい。
実際、コープスコーズC班は彼女を制する意味合いもある。
キリエによって「普通の女子中学生」として矯正させる――それ以外の超法規的措置は一切認めないと言うのが中央庁の見解であった。
その過程で枷としてコープスコーズ施術を受け、自ら望んで「死者」と成った数少ない人間である。
モモカは今どき珍しい物理キーボードをタイピングしつつ、足の指まで使ってあらゆる監視カメラへと誤情報を走らせながら傍受する。
無論、枝は付けさせない。
それほどの腕前と頭脳だと言うのに、キリエに義務教育で手ほどきを受けているとは思えない。
「自分達はどういう処遇っすか?」
壁の古めかしいモニターを覗き込んだタツヤにモモカは目線さえも振り向けずに応じていた。
「公式見解では私達はコープスコーズC班として作戦行動中。更衣先輩だけはまだ釈放されていないみたいだけれど、他のメンバーには罰則はなし」
「オレ達は依然として死者の葬列のままと言うわけか」
「そうだね。それに関してで言えば変わりないけれど、変化があるのが一個だけ」
モモカが振り向かずに指差した先の投射映像が切り替わり、名簿を表示する。
「これは何だ?」
「そこに記されているのがピックアップした四十人の新規市民権取得者。多分、全員、翼手だと思う」
その手腕にタツヤが絶句していた。
「……もう見つかったっすか? あの四十体の翼手が……? こうも簡単に?」
アオは勘付かれないように舌打ちを漏らす。
最初からモモカが「本職」に振り切っていれば要らぬ被害を出さずに済んだものを。
だが、その感情はおくびにも出さず、アオは問い返していた。
「こいつらが目的の四十体だとして、名簿を洗い出せたのは大きいな。これから追跡すればいい」
「それなんだけれど、つい三十分前」
画面が切り替わり、名簿は「抹消済み」とされていた。
「……これは?」
「書いてある通り。その四十人は“記述ミス”として抹消済みになっているんだよね」
「記述ミスって……そんなタイミングは……」
「そう、ありえない」
タツヤに浮かんだ疑念をモモカはタイピングを休めずに断ずる。
「……だとして、こいつらはじゃあ中央庁が放逐したと言う意味か?」
「そこなんだけれど、抹消前の四十人分の市民権……一斉にコピーされている名簿が見つかったの」
「……よくそんなの見つかったっすね。これ、照合するだけでも何日もかかるでしょうに」
タツヤはモモカの「本職」を前に圧倒されているようであった。
だが、アオはそのような雑事に気を煩わされない。
元々、こっちが本来の顔だ。
モモカにとっては普段の振る舞いのほうが窮屈に違いない。
「……お前自身が追われたんだ。命の危機にも脅かされた。追うのは当然だろう。問題は、そのコピーされた先だが」
「ちょっと待ってて。あと五分で洗い出し完了するから。その前に……ちょっと話し合わない?」
ようやく振り向いたモモカは額に冷却テープを貼っており、前髪をかき上げてカチューシャで留めている。
酷い顔色だな、と思ったが口には出さないでおく。
「……話し合いって言うのは何だ」
「更衣先輩の事……。どれだけ探ってもやっぱり、今、先輩がどうしているのかは出ないの。二人に心当たりはない?」
情報屋が掴むのはまだ先だろう。
アオは澱みなく応じていた。
「いや、オレのほうにはないな」
「自分もっすよ。……不甲斐ないっす」
「いや、猿渡君や犬神君のせいじゃないよ。……私も調べても全然出ないんだもん。そこで、中央庁のメインサーバーに入ってみたんだけれど……」
「危ない事をするっすね……何か分かったっすか?」
タツヤの問いにモモカは残念そうに頭を振る。
「ううん、何も」
「そうっすか……。モモカでも分からないってなるとお手上げっすねぇ……」
「いや、これは大きな一歩だな。永瀬が本気で調べても分からないと言う事実が分かった」
こちらの返答にタツヤが素っ頓狂な声を発する。
「……えっとぉ……つまり?」
「物分かりの悪い奴だな。それくらい、更衣隊長の身柄に関してで言えば、秘匿事項に抵触するのだろう。永瀬ほどの腕でも見つけ出せない……それはつまり、中央庁の最深部に位置するほどの情報だと言う事だ」
「そ、それって……キリエ隊長、マジにヤバいって事っすか?」
「中央庁にとっても、更衣先輩は何かとても大きな意義があると考えていいのかもね。それと、四十体の翼手の事なんだけれど」
「何か関係があるのか?」
モモカは別のウィンドウを呼び出し、先ほどの名簿を照合させる。
「ううん……ついでに調べてみたら、この四十人の抹消と同時に、まるまるコピーされたって言ったよね? そのコピー先が分かったって言うか」
「じゃあ、そのコピー先が相手の次の拠点……つー事っすか」
単純に考えればそうだろう。
市民権を委譲出来るほどの権限を持っている人間がどれだけ居るかは分からないが、もし最初から四十体の翼手を擁するのならば怪しいはずだ。
しかし、モモカは渋い顔をする。
「……それなんだけれど……四十人分の市民権はそのまま、あるアバターアイドルのものとなっているんだよね」
「何かの隠れ蓑か? それとも、そのアバターアイドルが怪しいと見れば……」
「そう……なのかな? 犬神君、これを見てもそう思う?」
モモカはどこか歯切れ悪くそのアバターアイドルを表示させる。
『みんな~♡ 病み病みのこの楽園からお届けするサイコーにゴキゲンな病み病みアイドル、ヤミちゃんねるの時っ間だよ~♪』
再生されたのは楽園の中でも指折りのアバターアイドル、「ヤミちゃんねる」の有名人だが――。