BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene13 親子の情

 

 軟禁されるのも一日が過ぎればさすがに朦朧とした意識も戻ってくる頃合いだった。

 

 だが、キリエはそれでも前後の記憶が曖昧のまま、結果だけを手繰り寄せる。

 

「……私は……翼手を斬った……? けれど、モモカちゃんを助けた時に……」

 

 確実に殺された。

 

 だと言うのに、自分の身には傷一つない。

 

「……私は……一体何……?」

 

 地下牢へと誰かが踏み込んでくる気配が伝わる。

 

 キリエは手錠で拘束された腕を顧みて、恐らくは尋問か、と予想していた。

 

 果たして――地下牢を訪れたのは意想外の人物であった。

 

「……お父様……?」

 

「キリエ。大変だったわね」

 

 牢屋の鍵が解錠され、マハラルは手を差し出す。

 

「……何で……」

 

「本当は尋問があったのだけれど、それらを全て、アタシが肩代わりしたのよ。キリエが間違いを犯すわけがないもの」

 

 その信頼に目頭が熱くなるのを感じながら、キリエはよろめく足取りで立ち上がる。

 

 マハラルに手を引かれていると、きっと幼少期もこのように手を引いてもらった事があるのだと実感していた。

 

「あの……お父様……」

 

「なに? 何でも聞いて」

 

「……いえ、その……。私、変なんでしょうか?」

 

「翼手を倒したじゃない。充分な戦果よ」

 

「けれど……その前後を覚えていないんです。モモカちゃんを助けるために精一杯で……何かを成し遂げたような感じは……全然」

 

 マハラルは立ち止まり、自分の顔を覗き込んで来ていた。

 

「……キリエ。何も心配しなくっていいわ。あなたはコープスコーズC班の隊長としてよくやっているし、それに翼手討伐の任務自体もこなせている。問題があるとすれば……そうね。記憶が戻る兆しがない事くらいかしら」

 

 その言葉で申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 

「……すいません、お父様。私、お父様との思い出、一個も思い出せないままで……」

 

「いいのよ。あなたはアタシの自慢の娘。それだけは変わりようはないのだから」

 

 マハラルが強く、自分の手を握り締める。

 

 その温かさに、キリエは自然と氷結し切った心が解けていくのを感じていた。

 

 そうだ、何を迷う事がある。

 

 マハラルが居る、そしてコープスコーズC班の皆が居る。

 

 だと言うのに、悪い出来事一つに足を取られて、前に進む事を恐れるなど自分らしくない。

 

「……あの……! 私、ちゃんとお務めしたいです。もちろん、C班のみんなとも、打ち解けて……」

 

「立派じゃない。でも、書類上申し訳ないんだけれど、C班のみんなと合流出来るのは半日ほど後になるかもしれないわね。あなたは重要な隊長職だから」

 

 マハラルに連れられて訪れたのは訓練場であった。

 

 打ちっぱなしのコンクリートの四方と、そしてアーチ状に取られた天井。

 

 手錠を外されてから壁にかけられた刀を渡され、キリエは戸惑う。

 

「……お父様……?」

 

「今回の件。アタシは異存ないけれど、他の管轄では疑問視する声も多い。ちょっとだけ、訓練を交わしてからの現場復帰にしましょうか」

 

 マハラルも剣を携え、すっと切っ先を上げる。

 

 キリエは刀を構えていた。

 

「……はい。お願いします」

 

「じゃあ、行くわよ」

 

 マハラルの立ち振る舞いは流麗だ。

 

 瞬時に距離を詰められるも、キリエは習い性の感覚で弾き返し、すぐさま返答の太刀を見舞う。

 

 マハラルは下段よりの打ち払いで武器を取り落とそうとするが、それも予期してキリエは武器を強く握り締めていた。

 

 一撃に耐え、その後に連撃。

 

 刺突を見舞うと、マハラルは切っ先で弾きながらこちらへと踏み込む。

 

 その勢いを殺さずに、肩口を狙い澄ましていた。

 

 だが、それも予測済みだ。

 

 半身になって回避しつつ、マハラルへと接近戦を挑む。

 

 刃がマハラルの喉笛へと据えられようとして、相手は飛び退っていた。

 

 全て――揃えられたパズルのピースのように、マハラルと己の太刀筋が交わされる。

 

 一閃の度に自分が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

 ――翼手の事も、今回の任務失敗の事も、C班の面々の事も、雑事は洗い流されていく。

 

 マハラルとの打ち合いはいつもそうであった。

 

 要らぬ感傷や弊害となっている要素を排除し、純然たる必要要素のみを抽出する。

 

 そのための儀礼じみている部分もある。

 

 やがて、何度目かの交錯の後にキリエはそこまで、と一礼する。

 

 呼吸は静かに、それでいて脈拍も正常に整っている。

 

「強くなったわね、キリエ」

 

「いえ……。お父様もご健在で何より」

 

「買い被り過ぎよ。アタシだって鈍っているわ」

 

「そんな事は……。お父様、私、やっぱり決めました。……C班のみんなを危険に晒す事は出来ません。今回の任務、私に優先で情報をください」

 

「……いいけれど、あの子達もちゃんと自分達で出来る事を模索しているわ。キリエ一人で背負う事はないのよ」

 

「いえ……けれど……どうしても、誰かが傷つくのを見るのは嫌なんです。私に出来る事なら、何でもします。それで救われるものがあるのならば……」

 

 マハラルは一拍だけその言葉を飲み込んだ後に、首肯していた。

 

「……分かったわ。今回の市民権を得た四十体の翼手……彼らを手引きした相手に、我々も心当たりはあるの。そっちはコープスコーズA班やB班に任せてもいいかと思ったんだけれど、あなたには話しておきましょう」

 

 互いに得物を携えて対峙し、キリエは差し出された端末越しにその情報を読み取る。

 

「……潜伏している翼手……。それが中央庁へと他セクションの翼手を誘導している……」

 

「そう。名前は“教授”とされているわ。もちろん、偽名でしょうけれど、その手腕、そしてカリスマめいた言葉で下級翼手にIDを取らせるなど、複数の罪状があると思われているわね」

 

「……アオ君が遭遇したタクシー運転手の翼手も、もしかすると……」

 

「市民権発布から半年。他のセクションから流入する翼手の数は倍々に増えている。中には潜伏するのも億劫で、人を襲う翼手も多いようね」

 

「……中央庁の人間が襲われているなんて……」

 

 エメトピア中央庁は最も安全である理想郷だと定義されているのに、その安全神話が崩れてきているのだ。

 

「この“教授”の手引きで潜入したと目される翼手の数は、今回の四十体なんて比じゃないわ。恐らく、半年前以前から、この“教授”は中央庁に潜んでいたんでしょうね」

 

「でも……翼手の吸血衝動はそう簡単に抑えられるものではないはずじゃ……」

 

「そう。だからこそ、“教授”は何かしらの隠れ蓑となる職業に就いていると推測されるわ。偽装死体の上がりやすさから鑑みれば、その職業は恐らく、定期的に入れ替わりのある人材との交流が頻繁な可能性もあるわね」

 

 キリエも考えを巡らせる。

 

 定期的に他者と入れ替わりがあり、そして行方不明になっても補充の翼手を使って不在に違和感を覚えさせないように偽装する事が出来る職種――。

 

「……教育関係者……ですかね」

 

「その線は大いにありそうね。“教授”と名乗っているくらいなんだもの。大学の客員教授や、高校の教員……あらゆる可能性があるけれど」

 

「今回の四十体……修学旅行生に化けていました。もしかして、“教授”はそうやって翼手を手引きする事で、己の手駒を増やしてきたとすれば……」

 

 マハラルは顎に手を添えて思案する。

 

「なるほどね。教育関係者ならば、確かに中央庁にはたくさん居るわ」

 

 一刻も早く、これをC班の全員に伝えなければ――そう感じたものの、マハラルは半日と言っていた。

 

 それはつまり、すぐには合流出来ないと言う事だろう。

 

「……お父様。私はこの情報を、みんなに……」

 

「ええ、そうしたほうがいいんだけれど、半日間だけは、リハビリをしてもらうわ。診察の結果、あなたはまだまだ本調子じゃないみたいだし。アタシが相手で悪いけれど」

 

「いえ、心強いです。……あの、それと一個だけ。いいでしょうか?」

 

「なに? 何でも答えるわよ」

 

 キリエは翼手を結晶化してみせた少女の姿を思い描く。

 

 セーラー服を翻し、その刀に宿った殲滅の残火の血があまりにも鮮烈な記憶だった。

 

 少女の名は、確か――。

 

「……サヤ。姫川小夜、と言う名前に、心当たりはありますか?」

 

 マハラルは自身の剣へと視線を落としてから、ゆっくりと頭を振る。

 

「……ごめんなさい。知らないわ。役に立てなくって申し訳ないけれど」

 

「いえ……。私も分からないんです。でも……何だか簡単に忘れちゃいけない。そんな名前のような気がしていて……」

 

 だが、彼女は何者なのだ。

 

 翼手を斬り、そして結晶化させてみせた。

 

 その強さ、そして手腕は自分達コープスコーズが許可されている「特例措置」に相当するかに思われるが、因果関係は不明だ。

 

「キリエ。心配事があるのなら、訓練は少し緩めてもいいわ」

 

「……大丈夫です。それに、緩めたらリハビリになりませんし。私は……少しでも強くならないと。みんなのために……。絶対に、家族を失うわけにはいきませんから」

 

「……家族、ね。キリエ、きっとそれはC班のみんなにとって希望になるわ。あの子達だって、みんながみんな望んで“死者”になったわけじゃないもの。あなたのような前向きな隊長はきっと、意味を持つ」

 

 マハラルの言葉に勇気づけられ、キリエは構え直す。

 

「……行きます」

 

 キリエは床を蹴ってマハラルへと仕掛ける。

 

 こうして刃を交わす事そのものが、親子の情のような気がして、キリエは悪い気分ではなかった。

 

 

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