BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene14 白い闇へ

 

 雑多な人混みに紛れるのは慣れた任務だが、その中で特定の人物を探り出すのは困難を極める。

 

 それは中央庁の人間はどれもこれも、似た血の臭いを発しているからだろう。

 

 まるで均等にならされた、平均値の臭気。

 

 索敵を走らせても途中で紛らわされ、ぷつりと途絶えてしまう。

 

『……サヤ。こちらもつい三十分前、中央庁へとほど近い支部に到達した。だが、ここが限界だ。やはり戦術ヘリを飛ばすのには、中央庁の空は守りが堅い』

 

 首輪から聞こえてくるデヴィッドの声に、姫川小夜は応じていた。

 

「問題はない。武器もまだ健在だが……問題があるとすれば気配が辿れない事だな。これだけの大都会だ。偽装死体が一つや二つ出た程度では騒ぎにもならない。中央庁は静謐を湛えたまま、私達の介入だけを拒む要塞のようなものだ」

 

『すぐにでも武器を調達するようにルイスには依頼している。翼手との連戦だ。ここで出遅れれば、確実に仕損じる。サヤ、君には敵の即時殲滅と、そして中央庁が何を企んでいるのかを探って欲しい』

 

「……確か中央庁に潜入出来たのは、これまでアマミヤだけだったはずだ」

 

 それも十二年もの歳月を彼女は生き永らえてきた。

 

 アマミヤほどのサヤであったとしても、頭打ちが生じてきたのが現状。

 

 姫川小夜は刀を意識し、いつでも抜刀出来るように殺意を絞る。

 

 相変わらず翼手の気配はまるで窺えない。

 

 見えないフィルターがかかったかのように、“声”も血の臭いも薄らいでいく。

 

 中央庁と言う場所そのものが持つ異質な感覚。

 

 穢れを排斥するのが最重要だと言うのに、違和感だけは纏いつく。

 

 市民は誰もそれに勘付いていないのだろうか。

 

 それとも、そう思わせない事こそが中央庁の真骨頂と呼べるのだろうか。

 

「……デヴィッド。敵は巧妙に姿を隠している。私の関知野で探るのもやっとだ。……その後、情報はあったのか?」

 

『28号下級翼手と、潜入した四十体の行方が混じり合っている。“声”のサンプリングを行っているが、敵は意図的に“声”を封じる術を持っているらしい。こちらの傍受にはかからないようだな』

 

「となれば……私が実地で見つけ出すしかなさそうだな」

 

 その時、姫川小夜は路地裏へとよろめきながら入っていく人影を捉えていた。

 

 片腕を押さえてぜいぜいと息を切らしているその人物に、首輪越しでデヴィッドへと報告する。

 

「……デヴィッド。少し気にかかる人間を発見した。追及に入る」

 

『気を付けろ。我々が動いている事を中央庁に勘付かれれば、即座に送り狼が放たれ、すぐさまシュヴァリエの出撃でさえもあり得る』

 

「分かっている。索敵は慎重にする」

 

 裏通りで蹲った相手を追い、姫川小夜は呼気を詰める。

 

 刀の鯉口を切る前に問いかけていた。

 

「……貴様は翼手か?」

 

 振り返った男は真紅の瞳を細め、やがてめきめきと体躯を変化させる。

 

 真正面から翼手の気配が色濃く伝わり、姫川小夜は刀を腰だめに構えていた。

 

「……狩人か。やはり我々を追ってきている……だから、二手に分かれたんだ。どうせ、“教授”とやらが助けてくれる保証なんてないんだからな」

 

「……“教授”……?」

 

 ここに来て翼手の口から出た不明瞭な単語を咀嚼する前に、姫川小夜は直上から飛び掛かった気配を察知して大地を蹴る。

 

 爪を走らせ、一撃のもとに自分を葬ろうとした翼手の数は全部で三体。

 

 姫川小夜は血の臭気を辿る。

 

「……潜入した四十体の一部か。だが、何故別行動をしている? 群れを崩してまで中央庁で生き残れると思っているのか」

 

「……我々全員が同じ意見だとは思わない事だ。そもそも、我々は上級翼手に率いられるのをよしとしない。中央庁の市民権を得るのに、リスクが高過ぎると判定したまで。貴様ら狩人とて、中央庁での自由はないはず。ここで我々を追撃すれば、来るぞ。奴らが……」

 

「奴ら……? それはシュヴァリエか、あるいは貴様らを手引きした存在か?」

 

 翼手はせせら笑い、三体がそれぞれ挙動する。

 

「知る必要はない。いや、知らぬまま、貴様らでさえも処分されるのだ。中央庁がまさか、あんなものを用意しているとはな。偽りの狩人……」

 

「偽りの狩人……?」

 

 まず一体目が駆け抜け、こちらへと攻撃を見舞うがそれを瞬時に掻い潜って柄頭で顎を砕く。

 

 よろめいた敵影へと血を吸わせた斬撃で薙ぎ払い、腹腔を寸断していた。

 

 結晶化する翼手を盾にしてもう一体が跳躍する。

 

 剛腕が振るわれ、前衛の翼手の躯体を投擲していた。

 

 既に死に体の翼手を切り裂き、姫川小夜は刺突の姿勢で叩き込む。

 

 片腕を犠牲にして翼手は爪で自分の肩口を引き裂こうとするが、その時には姫川小夜は太刀筋で両断していた。

 

 その巨躯が傾ぎ、結晶化していく中で、裏通りへと誘い込んでいた翼手は遁走していた。

 

「……逃がすか」

 

 地面を蹴り、壁を足場にして一気に肉薄する。

 

 相手は逃げられないと悟るや、振り返りざまに爪を振るっていた。

 

 その爪を断ち割り、刃を翻す。

 

 相手の反撃に鞘を翳して防御してから、刀による一閃。

 

 肩口から斜に叩き割る。

 

 血を撒き散らす中で、翼手は哄笑を上げていた。

 

「貴様らでは……中央庁の本質に挑む事、まかりならない……! 我々とてそうなのだ。この場所に手引きされたとしても、障害は数多い」

 

「一つ。聞かせろ」

 

 今に死に絶えようとしていた翼手の首筋を掴み上げ、その頸動脈へと切っ先を突きつける。

 

「……偽りの狩人とは何だ? この中央庁に何が居る?」

 

 翼手は頬まで裂けた口腔から笑い声を発する。

 

「……不可能だ。狩人、貴様らは何も分からず、何も知らず排除されるだろう。我々と同じように……! だが……一つだけハッキリしているのならば、死ぬのならば潔いほうがいい」

 

 翼手は自ら首筋を刃で斬らせ、死を選んでいた。

 

 結晶化した躯体が瞬く間に風に溶けていく。

 

「……デヴィッド。この中央庁で何が起こっている……」

 

『少なくとも今しがた会敵した翼手は四十体のうちの三体だった。……分からなくなってくるな。わざわざ大規模な潜入をしておいて、その数の暴力を利用しないとは』

 

「あるいは、そのような余力がない状況へと追い込まれたのかもしれない。いずれにしても……」

 

 姫川小夜は刀に纏いついた結晶と血を、刀身を叩く事で引き剥がす。

 

 それでも刃毀れは隠せない。

 

 中央庁に来てから戦い詰めだ。

 

 どれだけ体力が持つかどうかも運次第。

 

『……新しい牙を、だな。ルイスが注力している。24時間以内に受領する事になるだろう。だが、いざ渡すのに特殊弾頭は使えない。思ったよりも中央庁に紛れ込むのは難しい。よって、単独での潜入を進言する』

 

「“デヴィッド”本人か? それとも“ルイス”?」

 

『敵に傍受されていないとも限らない。ギリギリまで引き渡し役は伏せておく』

 

 それが賢明だろう。

 

 姫川小夜は裏通りから表通りに戻る際、翼手の血の臭いが漂白されたように消え去っているのを感じていた。

 

 ともすれば、つい数分前の戦闘でさえも掻き消してしまう、そういった魔力めいたものが中央庁の街並みには渦巻いている。

 

「……気に入らない街だ。何もかも白で覆い隠そうとする」

 

『それが中央庁、ひいてはアシッドのスタンスだ。シュヴァリエと会敵する事はまずないだろうが、警戒は怠るな。俺達も、君へと適切な武器を調達する。今回の好機、逃すわけにはいかない。敵は四十体の翼手だけではない、むしろ奴らを率いている大きな存在が居ると想定すべきだろう』

 

「……“教授”……と言っていたが……」

 

『こちらでも調査を尽くす。サヤ、引き続き潜入任務を頼みたい。無論、バックアップは出来る限り』

 

 姫川小夜は再び人波に埋没しながら、どこを辿っても白一色のビル街に違和感を覚える。

 

 窓一つないのに、どこからも監視されているような奇妙な感覚だ。

 

 中央庁と言う街そのものがまるで一つの生き物のように。

 

 自分達は巨大な怪物のはらわたを歩み進んでいるかのような――。

 

「……いずれにせよ、討たなければならない。それが私の……“小夜”としての宿命なのだからな」

 

 

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