「よくお似合いですよ」
受付嬢にそう口にされ、モモカは戸惑う。
身に纏ったのはイベント会場のスタッフ専用服で、自分のような女子中学生ではさすがに偽る事が出来ないと思ったからだ。
アオとタツヤもそれぞれ同じスタッフ服に袖を通して、襟元を正す。
「それにしても……リアイベってのはどういう了見なんすかねぇ」
「知らん。本物のごく潰しがどういう考えなのかは不明だが、こうしてオレ達に協力を求める以上、出来る限りの事はすべきだ」
アオは相変わらず取り付く島もないようであったが、それでも作戦に際してやる気がないわけではない。
大きめのスーツケースをそれぞれ携える。
中には各々の刀剣が仕込まれており、平時よりも偽装状態は高い。
「揃ったね、みんなぁ~!」
最後にスタッフ服を着込んで合流したのはヤミで、その服装にモモカは違和感を抱く。
「あれ? リアイベだって言うんなら、ヤミちゃんがメインなんじゃ?」
その疑問にヤミはちっちっと指を振る。
「甘いなぁ~、モモっちは。それだと、あたいが“病みヤミちゃんねる”のヤミだってバラしているようなものじゃん。いい? 顔バレ、ダメ絶対! アバターアイドルの苦しいところよね、これ」
「顔バレなしで、どうやって引き付ける? イベント会場の設置は出来たものの、どういうイベントをやるのかは決まっているのか?」
「まぁまぁ、落ち着けってイッヌ~。焦るといい事なんて何もないぜぇ~。まずはイベント会場の設営をしよう。あたい達がコープスコーズってのは明かさずに、あくまでも増員スタッフとして現場入りする。ここまではおけ?」
「……えっと、でもヤミちゃん。そんな簡単にイベントって出来るの?」
「出来るんだなぁ~、これが。これでもチャンネル登録者数トップよ? あたいがメンバーシップの中でも抽選して、って言う体で、四十人の翼手を呼ぶ。こいつらが修学旅行生に擬態しているって言うんなら、あたいが呼んで来なかったら、それはそれで別角度の作戦に成るだろうし、逆に来れば飛んで火にいる夏の虫って奴よぉ~、へっへっへ~」
ヤミはアバターアイドルとしての姿とはまるで違う笑い方をする。
確かにこの様子で彼女が中央庁でもトップクラスのアバターアイドルだとは誰も思うまい。
「それはいいが、四十人だけに絞って呼ぶのか? そいつらが来なければ企画倒れだが、お前はそれでいいのか?」
「いいって事よぉ~。どうせ、あたいのシークレットリアイベなんて倍率千倍レベルだし、これで釣られないなら、あたいが貢献出来るのは一個もないんだけれど……ほんまに四十体の翼手があたいにメンバー登録してるんだよなぁ~?」
「それは間違いないよ。けれど……どうしてヤミちゃんのメンバーを選んだんだろう……?」
「木を隠すなら森の中、って発想じゃねぇっすか? 集団で違和感のない場所に潜むのは翼手の習性の常っすからねぇ」
その擬態先がヤミのリスナーならば、恐らく中央庁で最も隠れ蓑に適していると言う事になる。
「あの……もしもの事があったら、更衣先輩に連絡は行くんですよね……?」
受付嬢は端末を操作してそれを確かめさせる。
「はい。更衣隊長は残り六時間は拘束されていますが、そこから先は自由です。皆さんが作戦行動している通達を受けるのは自由になってからになりますが」
つまり最低でも六時間はキリエのバックアップが受けられない事を想定しなければならない。
かといって、キリエにばかり頼っていれば自分達、コープスコーズC班の存続にかかわるだろう。
「永瀬。ちょっと来い」
顎でしゃくったアオにモモカは困惑しながらバックベースへと追従する。
「どうしたの? 何か問題がありそうなのかな……?」
「更衣隊長の事だ。オレ達と同じく尋問を受けているとすれば、どのような情報が出てくるのか……少し、お前の予想が欲しい。お前は確かに、翼手以上の再生能力で自らの肉体を修繕した更衣隊長を見たんだな?」
いざ問い返されると少しだけ戸惑うが、それでも見たものが現実ならば――。
「……うん。信じられないかもしれないけれど、更衣先輩は頭部を翼手の爪で引き裂かれて……そこから再生したの」
アオが顎に手を添えて思案する。
今の報告に何か疑問点でもあったのだろうか。
「……これは憶測に過ぎないが……更衣隊長はオレ達、通常のコープスコーズとは異なる技術体系で成り立っている可能性が高い。オレ達は翼手の因子を何重にも封印措置を施されてその力を行使する……いわば疑似翼手だ」
「うん……確かコープスコーズなら、その力の幅はあっても、ちゃんと戦えるはずだって……」
「適性はあるだろうがな。それでも、オレ達はそれなりに訓練を重ねてきた。対翼手部隊としての、な。だが、あの人は少し違う……そんな気がしてならない。更衣隊長の戦い方を見た事はあるか?」
「……それは……。私はあんまりだけれど……」
「あの人の太刀筋はいつも見えている……そういう印象だ」
「……見えているって……何が?」
アオは鋭い一瞥を投げてから、本部の天井の高いアーチを仰ぎ見る。
「……的確なたとえかは分からないが、斬るべき位置、斬るべき部位、殺すべき箇所……それを何でもない、第六感以上のもので感覚しているように映る」
「けれどそれって……私達も出来ないわけじゃないんじゃ……」
「オレ達は翼手の血の臭気をいつでもフルに関知出来るわけではない。無論、それに長けたコープスコーズも居るだろうが、平均的に見れば、オレやお前の戦闘能力は28号翼手より少し上の程度だろう。完全なる圧倒は出来ない、とオレは判別している」
キリエはそうではないと言いたいのだろうか。
モモカは少し切り込んでいた。
「……先輩は、私達とは違う、別の戦闘経験値があるのは窺えるんじゃない? だって、あの人は……」
「そう。二年前以前の記憶がない。……オレが奇妙なのはそれも、だ。永瀬、あの人の年齢を知っているか?」
唐突に分かり切った事を問われるのでモモカは目をぱちくりさせる。
「何歳かって……女子高生なんだから、十七歳か、十八歳か……」
「情報を扱わせれば万能なお前でも、そうなんだな。……オレは一度、監査本部にあの人のプロフィールを確認しに来た事がある。その時に見せられたのは、今どき珍しい物理書類に記された黒塗りがほとんどの欠落した個人情報だった」
「……部下には見せられないって事なんじゃ……」
「年齢も不明だったんだ、その時に見たのは確かに」
アオが言わんとしているのは、キリエが信用ならないだけではないのだろう。
キリエを取り巻く、全てが意図的に秘匿されていて、なおかつ何らかの作為を感じる。
「……更衣先輩を信じられないの?」
「信じる信じないの問題ではない。永瀬、覚えておけ。もしもの時、情報に関してで言えば一番強いお前が切り札となる。……更衣キリエなる人物は最初から存在しない……そう仮定すれば全てが納得いくこの状況、それもおかしなものだ。如何に“死体兵団”とあだ名されているとは言え、生きていた頃の足跡が全くないのは、影法師のようなものだろう」
――影法師。
アオのたとえに出てきたその言葉が、今は妙にしっくり来ていた。
もし――キリエが更衣キリエと言う少女ではなく、全く別の存在の影法師なのだとすれば、それは今の彼女を構築する材料がまるで欠落している事を示すのだろう。
「……けれど、私は個人的な心象で……更衣先輩を疑えないよ」
「その割り切りはいい。個人的な心象で、と前置きしたと言う事は、お前の中にも少なからず違和感はあると言う事だろう。それに加えて、上級翼手を想起させるほどの再生能力と戦闘力……オレ達が思っている以上なのかもしれないな。更衣キリエ、と言う名の暗部は」
そう結んでからアオはスタッフ衣装のネクタイを締めていた。
もう行く、と言う合図にモモカは何かを問いかけなければいけないと判断していた。
ここでもし――翼手相手にし損なえば、自分は永劫、真実を見失ってしまうような。
「……犬神君。もし……先輩が私達の手に負えない……それこそ翼手と等しくなった時、どうするの? 目の前で前みたいに……暴走したら」
アオはそれこそ些末事だとでも言うように三白眼に一ミリの躊躇いも浮かべなかった。
「簡単な事だ。――殺される前に殺す。下手な感傷に足を取られて、何も出来ずに殺されて堪るか。オレには目標があるんだからな」
拳をぎゅっと握り締めたアオに、モモカはその目標とやらを口にする。
「……中央庁の本当の中枢部……王族たる騎士に召し仕えられる事、だっけ」
「そうだ。……オレは必ず、シュヴァリエの身分まで成り上がってみせる。その時になれば、コープスコーズC班の身分はただの汚点だ。オレはお前らを、簡単に見過ごすだろうな」
冷たい足音を立ててアオがスタッフへと合流していく。
その背中に、モモカは静かに呟いていた。
「……けれど、犬神君は、違うよ。うん、違う……。だって、そんな風に思い切れるのなら……私みたいなどうしようもないのに、いちいち関わってくれるんだもん。きっと、犬神君は思っているよりも、人間だよ。私みたいに、人でなしじゃない」
その言葉を潮にして、モモカも踵を返す。
作戦開始までそれほど時間もない。
今はただ、己を最適にすることだ。
敵は――翼手は待ってくれないのだから。