BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene17 存在価値ひとつ

 

 帯刀するのは久しぶりで、タツヤはイベントの設営を手伝いつつ、ケースに仕込んだ刀剣を意識していた。

 

「……にしても、まさか自分らがこんな様になるとは。想定外っすねぇ」

 

「そっけ? あたいの準備が出来て光栄じゃねぇ~」

 

 ヤミは相変わらずこういったところでは労を惜しまない様子で、タツヤは少し辟易する。

 

「……何で、普段はあんなに引き籠ってんのに、今はアクティブなんすか」

 

「何でって……はは~ん。さては、サッル、知んないな~? 承認欲求ってのがどれほどの意味を持つのかって事をさぁ~」

 

「知んないっすよ。それってコープスコーズC班としてよりも重要なんすか」

 

「分かってないなぁ~。ヒトは承認欲求が満たされると、お腹いっぱい食べるよりもエネルギーが出るんだぜ~。それを、イッヌもモモっちも、ちょっとのところで理解してないよねぇ~」

 

 タツヤは設営にきちんと管理会社へと報告書を回すアオの手腕を眺めていた。

 

 モモカはと言うと、情報周りで粗がないようにきっちりと根回ししている。

 

「……自分、なぁーんか、こういう時、乗り切れないんすよねぇ……」

 

「そりゃー、サッルは特別な能力に秀でているわけじゃないからねぇ~」

 

「……凹むんでやめてくれっすよ、それ言うの。訓練でもいい成績だったわけじゃねぇっすから、何も言えなくなっちまう……」

 

 実際、コープスコーズC班ではモモカと技量ではどっこいだろう。

 

 大して戦力にもならず、かといってアオほど目標に邁進するほどの熱量もない。

 

 彼は、ほとんど前しか見てないのだろう。

 

 だから、キリエに歯向かえるし、彼女が隊長である事に不服も感じられるのだ。

 

 自分にはとことん、何にもないな、と実感する。

 

 キリエを恨むような感情も。

 

 ましてや、それを羨むような嫉妬も。

 

 何一つない。

 

 本当の“死人”であるとすれば、まさに自分なのだろうと思う。

 

 ヤミはこれで引き籠り体質なだけで根はエネルギッシュだ。

 

 今も看板にペンキを塗りたくっており、白磁のような頬に黄色のペンキが飛び散っている。

 

「……頬っぺた。付いてるっすよ」

 

「おっと、こりゃ失敬……って言うか、そこんとこ! ちゃんと仕事してくれよぉ~、サッル。さっきから全然手ぇ動かしてねぇじゃんかぁ~」

 

「とは言ってもっすねぇ……。何だかこういうのにちゃんと精を出せないってのは、多分自分の性分なんすよ」

 

「なに? 中学校とか高校の時に文化祭で、だるーいって言ってたようなタイプ?」

 

「……かもしんねぇっすね。自分、あんまし覚えてねぇんすよ。コープスコーズC班に配属される前の事」

 

「……キリエマッマみたいに記憶喪失ってわけじゃないんだろぉ~?」

 

「……そのほうがマシだったかも知んねぇっす。生きてきた感覚が希薄っつーか、何だか、今もこうして中央庁に居る事そのものが長い夢の途中みたいな感じで……実感ねぇんすよねぇ……」

 

「コープスコーズやってんのもあんまり感覚ないってか? あたいよりも外には出てんだろぉ~?」

 

「そりゃー、キリエ隊長の役には立ちてぇっすもん。それなりに働きはするっすけれど……アオみたいに躍起には成れねぇっすし、モモカみてぇに得意な分野があるわけでもねぇっす。……もっと言っちまえば、ヤミみてぇに承認欲求とか、打ち込めるもんもねぇ……自分って本当に、気紛れみてぇなタイミングで生きてるなぁって思うんすよね。……まぁ、死体兵団なんで、死んでるっすけれど」

 

 とんてんかんと釘を打ち付けつつ、タツヤは考えを巡らせる。

 

 キリエはちゃんと、自分達の居場所を作ろうとしてくれている。

 

 アオとモモカは別ベクトルで何か必死に一つ事をやり遂げようとしているのは分かる。

 

 ヤミだって、こうして役立つのならば労を惜しまない。

 

 ――なら、自分は何だ?

 

 生きてきた感覚も希薄で、これから先も生きていくビジョンが持てない、自分は。

 

 掌へと視線を落としていると、不意にヤミはペンキをその手に塗っていた。

 

「な……っ! 何するっすか! 人がセンチになってるって時に……!」

 

「うっせぇ! センチになって何が出来るって言うんだよぉ~、サッル! ペンキ塗られて、どんな気分?」

 

「……何だそれ、煽ってるっすか? ……気分は最悪っすよ」

 

「それならいいじゃんかぁ。気分は最悪って思えるくらいの自我はあるって事だし、そう思う自分はここに居る自分だろぉ~? なら、何を迷うってのさ。あたいはそれもそれで立派な自分だと思うぜぇ~。ま、相変わらずの身勝手精神だとは思うけれどなぁ~」

 

 作業に戻っていく前にヤミはサムズアップを掲げてウインクする。

 

 何だか慣れているような仕草なのも癪に触って、タツヤは黄色く塗られた手を看板に押し付けていた。

 

「うぉぉぉっ! 何すんだ、サッル! これ! 入場ゲートだぞぉ!」

 

「うっせぇっすよ。……何だかこんな自分の手でも、何か一つくらいは変えられる……そう信じてぇじゃねぇっすか」

 

「……何だよぉ~、センチメンタルから回復してバカになっちまったのかぁ~? 慰めたのもバカっぽい。サッルは一生そのままで居やがれ~!」

 

「それはこっちの台詞っすよ。一生承認欲求とかいう霞みたいなものを食ってろっす。自分は……もっと違う、違う何かでキリエ隊長達に貢献出来りゃ、きっといいっすがねぇ」

 

 悩むのも自分のキャラではない。

 

 今、ヤミ達が自分たちに出来る事を精一杯やろうとしているのなら、少しでも助けになればいい。

 

 それが間違いだとしても、知った事か。

 

 目先のミスに足を取られて、自分の本当にしたい事柄から視線を外す事こそ愚かしいのではないか。

 

「……なぁーんか吹っ切れたみたいな事言うけれどよぉ~。サッル、今回の主役はあたいだかんなぁ~。その辺、勘違いすんな……あ、いや違う。か、勘違いしないでよね! あんたの事なんか何とも思ってないんだからっ!」

 

「……何で言い直したっすか。まぁ、どっちでもいいっすけれど。自分はキリエ隊長の助けになれりゃ、それでいいっすよ。多くは望まない、その代わりに絶望もしない……それは猿渡タツヤの在り方としちゃ、上々でしょ」

 

 ヤミは設営スタッフへと声をかけ、これからの段取りを確認している。

 

 スタッフにもヤミが今回のメインである事は伝えられていない。

 

 印象からしてみればモモカ辺りを疑っていそうだ。

 

 タツヤは看板にこびりついた自身の黄色の手形へと視線を落としていた。

 

「ここに自分は居た……それだけでも充分じゃねぇっすか」

 

 

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