BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene19 血濡れの舞台

 

「IDチケットはこっちでお願いしまーす」

 

 チケットの処理に回っているタツヤの背中を眺めて、モモカは設営を終えて会場入りしていた。

 

 恐らくは自分が「病みヤミちゃんねる」のアバターアイドル、ヤミだと思われているだろう。

 

 ある意味では囮のような作戦であったが、自分にも出来る事があるはずと奮起する。

 

『永瀬。通信帯は大丈夫そうか?』

 

 耳にはめたインカムからアオの声が響いていた。

 

 スタッフ間は完全な通信網が張り巡らされており、一秒のロスも許されていない。

 

「……うん。でも、何だかすごい熱気……。ヤミちゃんのファンってこんなに居るんだ……?」

 

 どこで嗅ぎ付けたのか、四十人以上のファンが詰めかけ、物販に回っているスタッフは明らかにてんてこ舞いであった。

 

『オレも想定外だが、後は雉子に任せるとしよう。あいつが今回の作戦の要だからな。オレ達はあくまでも補助だ。……それにしても、一般人が紛れているとなれば思ったよりも注意を張り巡らさなければならんだろう。そっちはどうだ? 猿渡』

 

『チケットはちゃんと見せてくださいねーっと。……あー、こっちは大丈夫そうっすけれど、これ百人は居るっすよね? ……本来の想定の倍以上なんて聞いてないんすけれど……』

 

『安心しろ。オレもここまでだとは思っていなかった。それだけ雉子の人気は凄まじいのだろう。家ではごく潰しのクセに、よくやるものだ』

 

 褒めているのだか貶しているのだか分からない評価であったが、モモカは言わないでおく。

 

「当のヤミちゃんは……」

 

『バックベースにもう居るらしい。あいつにもマネージャーとやらが付いていて、正体を知っているのはその一人だけなのだと言う事だ。……なるほど、この中央庁で秘密が保たれるだけはある。オレ達だってそのマネージャーの存在をつい十分前まで知らなかったんだからな』

 

 ヤミはアバターアイドルとして、必要以上に完璧を装っているのだろう。

 

 それだけこの仕事にかける情熱があると言う事だ。

 

『にしてもっすよー……ヤミの奴、もっとちゃんとしてくれりゃいい話じゃねぇっすか。自分らまで騙すなんて……』

 

『敵を欺くにはまず味方から、兵法だな。あの引き籠りがそんなものを心得ているかどうかまでは不明だが……。いずれにしたところで、オレ達のやるべき事は変わらん。雉子を守り、そして四十体の翼手を全滅させる。それだけだ』

 

「でも、犬神君……一般のお客さんが居る前で抜刀は難しいんじゃ……」

 

『これはショウだと言う風に演出すると、雉子は言っていたが……まぁ、誤魔化せると信じようじゃないか。あいつの独壇場だ。オレ達はせいぜい、カバーする事しか出来んからな』

 

 モモカは唾を飲み下し、入場客がごった返すゲートを見張っていた。

 

 他のスタッフとも連携し、客の名簿を洗い出す。

 

 専用にカスタマイズした端末で予めピックアップしておいた名簿と照合すると、二十名が合致していた。

 

「……あれ? 四十体じゃないんだ……?」

 

『どうした? イレギュラーはすぐに共有しろ』

 

「……名簿にあった名前と照合出来たのはたったの二十人程度なの。……翼手が減ったって事なのかな?」

 

『伏兵もあり得る。充分に警戒を怠るな』

 

 アオはステージを望める位置でスタッフに紛れて周囲を警戒しているのがモモカの視野に入っていた。

 

 自分は相手の逃げ道を塞ぐために限られた出入り口へと視線を配る。

 

 敵はそう多くないとは言え、C班で二十体前後の翼手を相手取るのは初となる。

 

 平時は帯刀さえもしない自分は、指先が震えていた。

 

 手首を押さえてぐっと堪える。

 

「……今だけは、怖がっている場合じゃ、ない……!」

 

 百人余りを収容したホールが一度、暗がりに包まれた。

 

 その直後、鮮烈なるライトの輝きが交差する。

 

『みんな~! 来てくれてありがとう~♪ 電子の妖精! もっと言うと、あなたのアイドル! 病みヤミちゃんねるのヤミちゃんだよ~♡』

 

 その声と投射されたヤミとは似ても似つかないアバターアイドルの幻影に、観客が湧いていた。

 

 拍手と黄色い歓声に、モモカは思わず絶句する。

 

「……す、すごい……」

 

『ああ、想像以上だな』

 

『ヤミってすげぇんすね……』

 

 めいめいの感想が返ってくる中で、ヤミは早速、ファンサービスを行っていた。

 

『今日は~、ここまで来てくれたみんなと~、一緒に色んな企画をプレゼンしたいんだ~♪ みんな~! 最後まで付き合ってくれるよね~?』

 

 当然のようにコール&レスポンスの波が返っていく。

 

 熱気もそうだが、観客の入れ込みようも相当であった。

 

 まさか本物のヤミが年中引き籠りで、コープスコーズで、さらに言えばずんぐりむっくりな丸っこい体型だなんて誰も思わないだろう。

 

『みんなの声援、届いてるよ~! あっちぃ~! これだけで汗掻いちゃう~』

 

 アバターアイドルの身体を使って、ヤミが上着を脱ぐとさらに声援がかかっていた。

 

「ファンサービスの塊だね……。さすがヤミちゃん……」

 

 しかし、自分達はこれほどまでの雑多な人々の波から翼手の“声”を拾い上げて人知れず殲滅しなければならない。

 

 その難易度の高さに、モモカは乾いた唇を舐めていた。

 

 元々、翼手の“声”は特定の波形音波だが、百人も人間が居れば紛れてしまう。

 

 この状況は翼手にとって好機なのだ。

 

「……犬神君。察知出来たのは居る?」

 

『今のところは……。……雉子の奴、相当にうるさいぞ。これが策なんだから仕方ないが……』

 

『こっちも今のところなしっすねぇ……。これで本当に見つかるんすか?』

 

「ヤミちゃんが進行上、罠を仕掛けるとか言っていたけれど……」

 

『じゃあ、最初の企画はぁ~……みんなの端末から参加してね~! 三択クイズ! これからヤミちゃんが経験した事をクイズ形式にします! それを早押しで当てられた人は、舞台に向かって思いっ切り声を出して欲しいなぁ~♡』

 

『……なるほどな。ごく潰しなりに考えてはいるようだ。普通の人間の声と翼手の“声”は生態系上異なっている。その隙を突いて、オレ達に狩れと言う事なのだろう』

 

「で、出来るのかな……だってお客さん、満員だし……。もし一般人を人質にでもされたら……」

 

『それでもやれと言う事っすよ。アオ、問題ないっすね?』

 

『誰に聞いている。いつでも抜刀可能だ。お前らこそ、出遅れるんじゃないぞ』

 

 緊張の一瞬が始まる。

 

 舞台上ではヤミは自由奔放に振る舞っているが、それもこれも計算ずくの行動なのだろう。

 

 何人かの観客がヤミへと歓声とファンコールを返していく中で、何度目かの後にそれは訪れていた。

 

 ヤミへと質問する観客の“声”は明らかに異なる。

 

 常人には聴こえない波長だが、自分達コープスコーズには届く。

 

 その裏返ったような甲高い“声”。

 

 一番近いのはタツヤであった。

 

 彼は舌打ちを滲ませて駆け抜ける。

 

 元々、タツヤの戦闘能力は高くはない。

 

 だがその代わり、刃の精密機動性は班内でも折り紙付きだ。

 

 一撃で首を刎ねる――そう思われた太刀筋をしかし、隣に座っていた女性が留める。

 

 全ての時間が止まっていた。

 

 タツヤの刃は変異した女性が受け止め、その眼鏡の奥の怜悧な瞳が細められる。

 

「狩人か」

 

 短く、それでいて確信めいて告げられた声音に全身に怖気が走ったのも一瞬。

 

 アオが抜刀して突貫しようとしたが、それを前列に座っていた人間が立ち上がり、変異して防いでいた。

 

 めきめきと骨格を膨れ上がらせ、肉体は倍近くとなる。

 

 誰かが悲鳴を上げるかに思われたが、ヤミがそれを制していた。

 

『おやおや~? バイオハザードゲームが始まったみたいだねぇ~。みんな~! 応援よっろしくぅ~♪ みんな、このイベントを楽しんでねぇ~♡』

 

『なるほど。雉子も考えたものだ。イベントの一環にしてしまえば、ある程度の誤魔化しも効くか』

 

 アオの声が響く中で、翼手へとモモカは仕掛けていた。

 

 薙ぎ払う太刀筋で翼手を断ち割ろうとしたが、相手も飛び退って相対する。

 

「ちょこまかと……!」

 

 ステージ上からヤミのアバターアイドルがライトを照らし出し、逃げ去ろうとする翼手を追跡していた。

 

『逃っがさないよぉ~! みんなー、応援よっろしくぅ~!』

 

 混然一体と化した舞台に、翼手達は逃げおおせようとしても追い込まれているのが伝わってくる。

 

 タツヤが大上段から唐竹割りを叩き込み、翼手を両断していた。

 

『よっしゃ! 一体目っすよ!』

 

『油断するな。敵が人質を取らんとも限らない』

 

「その前に……っ!」

 

 モモカはアオと挟撃し、翼手が頭上に逃げたのを追撃する。

 

 一足飛びで捕捉して、太刀筋を打ち込んでいた。

 

 翼手の躯体が払われ、空いているブースに突っ込む。

 

 その唸り声が上がったが、相手が飛翔する前にアオが刺突していた。

 

 心臓を貫き、アオは次なる敵を探す。

 

 モモカは乱舞するステージライトを浴びながら、翼手達へと刃を翻す。

 

「絶対に……ここから逃がさないんだから……!」

 

 しかし、翼手はこれ以上困窮すれば策を練って来るだろう。

 

 それを予見してモモカはコープスコーズの超感覚を走らせようとしたが、大音響で鳴り響くヤミのステージの音楽が僅かに阻害する。

 

 それに関しては彼女も想定出来なかったのだろう。

 

 これをショウだと大多数の客に理解させるのには必要な隠れ蓑だったが、モモカは眼前に迫った女の翼手に刃を止められる。

 

 その腕は変異しておらず、渾身の振り抜きを止められた事でモモカは確信していた。

 

 ――この相手、上級翼手……!

 

 即座に弾き返すつもりだったが、相手のほうが反応も速い。

 

「……狩人め」

 

 忌々し気に放たれた声と共にほとんど力を込めていない膂力で吹き飛ばされる。

 

 モモカは空中で姿勢を立て直し、観客席に突っ込む前に宙を舞っていた。

 

 くるりと身を返したその瞬間、肉薄した相手が眼鏡越しの真紅の瞳に殺意を宿す。

 

「散れ……!」

 

 反射される攻撃。

 

 爪の一閃が大剣よりも重く、肉体へと圧し掛かる。

 

 咄嗟に刀身で受けたのは完全な失策であったと、直後に思い知っていた。

 

 砕け散ったホールの一部が陥没し、舞い上がるのは鉄骨と木材。

 

 衝撃波で肉体はプレス寸前となる。

 

 まさかこれほどまでの攻撃性能、そして一撃にかける執念。

 

 モモカはかっ血し、再び振るわれようとした爪の一撃を仰ぎ見ていた。

 

 何も出来ない、否、何か反撃を、と言う暇さえもない。

 

 凍て付いたように身体は硬直しているのに、熱と血だけは雄弁に体内で脈動する。

 

 ――ここで、死ぬ。

 

 その感慨を噛み締め、モモカは命の手綱を手離そうとしていた。

 

 女翼手は片腕程度しか変異していないのに、自分はその片腕以下の強さでしかない。

 

 ならば、生きていても仕方ないではないか。

 意識に靄がかかり、次第に全ての現象が遠くなっていく中で、突き立ったのは仲間の声であった。

 

『モモカ!』

 

 タツヤが女翼手の背後を取り、その首筋に向けて渾身の太刀を振るう。

 

 確実に獲ったかに思われた間合いであったが――。

 

「……遅いな、何もかもが」

 

 硬質化した首筋が黒く染まっている。

 

 タツヤが舌打ちを滲ませたその時には、女翼手は振り返りざまに反撃していた。

 

 爪がタツヤの肉体に食い込んだのを、モモカは至近距離で視認する。

 

 対翼手用のインナーに身を包んでいても臓腑が断ち割られたのか、タツヤの肉体は舞台付近で一度大きく弾み、やがて血潮が垂れ流されていた。

 

「貴様らは邪魔だ……どいつもこいつも……! 目障りでしかない……!」

 

『永瀬! 猿渡の援護に向かう! ……自力で立てそうなら立て! ここで死なれれば寝覚めも悪い……!』

 

 インカム越しにアオの声が響き渡り、タツヤを追撃しようとしていた女翼手を抑えていた。

 

 まず刀身で相手の爪の一撃を耐え、そこから返す刀で連撃を叩き込む。

 

 アオは自分達に比べれば、戦闘技量では飛び抜けているはずだったが、その薙ぎ払いを相手は軽く受け流す。

 

『な……っ!』

 

 絶句したのもほんの一瞬。

 

 アオの肉体に女翼手が爪を立てていた。

 

 射抜かれたのは肩口であったが、それだけで彼が膝を折る。

 

『……嘘、だろう……。ここまでの力の差なんて……』

 

 既にこれがショウと呼ぶのには血生臭いのは観客にも伝わり始めていた。

 

 何よりも、狩人であるはずの側が血濡れになっているのだ。

 

 異常事態を悟った数名が恐慌に駆られて出口に向かおうとしたのを、28号翼手が阻み、変異してその首へと噛み付く。

 

 スプリンクラーのように舞った一般人の血潮で観客達は完全に抑えが利かなくなっていた。

 

「だ、出せ……! 出してくれぇ!」

 

「何やってるんだ! こんなの……こんなの……!」

 

『み、みんなぁ~! 大丈夫だからぁ~! ちゃんとやっつけてくれるよぉ~!』

 

 ヤミの声も届かないのか、それを無視して逃げ出そうとした者達から獣に喰われていく。

 

 血を啜られ、その血肉を貪られる。

 

『あ、あぅ……! お、落ち着いてぇ~! あたいがちゃんと……ちゃんと……』

 

 女翼手が爪を払い、アオを追い込もうとしたが彼はタツヤを守るようにして大剣を携えて佇む。

 

 それでも、膝が笑っているのが窺えた。

 

 女翼手の膂力が他とは一線を画している。

 

 恐らくはこの状況を統率する存在なのだろう。

 

 片腕だけを変異させたまま、女翼手はアオへと歩み寄っていく。

 

 モモカは肉体が遅れて再生し始めたのを感知したが、その時には既に自分は獣達に囲まれていた。

 

「死なない程度に痛めつけろ」

 

 女翼手の一声で獣達の爪が肉体へと突き刺さり、臓腑を食い千切られる。

 

「あ……ああ……っ!」

 

 漏れる悲鳴も、伝い落ちる涙も。

 

 何もかも、獣を喜ばせるだけだ。

 

 その牙がモモカの肩口を啄み、爪は内臓を切り裂く。

 

 それでもすぐに死ねないのがコープスコーズとしての性能であった。

 

 激痛と何度も浮上する意識が際限のない地獄のようで、モモカは死に切る事さえも出来ない。

 

『……や、やめろよぉ~……っ!』

 

 ヤミがステージ上から声を発するも、解き放たれた獣達が止まるわけがない。

 

 既に血の饗宴と化したステージは誰にも止められなかった。

 

 一般客をバラバラにして、翼手が血を嚥下する。

 

 逃げ切った客はほんの数名か、あるいはゼロか。

 

 つんとした血の臭いが周囲に漂い、モモカは責め苦と翼手の牙によって何度も再生しては喰われるという無間地獄を味わっていた。

 

「こんな……こんな……」

 

 手を伸ばす。

 

 血塗れの手を。

 

 直後には暴力に支配された獣によって、明後日の方向に折られ、そして捕食される。

 

 誰に望むでもない、この状況の打開。

 

 自分達でも倒せると踏んだのはあまりにも無謀だったのだろうか。

 

 アオはステージで女翼手と打ち合いを繰り広げていたが、相手のほうが手数は上だ。

 

 次第に損耗し、そうでなくとも戦意は挫かれている。

 

『……ここまでなのか……』

 

 アオでさえも諦めを口にする事があるのか、といやに醒めた意識が拾い上げる。

 

 こんな時に、強ければ――誰にも負けないほどの力が手に入るのならば。

 

 血が流れる。

 

 涙は血に上塗りされる。

 

 モモカは枯れた声で、天井を仰いでいた。

 

 無数の照明によって照らし出されたステージ。

 

 機械的で、複雑怪奇な構造を持つ天井を眺め続ける事でしか、痛みを拒絶して意識を保てそうにない。

 

 やがて、その意識も薄れゆく。

 

 ああ、ようやく死か――そんな風に生きていく事を諦めようとした、その時だった。

 

 天井が、不意に砕けていた。

 

 比喩ではない。

 

 鋼鉄で並大抵の衝撃ならば減殺するはずの天井へと亀裂が走り、一部の照明器具を叩き割る鮮烈なる一閃が、この舞台を打ち砕いたのだ。

 

 操作された太陽光をその身に受け、後光のように差し込んだ天の標を宿す少女は舞い降りる。

 

 それは、まさに――。

 

「……ああ、天使様のよう……」

 

 肉体を躍動させ、灰色のコートを翻し、天の光を受けた少女はモモカの周囲を包囲していた翼手の首を刈っていた。

 

 大剣を片手で携え、衝撃波を伴わせて降臨する。

 

 真の討ち手――獣達が恐れを成す、滅殺の使者。

 

 その名は。

 

「……更衣……先輩……?」

 

 何故、疑問形で発したのか。

 

 それはまだ来るのには早過ぎる事もあった。

 

 この場所を知るはずがないのもあった。

 

 だが、何よりも雄弁であったのは、その瞳だ。

 

 平時は黒曜石のように静かな眼差しは今、真っ赤に染まっている。

 

 殺意の真紅を携えて、キリエはこちらへと手を差し出していた。

 

「……ごめん、モモカちゃん。私が遅かったばっかりに」

 

「だい、じょうぶ、ですよ……。さいせ、いします、から……」

 

「……本当にごめん」

 

 懺悔するように頭を垂れたキリエの背後へと、翼手が迫る。

 

 声を発する事も、ましてや制止する事も出来ない。

 

 致命的な間違いを犯すかに思われたが、間違いは相手のほうだったらしい。

 

 既に斬撃を受け、その身体が傾ぐ。

 

 血潮が舞い上がり、灰色のコートを纏ったキリエは大剣を肩に担いでいた。

 

「……28号が残り十五体……終わらせる」

 

 下級翼手が一斉に飛び掛かったが、それらをまるで最初から見えているかのように掻い潜り、大剣を滑らせる。

 

 翼手の腕が、脚部が、胴体が断ち割られ、血が舞い上がるよりも先に相手の首を落とす。

 

 その洗練された動きと、そして迷いのない殺意は本当にキリエなのかと疑ったほどだ。

 

 いつも自分の勉強を見てくれている心優しい先輩の相貌は、そこにはない。

 

 あるのは狩ると決めた、殺戮機械の面持ちのみ。

 

 椅子を蹴り上げ、瞬間的に加速したキリエは女翼手へと迫る。

 

 相手が咄嗟に反応して爪で防御するも、その爪も大剣を振るった膂力を前に半分ほどが粉砕されていた。

 

『……更衣……隊長……?』

 

 先刻まで女翼手の相手をしていたアオも思わず当惑したらしい。

 

 キリエの現状の立ち振る舞いは、まるで異なっている。

 

 それはまさに、自分を守るために血の衝動のまま、翼手を狩ってのけたあの姿を想起させていた。

 

「……貴様か……! 貴様が、そうか……待っていたぞ、更衣、キリエ……!」

 

 

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