BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene20 撃滅の眼光

 

 待っていた、と言われてもキリエには覚えがないが、それよりもこの身を衝き動かすのは身を焼きかねない憤怒だ。

 

 モモカはほぼ全身を食い破られてもそれでもコープスコーズの再生能力で生きている。しかし、死んだほうがマシな有様だった。

 

 それはタツヤも同じで、先ほどから起き上がらないのは頸椎に重篤なダメージを負っているからだろう。

 

 それを守ろうとしてアオは普段の彼ならばしない、防衛戦を繰り広げており全身に裂傷を作っていた。

 

「……更衣……隊長……」

 

 そして傷だらけの彼の眼前にはステージ衣装を着込んだヤミが慣れない大剣を保持して佇んでいる。

 

「い……イッヌを殺させや、しない……! モモっちも、サッルも……!」

 

 ヤミはそれでも抵抗はしたのだろう。

 

 片足を落とされており、その場に縫い留められていた。

 

 何もかも。

 

 ああ、何もかもだ。

 

 全て――許しがたい。

 

「更衣、キリエ……! 貴様が更衣キリエならば……! 私の敵だ!」

 

 女の翼手は恐らくこの中では最も強い、上級翼手なのだろう。

 

 今しがたの交錯で確実に獲ったつもりであったが、その爪で防御し、剣筋を受け流した。

 

 並大抵の相手ではない。

 

 そんな敵を相手に、C班の皆はここまで戦い抜いたのだ。

 

 自分達に出来る最善の策を取り、こうして強大な敵をここまで追い込んだ。

 

 それを、目の前の相手は。

 

「更衣キリエ……! よく聞いておけ! 私の名は、“更衣ヨスガ”! 貴様と対を成す、翼手側に堕ちた存在だ……!」

 

 ヨスガと名乗った相手に関してこうも無関心なのは何故だろう。

 

 陶酔したような声音に、ここまで苛立つのは何故なのだろう。

 

 神経を逆撫でするような哄笑に――ああ、こうまでも。

 

「……黙れ」

 

 己でもこれまで発した事のない、マイナス百度の返答。

 

 柄を強く握り締め、キリエは構えを取る。

 

 下段に大剣を。

 

 そして刃には「特例措置」の血の灯火を。

 

 ヨスガと名乗った翼手は、こちらを憎悪の眼差しで睨む。

 

「……貴様のように……! 貴様のように立ち位置がある存在が、私は恨めしい! 何故、そこに私が居なかった! お前が私であっても、よかったはずだ……!」

 

 その理論に理路整然としたものはない。

 

 錯乱しているのだろうか。

 

 ならば、幸運だ。

 

 ただの狂気に堕ちた一翼手、歯牙にかけるまでもない。

 

 ステージへとキリエは踏み込んでいた。

 

 その足並みに迷いはない。

 

 ――狩ると決めた神経に、一ミリの躊躇いもなく斬撃を払い上げていた。

 

 ヨスガが爪を束にして受け止める。

 

 先ほどよりも強度を増した爪が火花を散らして、大剣の切れ味を削いでいく。

 

「私の固有能力は……! 打ち合う度に強くなる硬質化!」

 

 弾き返され、キリエは大剣の表層が刃毀れしているのを目の当たりにする。

 

 かすかな舌打ち。

 

 この程度の翼手の一撃にさえも耐えられないのか。

 

 だが、相手にも効いているはずだ。

 

「特例措置」によって血が流し込まれた太刀筋は翼手にとっての猛毒。

 

 爪に纏いついたそれを、相手は自ら爪を斬り落とす事で回避していた。

 

「……驚いたか。私の爪や牙は自由自在……! こうして生え変わらせる事で、さらに強靭となる……! そして、残念だったな、更衣キリエ。私自身でさえもこの能力は適応される。即ち、先刻私の首を刈ろうとした、その愚かしげな男のお陰で、こうして……!」

 

 ヨスガが首筋をなぞる。

 

 黒く硬質化した頸部はなるほど、ちょっとやそっとでは折れなさそうだ。

 

「私自身でも破壊不可能な強度となる……! これでどうする! 貴様に私は殺せない!」

 

「そうか」

 

 いやに醒めた声で応ずる。

 

 自分でも驚くほどに心の奥底が凪いでいた。

 

 大剣へと再び、切っ先を突き上げて殺意を宿す。

 

「殺せないと言っているだろう! 分からないのか!」

 

 返答もせず、キリエは駆け抜けていた。

 

 瞬時に大上段からの打ち下ろし。

 

 だが、相手の爪は黒く変色し、言葉通り鉄壁の強度を得て大剣を弾く。

 

「愚かしいな……! 更衣キリエ……!」

 

 もう一方の手を貫手にして、相手はこちらへと攻勢を見舞っていた。

 

 肩口を狙った相手の一打をさばいたつもりであったが、大剣が中腹部でたわみ、折れ曲がる。

 

「剣でさえも歪む! 終わりだ……!」

 

 大剣が事象の遅れを取り戻すかのように、ぽっきりと折れ砕け落ちる。

 

 それを目にしても、キリエの心に乱れはなかった。

 

 それどころか、事態の趨勢を冷静に判断する。

 

 ヨスガが姿勢を沈め、爪を構える。

 

 キリエは折れた大剣を握り締め、それに相対していた。

 

「折れた剣で戦いの真似事か! 油断は死を招く!」

 

「油断など、するつもりはない」

 

 キリエは首筋を叩く。

 

 そこには何もない。

 

 だが、そうするのが正しいかのように。

 

 そうして、紡がれた言の葉は水底に沈んだ岩礁よりも、なお重く。

 

「sword……!」

 

「死ねぇ……ッ!」

 

 ヨスガの肉体が躍動し、こちらへと加速する。

 

 青い加速度さえも得たその姿へと追従したのはステージ上から投げられた大剣であった。

 

 キリエは投擲された剣へと真っ直ぐに駆け抜ける。

 

 まずは一撃。

 

 折れた剣でヨスガの躯体へと叩き下ろす。

 

 それを相手が弾くのは織り込み済み。

 

 弾かれた勢いを利用して、キリエは大剣を手離していた。

 

 膂力で跳ね上がった指先が捉えたのは、ステージ上からこちらへと投げられた大剣の柄であった。

 

 逆手に握り締め、キリエはこちらへと真っ直ぐに飛び込んでくるヨスガを狙い澄ます。

 

 その首が射程に入ったのを見計らい、逆手の太刀筋を奔らせていた。

 

 如何に硬質化を得意とする翼手でも、想定外の方向からの斬撃には咄嗟に対応出来ないはず。

 

 さらに言えば、これまで逆手の剣術を見せて来なかった事も意味を持つはずだ。

 

 ヨスガの首を捉えた太刀であったが、相手も反応速度では負けていなかった。

 

 ほんの一秒未満の判断で爪を差し挟み、一撃の有効性を弱めている。

 

 だが、衝撃波は減殺し切れなかったらしい。

 

 そのまま雄叫びと共に振るい上げたキリエの払いに対し、ヨスガは吹き飛ばされていた。

 

 天井に叩きつけられ、相手は激しくかっ血する。

 

 剣を振るった姿勢からすぐさま持ち直し、再びキリエは構えを取る。

 

 今ならば敵は隙だらけのはずだ。

 

 脚力に火を灯し、肉体を巡る血脈の一滴一滴を意識する。

 

「このまま討つ」

 

 

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