BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene22 宝石のような嘘

 

『酷い有様ですね』

 

 息が切れる。

 

 肉体の損傷を取り戻すために、同族の死体を喰らってまでヨスガは裏通りに潜んでいた。

 

「な、ぜ……」

 

『完璧ではなかったんですよ。狩人のサヤも、そして更衣キリエも。それはもちろん、あなたも、である』

 

「私も……?」

 

『更衣ヨスガは完璧ではなかった。ですが、その条件ももうすぐ突破される』

 

 その時、裏通りへと踏み込んだ人影を視野に入れる。

 

 瞬時に爪を硬質化させようとしたが、先ほどの戦闘でほとんどの能力は削がれている。

 

 抵抗も出来ぬまま首筋へと赤く揺れる血のアンプルが打ち込まれていた。

 

 その途端、意識の網が拡大し中央庁ほとんど全てが掌握される。

 

 呼吸、人の波、脈動。

 

 人間活動のあらゆる情報が脳内に叩き込まれ、今にもショートしてしまいそうだ。

 

『今打ち込んだのはとあるシュヴァリエの血。その血は、あなたを進化させる。更衣――その過去未来でさえも塗り替えると言う意味の言葉。そして、縁を意味する“ヨスガ”。あなたが介入する事で、コープスコーズにただただ在籍するだけだった彼女は変わる。それが望む方向かそうでないかは分かりませんが、間違いなく』

 

「あ、あなたは……“教授”……?」

 

『如何にも』

 

 だが、相手の姿は意図的にぼやかされているのか、ヨスガの視野にはアバターアイドルだけが映る。

 

 そのアイドルが口角を吊り上げたのをヨスガは目にしていた。

 

「私に何を……何をさせたい……!」

 

 気力を振り絞り、爪へと硬質化の能力を通す。

 

 それでアバターアイドルを一閃し、投射映像を引き裂いていた。

 

 その奥で、黒いスーツに袖を通した相手が微笑む。

 

『何でもないのですよ。あなたも、そして更衣キリエ――もっと晒して欲しいほどだ。あなた方の持つ宿業を。血の呪縛を。綺麗なままで居られないのならば、全部壊して穢してしまえ。それがワタシの望む完璧な中央庁への反逆だ』

 

 ヨスガを見下ろすのは金髪の青年であった。

 

 眼鏡越しの射るような眼差し、ブリッジを上げて高圧的に自分を見下ろしている。

 

 その立ち振る舞い、そして全てを見透かしたような瞳に息を忘れる。

 

 彼は懐からもう一本、アンプルを取り出して揺らす。

 

『強くなってもらいますよ、更衣ヨスガ。あなたは上級翼手程度で終わっていい駒ではない』

 

 その言葉を最後に、ヨスガの意識はぷつんと途切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再生能力が働いてくれたのはほとんど奇跡だ、と面談を申し出た相手は真っ先に口にしていた。

 

 モモカは病床に縛り付けられたまま、その声を聞く。

 

「……あなたは、田井中……ゴロウ……」

 

「声も出せるのか。思ったよりも心配する傷ではなかったのかな」

 

 ゴロウはベッドの脇にあるお見舞いの籠からリンゴを取り出して果物ナイフで剥き始める。

 

「……私……」

 

「下級翼手に臓腑を喰われ、肉体にも重度の傷が百ヵ所以上。だが、そのほとんどが今は再生している。まったく、恐るべきだな。コープスコーズと言うのは」

 

 ゴロウの手先にモモカは視線を振りつつ、そう言えばと語り始める。

 

「先輩……更衣先輩……は」

 

「彼女は重篤でね。どうにも、血の毒が回ったらしい。完全復帰には一週間はかかる」

 

 血の毒、とモモカはキリエと対峙していた少女の事を思い返す。

 

 セーラー服に、刀で固めたその立ち姿。

 

 全てを断ち切る意志を秘めた、真紅の眼差し。

 

「……あれが、サヤ……」

 

「やはりそうか。目撃情報を統合すればそれは試算出来たが、当人の証言は貴重だ」

 

「……教えてください。サヤって、何なんですか……。更衣先輩は、だって無関係じゃ……」

 

「無関係だと、本当に思うか? 前回、更衣キリエは自己修復を行った。他ならぬ己の血で。そしてサヤは……同じような特性を有しているとされている」

 

 まさか、キリエがサヤだと言うのだろうか。

 

 だが、薄らいだ意識の中で何度もサヤはキリエの名を呼んでいた。

 

 確か、その名前は――。

 

「……“音無小夜”……」

 

「永瀬モモカ。ここから先は、君の手腕が必要になってくる。中央庁への肉薄には、私だけじゃ不可能だ。何よりも、奇妙を通り過ぎて不気味ですらある。更衣キリエ、そして彼女の経歴と、サヤとの関連性。どれもこれも、恐らくは楽園を激震するスキャンダルに等しいだろう」

 

「……私は何も出来ませんよ……」

 

「嘘を言うな。君は出来るがやらないだけだ。……更衣キリエに恩義でも感じているのだろうが、それをちゃんと返そうとするのならば、向き合うべきだ。彼女の内包する闇へと。……そう言えば、他のコープスコーズC班も随分と損耗したらしいな。私にしてみれば、それでも生きているほうが恐ろしいが。いずれにせよ、次の一手は慎重にすべきだろう。容易く流れれば読み負ける」

 

「……中央庁は何を考えているんです? あれだけの死傷者が出たんですよ。隠し立てなんて」

 

「それなんだがな。これを見ろよ」

 

 ゴロウが差し出した端末には「ガス爆発」という文字列だけで処理された自分達の抵抗が記されている。

 

「……ガス爆発? あれが……?」

 

「それも死傷者の名簿は出ず。公には死者行方不明者は存在しないとまでされている。事実、このニュースは夕方に一度流れたきりだ」

 

 自分達の戦いは、否、それだけではない。

 

 翼手に殺された人々は文字通り、居なかった事にされた――そのやり方にモモカはシーツを強く握り締める。

 

「……これが中央庁のやり口……」

 

「悔しいのならば、君なりの剣を取れ。何も実際の刃だけが武器ではないはずだろう?」

 

 確かに悔しい。

 

 だが、それ以上にこの中央庁は楽園ではなかったのか。

 

 誰もが幸福に成れる最高の場所。

 

 ヒトの行き着く果て、理想郷エメトピア。

 

 なのに、こんな思いをするなんてあんまりだ。

 

 キリエの事も、サヤの事も、そして翼手の事も。

 

 何一つ解決しないまま、自分達が日常に戻れるものか。

 

「……田井中さん」

 

「ゴロウでいい」

 

「……ゴロウさん。私、この中央庁の闇を引き剥がしたい……! こんなのってないですよ……! だってあんなに、あんなに死んだんですよ? あんなに……殺されたんですよ……! なのになかった事にして、私達の戦いも無意味に成り果てるなんて、そんなの……!」

 

「許せない、か。義憤で動くのはいい。しかし、足取りを誤れば一発で深淵だ。君は冷静に、誰よりも俯瞰して事の次第を見るべきだ。そうでなければ、稀有なるハッキング能力を持つ君は監視対象になっている。今だってそうだ。私が先んじてプログラムを飛ばしているが、もしこれがなければ瞬時に首を刎ねられているだろうな」

 

 自分は己の立場を理解して言葉を選ばなければならない。

 

 それでも――自分自身の内奥にある正義の心が熱を持つ。

 

 コープスコーズとしての職務もその志には正義があるのだと信じてきた。

 

 だが、ただただ利用されるだけの駒だと言うのならば――ただの手駒であろうとも主に噛み付く権利くらいはある。

 

「……ゴロウさん。私の端末を用意してください。今使っているカスタムモデルでは足りません」

 

「どれくらい必要になる?」

 

「……一週間あれば。更衣先輩が目を覚ます頃合いには、私も動けます。中央庁が何を企んでいようとも、私の実力ならばそれを凌駕出来る」

 

「信用していいんだろうな?」

 

「信用出来なければ、私に掛け合ったりはしないでしょう?」

 

「それは確かに。……だが疑念もある。更衣キリエ、彼女の戦闘能力の高さと、他のコープスコーズを上回る強さ。それがどこに起因しているのか。……ともすればサヤだと言うのは、何も間違いでも誇張でもなく……」

 

 キリエがサヤだとしても、自分に出来る事を全うするだけが恐らくC班にとっての貢献だろう。

 

「……その、一つだけ、いいでしょうか」

 

「何だ? 私に出来る事程度でいいのなら」

 

 ゴロウは器用に皮を剥いてウサギの形を作ったリンゴを並べる。

 

「その……もし、ですけれど……。更衣先輩が、私達の……敵になった時、私は……」

 

 そこから先は言葉にならなかった。

 

 キリエが記憶を取り戻し、そしてその宿命の血に準じて戦うとすれば、自分達に出来る事など一片もない。

 

 しかし、ゴロウは前向きな言葉を発していた。

 

「別段、更衣キリエが完全な敵になったわけでもない。それに、二年間とは言え、彼女はコープスコーズC班の隊長だった。信じても、いいんじゃないか」

 

 信じる――そのような言葉が出たとは思えずモモカは茫然とする。

 

「何だ、その顔は。私だって、誰も彼も疑っているわけではないさ。それに、本音を言えば、更衣キリエには味方で居て欲しい。これを」

 

 差し出されたのは使い捨ての端末でモモカはそれに記録されている媒体を再生する。

 

 そこには、サヤと戦闘するキリエの隙を利用して逃げおおせている上級翼手――確か更衣ヨスガと名乗っていたか、が映り込んでいた。

 

「これ……どこから……?」

 

「まぁ、大人ってのは伝手はあるもんだ。問題なのは、この上級翼手を逃がした点だな。戦闘経過を見るに、かなり強いようだが」

 

 手強かった。

 

 C班がまるで役に立たないほどに。

 

 だが、それを簡単に倒す寸前まで行ったのがキリエだ。

 

「……待ってください。上級翼手が逃げたのなら、危険なんじゃ? だって、あれほどの戦闘能力を持っているのなら……」

 

「それなんだがね、一時的に、君らの任務は別となる」

 

 ゴロウの言葉にモモカはすぐに返答出来なかった。

 

「それって……」

 

「四十体の翼手のうち、恐らく生き延びたのはそいつだけだ。ならば、他のコープスコーズに任せたほうが成功率も高い。君達、C班には新任務が充てられる。喜ぶといい。今度は少しは楽かもしれないぞ?」

 

 しかし、口元を緩めたゴロウは心のどこかではそうは思っていないようですらある。

 

 モモカはシーツを握り締め、それから決意する。

 

 ――空中分解寸前のC班をどうこうして建て直すのには、たとえ危険でも向かわなければならないだろう。だとすれば、やるべき決断は一つ。

 

「……その決定、私でいいんですか……?」

 

「他の面々は重態だ。君は辛うじて再生速度が速かった。だから問うている。どうする? 君達にはもっと残酷な運命が待っているかもしれないが」

 

 ここで断ったとしても、キリエの件がある以上、傍観者を気取る事は出来ないだろう。

 

 ならば――狩人として少しでも成長出来るのならば。

 

「……やります。私は……少しでもみんなの役に立ちたい」

 

 二つ目のリンゴを剥き始めたゴロウは、そうか、と淡白に返す。

 

「だがその先に待つのが地獄であろうとも……自ら選んだんだ。後悔はするなよ」

 

 ウサギの形をしたリンゴが並べられ、モモカはぱくっと頬張る。

 

 果汁の甘みが口中に広がって鼻に抜けていく。

 

 そうだきっと――戦うのならば甘い結末なんてきっと待っていないはずなのだから。

 

 

 

第九章 「Dirty Songs」了

 

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