BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene24 その手で掴めるもの

 

 目を覚ましたキリエはまず、ベッドの脇に座り込むヤミを視野に入れていた。

 

「あ、れ……? ヤミちゃん……」

 

 起き上がろうとして身体が全く動かない事に気付く。

 

「キリエマッマ……起きないほうがいいよぉ~。あんなに無茶したんだもん~」

 

「無茶……無茶って……ああ、そうか」

 

 ようやく現実認識が追いついてきて、キリエは滅菌された天井を仰ぐ。

 

「……負けたんだ、私」

 

「負けてねぇよぉ~。キリエマッマはあたい達を守ってくれたんだし、感謝してもしきれないってばぁ~」

 

 ヤミはと言うと、見舞いの菓子を頬張っており彼女の食欲が健在な事が、今のキリエにとってはありがたい要素であった。

 

「……あの後、どうなったの?」

 

「う~ん、結構酷い有様だったよぉ~。まず、リアイベは完全に失敗。これ以上ないほどに。で、キリエマッマが起きる三日前に、イッヌが起きて、モモっちが一番早かったかな」

 

 モモカは翼手に肉体を食い破られていたので再生が遅いかに思われたが、健在と聞けば安堵もする。

 

「……そっかぁ……」

 

「けれど、サッルがさ……。打ちどころが悪かったみたいで、前線復帰はしばらくかかりそうなんだってぇ~」

 

「……猿渡君が?」

 

「うん……。サッル、吹き飛ばされた時に首のヤバいところを強打しちゃって、それで脳にも影響あるかもって……。ねぇ、キリエマッマ……この先、どうしよぉ~……。あたいの提案した作戦で死傷者が出たんだから……」

 

 膝の上で置いた拳が震え始めたヤミに、キリエは動けないなりに寄り添っていた。

 

「……大丈夫。それに、C班の失態は隊長である私のものだから。むしろ、ヤミちゃんがちゃんと外に出てくれたのが嬉しいかな。結構難しいかと思っていたから」

 

「あっ、それはイッヌとモモっちに感謝してよ……。あの二人が説得してくれないと、あたい、まだ引き籠りだし……」

 

 どこか殊勝な態度なのも気になる。

 

 キリエは寝転がったまま問いかけていた。

 

「……どこまでが作戦だったの?」

 

「……モモっちが名簿を洗い出してくれてさ~。その名簿が、どうしてなんだかあたいのリスナーと被っていたから、囮作戦を思いついた感じ。でも……完全シークレットのイベントだったのに一般人を巻き込んじゃった……」

 

 ヤミの声は沈んでいる。

 

 彼女にとっては第一であるリスナーを何人も死なせてしまった事に心を痛めているのだろう。

 

「そっか、モモカちゃんが……。って言う事は、ハッキングしたんだよね? それを上は許可して……?」

 

「あ、うん……。今回の四十体の翼手をどうこうするのに手段は選んでいられないってさ~。でも、それだけじゃない気がするんだよねぇ~」

 

 ヤミは菓子を頬張って首を傾げる。

 

「……ヤミちゃん。もし今回の作戦が上手くいったとしても、それだけじゃ終わらなかった気がする」

 

 キリエの脳裏には姫川小夜を名乗った少女の姿が克明に存在していた。

 

 太刀を振るい、血の力を使って翼手を斬り伏せる討滅の乙女。

 

「……それに関してで言えば、一応聞いたんだけれど、C班は知る必要はないの一点張り。……あいつら、何か隠してるのは見え見えなんだけれどなぁ~」

 

 上層部はサヤの存在を知っていて隠蔽していたか、あるいは――。

 

 いずれにせよ、サヤと会敵した自分を放っておくはずがない。

 

「……ねぇ、ヤミちゃん。今回、酷い目に遭ったのはみんなだろうけれど、それでも、さ……。私、みんなを守りたい。ううん……守らなくっちゃいけないんだ」

 

 不意に差し込んだのは、それは誰に植え付けられた決意なのかという問いだ。

 

 誰でもない、と跳ね除けられれば良かったのだが、キリエの鼓膜にその問いはこびりついている。

 

「……あの、キリエマッマ……。あたい、キリエマッマに無茶して欲しくない……。もちろん、イッヌやモモっち、サッルもそう。あたい達さ、あのサヤが言っていた通り、確かに虚飾……家族ごっこなのかもしれないけれど、あたいはマッマやみんなの事……! マジの家族だって思ってるから、だから――」

 

 そこから先をキリエはヤミの唇に指を当てて制する。

 

「……うん、分かってる。ありがとうね、ヤミちゃん。私、隊長としては失格レベルだと思う。でも、家族を守るためなら、どれだけでも汚名を被れる。……一日でも早く復帰しないと。そうじゃないと……何も出来やしないよ」

 

 そう言えば、四十体の翼手とのことだったが、実際の交戦したのは一体の上級翼手だった。

 

 あの翼手は確か「キサラギヨスガ」と名乗っていたか。

 

「……ねぇ、ヤミちゃん。翼手が偽名を名乗る事はあるのかな」

 

「うーん……擬態出来るんだから固有名詞はむしろ邪魔じゃないかなぁ~」

 

「……だよね。そのはず……だよね」

 

 よりにもよって「キサラギ」を名乗るのは自分への意趣返しのつもりだろうか。

 

 それとも――何の作為もなく、上級翼手があの名前を名乗るか?

 

 堂々巡りの脳内でキリエは一度、別の話題に切り替えていた。

 

「……ヤミちゃん。任務って継続で私達はその四十体を追うのかな?」

 

「あっ、それは変化があったみたい。これ……」

 

 ヤミが翳した端末上には「コープスコーズC班には別の任務を充てる」とある。

 

「別任務……?」

 

「うん。何だかここ最近、中央庁を賑わせている事件らしくって……。連続殺人鬼、と呼ぶべきなのかなぁ~」

 

「連続殺人……? 翼手による喰い場ではなく?」

 

 ヤミは端末を操作してその現場写真をいくつか投射させる。

 

 キリエはどれもこれも凄惨な現場が映されており、少しだけ気分が悪くなった。

 

「……女の子ばっかり、だね……」

 

「そうみたい。女の子ばっかり狙うのと、それとこれは犯人のメッセージなのかな~って言うのが。どうにも署名みたいなんだけれど」

 

 白い壁に書かれているのは古典文学の一節らしき長文と、そして終わり際に名前を記されていた。

 

「……“ファントム”……」

 

「そう、“ファントム”。……何だかムードでも出したいのかねぇ~って感じだけれど、大真面目にそれが連続で何件も起きているらしいから、冗談じゃないんだろうけれどねぇ~」

 

 それにしても、このような劇場型の犯罪者が居たとは。

 

 理想郷の中枢である中央庁では起こり得るはずのない事件である。

 

「……この血って、被害者の?」

 

「それもてんでばらばら。けれどこの一文と、そして署名だけはあるみたい。何だかなぁ~。こんだけ証拠残してるんだから、あたい達に任せる事はないって言うのに」

 

 それだけ証拠が集まっていても、決定的なものに欠けていると言う意味だろうか。

 

 あるいは――。

 

「あるいはこれがそれなりに強い翼手との遭遇戦になる可能性を加味して、かもね。翼手は本当なら知られる事を恐れてこういう風な凶行に走らないのが普通だろうし……。でも、それなら私達でも評価を挽回出来るかも……」

 

「ホント? それならあたいは嬉しいかもぉ~。……前回、やっぱりさ。あたいが作戦の要だったのに、下手こいちゃって……イッヌもサッルもモモっちにも無茶させちゃったし……マッマもあんなに酷い目に遭っちゃって……」

 

 顔を翳らせるヤミへと、キリエはそっと頭を撫でていた。

 

「ま、マッマ?」

 

 まさか頭を撫でられるとは思っていなかったのだろう。

 

 反射的にキリエも手を引っ込めてしまう。

 

「あっ、ごめん……。何だかこういう時に、優しく頭を……撫でてもらったような気がして……」

 

「それってマッマの本当のマッマ?」

 

「……どうだろ。記憶が戻らないのは相変わらずだし。けれど、お父様は……こうして頭を撫でてくれるの。私が慰めて欲しい時に、ちゃんと、私を見てくれているんだなぁって、思えるから頑張れるのかもね」

 

「うーん……マッマのパッパ? って確か一回だけ見たような……確か金髪の飄々としたオジサマだったっけ?」

 

「うん、そう……。マハラルお父様は……私にとって替え難い絶対。だから、嬉しいのかも。何だか記憶を失うずっと前から……お父様だけは知っているような気がするの」

 

「不思議な感じだねぇ~。でも、マッマのパッパなら、安心出来るかな。あたいも……マジもんの母ちゃんと父ちゃんは居たけれどねぇ~」

 

 そういえばヤミが自分の事を喋るのは少しだけ珍しい。

 

 いつも電脳世界に逃避している彼女からはなかなか聞けない発言だ。

 

「……お父さんとお母さんの事、ヤミちゃんは、確か……」

 

「キリエマッマは書類では」

 

「知っているけれど、ヤミちゃんの口から聞いた事はなかったなって」

 

「……そっかぁ~。ま、ロクでもない親っすよぉ~。あたい含めて、兄妹が六人も居たもんだからさ。食わせるだけで精一杯。子だくさんってのは大変だねぇ~とは思っていたけれど、末っ子のあたいが何にも出来ないごく潰しだったもんだから、もうずっとカンカンで。……思えば、怒っているところしか見たとこなかったかもなぁ~……」

 

 ヤミにとっては触れられたくない過去か。

 

 そう思って話題を仕舞おうとしたが、ヤミは拳をぎゅっと握って奮起する。

 

「酷いじゃんねぇ~! だって、さ。“お前は今日から死んだ”だよぉ~? それで施設に預けられていたら、何か月も置き去り! で、コープスコーズ計画が持ち上がった時に適正レベルが高かったから被験者になっただけで、別に自分からコープスコーズに成りたかったわけじゃねぇ~ってのに」

 

 文句を漏らすヤミはどこかそれだけでは終わってない声音で言葉の穂を継ぐ。

 

「……でもさ。アバターアイドルやってると、たまに……本当にたまに、すごく……ああ、あたい頑張ってんなぁ~って思える時があるの。その瞬間が堪らなく好きで、もうほとんど中毒なんだろうなぁ~。だからやって来られてるのかも」

 

「……ヤミちゃんは、コープスコーズC班として戦うのは嫌?」

 

「そりゃ~嫌だって! いつまでも部屋に籠ってニートで居たいんはホント~! ……けれどマッマや他のみんなが傷つくのは、あたい、いくらごく潰しでも、見てらんない。今度の作戦は、絶対に成功させようよ、キリエマッマ! あたいも手伝いたい! 今度こそ、イッヌの鼻っ柱折ってやるんだからねぇ~! マッマも協力してくれる?」

 

「……もちろん。って言うか、言い出せば勝手に独断専行したみんなが悪いんだよ?」

 

 ちょっとだけイジワルの言葉を吐くとヤミは項垂れる。

 

「そうだよねぇ~……正論過ぎて何も言えませんわ~……」

 

 ベッドに頭を預けたヤミの背中をさする。

 

 どうしてなのだか、ヤミはキリエにとって特別な存在であった。

 

 それはもちろん、家族であるからなのであるが――それ以上に関わっていると自然と落ち着くような、マスコットのような一員である。

 

 ――家族ごっこ。茶番劇。

 

 不意に刀を握った少女より発せられた、何よりも冷たい言葉が思い起こされる。

 

 少女は“サヤ”を名乗っていた。

 

 だが、“SAYA”は駆逐されたはずだ。

 

 この理想郷で、二度と現れる事がない厄災。

 

 真正面から睨み合ったあの太刀筋と、そして真紅の瞳が忘れられない。

 

 そして――自分の事を“音無小夜”だと言い放った。

 

「……ヤミちゃん。私、もしかするととんでもなく……みんなを裏切る事になるかもしれない。分かんないの、何も……。あのサヤが言っていた事が本当なのか、嘘なのかどうかも。何にも自信がない。……どうすればいいのかな」

 

「キリエマッマは間違いなくマッマだよぉ~。こうして撫でてくれると、あたいは本当に安心出来るんだぁ~」

 

 安心、安堵、安寧の楽園。

 

 それがこのエメトピア。ならば何を迷う事がある。

 

 この安息を守るためだけに、自分の刃がある。

 

 そうだ、楽園を崩そうとする魔から皆を守る、守り通す。

 

 それが自分の心の根にある魂の音色だ。

 

 戦い、血濡れになろうとも、絶対に守る。

 

 ――その守ると言う意思は、一体誰の……。

 

「……誰かに言われたからじゃない。私が、守りたいから、みんなを……」

 

 そこで不意にヤミの端末が鳴る。

 

 ヤミは少しだけ離れて着信していた。

 

「はい……はい? あ~、はい。……えっ、それってマジ……じゃなくって、本当ですか? 本当に……あたいで……あ、はい。動画データですよね? えっ、それって本決定って事……」

 

 何やら言葉を交わした後に、ヤミが通話を切る。

 

 何かあったのだろうか、と窺っていると振り向いたヤミの顔が輝いていた。

 

「キリエマッマ! 案件来ちゃった!」

 

「あ、案件ってお仕事? えっと……それってアバターアイドルとしての?」

 

「うんっ! これ、でもマジにすごいかも……! この間、アバターアイドル限定で、“歌ってみた”動画上げたんだけれど、それが敏腕プロデューサーの目に留まったみたいで! 二日後に顔合わせ出来ないかって相談が……!」

 

「す、すごい! じゃあヤミちゃん、アーティストになるって事?」

 

「い、いやぁ~! そんな大それた事じゃぁ~ないってばぁ~! でも、これってアバターアイドル数百人の中から選ばれたって事だから、もしかしてあたい……スターダムに昇ってる……?」

 

「きっとそうだよ! おめでとう! ヤミちゃん!」

 

「キリエマッマのお陰だってばぁ~! あたいのアバターアイドル活動、応援してくれたじゃんかぁ~!」

 

 抱き着いてきたヤミの喜びは自分の事のように嬉しくなる。

 

 そう言えば、とキリエは尋ねていた。

 

「あまり活動には口を出さなかったけれど、どういう“歌ってみた”なの?」

 

「これっ! 二年前を最後に活動を無期限休止した、エメトピア一の歌姫!」

 

 表示されたそのジャケットはこの理想郷で知らない者は居ないだろう。

 

 楽園の歌姫。

 

 この世で最も尊い、一番星のように輝くカリスマ。

 

 その名を――どうしてなのだかキリエは知識ではなく、本能的な部分で察知していた。

 

「……レクディ……」

 

「な~んでレクディが姿を消したのかは分からないけれど、あたい、結構歌うまなのかも! レクディの歌って唯一無二だから真似るの大変だったんだよねぇ~」

 

 何故なのだろう。

 

 レクディと言う名前を聞く度に何か、記憶の奥底に仕舞った感情が溢れるような、そんな予感がしていた。

 

 

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