BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene28 面影

 

「……あなたは……?」

 

 相手も硬直したまま、こちらを茶色の瞳を見開いて驚嘆している。

 

 ショートカットに切り揃えられた瞳の色と同じ髪色。

 

 スーツを纏っているがしゃんとした身なりで、装飾華美になり過ぎない程度の化粧とイヤリングを付けていた。

 

 だが、どうして。

 

 自分はこの相手を「キザハシ」と言う名前だと呼んでしまったのだろう。

 

 相手も困惑があったのか、軽く微笑んで問い返す。

 

「……あなたは更衣キリエさん……よね?」

 

 その段になってとてつもなく失礼な事を言ってしまったのだと自覚したキリエは耳まで真っ赤になって取り繕う。

 

「あ、いやその……何でだか私にも分かんないんですけれど……! その、すいませんっ! 変な事言っちゃって……」

 

 これで班同士の連携が崩れてしまえば元も子もない。

 

 しかし、相手は微笑んで風と受け流す。

 

「別にいいってば。更衣さんの知り合いにたまたま似ていただけなのかもしれないし。あれ? けれど更衣さん、二年前以上の記憶は確か……」

 

「……はい。記憶喪失でして……」

 

「すごい、そういうの本当に居るんだ? ねぇねぇ! 記憶喪失って本当に何も思い出せないって本当? たとえばお箸の持ち方だとか、言葉だとかは?」

 

 ずいっと身を乗り出して聞かれたものだからキリエは委縮してしまう。

 

「あ、あぅ……その! 皆さんが想像するようなドラマチックな事とかはなくって……。案外地味って言うか……単純に不便って言うか……」

 

「あら、そうなの? けれど、はじめましてよね? あたしの名前は――」

 

「あっ、加藤総督より聞かされています。コープスコーズB班隊長――依代ミコ隊長」

 

「堅苦しいのはなしでお願い! あたしの事はミコのほうでいいから。依代なんて仰々しいってば!」

 

 何だか距離感がいまいちつかめない人だなと思いつつも、キリエは差し出された手を握り返す。

 

「よろしくね! ……けれど、今回の事件は厄介だからねぇ。正直なところで言えば猫の手でも借りたいってところ」

 

 ミコは会議室にて机を挟んで書類を次々と取り出していく。

 

 自ずと仕事が出来るようなイメージが固まっていた。

 

「……えっと、ファントムの足跡に関してで言えば、結構難しいって聞いています。劇場型の犯罪者ですけれど、痕跡自体はちゃんと消えているって……」

 

「狂ってるんだか狂ってないんだか分かんない奴よね。でも、敵として捉えるのなら、これ以上に厄介な奴は居ない。恐らく上級翼手相当と推測される実力に、戦闘時だけではなくその姿をまるで悟らせない秘匿スキル。固有能力持ちの可能性が高いわね」

 

 ――固有能力。

 

 上級翼手の一部には完全に固有の特殊能力に秀でている者が居る。

 

 もし、それを見誤れば全滅もあり得るのだ。

 

 キリエは唾を飲み下し、その可能性を探る。

 

「……だとすれば、敵の一手先を行くしかないんじゃん……」

 

「ま、簡単に言うなって話なんだけれど。……上役は何て?」

 

「あの……B班との連携を密に、程度しか……」

 

 ミコは大仰にため息をついてから、なるほどねと天井を仰ぐ。

 

「この間……そっちの隊員の猿渡君だっけ? 戦線離脱は残念だったわね」

 

「あっ……何で猿渡君の事……」

 

「あたし、個人的に猿渡君とは仲良かったって言うか、ちょっと連絡取り合ったりしていたから」

 

 寝耳に水だがそう言えばタツヤの交友関係はほとんど知らないのだ。

 

「……えと、どういう……」

 

「気になる? まー、なんて事ないわよ。彼、猫が好きでしょ? あたしも猫は好きだから。色々と情報交換していくうちに仲良くなったって感じ」

 

 意外であったのはタツヤの猫好きはどうやら他の部署でも有名であったと言う事だろう。

 

「……そう、なんですね……」

 

「暗くなんない! ……猿渡君の外傷は聞いたわ。頸椎らしいけれど、コープスコーズの再生能力なら現場復帰も絶望的じゃないし、少しだけ休暇があると思ったくらいでちょうどいいのよ」

 

「……その、ミコ隊長は大人ですね……。あたしは……猿渡君が怪我をしたって言うのに、ずっと戦い続けていて……」

 

「別に、それも立派な証でしょう? 誰かを大事にする事だけが正解じゃないし、それに猿渡君にしてみてもちゃんと勝ってくれたのは嬉しかったと思うけれど?」

 

 タツヤに対しての評価が高いのはキリエにとっても嬉しい限りであった。

 

 元々、好戦的ではない彼にとって最大の賛美と言えるだろう。

 

「……伝えておきます。猿渡君が目を覚ました時に」

 

「よしてってば! ……何だかんだあたしも女子だし。恥ずかしいって……」

 

 ミコは視線を逸らしながら前髪を気にしていじる。

 

 垣間見える乙女性にキリエは心奪われていたが、それでも心の片隅には彼女がコープスコーズB班を纏め上げているのだ、という感嘆が勝る。

 

「……けれど、今回の作戦、絶対に成功させないと……被害は増える一方ですし」

 

「ああ、そう言えば直近の事件に関して共有しておかないとね」

 

 端末上に表示されたのは臓物を食い破られた少女の遺体であった。

 

 ただでさえ痛ましいのに、その足元にはファントムの署名がある。

 

「……絶対、こんなの……」

 

「許せないって気持ちは分かるわ、うん、よく分かる。けれど、見誤らない事ね。あたし達は手遅れになる前に動く事。手遅れになった事に怒りを覚えるのは違うわよ」

 

 覚えず拳を握り締めていた自分への戒めに、キリエは事件現場の様子を克明に表示させる。

 

 リアルタイム映像と事件発生時の映像を重ね合わせると妙な符号に気付いていた。

 

「……あれ? これってありましたっけ?」

 

「どれどれ~? ……ナイフ、みたいに見えるわね……」

 

 遺留品だろうが、一振りのナイフが傍に落ちている。

 

 どうやら鑑識に照合させた結果、被害者が持ち歩いていた護身用だったらしい。

 

 その刀身に血が付いていると言う事は、ファントムの正体はほとんど割れたようなものではないのだろうか。

 

 答えに一気に肉薄した感覚で口にすると、ミコは腕を組んで思い悩む。

 

「うーん……けれどそれでも何も分からなかったから、あたし達にお鉢が回ってきたんでしょ? それに、奇妙って言うんなら普段からナイフを持ち歩いているほうがおかしいでしょうに」

 

 あ、と今さらの迂闊さに声が出てしまう。

 

 自分達は帯刀許可を得て武装しているために、一般人に対抗手段がない事を時折忘れてしまう。

 

「……す、すいません……。普通変ですよね……」

 

「まぁ、少しでも奇妙な点だとか、これっておかしいんじゃって視点を持つって大事けれどね。案外、気づいていないところにあるのかも。真実ってのはさ」

 

 ここまで話していて嫌な気分に一切ならないのはミコが久しぶりであった。そもそも交流会数の少ない相手柄、その上で隊長となれば自ずと緊張もしてくる。

 

「ねぇ! 更衣さんってさ、セーフハウスを使ってるんでしょ? 男と女が一緒に棲んでいるって事はさ。何かあるんじゃないの?」

 

「な、何かって……?」

 

「誤魔化し合いはなしだってば! ……そりゃー、やんごとなき事の一つや二つは、って!」

 

「な、ないですよ……! だって私、隊長身分ですから全員の事は分かっていなくっちゃいけないのに……」

 

「プライベートは見せられない? うーん、それも変っちゃ変だけれど、まぁ、更衣さんの思った通りなら大丈夫だとは思うけれどね」

 

 ミコは思ったよりもさっぱりとした性格で喋りやすい。

 

 だからこそ、余計な事を口走ってしまいそうでキリエは慎重になっていた。

 

「……その、作戦行動に関してで言えば、ファントムの追い込みはどうするんです?」

 

「それに関しちゃ、うちのB班の面々は優秀だからね。あたし達が要らない仕事をするまでもないのかも」

 

 端末上に映し出されたB班の面々は誰も彼もフルフェイスの仮面を被っており、背格好から女性であるのだけが窺える。

 

「……その、ファントムと会敵した場合、即座に抹殺すべきでしょうか?」

 

「それはケースバイケースだけれど、少なくとも数十人単位の犠牲が出ているわ。このままにしておいていいはずはないし……痛めつけてからそれに関してで言えば本部の意見を聞きましょう」

 

 やはり、ミコは歴戦を潜り抜けているだけはあり、状況判断は自分よりも遥かに上だ。

 

「じゃあ、その……よろしくお願いします。ミコ隊長」

 

「こっちもよろしくね。更衣さん! あたし、更衣さんと仕事出来るのとっても嬉しいんだからね!」

 

 ぶんぶんと腕を振り回されながらキリエはミコと言う少女の純朴さに心洗われる気分であった。

 

 これほどまでに危機的状況が迫っているのに、ここまで明るく居られるのだ。

 

「じゃあ、あたしは申請書を出しておくわね! またね! 更衣さん!」

 

 快活な様子で会議室を出ていったミコにキリエは少しだけ気疲れして椅子に深く腰掛ける。

 

「……何が起こるのか分からないのなら……少しでも戦いを優位に進めなくっちゃ……ね」

 

 

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