BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene30 守り抜くために

 

 薙ぎ払う斬撃を一つ。

 

 それに相対してキリエは宙を舞い、相手の背後を取ったが肘打ちで僅かに確殺距離を取られる。

 

 払われた剣閃が互いに交錯し、キリエは足払いを行うが、直上に躍り上がった相手の太刀筋が深く叩き込む。

 

 刀身で受け止めつつ、キリエは刺突で相手のペースを崩そうとして瞬時に掻き消えた残像を目の当たりにしていた。

 

 翼手の加速術ではない――純然たる実力差で迫られキリエは咄嗟に大剣を翳す。

 

 叩きつけられた重量とその太刀筋の鋭さに吹き飛ばされる。

 

 瞬時に持ち直そうとしたキリエの喉笛へと切っ先が突き付けられる。

 

 王手の合図であった。

 

「……参りました。さすがですね、ミコ隊長」

 

「大した事じゃないわよ。それに、更衣さんも随分と強そうだけれど?」

 

 隊員からタオルを受け取ったミコは煌めく汗を拭いながら感想戦に入る。

 

 キリエもそれなりに鍛錬は重ねたつもりであったが、コープスコーズ同士の戦闘経験値は浅い。

 

「……私、まだまだで……。もっと強く……ならなくっちゃ……」

 

「焦ったって強さが付いてくるとは限らないわよ。まずは基本の能力を上げて、その後に応用出来ればね」

 

 キリエは大剣の刃毀れを見る。

 

 今しがたの戦闘はそれなりに激しかったはずだが、それほど刃毀れをしていない事からも、ミコの戦闘力は明らかであった。

 

 力任せに振るうのではなく、相手に対して実力相応で対処する――簡単なようで難しいが、ミコはそれをとっくに物にしているようであった。

 

「……あの、武器ってそれぞれの特性ごとに違うと思うんですけれど、ミコ隊長の剣術って、師は誰なんですか?」

 

「師、か……。あんまり考えた事なかったかな。実戦でレベル上げするタイプだし。そういう更衣さんこそ、いい師に恵まれた気がするけれど?」

 

 自分の戦闘の師匠はマハラルだ。

 

 父親である彼の功績は大きい。

 

 だが、マハラルに関しては可能な限り箝口令が敷かれている。

 

 それは彼がアシッドにとって特殊な立ち位置に存在しているからだろう。

 

 ――中央庁を護る騎士、シュヴァリエ。

 

 その名を戴くマハラルは出来る事ならば存在さえも他勢力に悟られてはいけないはずだ。

 

「……訓練場で色んな人と手合わせしたので」

 

 ついつい、嘘をついてしまう。

 

 つかなくっていい嘘を。

 

 しかし、ミコはそれで納得したらしい。

 

「そっかぁ。けれどま、強いとは思うわよ。あたしだってまだまだだし、それにどれだけ鍛錬してもなかなか難しい部分もあるからね」

 

「ですよね……ヤミちゃんは……」

 

 ヤミはB班のコープスコーズとの交戦をしていたが、ほとんど回避されてなおかつ足払いでぐぇっと蛙が潰されたような声を出す。

 

「むぅ~……これ以上は無理ぃ~」

 

「ヤミちゃん。ファイト!」

 

 応援するとヤミはよっこらしょと腰を上げる。

 

「……そもそもさぁ~、戦闘経験値が違い過ぎるって言うか……そっちは強くてニューゲームじゃんかぁ~。こちとらRPGで地道にレベル上げだぜ~?」

 

「……雉子さんはユニークね。考え方もまるでコープスコーズとは思えない。本当にただのそこいらの女の子みたいに」

 

「……ですね。けれどヤミちゃん、私が出来る限りサポートしないと。家庭事情があるようなので……」

 

 濁しているとミコはずびしと指差す。

 

「どういう理由があろうと、隊長なんだから! 厳しくするときは厳しくする! 優しくする時もちろんね。他で言うと……」

 

 ミコの視線の先でアオが何度目かの打ち合いの末にB班のコープスコーズを制していた。

 

 その動きの洗練さは彼の自己鍛錬の賜物であろう。

 

 刃の切っ先を喉元に突き付けたところで、相手は降参していた。

 

「……うん、彼は仕上がりつつあるわね。ちゃんと血の力を使っているようだし、それに単純な剣術も相当なレベル。ただ、問題があるとすれば……」

 

 まさかアオに問題があるとは想定しておらず、キリエは面食らう。

 

「問題……ありますかね……。アオ君、努力家だから」

 

「問題は大ありよ。まず、少し急いている部分があるように見受けられるわ」

 

 急いている、と形容されればキリエの着眼点も変わってくる。

 

 確かに前回までよりも強くなったが、それはまるで強制的に己を練り上げているかのようだ。

 

「……アオ君、ちょっと無茶してるのかな……」

 

「そういうところも含めて、隊長なんだから分かってあげてね? 更衣さんがやれる事、多分いっぱいあるはずだから」

 

 各々の戦闘訓練の模様を眺めていると、モモカがB班の戦闘員と刃を交わす。

 

 元々、モモカの戦闘力は高くはない。

 

 よって、すぐに相手のペースに飲まれて剣を取り落としていた。

 

「モモカちゃん! 最後まで剣は握って! もしもの時に抵抗出来ないよ!」

 

「は、はい……先輩……。私、何とか出来るように……」

 

 だが、B班の攻勢は容赦ない。

 

 再び構えたモモカからあっという間に一本を取ってしまう。

 

「……でも、B班の練度がここまでだとは思っていませんでした。みんな、まるでほとんど同一人物みたいに、波をもって動けるんですね」

 

「まぁ、あたしも上役から任せられた部下達だからよく分かんないのもあるけれどね。それでも、自慢の隊員よ。誰一人として欠けちゃいけない」

 

 ミコは心底からいい上官なのだろう。

 

 比して、自分は非情になり切れず、その結果として取りこぼしていくのかもしれない。

 

「……ミコ隊長。もう一本、お願いします……っ!」

 

「いいけれど、手加減はしないわよ?」

 

「もちろん……っ!」

 

 気合を入れ直したキリエはミコの剣術を受けていた。

 

 ほとんど迷いのない太刀筋は的確に弱点を突こうとする。

 

 今しがた振るっているのは訓練用の模擬刀とは言え、当たりどころが悪ければ大けがをする可能性だってある。

 

 それでも、自身の集中の極点を見定め、キリエは下段より振るい上げる。

 

 ミコは半歩引いてから、片足をすり足にして横合いから叩きつける。

 

 彼女はほとんど力を込めている風ではないのに、一撃の重さはこれまで戦ってきた翼手以上だ。

 

 そのまま弾き返されるかに思われて、キリエは善戦していた。

 

 何度目か火花が散り、交錯する中でC班の面々の視線が集まっているのを自覚する。

 

「……すごい……」

 

 思わず漏らしたモモカの言葉を聴覚の片隅で捉えつつ、キリエは深く踏み込んでくるミコの刃をかわしていた。

 

 そのまま勢いを殺さずに一閃。

 

 叩き込もうとしてミコが不意に逆手に握り直し、柄頭がキリエの横腹を打つ。

 

 一瞬で込めていた力が消失し、肋骨に痛みが走ったのも束の間。

 

 即座に持ち直したミコは切っ先をキリエの喉笛に突き付けていた。

 

「……参りました」

 

「よくやっているとは思うわ。けれど、実戦経験だけじゃ埋まらないものもあるからね」

 

 手を差し出され、キリエは起き上がる。

 

「……敵は待ってはくれませんし、少しでも強くならないと……」

 

「さっきも言ったけれど、強さに近道なんてないわ。それこそ自分のペースで、無理なく、ね」

 

 きっと、ミコは上官としては理想的だ。

 

 それだと言うのに、自分は気の利いた言葉一つ返せない。

 

「……その、よかったら、なんですけれど……」

 

「なに? 訓練ならいつでも付き合うけれど」

 

「いえ、そうじゃなくって……」

 

 ごにょごにょとミコに耳打ちする。

 

 それを聞き届けた瞬間、彼女は吹き出していた。

 

「ま、待って……お腹痛い……!」

 

「わ、笑わないでくださいよぉ……。一応、こっちは必至って言うかなんて言うか……」

 

「わ、分かってるから……! ちょっと落ち着かせて……。はー……びっくりしたぁ」

 

 ようやく笑いを鎮めてから、うんとミコは首肯する。

 

「じゃあ、行こっか」

 

「その……先輩とどこに……?」

 

「ちょうどいいわ。永瀬さんに、それに雉子さん」

 

「わ、私……?」

 

「あたいも? ……ちょっとぉ~、マッマ……もしかして自主練とか言い出さない?」

 

 げんなりするヤミにミコはウインクして応じる。

 

「安心なさい。ここから先は、女子だけの秘密の花園……女子会の開催を宣言するわ!」

 

 

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