BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene31 極黒の血脈

 

 宵闇は深く、そして静寂は果てなく続いている。

 

 狙撃銃をギターケースに偽装して背負い、息を切らして合流地点まで到達したその時には既に夜半を超えていた。

 

「……遅かったな」

 

 汗を拭いながら、真っ先に判断したのは謝罪だ。

 

「申し訳ありません……! ここまで苦戦するとは思っておらず……」

 

「言い訳は後で聞く。一撃目で仕留めきれなかったと言う事は、相手は手練れのサヤだな」

 

「ですが、索敵は苦手な様子でした。やはり事前情報通り、それほど強いサヤが潜入していると言うのは考え過ぎではないでしょうか?」

 

「考え過ぎ? 思索を巡らせるのにやり過ぎなんて事はない。それよりも、狙撃の精度があまりにも悪いだろう」

 

 責め立てる論調に少女は首を縮こまらせる。

 

「……夜目が利かなくって……。で、でも! 今度こそサヤを仕留めてみせますから……!」

 

「今度なんてないのだ。一度でも知られてしまえば、敵にとっては別の作戦を取る要因となる。それに、何だ、あれは。確かに援護をしろと言ったが、もっとチャンスはあったはず」

 

「……返す言葉もありません」

 

 まだまだ熟練度の足りない自分に対し、背を向けていた紳士は視線を振り向ける。

 

「……もう少し鍛錬を組まなければいけなさそうだな。それと、あらゆる武器を使えるように」

 

「……あの……! 私、やっぱり刀のほうが……」

 

「刀は最終手段だ。それに、武器を選り好みしていれば勝てる作戦も立てられない。あなたのやれる事はサヤ相手に無数の策を巡らせて勝利する事。それ以外にない」

 

 断言されてしまえば少しだけしゅんとしてしまう。

 

 だが、紳士は自分の肩をそっと叩いていた。

 

「時間は思ったよりも少ない。私が教えられる事も」

 

 モノクル姿で給仕服に身を包んだ紳士の片耳は斬り落とされている。

 

 かつて、サヤとの戦いで失ったと言われている片耳には鮮烈は傷痕が残っていた。

 

「……あの、何で私なんですか……? だって、コープスコーズや他の部署の戦闘員にもっと適切な人間が居たはずで……」

 

「私を――九頭を引き継ぐのに、あなたは的確だったと言う事だよ。それ以外にない。第一、もっと強くならねばあなたとて襲名は難しいでしょう。――殯レイ。あなたは順当に、そして鍛錬を欠かさずにやればよろしい」

 

 レイはその言葉に戸惑う。

 

 確かに平時は九頭の右腕として助力しているが、それでも戦闘の助けになるかどうかで言えばかなり怪しい。

 

 狙撃も上手くいかなかったから、サヤを取り逃がしたのだ。

 

「……そういえば、仮面の……ファントムは放置していてよろしいのですか?」

 

「ファントムは衝動のままに血を啜っている。どこかで頭打ちも来るはず。その時に始末出来ればよろしい。問題なのは、我々が関与する前にサヤが新たな勢力を呼び込んでくる事だろう」

 

「サヤは……機関はやはり、中央庁に切り込んでくるのでしょうか? だって、圧倒的に不利なのはあちらなのに」

 

「そうと分かっていても、我々は長年戦ってきた。……相手の抵抗がここで終わりとも思えない。潜入していたサヤは一人で間違いないか?」

 

「あ、……ええ。敵は一体でした。ですが、どう足掻いても相手の手段は少ないはず。私達がそこまで神経を張り詰める必要性も――」

 

「レイ。サヤは翼手人類にとっての唯一の毒。彼女らは本能を飼い慣らし、血の力で滅びを招く。そうなってからでは遅いのだ。私達は、文人様を守らなければならないのだから」

 

 そうだ、自分は――九頭をいずれ引き継ぐのならば七原文人を守護せねばならない。

 

 その重責に今から身震いする。

 

 楽園の王、全てを調停する存在の絶対警護など可能なのか。

 

「……自身の力を見誤るなよ。私も教えられる事には限りがある。もっと強くなりたければ鍛錬を欠かさない事だ」

 

 九頭の言葉は厳しいが、その中には自分のような少女を後継者に選んだ優しさも滲んでいる。

 

 老練とは言え彼も人の子だ。

 

 自分に期待しているのだろうか。実力も乏しい、こんな自分に。

 

「……その、先生……。私はどうすれば、もっと強くなれるでしょうか……?」

 

「経験を積むしかない。それが最短で、なおかつ最速。あなたはもっと、世界の見方を変えるべきだ」

 

 世界の見方――そう言われてもピンと来ないのは自分が愚鈍だからだろうか。

 

「……そ、その……っ! 頑張り、ます……」

 

 言葉尻が下がってしまったのは我ながら情けない。

 

 それでも、九頭は責めなかった。

 

「サヤは必ず殲滅する……それが急務なのだから」

 

 その身に宿した殺意は彼に付き従っていても身体の芯から恐れが這い上る。

 

 それほどまでの苛烈なる殺気と、そして楽園への忠誠心。

 

 自分はそこまで思い切れるだろうか、とレイはギターケースに仕舞った狙撃銃を意識する。

 

 長距離とは言え、サヤと相対した瞬間、自分の中には恐れがあった。

 

 あの刀が届くはずがない距離だと言うのに、真紅の瞳に呑まれるかのように背筋が凍ったのを思い出す。

 

 それほどまでにサヤは脅威。

 

「……先生っ。私にもっと……もっと教えてください。サヤを殺す、術を……」

 

 九頭は目線を振り向けてから、自分の眼差しを確かめる。

 

「……焦る事はないと思っていたが……強さを極めるのならば早いほうがよろしい。いいでしょう。明日の朝五時から鍛錬を行う。遅れないように」

 

 それだけを言い残して立ち去っていく九頭の背中に、レイは頭を下げるばかりであった。

 

「絶対に……サヤを殺し尽くす……ために」

 

 

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