BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene34 仮初めの絆

 

 何回かライブラリを閲覧したが、やはりそれらしい情報は見つからない――そう結んでキリエは背筋を伸ばしていた。

 

 そもそも翼手四十体の足取りも不明のまま、あの時会敵した上級翼手は確か、こう名乗っていたか。

 

「……キサラギ、ヨスガ……」

 

 どうして自分と同じく更衣の名前を名乗っているのか。

 

 それとも単なる翼手なりの意趣返しのつもりなのだろうか。

 

 いずれにせよ、今の自分にとって必要なのは情報と時間だ。

 

 エメトピア中央庁はあらゆる情報網にアクセス可能だったが、それでも閲覧許可が必須になる。

 

 それは如何に理想郷といえども、他者のプライバシーを足蹴にしていいはずがないと言う倫理観だろう。

 

「……でも、ここまで調べたのに何も出ないなんて……」

 

 正直、上級翼手の種別くらいは出るものかと思っていたが、翼手として確認されているのは、大きく三つ。

 

 一つ目は下級翼手である28号。これはさほど驚異判定には上がらないが、その先となる上級翼手は別だ。

 

 上級翼手には伸びしろがある――そう言っていた人を知っている気がしたが、どこかで仕入れた知識だろうか。

 

 いずれにせよ、上級翼手は遭遇すれば危険視しなければいけない敵だろう。

 

 そのさらに上、騎士の名を戴く最上の怪物――シュヴァリエ。

 

 だが、シュヴァリエはアシッドの敵ではない。

 

 むしろ逆だ。

 

 シュヴァリエは激化する翼手の捕食を押し留めるための、誉れある職業である。

 

 ある意味では毒を以て毒を制すとも言えるが、しかしシュヴァリエの出撃記録も片手に収まる程度でしかない。

 

 やはり、上級翼手たる更衣キリエを逃したのは失策だっただろうか。

 

 それとも、もう相手は死しているかもしれない。

 

 もう一つ考えるべきは、理想郷に足を踏み入れた狩人だ。

 

「……姫川、小夜、か……」

 

 自分の事を知っているようであった。

 

 だが、自分はと言えばまるで思い出せない。

 

 何をしたのか、どのような関係性にあったのか――「音無小夜」はどのような人物であったのか。

 

 そして、“SAYA”とは一体何なのか。

 

 ただの病原菌の名前にしてはあまりにも出来過ぎている。

 

 全ての事象の集約する先が、まさにそこであるかのように。

 

「……“SAYA”、それに私達を襲った翼手に、姫川……小夜」

 

 キリエは自ずとアクセス履歴を消しつつ、情報集中室を離脱していた。

 

 コープスコーズの隊長ともなれば、それなりの地位は与えられる。

 

 中央庁の情報網にアクセスする事も。

 

 だが、情報戦を得意としていない自分にしてみればこれもある意味では無駄な足掻きだろう。

 

 やはり、専門家を頼るべきか。

 

 そう考えて一番に浮かんだのはモモカであったが、そもそもC班への所属はモモカにとっての減刑の処置。

 

 それなのに隊長である自分がそそのかして彼女の罪を重くするわけにはいかない。

 

 キリエの足は本部施設の情報集積を担当する部署へと赴いていた。

 

「どうかなさいましたか? 更衣隊長」

 

「あ、その……依頼をしたいって言うか……個人的なものなんだけれど、大丈夫ですかね……?」

 

「問題ございません。更衣隊長のアクセス権ならば、A相当の情報へのアクセス権が与えられています」

 

 A相当がどこまでのものなのかは分からないが、キリエは自然と声を潜める。

 

 周囲で事務作業を行うのは、同じような赤髪を一つに結った、同じ顔をする受付嬢達であったからだ。

 

 何だか、一人に露呈すれば全員にバレてしまいかねないが、それでもキリエは目の前の受付嬢に委託する。

 

「その……調べて欲しいワードがいくつかあって……」

 

「検索ですね。では、仰ってください」

 

 受付嬢は顔色一つ変えずにキーをタイピングする。

 

「……じゃあ、“SAYA”に関して、まずは……」

 

「“SAYA”は中央庁が二年前に収束を宣言した病理です。二十歳未満の少女にのみ罹患し、死に至る病とされてきました。その死亡率は百パーセント。空気感染ではなく、何らかの接触感染だと思われています」

 

「その……そっちの“SAYA”も、何だけれど……」

 

「そっちの、とは? 検索ワードを正確に入力してください」

 

 どうにも受付嬢は冗談や、あるいは柔軟性に欠けているようであった。

 

 キリエは頬を掻きながらワードを追加する。

 

「じゃあ……機関、だとか、後は……“SAYA”感染者の処遇について、分かっている限りの事をお願いします」

 

「機関、と呼称されているのは我々、中央庁、アシッドと敵対しているテロ組織です。機関は様々な危険兵器を保有し、それによって数多の破壊行為に手を染めてきました。今日のエメトピアの安全を揺るがす、危険な存在であるのは疑いようもありません。ですが、機関はくしくも二年前の、“SAYA”収束時から表立った行動は見られなくなりました」

 

「それって……“SAYA”と機関は何か……関係があるって事……?」

 

「質問の体を成していません。関連ワードにするのには、双方の関係性は薄く、意義はないと判定します」

 

「あ、うん……。そうかもしれないんですけれど……ね? もしかして、関係があったり……? とか」

 

 受付嬢は呆れた様子もなく、キータイピングの手を休めもしない。

 

「関係性がある可能性は六十パーセント以下です。このレベルの議題を検索するのに、更衣キリエ隊長の権限は足りていません」

 

 つい先刻はA相当と言われればかなり貴重な情報も得られるかと思ったものだが、こうして突き付けられると大した実績でもないようだ。

 

「……じゃあ、その……ワードを変えます。その、私……更衣キリエに関して」

 

「ご本人で分かっている以上の事を私達が返答出来るとは思えませんが」

 

「それは……それは分かってるんだけれど……聞かせて欲しいんです。私はアシッドで……どういう風に規定されているのかを」

 

 更衣ヨスガの存在に意義を揺さぶられているせいかもしれない。

 

 あるいは、この身一つを持て余すか。

 

 自分がどういう人間で、どういう経歴を辿り、そしてどういう存在として見られているのか――ここで確定しなければ自分自身がまるで泡沫のように弱々しく思えてくる。

 

「コープスコーズC班隊長、更衣キリエ。二年前から以前の記憶は存在せず、記録に関しても然り。戦闘能力はC班でトップ成績。現状、コープスコーズにおいて、翼手の撃破率は七割以上。ですが、そもそも中央庁に出現する翼手は28号の下級翼手が多く、スコアは停滞」

 

「……私は別にスコアが欲しいわけじゃないから、ね……」

 

「シュヴァリエ、マハラル様が身元引受人として、父親と記録されています。加藤総督から幾度となくメンタルケアを受けており、精神面、肉体面における齟齬は見られません。これ以上必要ですか」

 

 受付嬢の詰問は想定外に冷たくって鋭い。

 

 ここで取り下げかけて、キリエはある疑問に突き当たる。

 

「……あ、でも……ちょっと待って。私の戦闘能力に関して、前々回と前回のデータは? どこに保管されているの……?」

 

「更衣隊長の戦闘データは中央庁のデータベースに厳重保管されています。私達でさえも、その詳細は伝えられていませんが、何故です?」

 

「……戦闘中とはいえ、私は何度も不明瞭な現象を引き起こしている……。これ以上、C班の面々に不安の影を落とすわけにはいかない」

 

 受付嬢は全員が同期されたかのようにこくりと頷いた後に、その指先で情報を精査する。

 

「なるほど、納得出来る理由ですね。では、こちらを」

 

 受付嬢が差し出したのは特殊な防壁が施された端末である。

 

「……これは?」

 

「更衣隊長の過去の戦闘データから算出した、意識が途絶えていた時間内における戦闘経験値を疑似再現したものです。前回と前々回の戦闘データそのものではありませんが、シミュレーションは八割以上の再現度を誇っています」

 

 要は自分が死んだ瞬間をモニターは出来ていないが、その有り様を中央庁の膨大なメタデータで予測する事は可能だというのだろう。

 

「……予測データでしかないこれを……どこまで信じていいか」

 

「ですが、今渡せる最大限の譲歩です」

 

 受付嬢達に感情があるのかどうかは分からない。

 

 分からないが、彼女らなりに気を遣ってくれているのだけは分かる。

 

「……その、一個だけ」

 

「何でしょうか?」

 

「……ありがとう。便宜を図ってくれたみたいで……」

 

「心配は要りません。私達はあなた方コープスコーズを支えるためにだけ存在するのですから」

 

 まるで取り付く島もない受付嬢の返答だったが、それでも自分を信じてくれているからこそ端末を寄越してくれたのだろう。

 

 身を翻したキリエは端末を起動させる。

 

 中央庁のデータベースに直結したシステムへと個別認証を行い、キリエは再現データとやらをカフェで算出する。

 

 モモカの証言を信じるのならば、自分が「死んで」いた数分間――何が起こったのかを探っていくにつれ、討伐された28号翼手の異様さに勘付いていた。

 

「……これ、何か変……。だって、翼手は……」

 

 その答えに至った瞬間、キリエは個人用の端末でコールしていた。

 

『おっ、どうしたのよ。隊長自らなんて』

 

「ミコ隊長。……個人的な質問ですが、翼手が予め罠を張っておくために電車で待ち構える……ある側の筋だと思いますか?」

 

『個人的な心象を言うのなら、それはあまり考えられないわね。……そもそも、中央庁で翼手が罠を張るというのが――』

 

「そう。理解と言うよりも想像出来ない。翼手は私達だけじゃない、“SAYA”も警戒しているはずです。だって言うのに、モモカちゃん……永瀬隊員が遭遇した三体の28号翼手はまるで最初から待ち構えていたかのように会敵しているんです」

 

『その異様さを、どう説明するか、よね?』

 

 ミコは心得ている様子で、キリエは先を促す。

 

「永瀬隊員はこの日、帯刀許可を取り付けています。しかし、この作戦に出なかった可能性も高い。だというのに、初手から当たりを引くのは……」

 

『出来過ぎている、か。……今、中央庁の息がかかった場所には……』

 

「今はカフェからかけています。ですが、私が持っている端末の通信記録は傍受されていてもおかしくはありません」

 

 ミコは通話口で少しだけ思案した後に、よしと決意する。

 

『キリエ隊長。ちょっとこれから指定する場所まで来てくれる? ルートは送るから』

 

「……構いませんが、大丈夫なんですか?」

 

『任せて。こういう時に秘密の会話をするのなら打ってつけの場所を知っているから』

 

 端末に地図情報が送信され、キリエはカフェを後にする。

 

 ミコが示したのは裏通りをいくつか折れた後にある小さなダイニングバーであった。

 

 緑色の照明が証明が網膜の奥に突き刺さってくる。

 

 店内の曲は最近のヒットチャートとはまるで異なる、静かな調べであった。

 

 これを確かジャズと呼ぶのだったか、とキリエが首を巡らせているとカウンター席でミコが手招く。

 

「来てくれたわね。時間もぴったり」

 

 ミコが掲げていたのはウイスキーのロック割りだ。

 

 キリエは隣に座り込み、そっと語りかける。

 

「勘繰ると何が起こるか分かりません……。慎重に行きたいところなんですが、私だけでは厳しくって……」

 

「分かってるってば。マスター、この子にも同じのを」

 

「……未成年ですよ?」

 

「それも分からないじゃない。大丈夫、見た目だけならそれっぽく見えるし」

 

 度数の高いウイスキーが差し出され、キリエは少しだけ口に含む。

 

 鼻孔の奥から突き抜ける重い香りと、喉奥に落ちていくアルコールの独特の苦さ。

 

 やはり、苦手だと思いつつキリエは用件を伝える。

 

「……あの、ここを選んだ理由はあるんですか?」

 

「もちろん。あたしの行きつけだからね。さしもの中央庁でも、個人的なお店にまで監視カメラを置いちゃいないわよ」

 

 そう言えば、このバーの外観は中央庁にしては珍しく景観条例の範疇外のようであった。

 

 白ではない建築物は久しぶりに見たほどだ。

 

 雅にカランとグラスを傾けて一気に喉に酒を流し込んでから、ミコは口火を切る。

 

「中央庁はあんたを中心軸に、色々と暗躍しているみたいね。上級翼手相当の再生能力に、他を圧倒するだけの戦闘のセンス。どれもこれも、ずば抜けていると言わせてもらいましょう。ただし、当の本人であるあんた自身には自覚はなし、か」

 

 言われた通りであったのでキリエは情けない気持ちで首肯する。

 

「……その、私は何なんでしょうか……。だって、最初から強いのなら、モモカちゃんを守って死ぬ事もなかったんですし、前回の戦闘だってC班のみんなに迷惑をかけました。……これ以上、自分の弱さで誰かを失いたくない……! 猿渡君だって、そう。私がもっと早くに着いていたら、助かったかもしれないのに……!」

 

「かもしれない論を持ち出すのはよくないわね。それに、タツヤ君は立派に戦ったうえでの名誉の負傷よ。あまり隊長が否定するものでもないんじゃない?」

 

 諫められてキリエは反省してしまう。

 

 タツヤは確かに、C班の仲間達を守るために自分に出来る精一杯で戦い抜いたのに、それを否定するなど隊長失格だ。

 

「……すいません、私……」

 

「謝るんなら、タツヤ君に申し訳なさを感じたほうがいいわね。それと、これ」

 

 ミコが封筒を差し出す。

 

 訝しげにキリエはそれを開くと、タツヤがこれまで引き取ってきた猫達の処遇が収められていた。

 

「……これ、猿渡君の……?」

 

「もしもの時に誰かが世話をするか、出来ないなら、一匹一匹の引き取り手を、ってね。彼は優しいから、この仕事をやるに当たって、猫達の事をちゃんと考えていたのね」

 

 もしもの事――それはコープスコーズとして戦うに当たって、常の覚悟でもある。

 

 翼手に殺されるかもしれない。

 

 いや、それどころか、もっと別の死に方があるかもしれない。

 

 惨たらしく、そして醜悪に。

 

 自分だけが大丈夫などの保証はないのだ。

 

「……猿渡君、ちゃんと考えていたんだ……」

 

「C班の子達はみんないい子だと思うけれどね。あたしの担当するB班はちょっと曲者って言うか、戦闘に関してで言えばかなりいい線行っているんだけれど、どうにもね。プライバシーに関してはどうしても無頓着って言うか」

 

「ミコ隊長は……どうやって付き合っているんですか……? ……だって、コープスコーズを率いるってすごく大変で、すごく難しくって……けれどみんなの事を一番に考えたくって……。頭ごちゃごちゃになっちゃうんです。どうすれば最適なのかって。どうすれば……最善なのかなって……」

 

 こうして弱さを吐露するのは初めてかもしれない。ここに来るまで誰一人として見せなかった側面であった。

 

 弱ければ死ぬ――当然の摂理だ。

 

 かといって、強ければすべて守れるわけではない。

 

 強いのならば、自分の事くらいは出来て当然なのに、それでさえもマハラルとC班の皆に頼っている。

 

 結局のところ、自分の身一つでさえも飼い慣らせていないのだ。

 

「……あんた、結構ワガママだね。そういうの、もっとフラットに考えたほうがいいわよ。運がよければ生き残るわけでもなければ、運が悪ければ死ぬわけでもない。どっちに転がるかなんてダイスの確率みたいなものなんだからさ。気楽に構えなよ」

 

「……ミコ隊長……は、大人なんですね」

 

「それも当たり前。お酒が飲めるようになったら少しは世の中醒めて見えてくるわよ」

 

 ミコは酒を口に運んでから、そういえばと切り出す。

 

「あたしの事、何でキザハシ、なんて呼んだの?」

 

 初対面で全く別の人間の名前が浮かんできたなど初めての経験であった。

 

 だが、キリエ自身、その理由は分からないため頭を振る。

 

「……分かりません。何となく、ミコ隊長の顔を見た時にキザハシさん、って……何でなんだろう……」

 

「ねぇ、今もそう思う? あたしがキザハシだって」

 

 息がかかる距離まで顔が近づき、キリエは当惑する。

 

 ミコの相貌は整っており、茶髪を短く切り揃え、その瞳は少しだけ勝気に映っていた。

 

「いえ、あの……」

 

 何も言えないでいると、ミコはそっとこぼす。

 

「……キザハシ、これはデータと言うか情報でしかないからあまり真に受けて欲しくないんだけれど」

 

「あ、はい……。何ですかね……?」

 

「サヤ、知っているわよね?」

 

 ミコが問うているのは二度も会敵した狩人であるサヤだろう。

 

 ――姫川小夜。

 

 その名前に心当たりはない。

 

 だと言うのに、彼女には何か自分に対して知っているものがあるように映った。

 

 刀を手に、獣を狩る討滅者。

 

 自分達と近い存在でありながら、その思惑も立ち位置も謎に包まれている。

 

「……中央庁が二年前に収束宣言を出したはずですよね……?」

 

「そうね。確かに表立って“SAYA”感染者は消えたはずだった。けれど、その実は“SAYA”の脅威は消えていない。どこかで誰かが今日も感染し、そして死んでいる。……けれど、その情報が誤りならば?」

 

「ミコ隊長……?」

 

 意図が不明な問いかけにキリエは首を傾げる。

 

 ミコはグラスの淵をなぞりながら、その眼差しを鋭くさせていた。

 

「……もし、まだ“SAYA”感染者は生まれ続けていて、そして感染者の致死率が百パーセントであった事そのものが偽りだったとすれば……」

 

「で、でも……! 中央庁が嘘を言う理由が……!」

 

「それがあんたの遭遇したサヤを名乗る少女……翼手を殺してみせる存在に集約されるとすればどう?」

 

「翼手を狩る存在……?」

 

「偶然の一致とは思えないのよ。“SAYA”とサヤ。そしてその情報筋で言えば、かつて中央庁に反旗を翻した存在が居ると、小耳に挟んだ事があるわ。ロンギヌス機関、と言う」

 

「ロンギヌス機関……」

 

「彼らは実戦兵器として、“SAYA”感染者を運用し、そして一人一人、コードネームと言える名称を与えられていた。中央庁に残っている名前は、三つ。雨宮小夜、階小夜、そして……音無小夜」

 

「オトナシ……サヤ……」

 

 どうしてなのだろう。

 

 この時、その三つの名前に馴染んだものを感じたのは。

 

 殊に「音無小夜」という名前にはまるで他人事とは思えなかった。

 

「キザハシ、とあんたが言ったのは、あたしがもしかしたら機関のサヤにとても似ているからかもしれない。いいえ、荒唐無稽な話なら、あたし達は元々、サヤだったのかもしれないわね」

 

「……私とミコ隊長が、ですか……?」

 

「だって変じゃない? 死体兵団、コープスコーズ。既に死んだと規定されている人間達を率いるなんて。一般的な中央庁の人材をあてがうとは思えないのよ。それこそ、この三人のうち、あたしは階小夜であったのかもしれない。あんたは……雨宮小夜か音無小夜かは分からないけれど、かつてサヤだった。だから、二度も謎の制服の少女と行き会っている」

 

 姫川小夜を名乗った少女と自分は同類であったのだろうか。

 

 だが、まるでしっくりくる気配はない。

 

 かつてサヤとして翼手と戦っていたという空想も。

 

 まして、サヤであったとしても自分はでは、その記憶を全て失って中央庁のコープスコーズC班の隊長である事も。

 

「……信じられないのは分かるわ。けれど、あたし達は多分、特別なのよ。そうじゃなくっちゃ、何でコープスコーズなんて言う、特一級の秘匿事項に噛まされているんだか分からないでしょう。中央庁はあたし達が本当の記憶に目覚める事を怖がっているのかも」

 

「本当の記憶……けれど、それだって分かんないじゃないですか。それこそ、前世だとでも言うんですか?」

 

「あるいはもっと厄介な代物かもね。前世とか、オカルトならまだいいけれど。……ごちそうさま。今日も美味しかったわ、マスター」

 

 飲み干したミコはブラックカードで支払いを済ませてから、こちらへと一瞥をくれる。

 

「……キリエ隊長。ここでは奢らせてもらうわ。何かと借りを作っておいた方がよさそうだし……それに、あんた自身、思うところもあるんじゃないの? 自分の記憶に、何者なのかって」

 

 自分自身が何者か。

 

 それはまるで氷解する気配のない命題であった。

 

 自分が何者か分かっていれば、どこにも迷わずに済む。

 

 だと言うのに、致命的に欠けた記憶の齟齬と、そして自分でも説明出来ない力。

 

 正直に言えば、その力が恐ろしい。

 

 誰かを傷つけてしまうかもしれない、否、既に傷つけているのかもしれない。

 

 その時――報いる事は出来るのだろうか、と。

 

 思索にふけっている途中で、キリエの端末がコールされる。

 

「……失礼。どうしました……?」

 

『更衣隊長。ファントムが出たようです。今、どこに居られますか?』

 

 受付嬢の冷徹な声にキリエは身を強張らせる。

 

「……ファントム……! えっと、あの……今、ちょうどミコ隊長と一緒で……」

 

『なら、ちょうどいいですね。依代隊長と更衣隊長、コープスコーズの隊長同士、現場へと急行してください。既にC班には通達済みです』

 

 しかし、今しがたアルコールを摂取したばかりのミコに務まるのだろうかと思っていると、彼女はカプセルを飲み込んでいた。

 

「アルコールに関しては心配しないで」

 

 その言葉を受けてキリエは問いかける。

 

「……その、ファントムの犯行状況はこれまで通り……」

 

『はい。死体の損壊が激しいため、同一犯だと考えられます。実況見分は処理班や鑑識にも任せていますが』

 

「……分かりました。C班の隊長として、これから向かいます」

 

 立ち上がってキリエはミコへと視線を合わせる。

 

 ミコはウインクしてから、自身の端末に同期される情報を精査する。

 

「……そうね。もし……ファントム事件が何か、翼手達にとって意味があるのだとすれば、それを追跡する事が今は最短かもね」

 

「……行きましょう」

 

 これ以上の被害が出る前に早急に動き出さなければ。

 

 バーを後にしたキリエは襟を整え直し、タイを絞めていた。

 

 

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