BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene35 追跡

 

 ファントム事件に関して、モモカはある程度の情報の共有化を行っていたが、それでも凄惨な現場には胃液が逆流しそうになる。

 

「遺体は一つか」

 

 アオがそう結んだのは散乱した臓腑や血飛沫の激しさからだろう。

 

「……うん。けれど、何だか変な感触が付きまとうね……」

 

「血の臭いがばらけている。いや、これは確証を持っての散漫か。ファントムはオレ達に追跡させるような間抜けではなさそうだな」

 

 頭部を潰され、臓物を引き出された遺体にモモカは合掌してから、処理班に問いかける。

 

「この人の身柄は?」

 

「今のところ少女である事くらいしか……。そもそも、ファントム事件の規則性からして……」

 

「被害者は全員、少女と言っても差し支えのない年かさ。しかし、暴行を受けた様子もなく、ましてやその頭部は常に叩き潰されている。……ファントムがヒトをヒトとも思わない所業の持ち主なのか、それとも何らかの符丁であるのか……」

 

 アオは被害者の身元の洗い出しよりも、この犯行に何の意味があるのかを探っているようであった。

 

「犬神君。もしかして、ファントムはわざとこうしてターゲットを絞る事で、本命を避けている可能性もあるんじゃ……?」

 

「木を隠すなら、理論か。だが、既に十三人目だ。この中に本命があったとしても、それを探るだけの時間も惜しい。恐らく、ファントムにとって殺人はさほど有効な手段ではないのかもしれない」

 

「……それは、殺す事そのものが最終目標じゃないって事?」

 

「あるいは、別の意味があるのか……」

 

 そこでアオが言葉を切ったのは封鎖線を超えてきたキリエとミコを発見したからだ。

 

「はいはーい、散った散った。こっからはコープスコーズの領分ですよっと。……今回の仏さんも酷い有様ねぇ」

 

 ミコが先陣を切って指揮を執る中で、キリエは被害者を見据えてどこか苦しげに顔を歪ませる。

 

「……こんな事を許しちゃいけない……。モモカちゃん、分かった事を教えて」

 

 キリエは手早く情報の共有化を行い、今の自分に必要な仕事に取り掛かる。

 

「……はい、先輩。どうやら被害者は偶発的に選ばれたようです。今、遺留品から算出されたのが……」

 

 目の前で頭部を叩き潰された遺骸と、投射画面上に映し出された少女の相貌を見比べる。

 

 どこにでも居る少女であったが、ファントムがこれまで獲物に選んできたのはどれもこれも、規則性はない。

 

 ただ、少女である事。

 

 そして、一人になった一瞬をついての犯行である事だけだ。

 

 しかし、中央庁で隠れ潜む事は事実上不可能である事は明白であり、如何に翼手の潜伏能力だろうとも頭打ちが来るはず。

 

 ――だと言うのに、十三人。

 

 いたいけな少女が殺され、こうして血肉を貪られている。

 

「更衣隊長。ファントムの手口として、一つ見られる事があるとすれば」

 

 アオの提言にキリエは首肯する。

 

「……最悪露見する事を、恐れていない、だよね?」

 

 軽く頷き、アオは遺体を見直す。

 

「普通、翼手は自身のハーレムが割れる事もそうならば、正体に近づかれる事を嫌います。だと言うのに、ファントムにはそれがない。その傾向から、ファントムは自制の効かない、28号に近いものだと推察されます」

 

「ちょっと待って、アオ君。……28号翼手がここまで逃げ隠れ出来るとは……」

 

「当然、思えません。しかし、お忘れかもしれませんが四十体の翼手は我々の監視網を掻い潜り、そして多数の犠牲者を出したのです」

 

 まるで暗にキリエの采配を責めているようであったが、それも致し方なし。

 

「……どこかで翼手同士のネットワークが密になっているとでも……?」

 

「そう思うしかないでしょうね。それとも、我々の知り得ない、翼手の交信手段が遺されている可能性もありますが、そちらのほうがあり得ないでしょう」

 

「よーし! つまるところ、これまで通り地道に、それでいてこれ以上犠牲者を増やさないようにって言う方針なのは、いいかしらね?」

 

 ミコの割って入った言葉にアオは静かに舌打ちしていた。

 

 大方、自分先導で捜査を回したかったのだろう。

 

「……構いませんが、依代隊長。やれるんですか? この状況から、被害者の傾向を割り出す事なんて……」

 

「そう? 意外と難しくないとは思うけれどね」

 

 まさか、ミコがそのような大言壮語をのたまうとは思っていなかったのか、アオは目を見開く。

 

 それはキリエも同じようであった。

 

「……あの、けれどそんなすぐには……」

 

「いや、分かる範囲があるとすれば、三つほど。女の子ばかりを狙う理由だけれど、これは真正面からじゃ、逃げられてしまう可能性があるからじゃないかな? しかも被害者は皆、一息に頸動脈をやられてからその血肉を喰われている。これってつまり、ファントム自身の能力はそれほど高くない現れなんじゃない?」

 

「……戦闘能力が低いからこそ、こうしてメッセージめいた血文字や、食い散らかしが酷い、というわけですか」

 

「そう見るのが自然かもね。でも、ここまで身を隠す事が出来ているのは同時に上級翼手相当と見る事も出来る」

 

「あれ……? 矛盾していませんか、ミコ隊長……」

 

 キリエがおずおずと挙手すると、ミコは困り果てて後頭部を掻く。

 

「そうなのよねー……。何なら分かりやすく、目の前に現れでもしてくれればやりやすいんだけれど」

 

「それなら……ヤミちゃんなら」

 

 キリエの提案を察したのか、アオは見るからに不機嫌になる。

 

「……あのごく潰しに仕事を与えてやるって言うんですか」

 

「ご、ごく潰しなんかじゃないよ……。前回だってヤミちゃんの提案だったんでしょう?」

 

「それは……仕方ない流れです」

 

 アオはつっけんどんな態度を取っていたが、自分へと視線を流す。

 

「……連絡、だよね。今繋いでみる」

 

 数コールの後にヤミが出るが、何やらノイズがうるさい。

 

「あれ? もしもしヤミちゃん? 今どこに居るの……?」

 

『どこってちょっとカラオケに……なに? もしかしてのっぴきならない事が起こってる感じ?』

 

「うん、そうなんだけれど……マップ共有するから現場まで来てくれる?」

 

『はぁー……しょーがないなぁ。じゃあ今から行くから待ってて~』

 

 キリエへと了承の眼差しを送ると、彼女は首肯していた。

 

「ヤミちゃんが到着次第、ファントムの足取りを追おう。一人でも犠牲者を減らすために……それに、ヤミちゃんの力ならすごく早く解決出来るかも」

 

「……そうそう上手くいくものですかね。オレは懐疑的ですけれど」

 

 アオは実況検分を済ませながら、端末に現場状況を纏めている。

 

 こういうところで悪びれない真面目さがあるのだな、と少しだけモモカは微笑ましくなる。

 

「ところで、モモカちゃん。そう言えば実地試験の日程って明日じゃなかったっけ?」

 

 その言葉にモモカはハッとする。

 

 コープスコーズC班のメンバーとして数か月に一度の戦闘訓練があるのだ。

 

 自分は毎回、最低スコアを叩き出しているのでここ一番で好成績を収めたいところだったが、生憎と現状の事件を追いながらでは不可能だろう。

 

「……あっ、えっと……どうしましょうかね」

 

「事件が最優先でしょうね。あたしが口利きしてあげるけれど?」

 

 まさかミコからそのような事を言ってもらうのは想定外で、モモカは委縮してしまう。

 

「えっ……いいんですかね……」

 

「いいいい。タツヤ君を欠いているんだもの。一人でも居ないのはきついでしょ?」

 

 そう言えばミコはタツヤと猫でプライベートでの交友もあったか。

 

 こういった時に案外、人間関係は上手く進むものだ。

 

「ミコ隊長。ヤミちゃんは三十分後にはここには来ると思います。その時に……」

 

「そうね。あたしも初めて見るかも。あれだっけ? 訓練生時代に話題になった“鷹の眼の雉子ヤミ”見せてもらおうじゃないの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファントムは街頭に紛れつつ、先ほど貪った少女の血の香りを口の中で反芻する。

 

 ――だが、やはり足りない。

 

 どうあっても、理想の血には及びもつかない。

 

 力も、衝動も、己を衝き動かす劣情も。

 

 何もかも足りていないのだ。

 

 よろめくと、市民と肩がぶつかる。

 

「おい、気を付け――」

 

 サラリーマン風の男が注意を飛ばそうとしたその瞬間、ファントムは仮面の奥の深紅の瞳を細める。

 

 その交錯だけで、男の肉体が震え、やがて口元から涎を垂らす。

 

 自我を奪われた男へと、ファントムは頭を押さえ、脳髄ネットワークに潜り込む。

 

 男の自我を漂白し、その内側に潜ってこれまでの数十年間蓄えてきた自我と人格を全て消し去り、後に残ったのはファントムの思い通りの人形だ。

 

 寄り掛かってきたサラリーマンを交差点の向こう側まで運び、ファントムは指先を切っていた。

 

 その血を経口で飲ませると、男の肉体が脈打つ。

 

 しかし、それもほんの一瞬の事。

 

 肉体を投げ出した男に対し、ほとんどの市民がただの酔っ払いだと思う事だろう。

 

 ファントムは男の耳元へと囁く。

 

「僕の人形になってくれ」

 

 その一言で男の眼光に真紅が差し込み、不自然な挙動で立ち上がる。

 

 ファントムはそろそろ敵が動き出す頃合いだと言う事は分かっている。

 

 当然、ここまで食い散らかしてきた。

 

 これは何も狩人を呼び込む意図はなかったが、これまでの経験則上、誰も追ってこない事などないはずだ。

 

 ならば、出てくるのは必然――。

 

「……“SAYA”……」

 

 恩讐そのもののような言葉を吐き、ファントムは街並みに埋没していく。

 

 どれほどの醜悪な夜を超えたとしても、どれほどの眩い朝を迎えたとしても同じだ。

 

 ――翼手はサヤに狩られる。

 

 その理から逃れる事は出来ない。

 

 だが、同時に言えるのはサヤが翼手に常に勝てるとは言えない、という事実。

 

 常勝のサヤなど存在しないはずだ。

 

 だからこそ、ファントムは餌場を使ってサヤを誘い出していた。

 

 サヤとの決着はどうあっても自分の手で付けなければいけないだろう。

 

 しかし、その理由は霞んでいる。

 

 まるでその部分だけ欠落してしまったかのようだ。

 

 宿命的な血の呪い。

 

 サヤの血だけが翼手を殺す。

 

 それは分かり切っているのに、サヤをどうして誘い込んでまで抹殺しようとしているのかが分からない。

 

 通常の翼手ならば、喰い場を荒らされる事こそが恐れるべきだと言うのに。

 

 ファントムに恐れはない。

 

 むしろ、これは運命的な邂逅だ。

 

 サヤに会える――否、サヤと殺し合える。

 

 それだけで脳内は恍惚に満ちていく。

 

 自分が一体、サヤに関して何を知っているのかもおぼろげだと言うのにそれは確かな衝動だ。

 

「……僕は……小夜を、殺す……!」

 

 

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