BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene36 正義の味方

 

 三十分後に訪れたヤミは上着を着込んでおり、元々ぽっちゃりとしている彼女の見た目をより補強している。

 

「うぅ~っ、寒ぅ~……よくイッヌは平気そうな顔をしてやれんね~」

 

「支給されているコートを羽織れ。あれで防刃効果もある上に、少しは冬でもマシだろうに」

 

「うへぇ~、あたいさ、あれ苦手なんだよねぇ~。コート着るとダボダボになっちゃう」

 

 文句の多い輩だ、とアオは愛想を尽かしてから、キリエ達に促す。

 

「こういう奴です。役に立つとは思えません」

 

「な、なにをぅ~! イッヌ、あたいを舐めてるんですね、分かります」

 

「で、でもさ! ヤミちゃんじゃないと出来ない仕事だし! 犬神君、とりあえずは任せようよ」

 

 モモカの仲裁で少しは留飲も下がったが、それにしてもヤミの力だけではどうにかなるとはまるで思えない。

 

「ヤミちゃん。この人なんだけれど……」

 

「うぇっ! キリエマッマ! 死体はノーサンキュー! ……ってか、酷い有様だなぁ~。こんなのグロ注意だぜ~?」

 

「オレ達はコープスコーズ、死体兵団だ。今さら生き死にがどうのこうのって言っている場合か」

 

「分かってるってば~。相変わらずイッヌは冗談通じないよなぁ~」

 

 苛立ちを覚えつつ、アオはモモカへとヤミの処遇を任せる。

 

「……永瀬、さっさとやらせろ。時間は有限だ」

 

「あっ、そうだね……。ヤミちゃん、いつもの、出来るかな?」

 

「いつものってあれかい? 訓練生時代、“鷹の眼のヤミ”と呼ばれた、あれかい?」

 

 ヤミは分かっていて言わせたがりなのだろう。

 

 ふふんと得意げになるヤミにミコが言いやる。

 

「けれど、もうとっくにファントムの反応は消えているのよ? 本当にここから追跡が出来るの?」

 

「失礼だなぁ~。……えっと」

 

「B班の隊長の依代ミコさん」

 

 モモカが補足すると、ヤミは途端に胡乱そうに眉根を寄せてミコを観察する。

 

「な、なに……? どうかした?」

 

「……いや、何か……。懐かしい匂いがするって言うか……」

 

「ミコ隊長は討伐数が私達とは段違いだから、それかもしれないね。でも、ヤミちゃん、ちゃんと集中しないと出来ないんじゃ?」

 

「ちっちっちっ……キリエマッマは甘いなぁ~。まぁ、甘いくらいがあたい的にはちょうどいいんだけれどさぁ~。これでも一応、C班の一員として努力はしているんだよねぇ~」

 

「じゃあ、とっととやれ。時間は有限だぞ」

 

「言われなくったって分かってるってば~、イッヌ~」

 

 ヤミが現場に残されていた血文字へと両手を翳す。

 

 その途端、ヤミの頬に赤い文様が走っていた。

 

 瞼を閉じ、ヤミは血文字から得られる情報に集中している。

 

 これこそがヤミの持つ固有能力である、超索敵能力である。

 

 過去の事件では、セクションを跨いだ翼手を狩るのに貢献した事もあった。

 

 ヤミ曰く、「身体をどびゅ~んって飛ばす感じ。どこまでも意識だけでガンガン行こうぜ!」との事だったが、アオには詳しい事までは分からない。

 

 ただ、索敵に長けた存在は重宝すべき人材だ。

 

 三分間ほどヤミはそうしていたが、やがてふぅと息をつく。

 

「……血の臭いは誤魔化せない。こいつ、まだ中央庁に居るよ。けれど、何だか変な感覚」

 

「変ってのは、どういう意味だ?」

 

「うーん……存在があやふやになってるって感じかなぁ~。元々は一体だったんだけれど、今の感じはまるで掴めねぇ~って感じ。なんて言うの? 分散してるって言うか」

 

 明言化は難しそうであったが、一つはっきりしたのは敵はまだ中央庁に潜んでいる事実だ。

 

「うーん……となると、中央庁でどうすれば索敵出来るかだよね……。四十体の翼手だって倒し切ったわけでもないし、ファントムのほうに注力しろって言われても……」

 

「モモっちさぁ~、もっと物事をフカンで見ないと! このファントムって言うの? こいつの匂いはもう覚えた! あたいなら追跡は可能だぜぇ~」

 

「ヤミちゃん、本当?」

 

 キリエもヤミの能力に関してで言えば多少は懐疑的だ。

 

 それもこれも普段の生活の自堕落っぷりが拍車をかけているのだが、ヤミ自身はそれを嫌味と捉えていない。

 

「おう! 任しとけぇ~! こいつはそう遠くにも行っていないし、何なら区画一つ分も逃げていない。……ってか、逃げるって感じはしないだよねぇ~。この血の匂い……何だか変なんだよなぁ~」

 

「変とは何だ。ハッキリと言え」

 

 急かすとヤミは分かっていないとでもいうように笑みを浮かべる。

 

「イッヌは相変わらずの急ぎぐせだねぇ~。いいかい? 焦ったっていい事なんてないんだぜぇ~?」

 

「……市民の命がかかっている。焦らないほうがどうかしている」

 

「……まぁ、それもそっか。キリエマッマ。こいつ、他の翼手とは違う」

 

「違うって……上級翼手って事?」

 

「う~ん……それも違うかも。何だろ、嗅いだ事ある匂いなんだけれど、どうにも……」

 

「要領を得ない事を言うな。上級翼手じゃなければ何だと言うんだ」

 

「うっさいなぁ~、イッヌ。焦んなって言ってんだろぉ~」

 

 意見をぶつけ合っていると不意にミコが微笑む。

 

「……何か?」

 

「あ、いや……。ちょっとだけ羨ましい現場だなって思って。あたし、隊長だけれど部下とはそういう風に接した事なかったから」

 

「……その、依代隊長。オレは別に、こいつがじゃれてくるから対応しているだけです。羨ましいなんてとんでもない」

 

「な、なに言ってんだよぉ~、イッヌ~。あたいとみんなはファミリーだろぉ~」

 

「ごく潰しに家族呼ばわりされるのもなかなかに不愉快だな」

 

「な、何をぅ~!」

 

 ヤミが両手をグルグルさせて殴り掛かって来るのをその手で制しながら、アオはミコの意見を聞く。

 

「それで、どうしますか? ファントム事件に関してで言えば、相手がまだ遠くに逃げていない事と、上級翼手相当である事が分かりましたが」

 

「うーん、キリエ隊長はどう思う?」

 

「私……? 私は……うん。アオ君、検問を張ろう。その上でファントムをおびき出すために、私とヤミちゃん、それにモモカちゃんで囮になる」

 

 こういう時に即断即決出来るのがキリエの強みなのだろう。

 

 しかし、ヤミは案の定文句を垂れる。

 

「え~……っ! あたい、今晩はダウンロードした新作タイトルで朝までクリア配信するつもりだったのにぃ~」

 

「ごめんっ! ヤミちゃん、今回だけだから! ね?」

 

「……き、キリエマッマがそこまで言うんならいいんだけれどぉ~……イッヌ、埋め合わせはしろよなぁ~」

 

「何でオレだけなんだ。永瀬にでも頼め」

 

「モモっちはそういうの理解あるしぃ~、イッヌだけだろ~? あたいの事、ごく潰し呼ばわりなんてするのぉ~」

 

「実際、どうしようもないだろうが」

 

「まぁまぁ。今は、ファントムを見つけ出す事! 私達で何とかしてみせよ? 犠牲をこれ以上出さないために」

 

 キリエの意見にアオは損壊の激しい遺体へと視線を向ける。

 

 標的が少女ならば、自分はバックアップに移るのが正しいだろう。

 

「……了解しました。オレは男なんで、バックアップしか出来ませんが」

 

「うん、それで大丈夫。けれど、検問って言ったって、すぐには難しいよね……」

 

「それならあたしのほうで持つわ。コープスコーズB班の権限なら、少しは検問じみたものも簡単だろうし」

 

 ここに来てミコの力を借りられるのはありがたい。

 

 キリエは全員の視線を確かめてから、しっかりと頷く。

 

「じゃあ、私とモモカちゃん、それにヤミちゃんは帯刀許可を帯びて囮役。アオ君はもしもの時のためのバックアップをお願い。ミコ隊長は……」

 

「あたしはB班の隊長として、いつでも戦場に割って入れるようにしておくわ。けれど、元々はC班の案件だからね。あまり深入りし過ぎない程度に留めておくけれど」

 

「……助かります。じゃあ、みんな。作戦開始をお願い」

 

 解散の前にアオはモモカへと視線を振り向ける。

 

 その合図でモモカは裏路地へと導かれていた。

 

「……どうしたの? 囮役が心配だって言うんなら……」

 

「依代隊長のフォローもある。それに関してで言えば不安はない。……あるとすれば、ファントムと言う犯人に対してのリサーチだ」

 

「……それは、犯人の精神性だとか」

 

「ここまで被害者は誰もが内臓を貪られ、血は啜り尽くされている。徹底した殺人をしている相手だ。翼手としても相当なレベルに到達している可能性が高い。コープスコーズでも苦戦するだろう。……問題があるとすれば、雉子の言っていた、血の種類が判別出来ないと言う事か」

 

「上級翼手なんだと思っているけれど……」

 

 アオは一拍挟んでから、頭の隅にあった可能性を口にする。

 

「永瀬。もしも……敵が上級翼手を超えた存在だとすれば、オレが前に出る」

 

「上級翼手を超えた存在って……」

 

「分かっているだろう。――シュヴァリエだ」

 

 まさか、とモモカは絶句する。

 

「だってそれは……シュヴァリエって言うのは中央庁に召し仕えられる特別な騎士としての誉れで……!」

 

「表向きには、な。だが、オレは知っている。シュヴァリエもまた、翼手の一種だ。無論、それは中央庁では知る人間は少ない。しかし、もしも、だ。シュヴァリエが相手ならば、オレに前を任せてくれ。この手でシュヴァリエの中でも離反者を殺したとなれば、一足飛びに目標に到達出来る。……オレの生きる目的に……!」

 

「……犬神君は、シュヴァリエに成りたいんだよね? ……詳しい事を聞いていなかったな。どうしてなの?」

 

 アオは逡巡を浮かべた後に、モモカへと口火を切る。

 

「……オレの親が、かつて殺された。シュヴァリエに、だ」

 

 その告白はあまりにも鮮烈だったのだろう。

 

 モモカは息を呑む。

 

「……ちょ、ちょっと待って……! 犬神君のご両親って……」

 

「翼手疑惑、こういう言葉を聞いた事があるか?」

 

「……翼手の、疑惑……?」

 

 アオは天上を仰ぎ、白ばかりの建築物を眺め回す。

 

「その頃、同時多発的に翼手によるものと思しき殺人があった。全ての証拠が、うちの両親に向けられた。無論、罠だと捜査本部は判断していたが、既に被害者も何もかも手遅れになっていた。超法規的措置として――シュヴァリエによる暗殺。それが実行された」

 

「で、でも……ご両親が翼手じゃないんなら――」

 

「オレも分からない。最後の最後まで、親は翼手だったのか、そうではなかったのか。……だが、オレは探し続けている。あの銀色の月下の夜、オレの親を殺した、金髪の黒スーツを。そいつだけを追うために、オレはコープスコーズ施術を受けた。強くなり、そしていずれは……そいつを殺して席を奪うために」

 

 語った過去には一切の誇張はない。

 

 だが、これによってモモカは自分を遠ざけるかもしれないと言う危惧はあった。

 

 ――それでも構わない。別段、誰かに同情されないわけでもない。

 

 そう思っていただけに直後の言葉は衝撃だった。

 

「……私も、この楽園に居場所がないの。おかしいよね、こんなの……。どれだけ普通を装っていても、どれだけ更衣先輩に勉強を教えてもらっていても……。変なの。脳裏を掠めるのって、ハッキングで危ない真似に出ていた頃の……快感みたいなのなのかな。どうしてもあの時の鼓動だとか、あの時の感覚を思い出そうとしちゃう……」

 

 モモカは手で顔を覆って、それから搾り出すようにして口にする。

 

「私ぃ……っ、おかしいのかな……」

 

 きっとモモカは普通に生きるように出来ていないのだろう。

 

 否、彼女だけではない。

 

 自分も、タツヤも、ヤミも――キリエも。

 

 死体兵団、コープスコーズ。誰が死んだはずの身でありながら太陽の下で生きていていいものか。

 

 自分自身の生が、どうしても違和感として纏いつく。

 

 こうして考えているのは本当に自分自身なのか。

 

 こうして生きているように装っている自分は、本当に生きていく価値はあるのか。

 

 あの時、死んだ。

 

 あの時、失った。

 

 それなのに、まだ延命を続けている。

 

 誰が目にしても、どう考えても意味なんてないのに。

 

 死んでしまう事を魂の底では容認していないのか。

 

 消えてしまう事を――怖がっているとでもいうのか。

 

「……永瀬。更衣隊長がどれだけ不安定だとしても、オレはオレのやるべき事を成し遂げるまでだ。戦いにおいて一秒でも遅れれば死が訪れる。既に死んだ身とは言え、二度も三度も死ぬのは御免だ」

 

 その一言で了承が取れたのか、モモカは深く頷く。

 

「……うん。私達はコープスコーズ……。中央庁の平和を守る……正義の味方だもんね」

 

 その言葉にだけは、アオは返答出来なかった。

 

 ――正義の味方。

 

 そんなものに憧れた時期もあっただろう。

 

 そんなものに意味を意味出していた時期もあっただろう。

 

 だが、擦り切れ、そして摩耗した心はそれを否定する。

 

 正義なんてない。あるのは別の正義だけだ。

 

 ならば、自分は悪でいいと思っている。

 

 悪ならば、翼手を殺す事も、そして誰かを犠牲にする事も心が痛まずに済むからだ。

 

 ならば――鈍いままの掠れた心で、ちょうどいいはずだった。

 

 

 

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