BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene37 赫の疾走

 

「うーん……ねぇ、キリエマッマ。今回の事件ってさ~」

 

 話し始めたヤミへと意識を振り向け、キリエは囮作戦に打って出るための足を本局に申請していた。

 

 書類にペンを走らせてから、受付嬢の声を聞く。

 

「受領されました。これより、更衣隊長には帯刀許可と併せて、“騎馬”の許可が与えられます。少し受付でお待ちを」

 

「よろしくお願いします。……どうしたの、ヤミちゃん」

 

「いや、あたいだけなのかもしれないけれど……変な感じがするのはずっと。あの、B班の隊長、居たじゃない?」

 

「うん。ミコ隊長だよね。……すごく当てになる、いい隊長だと思う。私も見習わないと!」

 

 そうしてよしと力を入れた直後、ヤミは悩ましいように呻る。

 

「何て言うのかな。これはあたいの直感だけれど、あの人……違う気がする」

 

 自分の感覚とは正反対に顔を翳らせるヤミに、キリエはその言葉を窺う。

 

「違う、って……?」

 

「うーん……あたいが間違ってるのかもしれないし、これって本当に直観だから~……」

 

「いいよ。私でよければ聞くから。もちろん、他言無用で」

 

 ヤミは一拍だけ迷ったようだったが、自分を信じて口火を切る。

 

「……血の匂いって、キリエマッマは信じてくれる?」

 

「うん、まぁ独特なものがあるよね。翼手やそうじゃない人との間って言うのは」

 

「で……あたいはそういう索敵に長けてるじゃんか~? ……何か変なんだよね。現場で見た遺体ってあったけれど……残留していた血の匂いと依代隊長の感じ……何か、似てるんよね~……」

 

 まさか、とキリエは息を呑む。

 

 ここは中央庁の本局だ。

 

 どこに耳があるか分かったものではない。

 

 しかし、同時にこれからファントム打倒に向かう手前、ここ以上の適任もなかった。

 

「……どうしてそう思うの?」

 

「……キリエマッマはさ。あたいの言うこと、絶対に変だとか言わないよね……? それは何で?」

 

「だって、ヤミちゃんは私の大事な家族だもん。変だとか言わないよ」

 

「けれど~……サッルが戦線離脱して、イッヌも何か抱えている感じで……それはモモっちもそう。あたい、このまんまでいいんかな……」

 

 確かに、これまでヤミの処遇に関してで言えば先送りにしてきた部分もある。

 

 コープスコーズとしての訓練もまともに受けておらず、その上戦闘特化ではない。

 

 そんな彼女を矢面に立たせるのだ。

 

 もちろん、危険性は承知しての事である。

 

「……ヤミちゃん。私は絶対、ヤミちゃんを裏切らないよ。そりゃ、アバターアイドルの仕事とか、私もよく分かってないのかもしれない。けれど、私だってC班の隊長。ちゃんとみんなの事、見てあげていたいんだ。それはヤミちゃんも、アオ君も、猿渡君も……モモカちゃんも」

 

「ほんと……? ほんとに……あたい、お荷物じゃない……かな……」

 

 不安に駆られたヤミの肩を抱き、キリエは顔を近づける。

 

「……本当に本当。誰もお荷物なんて思った事はないよ。ヤミちゃんだけじゃない。みんなそう。……私の大事な……家族」

 

 ――茶番劇だ。

 

 不意に姫川小夜の放った言葉が胸の中に残響する。

 

 ほんの二年間。それだけの期間を使った、ただのままごとだと言うのだろうか。

 

 自分達の家族ごっこは、他人には滑稽に映るのだろうか。

 

 ――だとしても、私は。

 

 キリエは決意を新たにする。

 

 どれだけ残酷な真実が目の前に横たわっていようとも、自分は決して希望を捨てない。

 

 何よりも、二年間過ごしてきた家族を捨てるような真似をするものか。

 

「……キリエマッマ。いい匂いする……」

 

「そう? ボディソープの匂いだよ」

 

「……ううん、違う。キリエマッマの……ちゃんと人の匂いだよ……」

 

 ヤミにも不安は伝播しているのかもしれない。

 

 隊長である自分が迷えば、その分隊員はどこにも行けなくなる。

 

 ならば、自分は最後の最後まで迷わない事だ。

 

 決して折れず、決して挫けず。

 

 戦いに際しては、絶対の価値観を持って。

 

 誰かに委譲していい身分ではない。

 

 これは、間違いなく自分自身が切り拓いた、本当の立ち位置のはず――。

 

「お待たせしました。受領したものは駐車場にございます。こちらへ」

 

 受付嬢に案内され、中央庁が擁する最大出力の“騎馬”が格納されている場所へと赴く。

 

「馬力は現状、エメトピアで許可されている最大出力。二人乗り仕様のものです」

 

 真紅に輝く“騎馬”――無数の排気筒を有した自動二輪が灯りを照り受けてその時を待ち望んでいる。

 

 解き放たれれば、現行の翼手では追いつけないほどの出力を誇る自分の足。

 

 キリエは久しぶりに臨む愛機のグリップを握り締め、受付嬢からキーを差し出される。

 

 跨り、差し込んだエンジンキーをひねってエンジンを噴かす。

 

 いななき声を上げ、機体を吹き抜ける再生産エネルギーは蒼い鼓動となって脈打つ。

 

「使用するのは、エメトピア第七セクションで主に生産される再生産エネルギーの塊です。理論上、エネルギー切れの心配はございません」

 

「メンテナンスは?」

 

「定期メンテナンスは一週間前に実行済みです。走行には支障はないでしょう」

 

「ありがとう。……これで私はまた……コープスコーズとして敵を追える」

 

 エメトピア中央庁ではヘルメットの着用を推奨されているが、自分は被らず相乗りするヤミにだけ差し出す。

 

「……そ、その……キリエマッマ、大丈夫?」

 

「風を感じたいの。ヘルメットがあると、翼手関知に支障が出ちゃうから」

 

 これは自分の我儘でもある。

 

 中央庁でマハラルより習ったのは一般常識と翼手を狩るための剣術だけではない。

 

 大型自動二輪を駆り、その最大出力を感じる――それは誰に勧められたわけでもない、自分の意志だ。

 

 尾てい骨から伝わる振動。心地よい姿勢を取り、キリエは己の“騎馬”と一体化する。

 

「では行ってらっしゃいませ。識別信号、赫号の出撃を許諾します」

 

 赫号――それがキリエの愛馬の名前だ。

 

 姿勢を沈め、キリエは一気にエンジンを踏み締める。

 

「……C班隊長、更衣キリエ。出ます」

 

 別段、こういった格式ばったものは必要ないのだが、気分と景気づけのためにキリエは口にする。

 

 途端、タイヤが風を切り本局から疾走する。

 

 瞬間的に時速百キロ以上を叩き出す赫号はキリエにとっては大剣に次ぐ、もう一つの自分の武器であった。

 

 メインパネルにヤミの算出したファントムの逃走経路を打ち込み、キリエは高速道路に乗っている。

 

「キリエマッマ。このまま西に十キロ……! そこに感じる……!」

 

「了解……! ヤミちゃん、しっかり掴まっていてね……!」

 

 速度メーターが振り切れ、超電導の息吹がタイヤへと迸る。

 

 蒼い電光を帯び、赫号は突き抜ける。

 

 真紅の装甲に血脈を浮かび上がらせ、次々と車両を追い抜いていく。

 

「……すごい……」

 

 思わず漏れたヤミの感想に、キリエは一路目標地点へと向かう。

 

 自分自身を旋風として、戦地へと赴く鼓動は既に戦闘の気配を帯びている。

 

「……必ず……逃がさない……!」

 

 

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