BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene39 深淵の魔物

 

「それにしても、追跡捜査とはな。お前らしくもない」

 

「オレらしいとは何だ。例の物を」

 

 アオは背中合わせにベンチに座り込んだ情報屋へと今回の報酬を差し出す。

 

 情報屋は帽子を目深に被って、それを確認してから封筒に入れた書類を入れ替わりに手渡していた。

 

「更衣キリエの正体に関してだが、こっちも必死に追ったが、正直に言えば厳しい。相変わらず、黒塗りばっかりだ。コープスコーズの他の面々よりも、やはりセキュリティレベルが高い」

 

 やはりか、と思いつつもアオは書類を精査する。

 

 名前と年齢以外、全てが謎――否、秘匿されているのだ。

 

「……ここまで徹底されていると、むしろ清々しいほどだな」

 

「それと、今回の標的に関して。ファントム、だったか。こっちは随分と分かりやすかった。劇場型の犯罪者。いや、そっち風に言うのならば、翼手、か。少女ばかりを狙っているようだが、共通項はなし。夜半に犯行が行われやすいと言うだけで、白昼から標的を狙う事もあるようだ」

 

 ファントムの書面は、キリエに比べれば明らかになっている事のほうが多い。

 

 その手腕、そしてやり口からして、ただの28号翼手の線は薄いだろう。

 

「……上級翼手の暴走……。だが、迂闊過ぎる。追ってくれと言っているようなものだ」

 

「それも込みで、なのかもしれないな。追跡出来るものならしてみろと言う、挑発か」

 

 挑発。

 

 だが、それは血を啜る翼手にしてみれば少し合致しない。

 

「……奴らは中央庁の闇に潜み、血肉を喰らう……。だと言うのに、追ってくれだと? それはあまりにも……異常だ」

 

「お前が言うんならそうなんだろうさ。こっちは所詮、素人考えなんでね。翼手殲滅のエキスパートに従うまでだよ」

 

 アオは情報屋へと問いを重ねる。

 

「……これ以外には分からなかったか? たとえば……コープスコーズB班。依代ミコについて」

 

「それは別料金だな」

 

 アオは予め用意しておいた追加金を払う。

 

 情報屋は満足げに応じてから、そちらも用意してあったのだろう。別の書類を差し出す。

 

「……依代ミコ。年齢は二十二歳とされているが、外見年齢は十八歳。これも奇妙だが、更衣キリエと同じく、不明瞭な点が多い。経歴はコープスコーズとして暴走翼手の排除と、そして討滅。お前らと同じだよ。コープスコーズになってからの経歴しか存在しない」

 

「所詮は死人、か。……だが依代隊長には何かあるような……そんな気がするんだ」

 

「それも第六感って奴か? 羨ましいねぇ、翼手を追う、楽園の討滅者めいていて」

 

「茶化すな。……B班に関してはこれだけか? 他のメンバーの名簿は?」

 

「それがな、意外だったのは依代ミコの素性よりも、B班の名簿のほうが探り当てられなかったと言う事だ。まるで疑似餌のように、依代ミコで止まっている。これ以上踏み込めば、こっちも無事じゃ済まない」

 

「……依代ミコという名の、疑似餌……」

 

 コープスコーズの暗部に踏み込む覚悟のある人間にとっては、それは明らかな罠なのだろう。

 

 アオはミコの経歴を確かめる。

 

 コープスコーズの隊長にしてみれば、経歴は輝かしいものがあった。

 

 数多の事件の解決と、そして討伐戦歴。

 

 B班は優秀とは聞いていたが、なるほど確かにC班とは物が違うと言うべきだろう。

 

「……その本質を知れば、戻れないだろうな。いいのか? 犬神。こんな風に内偵を進めているって、お前の隊長にでも露呈すればただじゃ済まないんじゃないか?」

 

「……何も知らんまま使い潰されるのは御免だ。オレは自分で自分の従うべき相手を見極める。頼んでおいた、例のワードに関して。何か進展があったか?」

 

「中央庁のデータベースに潜るのは、稀代のハッカーでもなかなかに厳しいんだぜ? だが、他ならぬお前の願いだ。もちろん、やってはみたさ。“クラハシマナ”に“オトナシサヤ”だったか」

 

 その二つの名前を、前回会敵したサヤは口走っていた。

 

 どこかで符号があるものだと思っていたが、情報屋は芳しくなかったように頭を振ったようだ。

 

「……何もヒットしなかった。一件も、だ」

 

「一件も? だが、それは……」

 

「ああ、あり得ないんだよ。固有名詞で一件も、と言うのは。特に、クラハシマナのほうがな。人物名としては一般的であるし、エメトピアが始まって以来、同姓同名が居たっておかしくはない。なのに、だ。この名前に関してのデータベースはゼロだった。そして、この名前を探った三分後に、端末が二個お釈迦になった」

 

 明らかに探った事への警告と、そしてしっぺ返し。

 

「……そうか。端末二個分の補修費は」

 

「それくらいはサービスするさ。俺とお前の仲じゃないか。……だが、一個だけ警告しておくとすれば、もうやめたほうがいい」

 

「……コープスコーズを、か?」

 

「違うよ。隊長を疑うような真似は、だ。更衣キリエはヤバい。素人でも分かる。経歴のほとんどが黒塗りで、その上関連するキーワードだけでハッキング用の端末が駄目になっちまうなんて、真っ当な人間じゃない。ともすれば中央庁の暗部に踏み込んでいる可能性だってあるんだ」

 

 確かにキリエを疑えば疑うほど、自分達に身の危険が迫っているようであった。

 

「……それでも、だ。ギリギリまで頼みたい。追加報酬は惜しまない」

 

「……お前をそうさせるのは、更衣キリエがサヤかもしれない、と言う疑念か? 言っておくが、仮にサヤだとしてもお前が背負うような事じゃないぜ? それに、サヤなら戦場で死んでもらうのが一番いいだろう。二年前に収束宣言が出た病原菌のキャリアーだとしても、あるいは別種の意味を持っているとしても、どっちにしろ触らぬ神に、って奴さ。俺は馬鹿馬鹿しいと思うね。明らかに近づくなと警告されている場所に触ろうとするなんて」

 

「……そうかもしれないな。だが、オレは何も知らないまま死ぬよりかは、まだマシだと思っている。更衣隊長の追跡そのものが危ない事例だとしても、あの人がやってきた事は本物だ。本物の……翼手狩り」

 

 鬼を追跡する人間もまた鬼の血脈である事を否定出来はしない。

 

 実際、アオは前回の戦闘時、何も出来なかったのは敵の陣形の圧倒だけではない。

 

 怖かったのだ。

 

 更衣キリエと言う名の、恐るべき存在が。

 

 あれが味方で、自分達を束ねる隊長だと分かった上で、恐怖を殺し切れなかった。

 

 実際、モモカは酷い目に遭ったと言うのに、まだあれを信奉し続けているようであった。

 

 当然、疑えと言えるわけでもない。

 

 ――殺し殺され、討ち討たれ。

 

 それがこのエメトピア中央庁の鉄則だ。

 

 自分達は常に、追跡者、狩人の側でなければならない。

 

 その原則が破られかねないからこそ、こうして暴走した上級翼手の追跡任務が充てられたか。

 

「……更衣キリエを追って、それでいい結末が待っているとはどうにもこっちじゃ思えない。一朝一夕の仲じゃないからこそ言わせてもらうぜ。――あの女は狂っている。取り巻く全てが異常なんだ。深追いすれば……お前だって……」

 

 そこで情報屋は言葉を切り、端末のコール音に耳を澄ませる。

 

「はい。……何だ? あんた、誰なんだ?」

 

「誰と話している?」

 

 情報屋は唇の前で指を立ててから、トントンと書面の上で指を跳ねさせる。

 

 ――かつて暗号解読が趣味だった頃に、昔使われていたと言う信号を共有した事もあったか。

 

 確かモールス信号と言う。

 

「ええ。……俺は誰にも話していませんよ。ええ、もちろん。情報の精度は当然、ブランド力ですからね。信頼こそが第一、情報屋をやる上では一番です」

 

 そう口にしつつも情報屋はモールス信号でこちらに返答する。

 

 ――ここからの速やかな撤退、か。

 

 アオは用意されていた書面を封筒に入れてから、周囲の視線に注意を配る。

 

 コープスコーズとして研ぎ澄まされた神経が、自分と情報屋を見据える視線を三つほど関知していた。

 

 ――追われている。いや、これは監視されている、と見るべきか。

 

 アオは緑化公園を後にしてから封筒の底に貼りつけられていた一枚の記録媒体を手にする。

 

 恐らく、ここが張られている事も加味して情報屋はこれを送ってくれたのだろう。

 

 表面には「親愛なる犬神アオへ」とメモされていた。

 

「……オレを信頼なんてするな……と返したいところだが、ありがたいと思うべきなのだろうな。どこに目があるのか分かったものでもない」

 

 アオは記録媒体を端末に差し込んでから、コール音に目を瞠る。

 

「……オレだ。どうした、永瀬」

 

『今、ちょうど犬神君にしてみれば手が空いている頃合いかと思うんだけれど……』

 

「先んじ過ぎるな。オレだって野暮用くらいはある」

 

 モモカが本気を出せば、中央庁のネットワークは丸裸も同然かと思われたが、それでも彼女は苦渋の声を発する。

 

『そう……。今しがた、更衣先輩はヤミちゃんと一緒に出撃したと通達があったんだ。あの赫号を使ってファントムの追跡任務……。ヤミちゃんは索敵で言えば私達で一番上だから』

 

「それで。雉子を伴わせて目標の翼手を駆逐出来ると言うのか?」

 

『私なりに調べてみたんだ。劇場型の犯罪者、ファントム。その実態みたいなのを。思うに……被害者に共通項はないように思われたけれど、それこそが共通点だったのかも』

 

 先ほどの情報屋の意見と部分的に一致するモモカの見識にアオは歩きながら続きを促す。

 

「……続けろ」

 

『うん。ファントムが殺害対象に選んでいるのは、女の子、って言うだけなんだと思っていたけれど、もっと幅広に見ればいいんだと思う』

 

「幅広? 考えを聞かせてもらおうか」

 

『襲われた被害者達は、皆、この中央庁で生まれて育った女の子だったってこと……これ、多分まだ更衣先輩も辿り着いていないと思う』

 

「中央庁生まれ? だが、それは……」

 

 濁した先をモモカは断言する。

 

『うん、そんなの分かるわけないよね……普通は』

 

 だが分かるわけがない事をモモカの身分で探り出せたと言う事は、そこにこそ鍵がある。

 

 アオは質問を重ねる。

 

「何か、もう一つくらいは共通点がありそうだな。話してみろ」

 

『……これさ、ちょっと共通点って言うのには大雑把過ぎるから断言は難しいんだけれど……。私達、コープスコーズって施術を受けて、それで翼手因子を体内で保持しているじゃない? その因子の名称はS因子って呼ばれているんだけれど……』

 

「随分と潜り込んだな。で、そのS因子とやらは何なんだ?」

 

『……これ、二年前によく聞いたある現象と合致しているの。その現象の名前は――致死率百パーセントのウイルス、SAYA』

 

「……SAYAキャリアーだと言うのか?」

 

 まさかと声を戦慄かせていたせいだろう。モモカは落ち着き払って応じる。

 

『うん、それはあり得ないんだよね。だって、SAYAは中央庁によって……』

 

「根絶された、と発表はされているが……」

 

 ――加えてここに来て「SAYA」だと?

 

 今しがたキリエの素性を調べる上で出てきた「オトナシサヤ」と「クラハシマナ」の無関係とは呼べなくなってくる。

 

『でも、キャリアーじゃないの。これは……中央庁の施策で最も早くに施行された、対SAYA対策の一環で……犬神君、当時言説としてあった、潜在免疫って言うのは聞いた事がある?』

 

「潜在免疫……確か、SAYAキャリアーになりやすい人間と、そうではない人間とを分ける、……だがそれは噂話程度の、一種オカルトじみた言説だ」

 

 そもそもSAYAの感染能力の高さはどの程度なのかでさえも不明であった。

 

 二年前では誰もが致死性のウイルス相手に翻弄され、その結果として少女らは怯えを宿していた。

 

 だが、実際のところで言えば、本当の意味でSAYAを遠ざけて恐怖していたような弱気な人間は一人も居なかった記憶がある。

 

 空気感染か、飛沫感染か、それとも別の経路かも中央庁は明かさなかったのだ。

 

 収束宣言が発布されてからも、結局それはまだ分からない。

 

 当時、自分の身の回りでSAYAの感染者になったような人間は居なかった。だから、現実味が薄かったのもある。

 

 だが、ここ数日間でSAYAの脅威は何よりも高くなっていた。

 

 それがただの感染症の名前ではない事も、翼手を狩る別の一団の存在を信じざるを得なくなった事も。

 

『私もオカルトかなって思っていたんだけれど……どうにも居るみたい。そういう、罹りにくい人達が。その人達の事を総称して、アンチSキャリアーって呼んでいたみたい。そういう研究があったんだって。けれど、本人に教えるような事はしなかったって記録がある。アンチSキャリアーの人達の血液を採取して、SAYAへの対抗策にしたかったんだろうけれど、これは秘密裏に凍結。血清によるSAYAパンデミックは難しいとして、中断されたって書いてある』

 

「……凍結、か」

 

 それにしてもモモカはどこまで潜っているのだろうか。この様子だと、暗号化された情報網だけではない、中央庁の機密部分に抵触している可能性が高い。

 

『けれど、この血清自体は生きているみたい』

 

「プロジェクトが、か? それは中央庁にしてみれば、惜しいと言う事なのだろうな」

 

『……ちょっと言い回しが悪かったかもね。犬神君、生きているって言ったのは計画じゃなくって、この血清そのものなの』

 

 一瞬意味が通らず、アオは愚鈍にも問い返す。

 

「……意味が……。研究者が居ると言う事か?」

 

『……順序を追って話すね。アンチSキャリアー、これ自体は眉唾物だったけれど、研究はされていた。でもSAYA収束宣言で計画自体は凍結。けれど、この時に採取された血には生体反応が見られた……とされている』

 

「……血そのものが生きている、だと?」

 

 だがそれは、あまりにも突飛な発想ではないのか。

 

 血液に意志など宿るはずがない。

 

 それは物質原則を超えた理論だ。

 

 こちらの沈黙に対し、モモカは疑問ももっともだと言うように続ける。

 

『うん、信じられないよね……。けれどレポートにはそうあるの。そして、そのまま生きた血清を使ったプロジェクトへと移行していった。これはいわゆる実験段階におけるSAYAキャリアーの抑制目的もあったみたい。アンチSキャリアーの血清は、SAYA感染を食い止める一つの防波堤だったの』

 

 その言葉振りに、アオは薄っすらと先回りする意識を感じていた。

 

 だが、まさかと言う思いとそして、それが真実だとすれば、という予感。

 

 それを予期したように、モモカは告げる。

 

『……ここまで言えば、察しが付くかもしれないけれど、アンチSキャリアーの血清を組み込んだ抑制剤。それこそが、今日まで私達が常用している、グミそのものだと考えられる……』

 

「だが……いや、まさか……」

 

 気の利いた言葉一つ出て来ない。

 

 だとすれば、エメトピア中央庁の施策そのものがSAYAの感染者を食い止めるためと言う建前を利用しての、人体実験そのものだ。

 

『……犬神君、周りに人は居る?』

 

 恐らくここから先はさらなる闇に触れる事になる――そう判断してのモモカの言葉にアオはよろめくようにしてベンチに座り込む。

 

「……いや、大丈夫だ」

 

『そう。……なら、私の推測も含めて、グミの運用をしてきた中央庁の思惑を言ってもいいかな……?』

 

「推測、なんて言うな。永瀬、お前はある程度裏が取れた事以外は口にしないだろうに」

 

『……読まれちゃっているね。でも、私も信じられなかった。まさか栄養補助製品としての側面が強かったグミが、アンチSキャリアーの実験台だったなんて。当然、私も常用しているし、他の人もそうだと思う。誰一人としてエメトピアでグミの服用を怠っている人間は居ない』

 

「そこまで分かっていて……お前は何を言い出したい。それが更衣隊長と何か関係があると言うのか?」

 

 顔を拭い、アオは問い質す。

 

 脂汗が伝っているのは、これまで信じ込んできた楽園のシステムに亀裂が走ったからか。

 

 否、コープスコーズに在籍している以上、不都合な真実を知る事は儘あった。問題なのは、エメトピアの総市民にとってこれは不都合どころではないと言う事実だ。

 

 自らの地盤を崩しかねない、常識への疑念。

 

 グミは栄養補助製品であり、SAYA感染者だけではなく、全ての病理に通ずる万能な薬品なのだと知らされてきたのに、これが公に出れば秩序構図は崩れる。

 

『大丈夫……? 犬神君、更衣先輩に対しては後でも……』

 

「いや、いい。……どうせ、お前にこれを頼んだ時点で逃げ切れないんだ。なら、知ってしまいたい」

 

 そう、逃げ切れない。

 

 更衣キリエへの追求と、そして彼女を含む存在への懐疑。

 

 それは自らの足元を壊すような真似だとしても、真実を求めるのならばこの手を今さら引っ込めるのは意味がない。

 

『……なら。グミの流通元を確かめたんだ。最初にグミを流通ルートに入れたのは、ある一企業なの。恐らくその企業がアンチSキャリアーに噛んでいるだろうし、全て分かった上でグミを一般的に流布したんだと思う』

 

「……永瀬。お前の言い分では、グミにはアンチSキャリアーの血清……生きた血が組み込まれているのだと、言ったな? その血は何なんだ? それに……その事実があるとして、このファントム事件に何の関係が……」

 

『グミにも種類があるの。セクションごとに、あるいは個人の体質を考えて……一つとしてこの世には同じグミは存在しないとされているけれど、中央庁で頒布されているグミにはとある方式が組み込まれている……みたい。それがさっき言ったアンチSキャリアー、SAYAに罹りにくい人達の、生きた血』

 

「……その血清を取り込んだ少女らが、まさかファントムのターゲットだとでも?」

 

 しかしそれはあまりにも大雑把であり、なおかつ範囲が広過ぎる。そんなものは標的を絞っていく捜査方針に合致しない。

 

『被害に遭った女の子達のグミの服用履歴を見たの。これも本当は極秘なんだけれど……被害者はグミを服用して一時間以内だったと、されている。つまり、ファントムが狙っている被害者の共通点として言えるのは、アンチSキャリアーのグミを飲んで、すぐだったと思われている』

 

「……生きた血清を身体に取り込んで、すぐ……。いや、待て。そうだとすると……ファントムの狙う標的とは……」

 

『女の子である事と、それともう一個。アンチSキャリアーの血清情報。調べを尽くしてみると、アンチSキャリアーが確認されたのは十四年前ってなってる。その女の子の個別情報に潜り込んだけれど……ちょっと意外だったのは、他の情報網は厳密に閉ざされているのに、ここだけは杜撰なほどだった事かな……。もしかしてここに着目するなんて誰も思っていなかったかもだけれど』

 

「……十四年前……確かSAYAの感染確認が正式に見られたのはそれくらいの頃合いだったか。そいつは何者なんだ? まさか……」

 

 その少女こそがキリエだとでも言うのか。

 

 予感に怖気が走る。

 

 ここに来て全てが集約する場所がキリエならば、それは因縁ではなく呪いだ。

 

 呪縛にも似た、因果そのものだろう。

 

 しかし、モモカはその可能性を否定する。

 

『更衣先輩じゃない。グミの製造元……サンクフレシュ・ファルマシー製薬会社がグミの製造に当たって選んだサンプルは……これも古い情報だけれど、“ノノ・モトエ”と呼ばれる少女だったとされている。けれど、照合にかけてみるとこんな女の子は存在しないの』

 

 またしても存在しない少女の名前か、とアオは因縁に奥歯を噛み締める。

 

「……幽霊のような存在は得てして……か。永瀬、その存在しないはずの少女の行方は? 今までグミの安定供給は成されてきたんだ、さすがに死んでいると言う事はないだろう?」

 

 キータイピングの等間隔の音が通話口から漏れ聞こえてくる。

 

『えっとね……。生死不明、が公式となっているけれど、これは多分、嘘だよね。ノノ・モトエという女の子は、かりそめの名前を得て今も生きていると思う。けれど……』

 

 結論を濁したモモカにアオは追及する。

 

「どうした? 死を偽装するくらいはなんて事はないはずだろう」

 

『……ううん。考え過ぎかなって。ノノ・モトエさんの顔写真があるんだけれど……犬神君、この人の顔、見た事はあるよね?』

 

 端末に送信された顔写真にアオは目を戦慄かせる。

 

「……おい、こいつは……」

 

『私も決定的な事は言えないの。だけれど……もしこの人がノノ・モトエだとすれば……彼女こそがグミと、そしてアンチSキャリアーに関係している可能性が高い』

 

 じっとはしていられない。

 

 今に状況は動いている。

 

「……永瀬。今はどこに居る?」

 

『情報を得て、ファントムの行動パターンを読んで……今は中央庁の裏通り。一時間前にグミは摂取しておいたよ』

 

 囮作戦を自ら買って出たのだ。それくらいはやってのけても不可解ではなかったが、ここまで分かっていて殺される事を理解しているのも信じられない。

 

「分かっているのか……! お前だって死ぬぞ……!」

 

『……犬神君。心配してくれるのは嬉しいけれど、既にバイタルサインは更衣先輩に同期済み。B班も合流してくれるみたい』

 

「だが……それは……」

 

『勝ち目の薄い賭けではあるけれど、うん……頑張りたいと思う。それと……なんだけれど、サンクフレシュの製薬会社でちょっと不可解な動きをしている人を見つけたの。この人を中心にして……お金が回っているって言うか……』

 

「おい、あまり危険なところに踏み込むな。更衣隊長の言い分ではないが、お前だってダメージが癒えたわけではないんだろうに」

 

『……うん。でも、これだけ気にかかって……。私はこの後、囮作戦に合流するから、犬神君、もしよければこの人の事、探るのを手伝ってくれない? 私は……今回はファントムの疑似餌だから』

 

 名前くらいは聞いておいても、自分にとって害悪とは言えないだろうと、アオは嘆息交じりに応える。

 

「……分かった。そいつの名前は?」

 

『代表取締役……ヴァン。――ヴァン・アルジャーノ、って名前』

 

 

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