BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第十七話 無力なままに

 

「倉橋真那は無事に奪還。……上々と言っていいのだろうか」

 

「心配し過ぎなんだよ、デヴィッド。おれ達は現場主義だろ?」

 

「……それもそうだが……キザハシの干渉があったとは言え、このザマでは……」

 

 デヴィッドは眼下に広がる特殊シャッター搭載型のセクションを眺めていた。

 

 表向きはセクション同士の核攻撃にも耐え得る、と言う触れ込みの安全な「理想郷」。

 

 しかし、その実は“SAYA”感染者と、そして翼手人類による「統制された安全地点」。

 

「……“隔離病棟”が墜ちた事で、少しは“サヤ”を見つけやすくなればいいのだが……」

 

「それもお歴々が考える事だ。おれ達の考える事じゃないさ」

 

 ルイスは随分とドライに捉えている。

 

 それも、彼の役職から鑑みれば無理からぬ事。

 

 元々、デヴィッドであるところの自分が肩入れし過ぎなのだ。

 

「……ルイス。倉橋真那に……俺は顔向け出来そうにない。ここまで酷な世界を見せるなんて……」

 

「もう倉橋真那じゃないだろう。ミッションをこなした、立派な“小夜”だ」

 

 ある意味では真那をいつまでも“小夜”扱いしない事も彼女にとっては冷酷か。

 

 デヴィッドは格納ブロックに居るキザハシへと連絡を飛ばす。

 

「キザハシ、倉橋真那はどうなっている?」

 

『両腕、両足を斬り飛ばされたにしちゃ、元気なほうよ。それに、もう再生も始まっている』

 

「……そう、か。俺が向かうべきだろうか」

 

『よしなさい。レディのプライベートよ。それに、あんた達、どうせもう向かっているんでしょう? ロンギヌス機関の支部へと』

 

「……言葉もないな」

 

 キザハシに見透かされてしまっていて。

 

 否、見透かすまでもなく、彼女は自分達を軽蔑している。

 

『……大方ジョエルがあんた達の頭を押さえているんでしょうけれど、気を付けるのはそれ以外にも。“隔離病棟”から生き延びて来たのよ。“オトナシ”の実力を噂に聞いて、“サヤ”達が黙っているとでも?』

 

「……“サヤ”同士の闘争はご法度だ」

 

『そんな大義名分、破ってでも来るわよ。特に“イスルギ”と“ツキシロ”はね。他にも好戦的な“サヤ”は組織にたくさん居る。この子が“オトナシ”がまさに身体を張って守った後継者だって知ったら、あたし達は我慢出来る気がしない』

 

「……そう、か。気を付けておこう」

 

 通信を切り、デヴィッドは巨大な屹立する壁を視野に入れていた。

 

 セクション間を区切るロンギヌス機関の支部の一つだが、今はそれが氷解すべき問題そのもののように佇む。

 

「……我々はどこでまかり間違ったのだろうな」

 

「それこそ、あの夜……“音無小夜”の名を誇る少女が死んでからだろうな。あの子の担当のルイスに成れて、おれは心底安心したもんだ。何せ、機関の擁する中でもトップクラスの撃退率を誇る、最強の名をほしいままにした――“サヤ”」

 

「その“サヤ”の運用を間違えた……と言われてしまえばそこまでだ。機関が我々を処分しないのが不気味なほどだ」

 

 ルイスは鼻歌交じりに壁からせり出してきたガイドビーコンに従って操縦していた。

 

「どうかな。おれ達は知り過ぎた。だからこそ、生かしているのかもしれない。今回の“隔離病棟”の撃退任務も、それに……キザハシのログを参照するのなら、現れたんだろう? シュヴァリエ、か」

 

 シュヴァリエ、と言う名にデヴィッドは眉間に皺を寄せる。

 

「……シュヴァリエ……まさか“隔離病棟”に出現するとは……な」

 

 懐に隠した拳銃へと自ずと手が伸びていた。

 

 その銃身には赤い宝玉が埋め込まれている。

 

「もうすぐ支部に到着する。おれ達の処分があるとすればここからだろうな。“サヤ”の運用を間違ったデヴィッドとルイスとして、闇に葬られるか。あるいは……」

 

「あるいはこれより先の……さらなる暗部に踏み込む覚悟があるのならば……か」

 

 どちらにせよ、地獄への片道切符には相違ない。

 

 収容された戦闘機へとメカニックが取り付いていく。

 

 彼らのガイドを受けて、デヴィッドが降り立った時には真那は担架で運び出されていた。

 

 キザハシが付いている事から下手に刺激すべきではないと感じる一方で、自らの賢しい弱さに反吐が出る。

 

「……俺は……デヴィッドとしての職務でさえも、全う出来ていないじゃないか……!」

 

 己への拭えない怒りに、デヴィッドは奥歯を噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『心底、不気味なものだ。これでも再生するのだから』

 

 闇が蠢動し、真那の治療状態をモニターする人々へと、代表者たる彼は挙手していた。

 

「一つ、いいでしょうか? ワイズマンの皆様」

 

『何だ、ジョエル。今は繰り言さえも惜しい。分かっているはずだろう』

 

「ですから、一つだけ。僕としては、やはり“サヤ”を遊ばせておく余裕もないと考えております。如何に“隔離病棟”が露見し、そして翼手人類の牙城の一角が崩れたとは言え、不利なのは明白。ここに、ロンギヌス機関は一致団結せねばならないでしょう」

 

『不明瞭な事を言う。“サヤ”を使えば少しはマシに成るだけの戦局だ』

 

「その通り。現状、9名の“小夜”を使ったところで、少しはマシに成る……程度の展望でしかない。僕はそれに異を唱えたいのですよ。これでも組織を束ねる身なのでね」

 

『……出過ぎた事を言うではないか、ジョエル。貴様の椅子は所詮、代々引き継がれるだけの名前でしかない』

 

「符丁でしかないと言うのならば受け入れますよ。ただね、これでも何人もの“サヤ”が死んで行くのを見て来たんです。現場主義、というのもある」

 

『その事だが、“音無小夜”の担当であるデヴィッドとルイスには問題があるのではないか? 先代の“オトナシ”を死なせただけに飽き足らず、使えない“サヤ”を今回、また死なせるところだった』

 

「しかし、シュヴァリエを引き出せた。そして“隔離病棟”は確実に墜ちた、これは大きな進歩ですよ。これまで闇の中に居たシュヴァリエがここに来て、前線に出てきたという事だけでも、意義がある」

 

 饒舌になった自分に、ワイズマンから指摘の声が飛ぶ

 

『まるで貴様が、この現状を変えるとでも言いたげだな。膠着した翼手人類との戦争を』

 

「変えます、変えて差し上げましょう! 我々ロンギヌス機関は進まねばならないのです。たとえそれが、“サヤ”達に恨まれる形であったとしても」

 

『妙案でもあるのだろうな、ジョエル。そうでなければ、無為な言葉を吐くのみだ』

 

「無論。“サヤ”を有効活用するのならば、まずは育成から始めなければなりません。よって僕は、“オトナシ”のデヴィッドとルイスの継続的な任務続行を進言します」

 

 その言葉はあまりにも意想外であったのだろう。

 

 ワイズマンの者達はめいめいに声を発する。

 

『デヴィッドとルイスとて、替えが利く。別段、あの二人に拘る必要性はない』

 

『左様。駒を下手に使い潰せば、要らぬ情が湧くのではないか?』

 

「おやおや、これは妙な事を仰る。“サヤ”は使えてもデヴィッドとルイスは使えないとでも? 僕は、彼らにこそ希望を見ている」

 

『……過去に、デヴィッドとルイスの代替わりで精神に変調を来した“サヤ”のモデルケースは確かに存在するが……』

 

「でしょう? 今は、少しでも、ですよ、皆さん。“オトナシ”を引き継ぐあの“サヤ”を有効活用するのならば、彼女の周囲の人間関係をこそ、慎重に行かなければいけない」

 

『だが、“オトナシ”の強さは……』

 

 濁されたそれを、ジョエルは自信満々に言ってのける。

 

「懸念事項は承知の上。僕自身が、彼女に接触しましょう」

 

 途端、会議室がざわめく。

 

『長官直々に、か?』

 

「いけませんか? 僕の代で、終わりにしたいのです。翼手人類との血で血を洗う闘争は」

 

『……確かに貴様ならば充分な理由を持っているが……そう事はうまく運べるか』

 

「やってみましょう。それと、もう一つ。もし僕が失敗して死んだとして、次の“ジョエル”は勝手に選んでくださってよろしい」

 

 その破格の条件に飛び込まないワイズマンの人々ではあるまい。

 

 自分が死ねば後は好きにしろと言う宣言に、彼らは一拍言葉を置く。

 

『……分かっての言葉か? それは』

 

「僕は少しでも勝率を上げたい。そして、皆さんは“サヤ”を有効活用したい。利害の一致でしょう」

 

 襟元を正し、ジョエルは立ち上がる。

 

 身を翻したその背中に、ワイズマンの声がかかった。

 

『……もし、それでも翼手人類共を止められず、“サヤ”が絶えればどうする?』

 

 その問いかけにナンセンスとでも言うように、ジョエルは口元に笑みを浮かべてみせた。

 

「その時は、世界が翼手に……獣達の夜に染まるだけでしょう」

 

 

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