まるで軽い問いかけのような気軽さを伴わせて、黒衣のフード姿の女性が覗き込む。
太陽を知らないかのような白磁の肌に、翡翠色の瞳。
しかしその手には不釣り合いのような殺戮の得物が握られている。
鉄塊と、銃剣。
それが最初の印象であった。
刃を伴わせた巨大な武器はその細腕で振るうのにはあまりにも不適当だ。
「イレイナ、上級翼手との会敵が先だ。……デヴィッド達の情報から、こいつはシュヴァリエである可能性が高い」
「シュヴァリエ、ねぇ。私にしてみればかつての意趣返しに臨んだほうがまだ余裕があると言うものですが、まぁよいでしょう」
「行くぞ」
セーラー服の少女――姫川小夜がイレイナと呼ばれた女性に呼びかけ、太刀を振るう。
ファントムの首を刈るかに思われたが、その刃は何もない空を捉えていた。
「……影の能力……! デヴィッド! こいつは恐らく、新宿区画で倒し損ねた……件のシュヴァリエだ!」
『こちらでもモニターしている。……“声”の反響データから推察するに、そいつが“アダム”である可能性が高い。だが……何故、シュヴァリエが単独行動している……!』
姫川小夜のマフラーの下から迸った通信網をキリエの聴覚は拾い上げる。
ファントムは舌打ちを滲ませて後退し、倒れていたモモカの身体を拘束する。
「……人質のつもりでしょうかね。ヒメカワのサヤ。どうします?」
「どうもこうもない。――斬るだけだ」
「でしょうね。あなたらしい、冷徹な答えです」
イレイナが武装を拡張させ、銃剣を構え直す。
その時であった。
カツン、と靴音が響き渡ったのは。
血濡れの舞台に上がったのは、黒い制服を風に巻き上げる――眼鏡姿の女性、に映った。
だがその存在名称を、自分はよく知っている。
「……キサラギ……」
そう、そこに佇んでいたのは前回、自身の存在証明を口走ったはずの――キサラギヨスガを名乗る翼手であったはずだ。
しかし、その立ち振る舞い。
そして、構えた一振りの刃を前に全員が硬直する。
「そう。私の名前はキサラギ――キサラギ、サヤ」
まるで想定外とでも言うように姫川小夜が飛び退る。
その時には先刻まで彼女の首筋があった空間を銀閃が掻っ切る。
「……何だ? 貴様は……」
「サヤ一匹に、そして、ああ。あなたがシフのイレイナ、だったか。残念。もっと巧妙に隠れる術を仲間には伝えておいたほうがいい」
その手が掴んでいたのは赤い亀裂の走った二つの首だ。
まさか、とイレイナが翡翠の瞳に驚愕を宿す。
「……仲間を……! あり得ない、“声”で伝えるよりも前に……!」
「聞き苦しい声は私の刃で封殺済みだ」
喉笛が的確に引き裂かれており、断末魔を上げる前に即死したのだとキリエでも分かる。
その太刀筋、そして姿は、まさに――。
「……まさか、こいつも“サヤ”だと言うのか? アシッドの造り上げた……サヤだとでも……」
「それは知らないが、一つ言える事。――あなたは私よりも、弱い」
断ずる論調と共に二つの首を踏み潰す。
イレイナが青い加速度を帯びて懐へと潜り込み、白銀の銃剣を跳ね上げる。
「よくも……! やってくれましたね……!」
「そうか。仲間意識など古い価値観だな」
イレイナが斬撃と同時に引き金を絞り、榴弾が発射される。
壁に命中した途端、爆ぜた威力を鑑みるに一撃を受けるだけでも必殺級だろう。
それを紙一重で回避しつつ、応戦の太刀筋を奔らせる。
「遅いな」
下段より振るい上げられた白銀の一撃に対し、姫川小夜が割って入る。
「下がれ……! こいつが“サヤ”なのだとすれば……お前らの弱点でもある……!」
「ヒメカワの……! けれど、仲間が殺されて、黙っては……!」
「“シフ”では不利だと言っているんだ!」
姫川小夜が血を刀に吸わせ、真紅の斬撃が振るわれる。
「なるほど。殲滅の血で私達を、これまでも狩ってきたわけか。だが、これからは違う。私達もただただ無為に殺されるばかりではない」
鍔迫り合いを繰り広げ、姫川小夜へと怜悧な真紅の瞳が据えられる。
「何故なら、私は更衣小夜。貴様達、機関の“サヤ”を討滅するために生み出された、反転存在だ」
「そんなもの……!」
姫川小夜が弾き返して応戦するも、更衣小夜を名乗る相手に後れを取っているのが分かる。
「……ヒメカワの。私はデヴィッド達の合流地点まで下がらせていただきます」
「下がらせるわけ……ないでしょうが……!」
周辺を包囲したのはミコの率いるB班の構成員達だ。
全員が抜刀しており、一触即発の空気に思われたが、イレイナは青い加速で構成員達の懐を滑るように抜けていく。
「……いつの間に……!」
その動きはまるで一線を画していた。
ただ闇雲に立ち向かうだけでは、まるで敵わない――それが何よりも雄弁であったのはB班の誰一人として太刀を受けてない事からも明らかだろう。
今の交錯、簡単に殺す事だって出来たはずなのだ。
「ま、待ちなさいよ……! 逃がすわけが……!」
姿勢を沈め、一息に加速したミコが大上段からイレイナへと大剣を打ち下ろす。
地面を粉砕してみせた威力に一瞬だけイレイナの意識が削がれるが、彼女はまるで無関心のように銃剣で受けてからミコを見据える。
「……あなたは……」
「あたしだって……サヤだって言うんなら……!」
奥歯を噛み締めて切り結んだミコに対して、イレイナは翡翠の眼を細める。
「……あなたは何を言っているのですか」
「答えなさいよ! ……キリエがオトナシサヤだって言うんなら……あたしもそうなんでしょう? 確か、キザハシとかいう――!」
足を止める。
イレイナはただ一言、それでいて絶対的な論調で返答していた。
「……あなたは“キザハシサヤ”ではない。と、思えば、仮面で顔を隠している全員も同じ。この中央庁でよく嗅ぐ匂いですね」
「……え……」
イレイナの銃剣の引き金に咄嗟に反射し、ミコは一撃をかわす。
だが、背後のB班の構成員はもろに榴弾を受けていた。
その仮面が崩れ落ちる。
「……う、そ……」
キリエは思わず口にする。
そこにあったのは――寸分違わぬ容姿を再現された、「依代ミコ」その人であったからだ。
仮面を砕かれた際に頭蓋を撃ち抜かれ、その躯体が転がる。
「……これで分かったでしょう。ヒメカワの。撤退を進言します。これ以上の継続戦闘は……」
「そうしたいのはやまやまなのだが……な!」
斜に切り裂こうとした姫川小夜の真紅の一閃を、更衣小夜は軽いステップを踏んで回避してから、横合いから斬り付ける。
「何だ、こんなにも簡単な帰結だったとはな。こうして対峙してみれば、狩人に怯えてああして息を潜めていたのも馬鹿馬鹿しい限りだ」
「黙れ……!」
姫川小夜が真紅の粒子を漂わせ、絶対の殺戮領域を生み出す。だが、更衣小夜は後退する気配もない。
それどころか息のかかる距離まで接近して刃を振るう。
「……何だ、私達はこんなものを恐れていたのか。狩られる事に、臆病になって。馬鹿馬鹿しい限りだ」
更衣小夜の迷いのない横一文字の刃に姫川小夜は明らかに疲弊している様子であった。
「……サヤの血が効かない翼手は存在しない……はずだが」
「私もまた、サヤだ。ならば、拮抗する意味がある。しかし、今回の用件は機関のサヤ、貴様ではない。――更衣キリエ」