BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene44 暗黒教典

 

「思ったよりも不完全じゃないか。あんなものを実戦投入だと?」

 

 カルナの評はもっともであったが、それも戦場から遠ざかった人間の言い草に過ぎない。それも込みでマハラルは問いかけていた。

 

「我が方で作り上げた、経験則と実験報告を経た、第一号なのよ? 少しは甘く見積もってあげてもいいんじゃない?」

 

「さすがはマハラル様。ご慧眼です」

 

 そう言ってこの場を取り仕切るのは仕立てのいいスーツに身を包んだ男性であった。両目を矯正しており、まるで爬虫類のようにその瞳孔が黄色く染まって収縮している。ただでさえ、不気味な容貌であるのに、喜悦の笑みを張りつかせているのは確信犯としか思えない。

 

「……研究結果って言うのは二年前に機関を離反した連中から得たんだろ? それって当てになるのか? オレ達は裏切られている可能性だって……」

 

「おや。カルナ様にしてみれば少し及び腰に映りますね。ワタシはあらゆるデータ、あらゆる可能性を踏んで、可能だと判断しました。そもそものところで言えば、何故人はSAYA因子に呑まれるのか。そこから説明せねばなりますまい」

 

「いいけれど……あまり悠長な事を言っている場合? 私達がこうして集うのも半年ぶりなのよ。時間を取らせないでね、サンクフレシュの……――」

 

「――ヴァン。ヴァン・アルジャーノの名前を取っております」

 

 ジャンヌの言葉に恭しくヴァンは首を垂れる。その従順さでさえも気に食わないのか、カルナは卓上に足を置く。

 

「けっ……! 何だってんだよ、こんな奴……! オレらが楽園の維持に躍起になっているって時に、こいつは悠々と研究してたんだぞ?」

 

「だけれど、ヴァンの研究成果がなければ、この実績は不可能だった。……上級翼手からSAYAを生み出す、なんて事は……」

 

 どこか恐れさえも宿してジャンヌは口にする。カルナは毒づくも、その最奥に位置する兄弟達の長兄の意見は違ったらしい。

 

「ヴァン・アルジャーノ。この研究に、再現性はあるのか?」

 

 重々しい問いかけにヴァンは何でもないように胸ポケットから飴玉を取り出して指先で弄ぶ。

 

「再現性と言う点で言えば、まだ症例は一件です。これではデータを取るのも難しいですが、それに関しては我がサンクフレシュの膨大なメタデータを参照していただければ。機関のコリンズ顧問、ジュリア研究員のデータもございます」

 

「……機関からの裏切り者共のデータが使えるのかよ。そいつら、横流しかなんかしてねぇだろうな」

 

「カルナ、機関を裏切った時点で、それはリスクしかないわ。それよりも、建設的な話し合いにしましょう。だって、私達が集まったと言っても、文人様は……」

 

 ジャンヌが濁して玉座へと目を向ける。玉座につくのは楽園の支配者、七原文人その人であったが、その眼差しはどこか別の場所を見ているかのようであった。

 

「……文人様に関しては、九頭と別部署に一任している。ヴァン・アルジャーノ。貴様の作ったサヤ……更衣小夜だったか。あれはちゃんと機能するのだろうな? まさか、投げて終わるだけの爆弾ではあるまい?」

 

「無論。ワタシはいくつか暗示をかけておきました。それこそが、機関がSAYAを安全に運用出来た所以。我々こそが、サヤを安全に使用し、新たな戦力として保有する。それによって生まれるのです。真の理想郷、エメトピアの夜明けが」

 

「……との事だが、てめぇはさっきからやけに静かだな。ラビ。まさか歌姫サマの御守りにうつつを抜かしてるんじゃねぇだろうな?」

 

 この場に呼ばれた意味を理解していないラビではないが、迂闊な発言をするほど命知らずではない。

 

「……わたしにしてみれば、新しいサヤと言うだけでも脅威対象でしかありません。今のレクディは不安定なのです。この状態で、サヤを増やすというのは……」

 

「納得いきませんか? ラビ様。それとも、あなたのこれまでの功績を奪っているように見えるのでしょうかね?」

 

 ヴァンの挑発的な物言いにラビは乗るでもない。そもそも、サヤをアシッド側が運用するデメリットを理解していないはずがないのだ。

 

「……わたしも無能の誹りは受けましょう。しかしながら、やはり危険なのだと進言させていただきますよ。サヤは楽園を蝕む毒そのものなのですからね」

 

「その観点で言えば、マハラル様にもあなたは意見を吹っ掛けているようなものなのでは? 更衣キリエ、いいサンプルです。あれがあったお陰で、我らの悲願は成就出来た」

 

 キリエに関してはマハラルが一任している。しかし彼は特に感慨を浮かべた様子もない。

 

「あら? キリエはいい子なのよ? そりゃあ、コープスコーズ計画において、なくてはならない戦力ではあるけれど、そんなに頼りないかしらね?」

 

「まさか。よくやっていると思いますよ。運用方針があったからこそ、更衣小夜を生み出せたのです。更衣キリエの記憶は戻っていないのは確かな情報なんですよね?」

 

 更衣キリエ――その本懐をラビとて理解していないわけではない。当然、それに付随するコープスコーズ計画――別命、「死体兵団計画」を。

 

 マハラルはにこやかに応じて、そうねぇと声にする。

 

「キリエにはもっと……もっと戦いに身を置いてもらわないとね。父親としては心苦しいけれど、あの子は血潮が舞う戦いでこそ輝くもの。当然、アタシは全力であの子をサポートするわ。お父さんってそういうものでしょ?」

 

 マハラルの言い分もこのアシッドの謀略の卓上の上ではどこか遊離しているようにも聞こえる。どこまでも薄っぺらい、虚飾の代物に。

 

「……マハラル。シュヴァリエの先達として、その計画に異論を挟む気はない。決定事項だからな。しかし……一人の人間の人生をどうこうするのは可能なのか? 周りの人間が要らぬ干渉を作りかねない。何故、コープスコーズC班として、わざわざあんな疑似家族を持たせた? 更衣キリエは計画上、家族などと言うものは不要なはずだ」

 

 シリウスの疑問にカルナも乗っかって食って掛かる。

 

「そうだぜ、マハラル。お前、その辺考えなしって程じゃねぇだろ。まさか、家族だの何だののごっこ遊びで、強くなるとでも言いたいんじゃねぇだろうな?」

 

「カルナ様、シリウス様も。誤解されている様子。家族ごっこでも、人間って言うのは強くなれるものなのよ? アタシがそれに関してで言えばモデルケースを保証するわ。結構前のお話だけれどね」

 

 マハラルに意見出来るような人間は居ない。最古参のシュヴァリエである彼相手に、ここ数十年しか生きていない四神官が具申出来るものか。

 

「……とは言え、だ。更衣キリエの運用と、そして更衣小夜、か。どっちも危うい均衡の上だよ。こんなものをよく使う気になったな」

 

 シリウスが長く嘆息をつく。ジャンヌもそれには同意見のようで頬杖をついてマハラルに尋ねていた。

 

「実際、これって上手くいく保証はあるの? 一人の人間を孤立させ、その上で新たなる方法論とやらでサヤを生み出す……。確かにこれまでにアシッドがやってこなかった兵器開発ではあるけれど、サヤと言う兵器を運用するのに当たっては胡乱過ぎるわ。これまでサヤの捕獲と交渉をやってこなかったわけじゃないのに……」

 

 ジャンヌの思索の中にはかつて十六夜小夜から見出されたシュヴァリエ、ジェイムズの事もあったのだろう。二年前のセクション三の決戦以降、彼は――。

 

「それは別部署が請け負っております。ジャンヌ様のお心を煩わせるような事にはなりませんよ」

 

 営業スマイルを張りつかせるヴァンにカルナがケッと毒づく。

 

「ヴァン・アルジャーノよぉ……。お前、随分と自信満々なようだが失敗したら分かってんだろうなァ? サヤを内々で抱えりゃ、全滅の憂き目に遭ったなんて御免だぜ?」

 

「更衣小夜には特別なマインドセットが施されております。反旗を翻すなど、決してあり得ません。優秀な逸材ですよ」

 

「……特別なマインドセット、ねぇ。それは開示されねぇのは気味が悪いって言うんだ」

 

 それぞれに手渡された資料の中にある更衣小夜のスペックは未知数とあった。加えてマインドセットに関しても特一級の秘匿事項だと。

 

「開示されない情報に、黒塗りの資料。……いいか? 何で動いているのか分からない兵器を、兵器とは呼ばないんだよ。それは暴走した時の保証もねぇ、ただの爆弾だ」

 

「しかし、更衣小夜の実力は先刻の映像で明らかなはず。機関もまさかシフまで投入してくるとは想定外でしたが、戦力であるはずのサヤと互角以上に戦ってみせました。加えて、更衣キリエとも。いい数値が取れましたよ。やはり……まだ強いようですね。更衣キリエのほうが」

 

 今しがたの戦闘をラビは思い返すだけでもぞっとする。更衣キリエの戦い方の洗練さは、狩人のそれと獣のそれのハイブリットだ。戦場を見据える審美眼そのものは冷静だが、一旦首筋に喰らいかかれば、獰猛な野獣のように止める術がない。

 

 その相反する特性を理解しているのは、この場ではヴァンとマハラルのみ。その事実に誰もが恐怖しているようであったが話の表層には見せない。ここでヴァンに優位性を与えてしまえば、彼はどこまでも暴走する予感があったからだ。

 

「キリエは強いでしょう? アタシの誇りよ」

 

「ですが、ワタシの作ったサヤのほうが、遥かに強い。いずれは上回ってみせますよ。更衣小夜がね」

 

 不敵に笑うヴァンにはまだ秘策がありそうだ。マハラルは肩を竦めて、それを受け流す。

 

「若い子っていいわねぇ。野心に燃えていて、羨ましいわ」

 

 その言葉の額面通りを受け止めるわけでもない。ヴァンはネクタイを緩め、それから口にする。

 

「思い知るとよろしい。シュヴァリエでさえも過去になる時が来ますよ」

 

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