BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene45 その驕りの先には

 

 明らかに過剰な煽りに思われたがマハラルは憤るわけでもない。むしろ、そのような気概があって結構だと思っていそうだ。

 

「まぁ、退屈はしなさそうね。けれど、父親として一個だけ。……あまり娘をいじめ過ぎないでね? あの子が辛い思いをするのはこれでも堪えるのよ?」

 

 マハラルの気配がその言葉を潮にして消える。四神官にしてみればシュヴァリエの一角が新参者に対してここまで穏やかな態度なのも薄気味悪いはずだ。

 

「……マハラル様は思ったよりも大した事のない様子。ワタシの作った更衣小夜はこれまでの形骸化したシステムを破壊すると言うのに」

 

「そこまでにしておけ、ヴァン・アルジャーノ。マハラルは礼儀の話をしている」

 

 シリウスに諫められ、ヴァンは不遜そうに鼻を鳴らす。

 

「シュヴァリエと言う存在がどれほど強大でも、その実態は翼手に過ぎません。サヤ相手に、如何に上級翼手と言っても無力」

 

「その事だが、更衣小夜が血の力を使えるのは本当だってのか? だとすりゃ、自陣の中に爆弾を囲い込むようなもんだが」

 

 カルナの懸念にヴァンは卓上に浮かび上がったDNAの螺旋モデルを操作する。

 

「ご覧ください。左が覚醒前のもの。右が覚醒後の更衣小夜の血液データです。明らかにSAYAと同一の覚醒形態が見て取れます」

 

「機関の持つデータと同一、か。しかし、機関が使っていたサヤと同じだとすればそこには明らかな弱点が存在する。……潜在翼手人類たるオニゲン。サヤとして覚醒すれば、自らの持つ血の毒によって有限の活動期間が発生する事になるが……」

 

 濁したシリウスにヴァンは上機嫌に瞳孔を開く。

 

「ご安心を。まだお見せ出来ませんが、確約すれば必ず、皆さんに喜ばしい結果をお伝え出来ますよ。その時は近い」

 

「……別に構わないのだけれど、一つだけ。あなた、最初からこれを計画していたの? コープスコーズ計画は私達四神官にさえもオープンにされていない、あなたと、機関から逃げ出した……」

 

「コリンズ、それにジュリアとか言う名前の連中を含む裏切り者共の計画だったか。……正直、信頼なんてあるのかねぇ。コリンズとか言うジジィは耄碌してるんじゃねぇのか? 機関を切ってまでこっちに付くメリットがあったんだか知らねぇが」

 

「コリンズ様は未来を見通しています。いずれ、コープスコーズ計画はエメトピア中央庁において大きな意味を持ちますとも」

 

 その時、ヴァンの端末が鳴る。目線で問いかけてから、彼は通話を繋いでいた。

 

「失礼。……これは、コリンズ様。はい、今しがた四神官の皆様にプレゼンを……なるほど。承知いたしました」

 

「どうしたんだ?」

 

「更衣小夜のメンテナンスですよ。今のところ、彼女を万全に出来るのはワタシ――“教授”以外にあり得ない。予め示し合わせておいた場所に帰還したようなので、プレゼンはここまでで」

 

「……待てよ、ヴァン・アルジャーノ。……てめぇ、何を隠していやがる?」

 

 カルナが席から腰を浮かす。ヴァンは既に身を翻す途中であった。

 

「……カルナ。よせ」

 

「なぁ……オレら四神官を舐めてるって言うんなら、ここで分からせてやったっていいんだぜ? 上下関係って奴をよ……!」

 

「カルナ様。上下関係など分かり切っているもの。ワタシはあなた方のために。そしてひいてはこの理想郷、エメトピアのためだけに」

 

「その言い草がよォ……ッ! 反吐が出るってもんだ! 薄ら寒い笑いなんざ浮かべやがって、気持ち悪ぃ……!」

 

 カルナの右腕が変異し、刀剣の形状を取る。それをヴァンは醒めたような眼差しで眺めていた。

 

「よすとよろしい。要らぬ禍根を生みますよ?」

 

「オレに勝てると思ってんのかよ……ヴァン・アルジャーノ……!」

 

「よせと言っている、カルナ」

 

「だけれどよ、兄貴……! こいつ、生意気だぜ……! 片腕くらいは落とさせてもらわねぇと、釣り合いも取れねぇ……!」

 

「この王の間を凡俗の血で汚す気か」

 

「関係あるかよ。その言い分だってんなら、玉座の御前でここまで舐められた態度を取られるのが一番腹立つってんだ!」

 

「カルナ様、お鎮まりください。ワタシに交戦意図はありません」

 

「それは戦うまでもなく分かってるって言いてぇのか? 子飼いの紛い物のサヤでオレを殺すかよ……!」

 

「……その論法で言えば、更衣小夜は有用な兵装です。お互いに傷を作りかねないのはよろしくありません」

 

 明らかに馬鹿にした論調にカルナが奥歯を噛み締めてその瞳孔に真紅の色調を灯す。

 

「……てめぇ……ッ! お互いに、って言ったか? ……ああ、やっぱ殺す……!」

 

 カルナの突きつけた刀剣の切っ先がヴァンの喉元に据えられるも、誰も立ち上がろうとはしない。制止しても旨味はないと判断しているのか、それともここでカルナが乱心するのもある意味では予定調和のうちか。

 

「……カルナ兄様。それはよしたほうがよろしいかと。文人様の御前です」

 

「御前だからってビビってりゃ、いい気になりやがって……! 変異しろよ、ヴァン・アルジャーノ。それとも、ここ一番で戦闘も出来ねぇ腰抜けか?」

 

「よせと言っている。カルナ。それ以上の行動は四神官の品位を落とす。私のシュヴァリエが黙ってはいない」

 

 カルナは王の間の柱の陰に隠れたソロモンの気配を察知して、舌打ちを滲ませて片腕を戻していく。

 

「……命拾いしたな」

 

「それはどっちの事なのだか。ああ、いえ。これ以上はよしておきましょう。要らぬ血を見る事になる」

 

 ラビにしてみれば、四神官である自分達相手にヴァンがどうしてここまで強気に出られるのかは不明瞭であったが、そこにはやはり更衣小夜の運用がかかっているのだろう。

 

 ――それほどまでに苛烈か、アシッド初のサヤは。

 

 ラビは自身の端末に更衣小夜の情報をダウンロードしておく。後で参照するのにはちょうどいいと思いながらも、今回の戦闘そのものに生じたイレギュラーの名に歯噛みする。

 

「……ファントム……」

 

「そうだ、ファントム。……おい、ラビぃ。まさか歌姫サマだけじゃなく、お前のシュヴァリエが離反しただけじゃなく、厄介の種になるとはな。清算は出来るんだろうな?」

 

「……考えくらいはあります。ですが、今は……」

 

「ラビ。ファントムの正体がかつて……お前の直属のシュヴァリエであったアダムであるのは、間違いのない事実なのだな?」

 

 シリウスに詰問され、ラビは苦々しげに首肯する。

 

「……ええ。彼は、二年前の原生林での戦いから先、行方不明ではあったのですが……、まさかこんな形で、理想郷に踏み入って来るとは……」

 

「そもそもだ。ラビぃ、あの場で生き残ったのはマハラルとジェイムズだけのはず。シュヴァリエ、アダムの生存は絶望的としたはずだな?」

 

 再び椅子に深く腰掛けたカルナに、そのはずであった、とラビは困惑を浮かべていた。

 

 シュヴァリエ、アダムは機関のサヤである階小夜と共に死んだはず――だが、ここに来てその報告でさえも偽りの可能性が出てきた。

 

「……継続捜査を進めさせていただきます。如何に狂気に沙汰に堕ちたとしても、わたしのかつてのシュヴァリエだ」

 

「許可はする。だが、ドツボに嵌まるなよ。シュヴァリエ、アダムはあの時死んだのだと、そう思ったほうがマシな帰結かもしれんからな」

 

 シリウスの諫言はその通りであろう。理想郷、エメトピア中央庁を騒がせる仮面の劇場型殺人鬼、ファントム。それが堕ちた眷属など、笑えない冗談だ。

 

「では、ワタシはこれで。まだ仕事が残っていますので」

 

 ヴァンが王の間から遠ざかっていく。その背中が完全に離れてから、カルナは口走っていた。

 

「……気に入らねぇな。あの態度も、ましてやサヤを作るなんざ」

 

「でも、カルナ。私達はあくまでも機関のサヤとの結託は可能だったけれど、完全に新規から作り上げるというのはやってこなかった……。これは私達、翼手人類にとっては毒となる可能性があったから。もし、そのラボに何かがあれば、私達は全滅する……」

 

 その危惧は正しい。サヤ研究の施設など作れば、それを利用して機関に殲滅作戦を取られても可笑しくはない。

 

 だが、だとして。どうしてこのタイミングにヴァンのような怖いもの知らずの存在が出てきたのか。その答えの一端は二年前の機関崩壊と、そしてコリンズを含む研究員の囲い込みがあったからだろう。

 

 実際、翼手人類にとってサヤの研究は猛毒であると同時に福音でさえもある。

 

 実験の成功如何次第で、翼手人類はもう、宿敵に怯える必要性はなくなるのだ。そのリターンを考えれば、サヤの研究は急務であろう。

 

 ただ、ラビの中では納得出来ない部分も多々あった。サヤを作る研究と言うのは、数多の要素が絡み合っている。コリンズが証明してみせた、サヤの弱点――一つは純正人類だけは殺せない、もう一つは自害が出来ない、と言う名の精神的な強迫観念。

 

 純正人類は一割を切っているために、一つ目はあまり意味がない縛りだが、二つ目は意想外であった。自害出来ないと言う事は、もしサヤが自らの血に抗えず翼手と化した場合、誰かに介錯されなければならないと言う事。

 

 サヤは未覚醒オニゲンであり、なおかつ二十歳以下の少女にしかかからない楽園を蝕む病理。その条件を加味しても、有限の狩人であるのは疑いようのない事実。

 

 機関の力がほとんど失われた今となっては、数少ないサヤを運用しているようであったが、かつての質と力は失われているのだろう。

 

「オレが気にかかるのはよ……サヤがオレら翼手の言う事なんざ聞くか? 奴らは狩人だ。獣そのものだ。魂の根幹に刻まれた殲滅の死徒だろ? だって言うのに、今さら手を取り合おうなんて虫がよ過ぎるだろ」

 

 カルナにしては冷静な意見ではある。ジャンヌもそれには同意であったのか指先のネイルを眺めつつ、そうねと肯定する。

 

「……サヤに交渉事なんて通用するとは思えない。十六夜小夜は違ったけれど、あれは特例だもの。機関のサヤはよく教育された子飼いよ。あんなものが解き放たれれば、それだけで損害は計り知れないわ」

 

「我々の方針としてみれば、ヴァン・アルジャーノの運用する更衣小夜をもう少しだけ、慎重に見ていくべきだろうな。あれがいつ、我々に弓を引くか分かったものではない。それに……文人様にもな」

 

 ここに来ての懸念事項はやはりそれか。ラビは玉座にてこちらを見下ろす文人を仔細に観察するが、その菩薩のような微笑みとは裏腹に視線はどこにも向いていない。どことも知れぬ、虚無を見据えているように映る。

 

「……ああ、終わったようだね」

 

 その唇から漏れる吐息も、どこか人間めいていない。まるで精巧な人形細工と言われてしまったほうが納得出来るほどだ。

 

「文人様。やはり、我ら中央庁の平穏のために堕ちた眷属と言う名のイレギュラーは払うべきでしょう。今これより、シュヴァリエ、アダムの討滅を進言いたします」

 

「そうだね……」

 

 文人の返答は誰に返しているわけでもない。虚構の器でも見据えているかのようだ。人間としての価値観も、ヒトとしての真っ当な在り方もとうに失った、喪失者の眼差し。

 

「……文人様はお疲れの様子です。シリウス兄様、ここは一度……」

 

 自分の言葉でシリウスは結論を早めていた。本来ならば九頭の意見を仰ぐところなのだが、文人の付き人である彼も今は不在である。

 

「……そうだな。文人様、失礼いたします」

 

「ああ、またね」

 

 王の間から踵を返し、それぞれの職務に戻っていく中でラビはシリウスより呼びかけられる。

 

「……少し付き合え」

 

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