BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene48 猛毒のネットワーク

 

「あなたはこのファイルを上げた事で、中央庁、ひいてはコープスコーズ実働部隊から追われる事を理解していますか?」

 

『何だ、もしかしてこれも釣りか? じゃあとっとと回線を焼かせてもらうが……』

 

「いえ、これは私の残された最後のホットラインです。あなたが回線を焼き切る前に、あなたのデータバックアップを全て消去する事も出来ます」

 

 脅しではない。手に収まるサイズの端末だが、自分の技術ならば容易いものだ。相手との一分未満の睨み合い、探り合いの末にどうやら観念したらしい。

 

『……大した豪胆さだな、あんたも。分かった、ここは一旦、参ったと言わせてもらおう。敗北宣言だよ』

 

 そう言いながらも相手も走査の網を走らせているのは想像出来る。モモカはデコイをいくつか潜り込ませながら回線をプライベートモードに設定していた。

 

『一つ聞くけれど、俺を選んでくれた理由でもあるのかな? それなら聞きたいところなんだが……』

 

「……三人ほど特A級ハッカーに同じようなメッセージを送ったけれど、あなたが一番レスポンスが早かった。それだけ」

 

 まさしくそれだけだとでも言うように冷たく切り捨てると、通話口の向こう側から笑いが漏れていた。

 

『……なるほど。負けたよ、まさしく徹底的に、ね。けれど一個だけ気にかかるのは、この秘匿回線、軍用の物だな? もしかして軍関係者?』

 

「……そうとも言えなくもない」

 

『何だそりゃ。禅問答か?』

 

「私の正体に関してはいずれは話す。その前に、探って欲しいワードと、それに関連しての情報ツリーがある。期限は十時間以内」

 

『なかなかにハードなスケジュールだな。……それで? そのワードって言うのは?』

 

「“コープスコーズB班”“依代ミコ”……それから、“キザハシ”」

 

 自分の想定している通りならば、この三つが主軸となるはずであった。相手はその言葉を受けて軽くディープウェブに潜り、それから嘆息をつく。

 

『……それ、どれも鍵が三重にかけられている情報なんだが? 割るにしたところで釣り合いが取れないぜ?』

 

「報酬は言い値を払う。あなたはそれを調べてくれればいい。もしあなたが失敗しても、その失敗した情報を基に他の人を頼る」

 

『……血も涙もないねぇ……。まぁ、任せてくれよ。こっちだって一応、その筋じゃなかなか自信があるんだ』

 

 そう言えば相手の名前を聞いていなかったなとモモカは思い当たって尋ねる。

 

「……あなたの名前は? 活動名でいい」

 

『活動名……そうだな。まぁ、簡単に“フィクサー”とでも言っておこうか』

 

 情報屋の声には加工が施されており、男なのか女なのかも分からない。それはモモカの側も同じだ。

 

「私は……私は“モモ”。あなたと同じく、情報をメインにして生きている」

 

『怖いねぇ、こういう情報交換の瞬間ってのが一番。……あんたの貼った情報、とんだスキャンダルだな。楽園の守護者、討滅の死徒、通称コープスコーズ、か』

 

「もう調べたの?」

 

『情報は速さだよ。それに、コープスコーズに関してで言えば噂レベルでもある。と言うよりも、今回の一件に関してで言えばかなり深いところでの介入が見られるな。これは中央庁のシュヴァリエとやらも動き出すか』

 

「……シュヴァリエが何なのか、知っているの?」

 

『まさか。所詮、言葉の表層だけだよ。特権層、って言えば、まだ分かりやすいが……』

 

 モモカはファントムのほうを垣間見る。半狂乱の末にファントムは半ば昏倒状態に近い形で眠りについていた。どうやらしばらくは大丈夫そうであったが、それもいつまで続くのかは分からない。

 

「……情報が速度だというのならば、正確さも欲しい。私と情報交換して、とある一個の判断に足る情報網を紡いで」

 

『いいが……ハッカー同士が情報交換をし合うなんて面妖だな。この理想郷、エメトピアでは個人の意思なんてとっくの昔に封殺されていると思っていたが……』

 

「私は真実だけが欲しいだけ……。それ以外は手段を選んでいる場合でもない」

 

『真実だけを、ね……。コープスコーズだったか。作戦概要は黒塗りだが、恐らくは関わったと思われる事件がいくつか。ピックアップするが、あまり役立つとは思えない』

 

 しかし送られてきたファイルはその謙遜とは裏腹に正確無比であった。自分達が関わった作戦は中央庁の受付嬢が全て管理しているはずであったが、その中に漏れでもあったのだろうか。あるいは、最初からセキュリティなど意味がなかったか。

 

「……助かる。フィクサー、あなたはこの先、中央庁がどう動くのかの牽制をお願いしたい」

 

『はいよ。……それにしても、潜れば潜るほど真実が見えなくなっていくな……。コープスコーズと言う部署は存在しているのに、構成メンバーやどれくらいの戦力なのかは頑なに秘匿されている。少し気にかかった範囲で言うと、構成員の名簿を洗おうとすると、どうしても既に死んでいる人間に行き着くところが……』

 

 それこそがコープスコーズ――死体兵団の在り方そのもの。既にこの世には居場所のない人間達が鬼を狩り、その血を潰えさせる。

 

「……名簿は逆に怪しいかもね。と言っても、私が言える事はさほど多くないんだけれど……。ねぇ、ファントム事件に関してはどれくらい知っている?」

 

『劇場型犯罪者だろ? ファントムって言うのは大昔の戯曲からの引用だったか。それにしても、狙われたのは少女らばかりだ。シリアルキラー気取っているのかねぇ……』

 

 そのシリアルキラーが今、自分のすぐ傍に居るとは言い出し切れず、モモカは別の話題を切り出す。

 

「その話に関連してなんだけれど、SAYAの情報は分かる?」

 

『SAYA? あれはもう収束宣言が出たんだろう? まぁ、中央庁にしてみれば、あんな病原菌なんてすぐに駆逐するに限るんだろうが……。……ああ、言いたい事は分かった。SAYAへの造詣でこちらの懐を探ろうと言うのか。なかなかに抜け目ない……』

 

 フィクサーは端末を操作し、それから興味深そうに言葉の穂を継ぐ。

 

『だが、その目論見は通じないぜ? モモ、あんたは数手先を読んでいるようだが、こっちだって危ない橋を渡っているんだ。少しは報酬が欲しいもんだな』

 

「……振り込んだ額だけじゃ不満だって言うの」

 

『誤解がないように言っておくが、エメトピアのハッカーなんてみんな趣味人さ。金なんて二の次のヒリヒリしたスリルの中毒者。それも当然か。こんな風な安寧と平和が漂う世界で、生きるか死ぬかなんて味わえやしない。どれだけ過去のライブラリを漁っても、自己経験型の娯楽を消費しても、それでも満たされない。そんな奴らが情報屋をやっているのもんだよ。……っと、喋り過ぎたな。じゃあな、楽しかったよ。またこの回線に繋いでくれれば、暇なら出てやる』

 

 フィクサーも抜け目がない。あと数秒で居住区を特定出来たのにそこで不意に通話が途切れる。

 

 モモカはこちらの流出した情報を精査しつつ、ファントム事件に関しての中央庁の見解を確かめる。

 

「……三時間前のディープウェブでの速報……。連続殺人鬼、ファントムは逃亡。監視カメラの目撃情報にハックした名無しの一人からの情報では、人質が居るらしい、との事……。私の事が割れるのもそう遠くない、か」

 

 端末を閉じ、モモカはファントムへと視線を配る。

 

「だからぁ……ゆるし……ゆるして……」

 

 懺悔を行う連続殺人鬼の姿に、モモカはこの事件がそう簡単に解決しない事を察知する。いや、ともすれば最初から、この件に関わらせる事で中央庁はC班を煙に巻こうとしていた節さえもある。

 

「……その結果が、あの上級翼手……ううん。あれはもう……サヤの一人。更衣小夜……」

 

 

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