BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene49 その決意は刃に似て

 

 状況は切迫していると言われてしまえば、潜入を果たした自分達も文句は言えない。ヒメカワは通話越しに断続的に漏れ聞こえてくるノイズに耳を澄ます。

 

「デヴィッド。……中央庁ギリギリまで来ているのか?」

 

『君らの援護もしておかなくてはいけない。そのために送り込んだ犠牲にも報いるために』

 

「……犠牲、か」

 

 ヒメカワは中空に十字を切るイレイナに精神のどこかで苛立ちを覚える。これは恐らくサヤに感染した時点から植え付けられた嫌悪感だろう。

 

「……十字なんて切るな!」

 

「……ああ。そうでしたね。サヤは神への信奉がお嫌いなのでしたか」

 

「……嫌いなんじゃない。苦手なだけだ。……デヴィッド、次の武器が欲しい。刀も随分と刃毀れが酷くなってきた。それに……奴は……。更衣小夜と、そう名乗っていたが……」

 

『機関にこれまで登録されてきたサヤの中に“キサラギ”のコードネームはない。これも可笑しな話だがな。ありふれた名前なのに、案外付けられて来なかったんだな』

 

 そう応じたのはルイスで今もデヴィッドと共に情報を探っているのが窺える。

 

「更衣小夜の戦闘能力に関しては先刻送った通りだ。……上級翼手相当がサヤに成るなんて、これまでなかった」

 

『機関本部にも通達しておくが、あまり期待してないでくれ。必要な情報は掻き集めておくが、その要望に応えられるかは分からない。……エメトピア中央庁で、何かが起こり始めている。それだけは確かなようだが、前線を行く君達にしか分からないものもある』

 

「……分かっている。潜入した時点で、片道切符なのは承知の上だ。それに……気にかかるのは、更衣小夜だけではない」

 

『……音無小夜の無事、か。送信された映像データと戦闘力を見る限りでは、彼女に違いないと、俺だけではなく、他のサヤも同意見だ。特に……ホムラバの“鮮血の魔眼”もある』

 

「……ホムラバは、確かに音無小夜本人だと?」

 

『……そう信じたいのもあるのかもな。ホムラバを送る手はずだったが、サヤを狩るためのサヤをアシッドが投入してきたとなれば話は別だ。ホムラバは索敵班として秀でている。今の俺達が重要な戦力を失うわけにはいかん』

 

「……要は引き続き、私達、潜入班に任せきりと言うわけですか」

 

 イレイナが皮肉めいた言葉を吐く。きっと彼女にとっては、仲間が殺された事に対する釈明がないのが気に食わないに違いない。

 

『……すまないな。今の機関には何もかもが足りない。不明な更衣小夜を打倒する術が出来上がるまでは……俺達は積極的な手を打てないだろう。それは現存するシフ達の安息にも繋がる』

 

「イレイナと今回投入されたシフ以外では前線は厳しいはず。いい、デヴィッド。私達で充分だ」

 

『……無理をさせるな、姫川小夜』

 

「無理なんて、今さらだろう。それに、私は確かめなければいけない。あの日……“シンジュク”で私を救ってくれたサヤである音無小夜と……」

 

『……キザハシの無事、か。だが、送信データに撮影されたのは、このサンプルは……』

 

 通話先でルイスが絶句したのが伝わる。ヒメカワも信じたくはなかったが、どうやらエメトピア中央庁は既に事態を進めているのが克明に理解出来た。

 

「……ああ。階小夜はアシッドの手にあり、そのコピーを戦力として保有している……と見るべきだろう。話にあったコープスコーズ、死者の葬列として愚弄されているなんて……!」

 

 ヒメカワは端末に映し出されたキザハシのコピー、否、もっと性質が悪い存在と相対する。討滅者として楽園を維持する存在として産み落とされ、そしてそれを何の異議もなく受け入れている――哀れな姿。

 

 どこまでも、アシッドはサヤ達の尊厳を踏みにじるのが愉悦らしい。音無小夜の一件だけではなく、階小夜にまでそれが及んでいるなど。

 

『姫川小夜、落ち着けよ。……確かにおれ達だってこんなの受け入れようのない、酷い事実だが、それを打ち破るためのお前らなんだからな。機関がこの二年間、何もしていなかったわけじゃない。アシッドの目論見を砕くのに、お前達サヤは必須なんだ。誰一人だって……欠ける事は……』

 

「意外だな、ルイス。お前がそのような事を言うとは」

 

『おいおい、冷血漢だと思われてるのか? ……おれだって人の子だよ。それに、機関の“ルイス”の一人である以上、おれ達のサヤを裏切るわけにはいかない。……頼んだぜ、ヒメカワ。音無小夜に関してで言えば、特一級のリスクをはらんでいる』

 

「それもある。……どうにも彼女は……自分自身の事を思い出したとは思えない。いや、思い出しつつあるのか……。更衣小夜と戦ってみせたのは明らかに音無小夜としての力であるのに、どうしてあんなにも……醜悪に成り下がってしまっているのか」

 

 更衣小夜と相対し、その力を封じ込めた太刀筋はあの日――永劫に失ったと思われた音無小夜の背中であったのに、どうしてなのかあと一歩のところで足踏みをしているようにしか思えない。

 

 ヒメカワは撮影したデータを見返す。返り血を浴びた“更衣キリエ”はどう見ても音無小夜本人であったが、その戦闘力に意識が追いついていない不安定さを感じさせる。

 

「加えて、聞いていた通りではなかったのもあります。更衣ヨスガと名乗っていた上級翼手が、まさかサヤの力を手にしているとは。これではシフの天敵と相対しなければいけません」

 

 イレイナの意見ももっともだ。翼手を狩るはずで作戦に参加したのに、仲間を殺す最大の毒と戦わなければいけないのは話が違うというものだろう。

 

『シフのイレイナ、それにヒメカワも、今は一秒の時間のロスも惜しい。ホムラバを可能ならば中央庁に送り込みたいが、それも厳しいだろう。我々の目的は翼手の追跡と、中央庁に潜入する事であわよくば四神官のうち、一名の暗殺だったが、それも可能かどうかは審議となって来たな……』

 

「だが、デヴィッド。更衣小夜は、どうにも……コントロールされていないものを感じる。今ならば四神官暗殺に漕ぎ付ける事は可能かもしれない」

 

『アシッドが育てたわけじゃないって事か?』

 

「と言うよりも……あれは育つようなものではないと判ずる。偶発的な要因と、そして私達には知らされていない、不明瞭なロジックで成り立っている存在だ。私達は更衣小夜を殺す事よりも、当初の目的を達成するべきだろう」

 

『……四神官の一人……二年前の情報通りならば、シュヴァリエを失ったはずの重要人物。――ラビ、と名乗る人物の暗殺を、か』

 

 ヒメカワは自身の端末にその顔写真を呼び出す。紫色のサングラスをかけ、不敵に微笑む青年へと憎悪の眼差しを注いでいた。

 

「……私達の人生を無茶苦茶にした……こいつだけは……!」

 

「姫川小夜。憎しみに囚われてしまえばそれまでですよ。……まぁ、私が言っても説得力はないかもしれませんけれど」

 

『ラビ暗殺さえ遂行されれば、中央庁にとっては大きな隙となる。その瞬間にこちらの温存しておいたサヤを実戦投入すれば、如何に堅牢な楽園の檻であろうとも、ひずみが生まれるはずだ』

 

「しかし、シュヴァリエを連れていないのは我々を軽んじているのか、考慮に浮かべるまでもないと思っているのか。……他の四神官は違うのですよね?」

 

『ラビのシュヴァリエは特別製だった。……だからこそ、次を充てないのもあるのかもしれないが』

 

 ヒメカワはかつて原生林攻略戦にて、キザハシと戦い、そして生死不明となったラビのシュヴァリエについてはある程度調べを尽くしたものの、その詳細は機関にとっても暗部であるのかプロテクトがかかっている。

 

「……いずれにせよ、あまり時間が残されていると思わないほうがいいだろう。イレイナ、夜の間ならば動けるな? 私は昼間の間にラビを探り出す」

 

「構いませんが、当てはあるんですか? ラビの血の匂いでも覚えていれば別ですが」

 

「私は索敵には向いていない。それは事実だ。しかし、それならば別の戦い方で攻めるまで。私の顔は既にアシッドには割れているはず。ともすれば、あちら側からの追撃がある可能性が高い」

 

「自らを疑似餌に、ですか」

 

 それくらいはやってのけないとアシッドの最高幹部に肉薄する事は叶わないだろう。それに、ヒメカワ自身、どれだけ己の戦闘能力が通用するかどうかの疑念もある。この先、四神官のシュヴァリエと相対する事も大いにあり得る。その時、果たして自分は最適な行動をとれるのだろうか。あの時、原生林でオトナシが、キザハシが、アマミヤが命を燃やしその血を使い尽くしてまで繋げたここまでの軌跡。それを無駄にするわけにはいかないと、ヒメカワは拳を握り締めていた。

 

「……絶対に、何もない明日になんて……させない……!」

 

 

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