BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene50 夢を諦めないで

 

 帰り道はあいにくの渋滞で、アオは運転席で嘆息をつく。それに対し、助手席のヤミがびくりと縮こまる。

 

「……その、イッヌ……あたいさ……迷惑、かな……?」

 

「作戦終了と同時に、面接があるからどうしても帰りたいとのたまった時には正気かと思ったが……迷惑なのには違いない」

 

「……だよね。けれど、レクディのオーディションなんて一世一代って言うか……あたいみたいな社会不適合者にとってはチャンスって言うか……」

 

 ごく潰しの自覚はあるのだな、とアオはハンドルを指先で撫でる。

 

「それなら少しでも役に立ってみせろ。オレはネットアイドルとやらには全く詳しくはないし詳しくなるつもりもないが、お前なりに根を詰めているのならばそれをやり抜くだけの価値はあるのだろう」

 

「い、イッヌはさ……あたいみたいなの……やっぱり軽蔑する……?」

 

 いつになく殊勝な態度だなとアオは分析する。それも致し方なしかと理解出来る部分もあった。前回の独自作戦の失敗と、今次作戦における成果のなさ。それに比してキリエ周りがきな臭くなっているのは疑いようもない。

 

 キリエを回収するために現れた鬼面の特殊部隊と、それに伴う情報封鎖。どれもこれも、コープスコーズの特権があってもまるで意味を成さない。さらに上層――どう考えても王族特務と言われる場所から命令が下りている。

 

「……軽蔑なんてしている余裕はない。更衣隊長はまたしても上の命令で回収され、さらに言えばオレ達には戒厳令が敷かれたままだ。……こういう時に永瀬が居てくれればまだ心強いのだがな」

 

「あ、あたいはさ……。さすがにモモっちほどのハッキング技術はないし、ネットサーフィン程度しか使えないけれどでも、でもさ……! ほら! つい数分前の! ……やっぱり、事件性はあるとネットの人達は思っているわけですよ……」

 

 ヤミが端末を操作して助手席から自分に見せつける。視線を僅かに流すと、ディープウェブと呼ばれる掲示板に書き込まれた不明瞭な証言が垣間見えた。

 

「……公的端末でディープウェブに潜るな。枝を付けられるぞ。そうでなくとも、オレ達の中ではそういうのは永瀬以外じゃてんでなんだ」

 

「あっ……ごめん、イッヌ……。あたい……何にも出来ないね……」

 

 しゅんとしたヤミは平時のように面の皮が厚い性格がとことん抜け落ちている。アオは嘆息一つで憂いを打ち切っていた。

 

「……そんな顔で受かるのがレクディのオーディションなのか? ……お前なりの戦いをしてみせろ。オレはお前のサポートは出来かねるが、お互いに全力を出し合うのがコープスコーズC班の務めのはずだ」

 

 自分なりの、不器用な励ましのつもりでアオはハンドルを握る。どうせ、自分のような人間に出来る事などほとんどないのだ。その無力感に打ちのめされてしまう。モモカに関しても、キリエに関しても。誰の人生にも介入出来ず、誰かの役に立つ事も出来ない。己に落胆するなと言う方が無理な話だ。これだけの事が起きているのに、コープスコーズC班と言うのは無能の誹りを受けてもおかしくはない。

 

「……イッヌ。もしかしてあたいを励ましてくれてる?」

 

「もしかしなくてもそのつもりだ。……オレのせいで落ちたなんて言われたら、それこそとぱっちりだからな」

 

 軽口にヤミはぷっと吹き出す。

 

「な、なにそれ~。イッヌ、被害妄想強過ぎでしょ~」

 

「……ようやくいつもの冗長な口調に戻ったな」

 

「あっ……やだな……。イッヌの思うように転がされたみたいで……」

 

「お前はそれくらいの深刻さでちょうどいい。更衣隊長や永瀬のような深刻な顔をするのには色々と足りないと言う事だ」

 

「な、何だよぉ~、その言い草はぁ~。あたいがシリアスになっちゃいけないのかよぉ~」

 

「……運転手の頬を突くな、死にたいのか」

 

 頬っぺたを指で突っついてくるヤミにアオは真正面を向いたまま抗議する。そうすると、彼女も多少は救われたのか、ふふっ、と笑う。

 

「何だかなぁ~……。キリエマッマの事もモモっちの事もどうしようもねぇ~って腐っていたけれど……。イッヌはイッヌなりに考えていたんだね」

 

「考えないわけにはいかない。オレは一応、C班の副長だからな。責任問題に発展すればややこしくなる」

 

「何だよぉ~。もっと素直になろうぜぇ~、イッヌ~。キリエマッマの事もモモっちの事も心配なんだろぉ~」

 

 肘で小突いてくるヤミの額へと片手ですかさずデコピンをかますと彼女は大げさに仰け反って痛がる。

 

「痛った~! 何すんだよぉ~! これからオーディションする未来のアイドルのデコッパチなんだぞぉ~!」

 

「何度も言わせるな。運転手にちょっかいを出すな、死にたいのか。……それに、何が未来のアイドルだ。そのだらしがない体型でよく言えるものだ」

 

「な――っ! これでも愛され体型なんだぞぉ~!」

 

 少しやかましくなったが、これくらいでちょうどいい。自分達には、張り詰めた深刻さなんて見合わないはずだ。それに、落ち込んだところで明日はやって来る。どうしようもない今が横たわっていようとも、己の力で切り拓いていくほかない。

 

「……そろそろ着くぞ。……なぁ、雉子。オレ達は、まだ歩みを止めるわけにはいかない。たとえ更衣隊長の事がよく分からなくとも、猿渡が目を覚まさなくとも……。それでも、前を行くほかないんだ。雉子。お前はオレ達の利害だとか、有益だとかを気にしなくたっていい。どうせ、とんだごく潰しなんだ。それならそれなりに、お前なりに進める場所を目指せ。アイドルだとかそういうのは分かるつもりもないが、別段、気を遣って歩みを止める事もあるまい」

 

「な、何だよぉ~、それ。……あたいだって、それなりにドシリアスなムードだったんだぜぇ~? ……まぁ、でもイッヌが言うのなら……うん。そうする。どうせ、あたいには過ぎたるくらいのチャンスなんだし。レクディのオーディションだって言うんなら……」

 

 レコーディングスタジオの前でアオは駐車し、ヤミを送り出す。彼女はコープスコーズの服装のままであったが、どうやらスーツケースの中に衣装は揃っているらしい。心配は必要ないかと送り出す前に、ヤミが声をかけてくる。

 

「あ、あのさ……っ! イッヌ……! あたい、ここまで来れたんだから……ここまで来たんだから……がんばりたいっ……! イッヌは、さ……応援、しれくれる……?」

 

「……ここまで来たのはお前の実力だろう。オレが応援しようがしなかろうが」

 

「ううん、違くて……。あたい、キリエマッマやイッヌが居なかったら……色んな理由付けてダウンしていたと思う……。あたい……っ! あたい、ね……キリエマッマやイッヌや、サッルやモモっちが……ちゃんと胸を張って送り出せるような……そういう人間に、成りたい……っ!」

 

「……ごく潰しから卒業したいのか?」

 

「……その、ごく潰しっての……訂正させてやんよ! あたい……っ、絶対に有名になるから! 有名になってからサインが欲しいだとか……ねだるなよぉ~」

 

 最後のほうは強がりが垣間見えた。アオは乗ってやるのも面倒だと思いつつも車窓を開けてから言い放つ。

 

「そう息巻くのはいいが、目の端に涙なんて溜めて言うことか」

 

「こ――っ! これは……何つーの……武者震いって言うか……!」

 

「さんざん迷惑をかけてきたんだ。これ以上でも以下でも変わらん。アイドルとやらになってこい。オレは、どっちにしたってお前のサインなど要らん。そんな事を言い出したら、それこそ世界の終わりだ」

 

 だが、今の発言で緊張は多少なりともほぐれたらしい。ヤミはでへへっ、と笑う。

 

「い、イッヌ~。それ、訂正する事になるぜぇ~」

 

「どうだろうな」

 

 レコーディングスタジオから離れる間際、アオはカーステレオをいじってヤミが歌うと言っていたレクディの曲目を流す。

 

 確か、曲名は――。

 

「“夢をあきらめないで”か。……とんだ当てつけのような歌詞だな」

 

 そう思いつつも帰り道のアオのハンドルを握る指先は軽妙な拍子を取っていた。

 

 

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