BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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scene54 そして、終わりを奏でる

 

 どうにも、面白い事が起きないものだ――そう結んだ少女は黒髪にインナーカラーの青を入れていた。

 

「それは仕方ない、わ。だって、こんな殲滅戦ばっかりで飽き飽きしちゃうの、よ」

 

 もう一人。黒髪ロングにピンクのインナーカラーを入れた少女は心底参っているようであった。

 

 その時、首輪に仕込まれた通信機器から声が迸る。

 

『聞こえているな? 敵戦力は大雑把に数えて百体以上。……何度も言うが、油断するなよ』

 

「油断? それって何かの間違いでしょ。私達に出来ない事なんてない」

 

「……そう、ね。私達の運用方法は私達で決める。いくら機関の“デヴィッド”とは言え、領分を超えている、わ」

 

 端末を弄りながらピンクのインナーカラーの少女が髪をかき上げる。青の短髪の少女は快活に宣言する。

 

「ま! それもこれも、退屈を紛らわせてくれるんならいっかぁ。じゃあさ、どっちが百体の翼手を多く殺せるか競争しようよ! ――ヤマツミサヤ!」

 

「あんたの強気な物言いは結構だけれど、勝つのは私、よ。――ワダツミサヤ」

 

 落ち着き払って応じてみせた山祇小夜に海神小夜は刀を担ぐ。

 

「本当、あんたってばクールよねぇ。……でも、いいの? これから戦闘なのにスイーツなんて」

 

「甘いものは別腹、よ。それに、甘味を取るとパフォーマンスが上がるって言う研究結果がある、わ」

 

 ヤマツミは刀を腰に提げながらショートケーキを頬張っている。その模様にワダツミは飽き飽きしたとでも言うように舌を出す。

 

「甘々の菓子はあんまり好きじゃないのよねぇ……。もうちょっとこう、塩っ気がないと」

 

「どうせ太るわ、よ、それ。ファストフードばっかり食べているから単純な脳になっていくの、よ」

 

「失礼な……。ファストフードは偉大なのよ? それだけで毎回違う顔を見せてくれるんだから」

 

『……海神小夜、山祇小夜。雑談はそのくらいにして敵に向かってくれないか? 翼手の射程範囲に入っているのにスイーツとファストフードの話をしていて死んだなんて機関に報告出来ない……』

 

「そう気負わないでって! デヴィッドにはいい知らせを持ち帰るからさ!」

 

 ワダツミが刀をくるっと返し、鯉口を切る。ヤマツミは腰の刃の柄にようやく手をかけていた。

 

「死んじゃわないとは思うけれど、もし死んだら私の墓前には明日発売の限定五十個の特別あんみつを頂戴。あの世でゆっくり食べる、わ」

 

「あの世って味覚あるの?」

 

 面白がったワダツミの発言にヤマツミはダウナーに応じる。

 

「……むぅ。そうだとしたら、死んだらお終い、ね」

 

 翼手が雪崩のように襲いかかって来る。総数百体以上――その戦闘能力も通常の28号翼手よりも強いと出ている。牙を軋らせ、爪を払おうとした翼手の攻撃にまず動いたのはワダツミであった。

 

「アッハ! 反応がいいのだけが殲滅戦のいいところよねぇ! じゃあさ、とっとと臓物撒き散らして死んでよ!」

 

 刀に纏いついた血の嵐が逆巻き、翼手の堅牢なはずの表皮を微塵に切り裂いていく。そのまま勢いを殺さずに翼手の生皮を剥ぎ、剥き出しの筋肉繊維を貫く。

 

「……それにしても、相変わらず大雑把で大味な戦い方、ね」

 

 ヤマツミが指先に付いたクリームを舐めているその時には翼手が爪を払うも、少女の残像は掻き消えている。

 

「遅いの、よ」

 

 断ずると同時に疾走する刃。赤に染まった鮮血の太刀が振るわれ、翼手の首を刈っていく。想定外であったとすれば翼手の側であろう。最も堅牢であるはずの首を落とされ、血によって強化されているはずの爪や牙も意味を成さないとでも言うように砕かれていく。

 

 ヤマツミはわざとそうしているかのように強靭な表皮と固い爪と牙を打ち砕き、そして骨を断ち切る。翼手の骨は機関のサヤでも断つのは容易ではない。それを実現せしめるのは異次元の膂力だ。細腕からはまるで想像出来ないような剛力で叩き割り、力任せの刃が今も振るわれる。

 

「本ッ当! 順当に行かない戦い方をするわねぇ!」

 

「放っておいて。私はこれが合っている、の」

 

 翼手の弱点を理解した上で効率的に殺戮するワダツミと、わざと非効率を突き詰めたような部位を狙いそれでいて殲滅ペースを落とさないヤマツミ。

 

 二人のサヤが合計二百体以上の死骸の山を築き上げるのには数十分とかからなかった。

 

 その模様を遠隔より把握しているのは深い赤に染まった片目を開くサヤであった。機関の用いる無音のヘリに乗せられ、わざと二人の戦線を見据えられている。

 

『……どうだ? 使えそうか? 海神小夜と山祇小夜は』

 

 首輪から繋げられた通信に即座に応じる。

 

「確実にボクが言えるのは……これほどの実力を持つサヤを荒廃したセクションに当てるのは戦力の無駄遣い、と言う事ですよ」

 

『手厳しいな。だが、我々ロンギヌス機関は今日まで……そう、あの日からずっと……反撃の機会を講じ続けてきた。今度こそ、敗北するわけにはいかないんだ。もう……二度と……』

 

 悔恨を滲ませた声音に嘆息一つで返す。

 

「……相変わらず、気苦労が多い事ですね。――ジョエル」

 

『僕は一手でも有効策が欲しい。今一度、聞こう。彼女らは使えそうか? ――焔刃小夜』

 

 名を呼ばれ、ホムラバはヘリより望む灰色の世界を視野に入れる。自身の特殊能力である「鮮血の魔眼」を使っての新参のサヤのテスト運用。かつてのように大規模な試運転が出来ない代わりに、こうしてエメトピア中央庁でさえも打ち捨てざるを得なかったセクションを用いての、残存した翼手の殲滅計画。

 

 それはロンギヌス機関の衰退と、そして後のなさを物語る。

 

 もう二度と――失敗は出来ない。その理由をホムラバは手にした端末に表示された横顔に注ぐ。

 

 中央庁に潜入を果たした姫川小夜より送信された、その相貌。セクション三、“原生林”の戦いからもう二年。

 

 だが、ほとんど変わってはいない。

 

 違いを見出すとすれば少しだけ髪が伸びたか、と言う事と、楽しそうに微笑む面持ち。機関に居た頃は、そんな表情なんて一度だって見せなかったと言うのに――。

 

『……二度はないぞ。焔刃小夜。やれるな?』

 

「……ええ。ボクも決断しなければいけなくなったようですし、中央庁がきな臭いのは理解したつもりです」

 

 端末を握り締めると次の写真が表示される。血濡れのまま、サヤの力に身を任せた殲滅の死徒。贖いの乙女の戦姿。

 

 全て、あの日のまま――大切なものを守り通すためだけに全てを捧げた少女の眼差し。

 

 激情のままにホムラバは端末を握り潰す。戻れない道を刻むかのように血が滴り、セクションの継ぎ目から昇る朝陽を睨む。

 

「――ボクが必ず……音無さんを、救い出します。そのためなら、今の彼女には消えてもらわなければいけない。更衣キリエを殺すのは、この焔刃小夜です」

 

 

 

 

 

 

第十章 了

 

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