BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第二話 理想郷の片隅で

 

 ああ、今日もまたどこか別の場所に――そう感じた矢先に、意識は液晶に表示された歴史の授業の板書へと据えられていた。

 

 連日の寝不足がたたってだろうか、あまり集中する気にならないのを、呼び起こすように掌の中の端末が震える。

 

〈放課後、“油処”集合ね〉

 

 トラックボールを指先で回して、そのメッセージに返答する。

 

〈いいけれど、あまりお金ないよ?〉

 

〈先月のバイト代入ったから、奢ってあげる〉

 

 付随されたキャラクタースタンプが投射画面上で跳ね回るのをふふっ、と微笑んでからそのメッセージに返す。

 

〈じゃあ、今日は三個乗せね〉

 

〈二つで充分でしょ〉

 

〈だめ、今日は三個乗せの気分なの〉

 

 そこまで返答してから、教師の声が響き渡る。

 

「この問題を……そうだな。じゃあ出席番号17番、倉橋! 倉橋真那! 答えてみろ」

 

 唐突に呼ばれて思わず端末を取り落とす。

 

 教師は呆れ返ってこちらへと歩み寄る。

 

「授業中に端末を弄るのは校則違反だ」

 

 床に落ちた端末を拾い上げた教師へと、真那は手を合わせて懇願する。

 

「今回だけは! 大目に見てくださいっ!」

 

「……じゃあこれ、答えられれば返してやる」

 

「はい、えっとぉ……」

 

 液晶に表示されたのは自分達の住むセクションの歴史であった。

 

 真那は机に内蔵されている教科書のデータを読み上げる。

 

「えーっと……エメトピアの歴史において、第三十七区画セクションは自然との調和を目指して構築されたセクションです。他のセクションに比べて公園などの施設が多いのは、次世代型の循環システムを生み出すのに適切だと、システムに判断されたからで……」

 

「じゃあ、このセクションの特徴は? 一言で言ってみせろ」

 

 無茶を言う、と思いつつも教科書に書かれている文言を一語一句漏らさず答えてみせていた。

 

「えっと……全てはこの理想郷、エメトピアの促進のために。我々人類がエメトピアを構築してから既に五十年。この五十年は繁栄の歴史として名高く、特にこの第三十七セクションは工業専門とされており……」

 

「もういい、そこまでで。……次に聞いてなかったら呼び出しだぞ」

 

 端末を返してもらってから、教師は液晶黒板へと戻っていく。

 

「いいか? お前達。第三十七セクションの就職率は九十パーセントを超えているとは言え、誰もお前達の進路を保証してくれるわけではない。次の中間テストまでにレポートを課題とする。自分がこのセクションにどう貢献出来るのかを三千文字以内で纏めてくる事。以上!」

 

 ちょうど終業のチャイムが鳴り、教師が立ち去ってからめいめいにクラスメート達は談笑へと入る。

 

「ちょっとマジ? 昨日のドラマ観た? あれホント泣けたんだけど」

 

「それよりもさ、中間テストまでもう二週間切ってるじゃんか。そろそろ勉強会しようぜ」

 

「やだよ、それ口実でしょ?」

 

 喧噪に塗れていく教室で、真那はイヤホンを付けて今週のヒットリリースへと再生ボタンを伸ばしていた。

 

 軽快なリズムと、そして伸びやかな歌声。

 

 バラード調の音階に身を任せようとしていると、不意に片耳のイヤホンを取られる。

 

「これ、レクディの新譜? 出てたんだ」

 

 そう言って茶髪を一本に結った少女が声をかけてくる。

 

 真那は少しむくれていた。

 

「……千佳のせいで、私、山形に目を付けられた」

 

 恨めし気に口にすると、少女――千佳は、なっはっは、と快活に応じる。

 

「あんたが迂闊なのよ、真那。端末弄るにしたって、もうちょいバレないようにしないと」

 

「分かんないじゃん。山形、陰湿だよ、あれ」

 

「歴史の山形が“買い”やってるっての、マジなのかもね」

 

「じゃあ余計にじゃない。私、“売り”やるつもりはないから」

 

「万年芋っぽいあんたがよく言えるもんだこと。前髪、もうちょっと切れば?」

 

 千佳に指摘されて真那は少し鬱陶しいくらいの前髪で目元を隠す。

 

「……いいの。これくらいのほうが安心する」

 

「安心、ねぇ……。へぇ、今回の曲もいいじゃないの。こりゃ、またヒットチャートはレクディばっかかな」

 

「……レクディのライブチケット、当たんなかったじゃない」

 

「倍率ヤバいらしいよ? それに、別に今どき会場じゃないと満足出来ないって事もないでしょ」

 

「セクション跨いで四つくらいだから、行けない事はないんだけれどね」

 

「……で、さっきのメッセ、ちゃんと見たわよね?」

 

「放課後に“油処”集合、って? 三個乗せね」

 

「二個で充分でしょ。分かってちょうだいよ」

 

「……今回は私のほうが損したから、三個」

 

「……あー、はいはい。さっきのは辛い事故だったし、その分だかんね? バイトも結構辛いのよ?」

 

「清掃業者だっけ? よくやるよー……」

 

「今どき、人間が清掃業者なんてやりゃしないって思ってるでしょ? 結構、羽振りもいいし、悪くないわよ? 私の紹介でやってみれば?」

 

「……いい。私、根暗だもん」

 

「本当の根暗は自分で根暗なんて言わないもんよ」

 

 びしっとデコピンされて、真那は千佳の顔を覗き見る。

 

 特別美人でもないが、愛想がいい顔立ちをしているので、色んなところで可愛がられるのだ。

 

 そういう点では得をしているなと思う。

 

「……千佳みたいに可愛くないし……」

 

「バイトん時は顔なんて関係ないってば。それに、あんたも苦労していないわけじゃないんだし。端末、新しいの買うって言ってなかったっけ?」

 

「あー、うん。モデルチェンジしたらね?」

 

「そうやって引き延ばすの、悪いクセよ?」

 

 とは言われつつも自分にだって考えくらいはあるのだ。

 

 真那は机の教科書を端末にダウンロードしてから、本体をシャットダウンする。

 

「……じゃあ、行こっか。“油処”でまったりと」

 

 真那はショルダーバッグを抱えて大きく伸びをした千佳を見やる。

 

「千佳はさ。彼氏とか居るの?」

 

「急だね、あんたは」

 

「……いや、何か最近、ちょっとお洒落だからさ」

 

「あんたに色気づいただの何だの言われるのもちょっと癪ねぇ……。ってか、そうかな? そう見える?」

 

「うん、見える」

 

 千佳はおかしいな、とぼやきつつも、整えられたネイルとナチュラルメイクは隠せない。

 

 きっと、バイト先でいい出会いでもあったのだろう。

 

 それに比べてみれば、と真那は肩を落とす。

 

「……何でがっくり来てるのよ」

 

「いや、何だか取り残されてる感じするからさ」

 

「馬鹿おっしゃいな。別にあんただってその野暮ったい前髪ともっさりとした猫背を直せばどうにかなるでしょうに」

 

「……猫背は言わないでよ、気にしてるんだから」

 

 真那は前髪をくるくると指先で巻きつつ、嘆息をついていた。

 

「少しは見られる努力をする! そこからよ? 恋愛だの何だのが始まるのって」

 

「……じゃあ千佳は始まってるんだ?」

 

「このお馬鹿。そういう事言ってるんじゃないでしょ」

 

 セクションを区切っているのは鉄道で、駅に向かう際中、ビル街を通る事になるのだが、そこで速報が流れていた。

 

「あっ……またか。最近多いみたいよね、“SAYA”の感染者」

 

 女性キャスターが読み上げているのは大都市であるエメトピアで猛威を振るっているウイルスに関してであった。

 

『なお、“SAYA”感染者は隔離施設への入居が進められており、現在四十七セクション中、四十セクションで感染が確認されております』

 

「隔離って言うけれど、昔で言うところのサナトリウムみたいなもんだって、バイトの先輩が言ってたわ」

 

「サナトリウム……?」

 

「何でも、一か所に集めてそれで治療をする場所らしいけれど、治療なんて嘘っぱちで、そのほとんどは対処も出来ずに死んで行くんだって」

 

「噂でしょ、それ」

 

「うちのセクションじゃ出てないだけで、“SAYA”の感染者は結構居るってのは、去年から言われているでしょ?」

 

「女の子にしかかからない病気なんて変だよ」

 

『なお、政府によると、“SAYA”感染者の致死率は下がっておらず、市民の皆様に関しては、感染拡大を防ぐとともに、感染防止対策を――』

 

「まぁね。二十歳以下の女性にしかかからないビョーキって時点で、政府の陰謀だとか言っている人は居るけれど」

 

「だから、そんなに対策は要らないって話じゃない。怖がるのも何だかなぁ……」

 

「けれど私達はその感染者になる可能性自体はあるわけだし、やっぱりどこかでセクションの管理者権限の引き上げが行われる前兆だって言うのは……」

 

「千佳、さっきから噂ばっかり」

 

「しょーがないでしょ。嫌でも耳に入ってくるのよ。社会人ってのは」

 

「……ただのバイトじゃん」

 

 信号が変わり、スクランブル交差点を渡って数分の距離にある、裏路地へと二人は歩を進めていた。

 

 ここは第三十七セクションの中でも外郭に面している。

 

 通常営業の店は少ないが二人が目的とする店は昼下がりからのれんを出していた。

 

 移動用のキッチンカーに目立つ赤いのれんを付け、そこには太文字で「油処」と書かれている。

 

「よぉーす、店長ーっ」

 

「あら? 二人とも今帰り? ちょうどいいのが入ってきたのよぉー」

 

 エプロン姿の男性店長は身をくねらせてこちらへと歩み寄る。

 

「今日は昼過ぎまでなんで、寄り道なんだけれど……いいのって?」

 

「これこれ! 第七セクションから仕入れた鮮度の高いチョコミントアイス!」

 

 店長は業務用冷凍庫に積み込んだアイスの封を切り、自分達に見せる。

 

「わぁ……っ! チョコミントアイスなんて初めて見ました!」

 

「真那も、結構現金よねぇー。アイスだけは好きなんだから」

 

 明らかにテンションの上がった自分を冷やかす千佳に、真那は恥じ入って顔を伏せる。

 

「いいのよぉ、珍しいわよねぇ。チョコミントアイスなんてアタシだって五年はお目にかかってないんだからぁ」

 

 店長は手慣れた動作でコーンを取り出し、チョコミントアイスを自分達へと振る舞う。

 

「いいんですか? ……今日は別のにしようと思っていたんですけれど」

 

「これはサービスよ。二人ともご贔屓にしてくれているからね」

 

 ウインクした店長に真那はアイスを手にして、すぐにかぶりつく。

 

 口の中に透き通るような甘みが広がり、次いで鼻筋を突き抜ける爽快感が脳髄を痺れさせていた。

 

「……チョコミント……初めて食べた……」

 

「でもさー、店長。何だって、こんなに手に入らないってぼやいているのに、よく今回はうまく行ったわね」

 

「コネがあるのよ、コ・ネが。まぁ、学生の二人には分からなくってもいい事なんだけれどね」

 

「さすがは油処の店長、やるぅー」

 

 上手い具合に千佳が乗せると店長もその気になって頬を染める。

 

 ここ――喫茶油処(あぶらどころ)は自分達にとっては幼少期からの行きつけの店だ。

 

 店名の由来は知らないが、アイスクリーム専門店のキッチンカーという井出達と、そしてキャラの濃い店長は子供達の間ではもっぱら有名である。

 

 店長本人は少しばかりガタイのいい成人男性で、金髪を流しているせいか軽薄に見られやすい。

 

 だからなのか知らないが、大人達はいい気がしないのか、ミドルスクールに入る前にはここには立ち寄るなと厳しい声が上がったものの、未だに立ち寄っているのは自分達二人くらいなものである。

 

「あら? 千佳ちゃん、最近ネイル変えた?」

 

「あっ、分かっちゃう?」

 

「もうっ、水臭いのはなしよぉ。紫色のネイルは恋の証ね?」

 

 看破されて千佳は参ったとでも言うように肩を竦める。

 

「……店長にはバレちゃうか」

 

「店長、私も言ったんですよ、彼氏でも出来たの? って」

 

「真那のは確定じゃないでしょ。店長のはマジだもん」

 

「真那ちゃんは? そろそろ彼氏か、好きな人でも出来たの?」

 

「わ……っ、私は……愚図だし、のろまだし……芋っぽいですもん」

 

「あらあら。でも真那ちゃんも可愛くなったと思うわよ? この間あげた香水、きっちり使ってくれてるのね」

 

「はぁ……っ? ちょっと店長! 私、もらってないんだけれど!」

 

「そりゃあ、真那ちゃんには真那ちゃんに合う香水があるもの。って、千佳ちゃん分からなかったの?」

 

「初耳……! って言うか、真那のクセに香水なんて生意気だー!」

 

 そう叫んで千佳が自分の肩を引っ掴み、ガタガタと揺さぶってくる。

 

「わわっ……千佳、落としちゃうじゃない……もうっ」

 

 こうしてワイワイ言い合えるのも、どこか奇縁な気がして真那は満たされるものを感じていた。

 

 店長が居て、千佳が居て、そして自分がここに居る。

 

 たとえ学校では大した人間に成れなくとも、繋がりだけは確かなのだ。

 

 ならば、他に何を求めると言うのか。

 

 別に、現状打破なんて必要ない。

 

 アイスのように溶けない永劫のものがあれば、それでいいではないか。

 

「……そういえば、別のセクションに行った時、噂になっていたわよ。ほら、“SAYA”の」

 

「あっ、店長の耳にも入ったの? っていう事は、本当に流行ってるのね」

 

「気を付けなさいよ、二人とも。アタシ、嫌よ、そんな形でお得意様を失うのなんて」

 

「大丈夫だって! 私はそんなウイルス蹴散らしちゃうくらいには元気だし、真那だって危ないところには行かないから」

 

「けれどねぇ……“SAYA”感染の有無って分かりづらいって聞くわよ? かかった時には、もう手遅れだって。ちゃんとグミは服用してる?」

 

「店長ぉー、心配し過ぎ! セクションごとの管理者権限でどうにかなっているものでしょ? それに、ここエメトピアは理想郷なんだから。人類が何百年かかってようやく創り上げた本物の理想郷なのに、そこにウイルス? 今どき? しかも、女の子にだけかかるのなんて性質の悪い都市伝説よ。グミだってちゃんと食べてるし」

 

 そう言って千佳はタブレットを取り出してみせていた。

 

 手のひら大程度の大きさでしかないが、それは自分達の健康を支えている補助薬品――通称「グミ」が入っている。

 

 グミと呼ばれる理由になったのは、その形状とそして手軽に摂取出来る有用性にあった。

 

 あらゆる栄養を補助すると言われており、グミさえ定期的に摂取していれば、エメトピアでは死に至る病のほとんどを防衛出来るとされている。

 

「アタシが若い頃にはまだそんなのなかったからねぇ。時代は変わるものよ。そう思えれば楽なんだけれど……。気を付けてね?」

 

「はぁーい。じゃあ、私達はこの辺で帰ろっかな。真那も、いいわよね?」

 

「あ、うん……。店長さん、今日のも美味しかったです。また……」

 

「ええ。またね」

 

 微笑んで手を振った店長へと、真那は立ち止まって一瞥を振り向ける。

 

 店長は自分達の前では気丈に振る舞ってくれるが、彼も異端者なのは充分に分かっている。

 

 大人達が近づくなと禁を張ったのも、別に分からない話でもない。

 

 ただ、自分と千佳はそう言ったものに疎いのか、あるいは分かっていて禁を破る事に何かしらの快感を覚えているのかは不明なままだ。

 

 油処のアイスが美味しい――それだけで割り切れるものではないと、そう証明出来るくらいには大人になったつもりであるのに。

 

「やっぱさ、店長も身勝手だよね」

 

 唐突な千佳の言葉に真那は顔を上げる。

 

「そうかな……。私達の事、気にかけてくれてるんだよ」

 

「じゃなくってさ。勝手な時だけ大人ぶって……そういうのちょっとズルいよ」

 

 勝手な時だけ、か、と真那は胸中にひとりごちる。

 

 彼がこの社会では排斥されている側なのは分かっているつもりだ。しかし、ならばこそ自分達は店長を受け入れなければいけないはずなのに、どこかで線引いている。

 

 そんな賢しい自分が、時折心底侮蔑したくなる。

 

 アイスを食べている間だけは対等なつもりでも、エメトピアのセクション内でしか生きられない自分達は結局、ただの籠の鳥であろう。

 

 世界を知った風になったところで、隣のセクションですら一年に一回、行くかどうかなのだ。

 

 バニラアイスを頬張りつつ、真那は暮れかけた空へと視線を投じていた。

 

 エメトピアの空は完全に管理され、太陽光でさえもビル街の規律じみた鏡の屈折角でコントロールされている。

 

 この世に操られていないものなどない。

 

 あまねく全てが、何者かの作為の上にある。

 

 例えば、それは今日の交通量であったり、気温であったり、雨の頻度であったり、生まれてくる子供達の数と死んで行く老人達の数であったり――。

 

 理想郷は、想定したよりもよっぽど近く、電車で行ける距離でしかない。

 

 溶けかけたアイスを口の中に放り込み、真那は空を突っ切っていく飛行機雲を眺めていた。

 

「珍しい。あんな場所を航空機が飛んでいるなんて」

 

 千佳が後ろから肩を組み、その視線を追う。

 

「あれ、爆撃機じゃない? 戦争をしているセクションを焼きに行くのよ」

 

「何か、変……だよね。エメトピアって言う理想郷に辿り着いたのに、まだ戦争をしているなんて」

 

「変なものですか。セクションを超えてくるような人間が居る世界で安心して過ごせないでしょう? そういう手合いには武力が一番なんだって」

 

 セクション間には厳格な法整備が敷かれており、場所によってはセクションを超えての移動を制限されている区間も数多いと聞く。

 

 この三十七区画はそのような横暴な政策ではないものの、やはりこの世の地獄のような場所は存在するのだろうか。

 

「……ぼんやりして。アイス溶けちゃうわよ」

 

「あ、うん。そうだね……“SAYA”感染者もそうだけれど、私達のセクションは安全だよね。だって、管理者の人達がきっちりしているから、平和なんだし」

 

「そうよそうよ。大体、真那みたいな人間がどれだけ考えたって無駄だって。下手な考え易きに、とか言う奴。もっと上の人達がよっぽど考えているのに、素人同然の女子高生に出来る事なんてほとんどないんだから」

 

 手を振って断じた千佳に、真那は自分の分のアイスへと視線を落としていた。

 

 店長をどこかで線を引いて遠ざけている感情も、こうしてセクションの事を考えないようにする感情も、どちらも同じものなのだろうか。

 

 関わらないほうがいい、関わるだけ無駄だと、そうやって思考停止して、そして平穏を享受する。

 

 自分達は平和と不安の間を行き来しているだけの、ただの一市民だ。

 

 それはしかし、市民だけにしかない特権だろう。

 

 この益体のない考えも打ち切ろう、と真那はアイスを口に放り込む。

 

「……美味しい」

 

「でしょ? 油処のアイスはやっぱり一級品ね」

 

 そうやって笑い合える友人が近くに居ればいい、多くを望むものでもない、と真那は判断していた。

 

 

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