BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第二十一話 彼女らの眼差し

 

「へぇー! あれが、新しい“オトナシ”?」

 

 物珍しそうに声を上げたのは、キザハシも久方振りに目にする少女であった。

 

「……あんた、“カナデ”……!」

 

「なにー? “キザハシ”じゃない。貴女、珍しいわね。こういう席には顔を出さないのが貴女でしょう?」

 

 カナデと呼ばれた“小夜”は、ツインテールの髪を払い、そうしてから自身の特等席へと腰を下ろす。

 

「……任務、終わったのね。長期だったんでしょう?」

 

 そう尋ねたイスルギに、カナデは肩を竦める。

 

「そうなのよー。やってらんないわねぇ。終わりの淵に立ったセクションの後始末までやらされるなんて。うちの“デヴィッド”もぼやいていたわ。こんなの仕事じゃないってねー」

 

「……カナデ、模擬戦を見に来るなんて、それは考え方が変わったと見るべき」

 

 文庫本に視線を落としていたツキシロの言葉に、カナデはウインクする。

 

「まぁねぇー。だって、あの“オトナシ”の後任でしょー? あの子、とっても冷たくって、他の“小夜”は寄せ付けないほどの強さだったけれど、やっぱり組み合わせが悪かったんじゃないかしら? “ハズレ”のデヴィッドとルイスと組んでるんじゃ、命がいくらあっても、ねぇ?」

 

 別段、今に始まった事でもない。

 

 デヴィッドとルイスが居ない場所では、命を預けている彼らの陰口を叩くくらいは日常茶飯事だ。

 

 しかし、キザハシにしてみれば、彼らと一度でも手を組んだ事情が簡単に毒を吐き出す口を閉ざさせていた。

 

「あれ? いつもなら同調するでしょー? どうしたのよ、キザハシの“小夜”」

 

 これは分かり切っていて挑発しているのだな、とキザハシは諦めて視線を投じずに応えていた。

 

「……知っているんでしょう。直近のミッションまで彼らと一緒だったのよ」

 

「ああ、そうよねぇー。貴女、身内には甘かったっけ? そのせいで……ああなんだからねぇー」

 

 途端、キザハシはカナデへと殺気を飛ばしていた。

 

 真紅に染め上がった双眸を難なく受け止めたカナデは、自らの得物である巨大なヴァイオリンケースに包まれた武装を指先で撫でる。

 

「なに? もしかして、ここでヤる気?」

 

 よしたほうがいい、そうは分かっていても、キザハシは刀へと手を添わせる。

 

 その瞬間であった。

 

 映し出された戦闘訓練場の刃が打つ音叉が鋭く響き渡る。

 

「おっ、さすがに一発目では沈まないか。いくら、新任の“オトナシ”って言ってもねぇ」

 

 その有り様に、キザハシは目を見開く。

 

 確か、ジュリアから伝え聞いた話では、音無小夜は極度の戦闘恐怖症に陥っているとの事であったが――。

 

「……“オトナシ”……」

 

 イザヨイの次手を、“オトナシ”は応戦の太刀を振るう。

 

 その立ち振る舞いには恐怖が宿ってはいた。

 

 自分にしかこの絶妙な戦闘の危うさには気付けなかっただろう。

 

 あの夜――“隔離病棟”にて、シュヴァリエの恐怖を刻みつけられた。

 

 同じ戦闘で敗走したのなら、立ち直るまでには一か月は最低でもかかるはずだ。

 

 それも、自分のように“小夜”の宿業を理解していても、である。

 

 だと言うのに、彼女は。

 

 まだ“小夜”としては未熟もいいところだ。

 

 それでも、刃を振るい、自らの生存にかける事に躊躇いがないはずがない。

 

 きっと、今にも砕け落ちそうな意志を持て余しているに違いないのに。

 

 それでも、イザヨイへと刃を払う。

 

 それをイザヨイは軽いステップで回避し、次なる銀閃を叩き込んでいた。

 

 イザヨイがオトナシの事情を知っているかどうかは分からない。

 

 だと言うのに、迷いを浮かべずに、殺意の刃を振るえるのは、それは一種の――。

 

「……才能のようなもの。あんたはそこまでやるって言うのね……オトナシ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い閃光を伴わせて、加速してみせるのは翼手との戦闘術においては必須。

 

 人間の躯体ではまるで不可能な、人体の精緻な操作を必要とされる。

 

 筋肉繊維から、一手、一挙手一投足、全てを制御しなければ、この加速術は会得出来ない。

 

 だから――迷うのは最も下策。

 

 そして、こうして太刀を振るってくれるイザヨイにとっての侮辱となる。

 

 真那は赤い旋風が体内から疼き出したのを感じ取っていた。

 

 この風に任せれば。

 

 何も考えなければきっと、もっと流麗にイザヨイの刃に応じる事は可能だろう。

 

 しかしそれは、自分である事を捨てる事に等しい。

 

 イザヨイも分かり切っているはずだ。

 

 次手の刃が薙ぎ払われ、胴体を割る速度で放たれる。

 

 それを払い除けようとするのならば――死の足音から逃れようとするのならば、“サヤ”の力に身を任せる他ない。

 

 だが、真那は踏みとどまっていた。

 

 ――それでいいのか。

 

 一時の生への執着のために、“サヤ”の力に呑まれていいのだろうか。

 

 それは生涯の禍根を残す。

 

 自分にとって、甘えてはいけない領域のはずだ。

 

 デヴィッドが、ああして語り聞かせてくれたのはきっと、前任の“オトナシ”を追って、強くなれと言う意味ではない。

 

 自分のまま――「倉橋真那」の名を宿したまま、戦え――。

 

 それが自分に与えられた呪縛であるのならば、と真那は今にも閉じそうな意識の中で必死に縋り付く。

 

 イザヨイの刃は圧倒的だ。

 

 戦闘に入ればどこにも弱者の抗弁を浮かべる余地などない。

 

 真の強者が居るとすれば、きっとこのような。

 

 しかし、真那は自分を捨てなかった。

 

 赤い旋風が、血の脈動が己を震わせる。

 

 少女でしかない自分を一瞬で染め上げようとする、真紅の鳴動に、真那は抗っていた。

 

 ――ここで引き渡せ。

 

 ――ここで自我など消え失せさせてしまえ。

 

 ――ここで差し出したほうが、きっと楽に成れる。

 

 でも。

 

「……私は……楽に成るために……“小夜”に成ったんじゃ……ない……っ!」

 

 肉体を鳴動させ、加速術でイザヨイの背後を取る。

 

 太刀を振るう、その一瞬。

 

 それが消えようのない、永劫の感覚に至った瞬間――真那の肉体は硬直していた。

 

 刀をぶつけ合うのはまだ出来る。

 

 刃を交わし合うのは、まだ分かる。

 

 だが、誰かの血を見るのは――そのレイコンマの世界での迷いが真紅の戦闘意識を掻き消していた。

 

 直後、イザヨイの腕が肩に触れ、その膂力で地面へと叩き伏せられる。

 

 肋骨が粉砕される感覚。

 

 肺が圧迫し、そして呼吸が静止する。

 

 身体感覚を取り戻す前に、イザヨイの切っ先が喉元へと据えられていた。

 

「そこまで!」

 

 ブザーが鳴り響き、戦闘訓練の終わりを告げる。

 

 結局、白星を挙げる事は出来なかった――その悔恨を噛み締める前に、イザヨイは鞘へと刀を納め、それから手を差し出す。

 

「……強かったわ。少しだけ……心配だったけれどでも、あなたとならばやれそう。よろしくね、新しい“オトナシ”の“小夜”」

 

 何だかそれは、初めて認められたようで、真那は頬を紅潮させる。

 

「オトナシ! 無事か……?」

 

 デヴィッドが駆け寄ってきて、それからタオルを差し出す。

 

 その模様にイザヨイは呆気に取られていたようであったが、すぐに微笑んでいた。

 

「いいデヴィッドね。きっと、作戦も成功するでしょう。あなたと組める事、光栄に思っているわ。オトナシ」

 

 再び握手しようと、こちらへとイザヨイが掌を開く。

 

 今だけは、この戦いに応じてくれた事に感謝すべきだろう。

 

 未熟な自分でも、共闘するに価値があるのだと思わせてくれた。

 

「……その、こちらこそ。ミッション、よろしくお願いします」

 

 イザヨイは固く握手を交わしてから自らのデヴィッドへと刀を預けていた。

 

「ミッションまで、私は少し休憩するわ。オトナシ、あなたも休んだほうがいいわよ。何せ、次の任務先は、セクション三十二。今朝のニュースには、目は通した?」

 

 問いかけられ、真那はデヴィッドへと視線を交わす。

 

「……今、“SAYA”感染者が急増しているって噂の……」

 

「そう。そして“SAYA”の感染者は私達、ロンギヌス機関にとっては有益な存在となる。何せ、戦力を増強するもってこいの機会。それを、アシッドの連中も逃すわけがない」

 

 どこか忌々しげに放たれた“アシッド”の名に、真那はタオルで汗が浮かんだ顔を拭う。

 

「……アシッド……翼手の構築する、組織……」

 

 

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