BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第二十四話 初任務

 

「短期間に転入生が二人も来るなんて。我が校としても珍しいくらいですよ」

 

 そう端的に告げた前を行く教師に、イザヨイは微笑みを湛えていた。

 

「先生方のご負担になるのでは、と思ったのですけれど」

 

「いえいえ。これでも学校に来る生徒は少し、遠ざかっている印象でして。……件の“SAYA”とやらで、校舎ごと封鎖される事態もよくある話なんです」

 

 真那は後ろに続きながら、教師の足並みを観察する。

 

 翼手の兆候は唐突だ。

 

 もし、この担当教諭が翼手だとして、自分は即座に反応して、斬りかかれるだろうか、と益体のない考えに身を浸らせていると不意に尋ねられていた。

 

「えーっと……音無さん、でしたか?」

 

「は、はい……」

 

「珍しいですねぇ、二人揃って同じ名前だなんて。ああ、ですが、よくある話ではありますか。ベビーブームの時に同じ名前を付ける親がたくさん居たとかもあるのでしょうし」

 

「クラスメイトにしてみれば、嫌な名前かもしれませんけれどね。二人とも小夜だなんて」

 

「そういう、なんて言うんですかね、都市伝説とか噂話ってのだけには聡くなるんですよ、人間。何も心配は要りません。うちのクラスは優秀な生徒さん方が多いですので」

 

 そう言ってニコニコとしたまま、教師は扉を開けていた。

 

 教室の光景に、真那は覚えず委縮する。

 

 つい先日まで、自分も何も知らない側として授業を受けていたのだ。

 

「はい。皆さん、注目! 今日からこのクラスに編入された、お二人です」

 

 クラスがざわめく。

 

 他のセクションからの転校生という事にしてあるせいで、その気持ちは真那にも分かった。

 

 もし、自分のクラスに唐突に他セクションからの転入生が来れば、何も知らなければ同じように喧噪を浮かべるだろう。

 

「えーっと、お二人とも。名前は書いていただけますか?」

 

 黒板へと、まずはイザヨイが名前を書きつける。

 

「十六夜小夜です。よろしくお願いします」

 

 堂々とした立ち振る舞いと、凛とした声に拍手が上がり、続いて次は真那の番だ。

 

「……音無小夜です。よろしくお願いします」

 

 拍手はイザヨイの時に比べて控えめであったのは、自分の声に覇気がないせいだけではないのだろう。

 

「せんせー、小夜って……」

 

「ああ、説明していませんでしたね。お二人とも、下の名前は小夜ですが、別に姉妹とかではないんですよね?」

 

「ええ、私達はたまたま、時期が被ってしまっただけですので」

 

 にこやかにイザヨイが応じるが、もしこのクラスに翼手が潜伏しているとすれば、この時点で揺さぶりをかけているも同義。

 

 その“小夜”の名前の意味を知っているとすれば、穏やかな胸中ではいられないだろう。

 

「せんせー、こっち空いてまーす!」

 

 快活そうな女生徒が隣の席を示す。

 

「では、音無さんはそちらに。十六夜さんは、窓のほうの空いている席へと」

 

 案内され、真那は着席するなり、隣の女生徒が声をかける。

 

「ねぇ、あなた、小夜って名前? 変わっているのねー、しかも二人して! ねぇねぇ、画材ケース持ってるけれど、絵でも描くの?」

 

 質問の波と、そして生まれ持っての対人恐怖症が困惑しか返せないでいると、教師が諌める。

 

「こらこら、あまり音無さんを困らせないくださいね、イルムさん」

 

「あちゃー、怒られちゃった」

 

 てへ、と茶目っ気たっぷりに舌を出したイルムと呼ばれた少女に、真那は改めてクラスメイトの人種を視野に入れる。

 

 真那の通っていたハイスクールとはまた違う、豊かな人種のクラスであった。

 

 女生徒しか居ないのは、ここが女学校だかららしい。

 

 エメトピアの共通言語で話しているので、言語の壁はないものの、それでもいきなり話しかけられればびくつきもする。

 

「……ゴメンね? えーっと、音無さん? ねぇ、これ知ってる? “コンニチハ”って」

 

「あっ、私その……昔の言語、得意じゃなくって……」

 

「あー、そうなんだ? てっきり、そっちの人種かなって思っちゃった」

 

 古来言語に由来する挨拶を言われても、自分にとってはあまり得意な分野でもなかった。

 

 しゅんと項垂れていると授業が滞りなく開始されていた。

 

 ふと、目線を振る。

 

 十六夜はどこにもてらうところのないように振る舞い、凛とした佇まいはそれだけで空気を一変させている。

 

 だからと言って、別段、彼女がお高く留まっているわけでもない。

 

 きっと生まれ持っての気質なのだろうと真那は感じていた。

 

「では、次の授業に入りますよ。教科書の三十七ページを開いて――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久方ぶりの授業には緊張もする。

 

 いや、厳密に言えば、一か月も経っていないのに、まるであの日常は二度と帰らない輝きのようでさえあった。

 

「ねぇ、音無さん」

 

「あっ、イルムさん……」

 

 ボブカットに茶髪を切り揃えた快活そうな彼女は、ふと声を潜める。

 

「……あの、十六夜さんってのは最初から知り合い?」

 

 イザヨイには予め、自分達は顔見知りではないと含められていたのでその通りに話す。

 

「……ううん、偶然だよ。私も……その、知らなかったし」

 

「それにしたって、サヤ、なんてね。悪い冗談みたいな名前。あっ、ゴメンなさい。別に差別だとかそんなんじゃ……」

 

「……いいよ、別に。私だって、もし同じ名前の人が来れば警戒するもん」

 

 こちらの返答が正しかったのかは分からないが、イルムはどこか親しげに振る舞っていた。

 

「……けれど、十六夜さんって美人だよね。何系なんだろう?」

 

 首を傾げた彼女に、真那はクラスメイト達の話題の中心地になっているイザヨイを遠巻きに眺める。

 

 常に優しい微笑みを湛えたイザヨイは、何の澱みもなくクラスメイト達の質問をいなしていた。

 

 それどころか時折冗談も交えているようで、笑いが巻き起こっている。

 

「……クラスのカーストって辛いよねぇ……」

 

 ぼやいたイルムに思わず真那は笑いかけていた。

 

 千佳とよく、そういう話題になっていた事を思い出してしまったからかもしれない。

 

「私達は底辺だよ……あっ、違って……」

 

 ついつい、気の置けない親友と話していた時の口調が出てしまって狼狽えていると、イルムは頬を紅潮させて自分へと抱きかかる。

 

「音無さん、話わっかるー! ねぇ、友達になりましょう?」

 

 まさかここまで他者との距離が近いタイプだとは想定しておらず、真那は言葉をおうむ返しにしていた。

 

「と、友達……?」

 

「そっ、友達。ダメ?」

 

「駄目じゃない……けれど……」

 

 デヴィッドより言い含められていたのは、強い人間関係を作ると任務遂行に支障を来すとの事であったが、誰一人として友人を作らないのもそれはそれで不自然だろう。

 

「じゃあ、きーまりっ! ねぇ、音無さんはさ、やっぱり、色んなセクションを回って来たの? 何番セクションから来たの?」

 

「あっ、ごめん……それは言わないように言われているんだ……」

 

 別にこれは可笑しな言い訳でもない。

 

 セクション間では“SAYA”感染者の隔離政策を行っている場所もあり、要らない差別やいわれのない偏見を生まないためには必要な方便だ。

 

「そっかぁ……そうだよね。うちのセクションでもさ、毎日毎日! “SAYA”、“SAYA”って! ノイローゼになるってば!」

 

 イルムの口調や砕けた物言いが千佳に似ていたせいだろうか。

 

 自然と真那は打ち解ける段階に入っていた。

 

「……そんな中で転校してきたから、ちょっと迷惑だったかな?」

 

「そうでもないんじゃなーい? 疎開って言うの? 何だか、それでもっと発達したセクションに行こうっていう人、私の家の近くでもたくさん居るし」

 

「……中央庁に近いところって事?」

 

「そうなんじゃないの? けれどさ、別に中央庁に近いからって“SAYA”がなくなるわけじゃないよね?」

 

「……うん。それはそうなんだと思う」

 

 大仰にため息をついたイルムに、真那は問いかけていた。

 

「イルムさんは……」

 

「呼び捨てでいいよ。何だか音無さんとは仲良くなれる感じがするし!」

 

「……じゃあイルム……は、何で十六夜さんのほうには行かないの?」

 

「うーん、ほら! 私ってコミュ症だから!」

 

「……本当のコミュ症はこんなところで油売らないと思うけれど」

 

「でも、何だか音無さんとは仲良くなれそうなんだよね。同じ匂いがするって言うかさ!」

 

「……何それ。私もコミュ症なの?」

 

「うーん、そうかも!」

 

 あまりにも迷いなく言うものだから、真那も笑みをこぼしていた。

 

 思えば、“隔離病棟”から先、笑う事なんてなかったな、と思い返す。

 

 両親と千佳を殺しておいて、こんな風に笑えるなんて思いも寄らなかった。

 

 脳裏を掠めたその考えに、顔を伏せているとイルムは不思議そうに首を傾げる。

 

「どったの? 何だかいきなり神妙な感じで」

 

「あ、いや……ちょっと嫌な事思い出しちゃって……」

 

「そういうのは忘れるに限るっ! ガッコ終わったらさ、遊びに行こうよ。私達、そういうグループみたいなのがあるんだ」

 

「……コミュ症のグループ?」

 

「もうっ! 音無さんってば、ジョークだよ、ジョーク!」

 

 そう言って心の底から笑い返していると、何だか“サヤ”としての職務も消えていくようであった。

 

 イザヨイはクラスメイトの取り巻きが出来て、彼女なりの交友関係を構築しているらしい。

 

 自分はそう言った機微よりも、一人を大事にするほうが性に合っている。

 

「音無さん、これ、知ってる?」

 

 イルムが端末を翳して表示させたのは、薄暗い画面に表示された一分半ほどの動画であった。

 

 工場地帯のように映る光景がいくつかカッティングされて合成され、直後には、撮影していた人間へと、前を歩く人影が不意に膨れ上がり、振り返って襲いかかる――と言った構成の、よくある三文映画。

 

 ホラー調の映像作品であったが、真那はその怪物が振り返った際に――真紅の虹彩を閃かせているのを見逃さなかった。

 

「……これって……」

 

「ね? すごいでしょ? これねー、誰が撮ったのか分かんないんだけれど、一つだけ分かってる事があってね。この撮影場所、うちのセクションっぽいんだよね。だから、私の友達の映像制作が趣味のグループでさ、今日辺りロケハンに行こうってなってるんだ」

 

「……ロケハン? この撮影場所に、行くの?」

 

「だから、そう言ってるじゃない。音無さんも来なよ。これ、結構よく出来てるって噂だし。ま、ちょっと画質はチープだけれどねー。何十年前のホラーなんだよって言う」

 

 そう言って快活に笑ったイルムを他所に、真那は確信めいた予感があった。

 

 この怪物の存在を、知らない時期ならばそう言った映像作品で済ませられただろう。

 

 だが、あの瞳に潜んだ野性は明らかに――翼手のそれだ。

 

 画材ケースをぎゅっと握り締め、真那はイルムへと尋ねる。

 

「……その場所は、どこ?」

 

 

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