BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第二十七話 『小夜』の宿命

 

「……あのレベルの28号をあんな数用意しているなんて聞いていなかったわよ」

 

「それは、敵を騙すのならばまず味方から、と言うでしょう? 安心して。私のシュヴァリエも下がらせている。ここでの手打ちはしないから」

 

「……音無小夜を無効化するのには骨が折れる。けれど、これで抵抗なんてしてこないと思うわ」

 

「それはこれ以上、尊厳を破壊する真似はするな、という事かしら?」

 

「……どっちとも取りなさい」

 

 真那は血の海の中で、視界を上げる。

 

「いざ、よい……さ、ん」

 

「気味が悪いわね。これでもまだ生きてるなんて」

 

 吐き捨てた白スーツの女に、イザヨイは言いやる。

 

「仕方ないわよ。それでも生き永らえるのが私達――“サヤ”なんだから」

 

「まさしく理想郷の病理、か。……この“サヤ”は捕獲するわ。少しは研究に役立つでしょう」

 

「いいけれど、シュヴァリエなしじゃ、危ないわよ」

 

 真那は激痛と、そして胸を占める虚無感の只中で、再び名を呼ぶ。

 

 懸命に、そして乞うように。

 

「……いざ、よ……いさ、……ん。ど……し、て……」

 

「言ったはずよね? 私はエメトピア中央庁に用があるの。そのためなら、手段を選ばないって」

 

 イザヨイの絶対零度の眼差しに、真那は絶望の淵に立った気分であった。

 

 裏切りだけではない。

 

 自分は利用されていた――彼女の目論みのために。

 

「いくら優秀な“サヤ”とは言え、起きようなんて思わないほうがいいわ。もう、これ以上死んだら、いくら“オトナシ”の因子でも次はない」

 

 絶望。

 

 昏く沈んでいく視界。

 

 遠ざかっていく声。

 

 もう、誰にも裏切られたくないと思っていたのに。

 

 そして――もう誰も、心を犠牲にしてまで殺したくないと、思っていたのに。

 

 ――殺せ。

 

 やめて欲しい。

 

 ――ここで死ぬを是とするか? 殺せ。

 

 だから、やめて欲しい。

 

 殺し殺されなんて間違っている。

 

 ここは理想郷のはずだ。

 

 白亜の理想都市、エメトピア。

 

 憎しみも、怨嗟も、何もかも縁遠い、人類の辿り着いた真の意味での約束の地。

 

 だから、もう。

 

 ――だから、そろそろ。

 

 ああ、もう。

 

 ――いいはずだろう?

 

 血が命じる。

 

 脈動が、精神が研ぎ澄まされる。

 

「……十六夜小夜。これは……一体……?」

 

 ジャンヌがうろたえたように後ずさる。

 

 イザヨイの眼差しの先で、真那は立ち上がっていた。

 

「……心臓を貫いたのよ……」

 

 信じられないものを見るように、イザヨイは真紅の瞳を震撼させる。

 

 真那は――全身が熱く、焼けたように熱く、鼓動を刻んでいるのを感覚する。

 

 切断された両腕が焔を宿し、急速再生された骨格と指先へと神経が宿っていた。

 

 失ったはずの両手で空を掻き、血の海から逆再生するかのように、血潮が舞い上がる。

 

「……何が……起こっているの……。まさか、これが、オリジナルだって?」

 

「あり得ない! オリジナルのはずがない……! だって、この子は“オトナシ”から、因子だけを受け継いだ“サヤ”のはず! ……私相手に、比肩するわけが……!」

 

 血が踊り、真那の長髪を縛っていく。

 

 感覚器が繋がっていなくとも分かる。

 

 三つ編みの形を絞り、全身に血が迸る。

 

 両腕の皮膚を再生し、直後、世界が赤い暴風に閉ざされていた。

 

「……音無……小夜……ッ!」

 

 イザヨイが身構えようとして、その武器が真那の肉体を貫いている一本だけである事を理解したらしい。

 

 あまりにも――遅い。

 

 真那は既に彼女の刀を握り締め、心臓から引き抜いている。

 

 血糊が通路を濡らし、ぽとぽとと滴る中で、真那は己を満たす戦闘神経へと肉体も精神も委ねていた。

 

「ジャンヌ! 逃げなさい! この子は――!」

 

 その声が迸った時には、刃が振り落とされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況は!」

 

 ほとんど悲鳴のように声を発したルイスにデヴィッドは中心街の地獄絵図を眺めていた。

 

 即座に助手席から飛び降り、拳銃を握り締めて人垣をかき分ける。

 

「……失礼……。なんて事だ、これは……!」

 

 黒い獣へと変じている死骸はそこいらかしこに突き刺さっている。

 

 変異した翼手を始末したのは、果たして真那なのか、それとも――。

 

 逡巡を浮かべている間にも、ルイスが怒声を発する。

 

「デヴィッド! つい先ほど、戦術ヘリがこっちに向かったって報告が出た! ……イザヨイのデヴィッドが申請したらしい。受諾済みだ……!」

 

 苦々しげに口にした理由を、デヴィッドとて理解出来ないわけではない。

 

「……イザヨイの援護に向かうか……! 裏切っている自覚があるはずなのに……」

 

 既に羽音を散らす戦術ヘリが中心街からほど近くの場所に向かっているのが視野に入っていた。

 

 デヴィッドは舌打ちを滲ませて車へと乗り込む。

 

「……倉橋真那を援護しなければ。そうでなければ……殺されるぞ……!」

 

「分かってるよ、そんな事は!」

 

 ルイスがハンドルをさばき、素早くドリフトさせた車両で真那の現在位置へと向かおうとする。

 

 しかし、計算通りであるのならば、既に時間切れが近い。

 

「……如何に俺達の“サヤ”が“オトナシ”とは言え、不意打ちならば確実に殺される……! イザヨイにはそういう力くらいはあるはずだ!」

 

「彼女の戦闘経験値ならな……! 音無小夜を無力化するくらいわけない……! しかし、デヴィッド、その先は分かっているのか?」

 

「……ジョエルのビデオメッセージの後、追伸があった。恐らく十六夜小夜の目的は、アシッドへの亡命……!」

 

「おいおい! 穏やかじゃないな、それは……! 小夜が敵になるってのかよ!」

 

 確かな情報筋であるのは長官であるジョエル本人の署名が施されていた事と、そして状況証拠からしても明らかだろう。

 

「……恐らくだが、このセクションに手引きしたのも彼女か。翼手を狩ると言う名目で、、まだ日が浅い倉橋真那を誘い込み、そして出し抜く。それが目的だとすれば、ほとんど達成されている事になるが……」

 

「冗談じゃ、ないぜ! もう“小夜”に恨まれるのは一生分だってんだ!」

 

 アクセルを踏み込み、風を切って車両が真那の現在地を辿って地面を掻っ切る。

 

 デヴィッドはいつでも敵に銃弾を撃ち込めるように、弾倉を込めていた。

 

「……ジョエルはこうも記していた。恐らくはエメトピア、中央庁の幹部相当との渡りがあると」

 

「……って事は、アシッドの?」

 

「……可能性は高い。もし行き会えば、千載一遇の好機だ。アシッド幹部を暗殺する」

 

「簡単に言うがなぁ……! ったく、言い出したら聞かないのは、前から同じで!」

 

 クラクションを鳴らしてルイスは車両を横付けする。

 

「この壁の向こうだ!」

 

 デヴィッドは飛び出して壁を叩く。

 

「……壁一枚で隔てられているって言うのか……!」

 

 こんな土壇場で真那を失うのか、自分は。

 

 その悔恨が身を浸そうとした瞬間であった。

 

 片耳に仕込んでおいた緊急用秘匿通信が、耳朶を打つ。

 

「……倉橋真那、か?」

 

『……David』

 

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