「酷い有り様だね」
そう呟いたジョエルへと、駐在していた部下達が応じる。
「長官。敵の幹部と“サヤ”の一員が繋がっているのだとすれば、決戦兵器として使うのは問題があります」
「だろうとしても、僕らは“小夜”に頼るしかないんだ。彼女らだけが、この終わらない夜を砕く術であるのは明白だからね」
それにしても、とジョエルはモニターの先に浮かぶエメトピア中央庁の遠景を睨んでいた。
血の汚れも、ましてやその宿命も感じさせない潔癖の城は、今も屹立している。
中央庁は塔の形状を成しており、天を衝くその威容に人々は恐れを抱くと言うが、ジョエルは違っていた。
「……塔の中で、今もその時を待ち望んでいるか。それとも破滅の誘因を辿るか。いずれにせよ、お前と戦う時は近づいてきていると思うべきなんだろうな。アシッドの長官、そして忌むべき血の宿業。……僕はお前を絶対に、殺す。その機会が一ミリでもあるのならば、逃すわけにはいかない。“サヤ”達には伝令を。次のミッションが近い。今は内偵でさえも、正直惜しいくらいなんだ」
「承知いたしましたが、ワイズマンが黙っていませんよ」
「デヴィッドも、ルイスも、そしてジョエルと言う席でさえも。全ては一つの宿願のためだけにある。僕らの血の運命の果てを辿るために……」
執務椅子から立ち上がったジョエルは、その双眸に決意の灯火を宿す。
「……必ず、殺す。エメトピアにて、中央庁の長が動く情報があったと言うのならばなおさらだ。これは……僕の血の罪でもある」
恭しく頭を垂れた部下達から、ジョエルは白亜の城へと一瞥を振り向けていた。
「だから、大人しく僕らに殺されてくれよ。――兄さん」
夢の皮膜が解けた気がして、そっと起き上がる。
長い眠りを経ていた気がする。
かと思えば浅い夢を見ていたような感覚もある。
「――お目覚めですか」
水色のゼリー状の物体で敷き詰められた白い棺より上体を起こし、彼は夢の残滓を確かめるように額に手をやっていた。
眼前にはモノクルを付けた側近が頭を垂れている。
「どれくらい眠っていた?」
「今回は十二年ほど。短い昏睡でした」
「十二年か……。世界は変わったかい?」
「……少しばかり手狭になったようです。我々の創り上げた理想郷は」
「存じているよ。“サヤ”が、また増えたようだね」
棺で眠っていたとは言え、情報は常に同期されている。
エメトピア全土に渡った末端神経のような情報網は地面を這う水色の血脈で繋がれていた。
裸体のまま歩み始めた自分へと、側近は服飾を纏わせる。
「ロンギヌス機関……彼の者達も随分と上手く立ち回る術を覚えた様子。久方振りのお食事はどうなさいますか」
「そうだなぁ。ビーフも捨てがたい。ちょうど腹を満たしたいんだ」
「ご用意いたします。ですが、失礼……。その前に。エメトピアを管理する神官達が、謁見を、と」
「名前は?」
「今代のラビです。それに、カルナ。ジャンヌ、シリウス……」
「忙しい事だね。食事も満足に出来ない、か」
彼は透き通るように白い相貌に僅かながら喜色を湛える。
「……四人兄弟達は、役割は元のままです。恐らく、すぐに情報の齟齬はなくなるかと」
「それは助かる。毎回、彼らと顔合わせをする度に、はじめまして、では困るんだ」
「彼らはあなたの事をよく知っておりますよ。私と同じく」
「十二年も玉座を留守にすれば、さすがにおかんむりじゃないかな?」
裸足のまま、法衣だけを纏って彼が向かったのは白亜の玉座であった。
空白の王の椅子へと、ゆっくりと腰掛けると、映像越しではあったが、神官の四人兄弟が傅いている。
『現着いたしました。覚醒されたと』
総員の同意を得て、フッと笑みを浮かべる。
「……みんな、久しぶりだね」
「王の帰還です。皆々様、どうか楽になさってください」
側近の言葉でも彼らから面を上げようとはしない。
それだけの隔絶、それだけの王位。
『我ら四神官は変わらずここに。アシッド長官であり、エメトピアの王。――七原文人様のために』
「王、か。悪い気分じゃないね」
そう言って彼は――文人は久しく忘れていた理想郷の空気を肺に取り込む。
一拍の後に瞼を開いた文人の翡翠の瞳は、淡く揺れていた。
第三章 「恐怖と共に在れ」了