BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第三十二話 決意を胸に

 

 面談が必要だ、とデヴィッドに告げられて真那は二日ぶりに牢獄から外に出ていた。

 

 それでも滞留した空気は変わらない。

 

 意識のあるうちに治療よりも先にと、地下牢に繋がれて一度として眠りに落ちなかった。

 

 真那は鏡に映った自分の相貌を眺める。

 

 酷い顔色だった。

 

 色素の抜け落ちた皮膚に、血でささくれた髪。

 

 どれもこれも、他人と会うのには適さないだろう。

 

 デヴィッドはそれを加味してか、進言してくれていた。

 

「……シャワーの使用は許可されている。もっとも、たったの二十分間だが」

 

 どこか気後れした様子のデヴィッドに、真那は言葉少なに応じて、その後ろに付き従う。

 

「……私はどうなるんですか」

 

「査問会にかけられる。ロンギヌス機関には、ワイズマンと呼ばれる内偵部署が存在していて……彼らにしてみれば君の前回の覚醒の模様は震撼として伝わったらしい」

 

 そうは言っても、真那自身もまだ自覚がないのだ。

 

 覚醒と呼ばれても、自分はただ赤い衝動に身を任せただけ。

 

 他の要因は存在しない。

 

 あるとすれば――裏切りの傷が疼くくらいか。

 

「……イザヨイさんは……」

 

「死亡が確認された」

 

 手短に伝えたデヴィッドの口調には、こちらが重く捉える必要はないと言う手心が感じられたが、真那にはその一言が何よりも雄弁であった。

 

「……私が殺した、ですよね」

 

「……あまり気に病まないほうがいい。十六夜小夜は離反者であった、それは紛れもない事実だ。見抜けなかったのは機関の落ち度であって、君の落ち度ではない」

 

 デヴィッドはきっと優しい。

 

 自分相手に、そこまで慮ってくれるのは彼くらいだろう。

 

 ロンギヌス機関の人々は、自分を恐るべき生態兵器、“サヤ”の一角だと規定しているはず。

 

 だから、どれだけデヴィッドが心を砕いてくれてもその事実だけは覆らない。

 

「……イザヨイさんは、私が、斬った……」

 

「間に合わせにもならないだろうが、イザヨイをあそこで仕留めなければ、機関の情報の流出だけではない、“サヤ”を解析され、そしてアシッドにとって優位に転がっていた可能性が高い。君は翼手人類の魔の手から、人類を救ったんだ」

 

 どれだけ言い繕っても、イザヨイを殺した事実だけは消えない。

 

 彼女が半分は望んでいたとしても、それでも自分は自らの殺意に任せて人を斬ったのだ。

 

 もう、戻れないのは分かり切っている。

 

 シャワールームは手狭で、一人が入れれば充分なスペースしかなかった。

 

「何かあったら、すぐに言ってくれ」

 

 デヴィッドは背中を向けて脱衣所から離れて行く。

 

 真那は血濡れのセーラー服をようやく脱いでいた。

 

 ゆるい丘陵を描く左胸に、未だ燻ぶる殺意の傷痕が残っている。

 

「……刺されたんだ、私……」

 

 イザヨイに、何の躊躇もなく彼女は刺突していた。

 

 それで全てを終わらせるつもりだったのだろうが、実際にはどうだ。

 

 生き永らえ、そうでなくとも恐るべき再生能力を発揮して彼女を殺し返した。

 

 ワイズマンと呼ばれる者達がどのような存在かは知らないが、きっと自分を化け物として扱う。

 

 それだけは確かな現実であろう。

 

 赤黒く染まった下着を脱いで、真那は熱いシャワーを浴びる。

 

 排水溝へと血が流れ落ち、真那はシャワーの音に紛れて嗚咽していた。

 

「……なんでぇ……っ。何で……!」

 

 問い質したって仕方あるまい。

 

 イザヨイにはイザヨイの理由があった。

 

 そして、彼女には「ヒビヤルイ」と言う、譲れない本物の名前があったのだ。

 

 決して、機関の“サヤ”だからという理由だけではない。

 

 自分が殺すまで、イザヨイには戦う理由が確かに存在していた。

 

 その息の根を止めて、彼女の命を背負って自分は生きている。

 

「……誰も、傷つけたくなんて……ないのに……」

 

 指先を血が滴り落ちていく。

 

 決して拭えない血のにおい。

 

 自分の一部と化した、血の宿業。

 

 真那は何度か鏡に反射する傷口をなぞっていた。

 

 両腕、両足の切断部。

 

 左胸を貫いた刀傷。

 

 どれもこれも、いつかは消えて行くのだろうか。

 

 超再生能力が自分には備わっていると聞いた。

 

 ならば、この――癒えてはならない傷もいずれ消える。

 

 真那は地下牢で拾い上げていた一握りの石細工を自分の首筋へとあてがっていた。

 

 これで頸動脈を切れば、全て終わるのだろうか――しかしそれは詮ない考えだ。

 

 デヴィッドがここまで自分に寄り添ってくれている、報いるべきなのだ。

 

 決して、身勝手に死ぬ事は許されない。

 

 しかし、掌程度しかないその凶器を、手離す気にはなれなかった。

 

 これは最後の最後、自分に残された選択肢なのだろう。

 

 ヒトを殺せず、自分では死ねず。

 

 それが“サヤ”の宿命だと言うのならば、ならばせめても――。

 

「……私は、戦わなくっちゃ、いけないんだよね……。千佳、ショーコさん……イザヨイ……さん……っ!」

 

 三人の命が自分を生かしている。

 

 自分一人の想いならば消えて行くだけなのに、彼女らが決して自分をこの呪縛から解き放たない。

 

 そうだとも、苦しむのならば未だ地獄の淵には遠い。

 

 蛇口をひねり、真那は長髪を流していた。

 

 赤く濁った水流が解け落ちて行くのを眺めてから、瞼をきつく閉じる。

 

 いつだって――今だって、赤い旋風は体内に介在している。

 

 自分が命じれば、その衝動と本能で満たすだろう。

 

 制御出来なければいけない。

 

 獣の意思も、殺意も、何もかもを。

 

 それならば、強くあらねば。

 

 誰よりも、強く。

 

 シャワーを止め、真那はタオルを抱えていた。

 

「それでも……こんなにも胸が痛いのだけは……許して……」

 

 贖罪の気持ちだけではない。

 

 懺悔だけでもない。

 

 ただ――生きて行くのに摩耗しそうなこの身一つ、三人分の命で繋いで欲しい。

 

 用意されていたのはまたしても知らないセーラー服で、これが小夜の正装なのだと思い知る。

 

 ようやく髪を乾かしてデヴィッドの下へと向かった時には、恐らくとうに二十分は過ぎていたのだろう。

 

 それでも彼は苦言一つ呈さない。

 

「……覚悟は出来ているか」

 

 自分の眼差しに浮かんだものを読み取ってくれた彼に、真那は首肯する。

 

 査問会と呼ばれる場所へと赴く際、真那は後ろ手に拘束されていた。

 

 手錠がジャラと音を立てる中で、黒塗りの影が自分を四方八方から見据える。

 

 デヴィッドは静かに下がっていた。

 

『……“オトナシ”の“サヤ”か』

 

 誰ともなく呟かれたその声に宿っているのは、怨嗟、恐怖、嘲り――。

 

 このような人々に自分は裁かれるのだろうか、と感じた直後、手を叩かれていた。

 

 出し抜けの拍手の主は、自分の知る者の姿である。

 

「怖がらないでいただきたい。彼女は貢献者だ」

 

「……ジョエル……」

 

「長官が抜けているよ、音無小夜」

 

 ジョエルは影の人々を牽制するように、率先して声を放っていた。

 

「何も怖がる事はないでしょう? 彼女は機関の裏切り者を始末したのです。本来ならば、査問会とて必要のない身分。それをわざわざ連れ出して、弱い者ほど群れたがる」

 

『ジョエル、貴様……!』

 

 それは彼らの逆鱗に触れたのか、荒らげかけられた声へとジョエルは制するように告げる。

 

「静かに。ここは査問会です。魔女裁判ではない」

 

 ジョエルの一声で彼らは水を打ったように静まり返っていた。

 

 自分を見つめる畏怖が少しだけ薄らいだような気がする。

 

 それよりも、ここで真那相手に軽々に言葉を放つ、ジョエルの命知らずのほうが浮き立っている。

 

『しかし、ジョエル……! 裏切り者を退治したと言うのは大きいが、“オトナシ”の力はまるで制御出来ない事が露呈した! これは由々しき事態だ!』

 

『左様。“サヤ”の力は管理の中でこそ、意味を成すもの。それを……一個人の思考だけで暴走させるのは旨味はない。破滅の道を辿るぞ』

 

「おや、それは見解の相違。僕は彼女がようやく、本当に“サヤ”に近づいてくれたんだと思っていたんですがね」

 

「……私が、“サヤ”に……?」

 

「そうだろう? 翼手を狩る殺戮兵器、前回イザヨイを殺して見せた君はまさに理想の“サヤ”の姿だった」

 

 自分がイザヨイと戦った様は恐らくここに居る全員に露呈しているのだろう。

 

 しかし、彼女が最後に遺した本当の名前だけは、共有されていないようであった。

 

 所詮、それが“サヤ”の価値。

 

 死ねば、組織にとって有用な存在であったかどうかだけが問われる。

 

 普通に生きて、そして死ぬよりもなお色濃く、無価値と言う証明だけが残る。

 

 ぎし、と真那は手錠をかけられた腕を軋ませていた。

 

「……あなた達には何も……分からない」

 

「そりゃ、そうさ。“サヤ”の苦悩なんていちいち考えていれば摩耗してしまうだけ。ここでは、どうでしょうか? ワイズマンの皆様。責任の追及よりも、未来の話をしませんか?」

 

『……未来だと?』

 

「ええ、次のミッションに、彼女を……“音無小夜”を充てる、という未来の話です」

 

 その言葉にワイズマンがうろたえたのが伝わった。

 

 何だ、と真那はその当惑に周囲へと視線を巡らせる。

 

『……急務だぞ。それを、まだ日の浅い“サヤ”に……』

 

「だからこそ、ですよ。アシッドに気取られていないのならば、潜入も滞りなく遂行されるでしょう。それに、相手からしてみても油断の対象であるはず。彼女が継続戦闘が可能だと、一言、うんと言えばこちらは順当だと判断しましょう」

 

 ジョエルの言っている事は一つだってまともに分からないのに、ロクな事ではないのだけは明白であった。

 

 彼は自分達、“サヤ”を嫌っているのか、あるいは自分にだけこのような軽薄な態度に出るのか未だに分からない。

 

『……既に作戦に移っている“サヤ”達を呼び戻す時間も惜しい、か。だが、下手に動けばアシッドに勘付かれる』

 

「千載一遇の好機なのです。作戦遂行は必定。であるのならば、一手でも敵を上回りたい。今回のような作戦になれば、シュヴァリエの運用も視野に入って来るでしょう」

 

「……シュヴァリエ……」

 

 一度だけ交戦した、黒い外套姿の翼手――両腕両足の斬られた部位が熱く疼く。

 

『だからこそだ。シュヴァリエが出てくれば、“オトナシ”の熟練度では怪しい』

 

「おや? 前回の戦い振りをご覧になったはず。イザヨイ相手にあそこまでやれるのならば、組織の理念を体現するのに十二分であると、判断に値します」

 

 ジョエルがこちらへと嘲りの眼差しを投げる。

 

 内奥に蠢く血の脈動が彼の嘲笑に牙を突き立てんとしたが、真那は必死にそれを抑え込んでいた。

 

 ここで制御の利かない“サヤ”なのだと露呈すれば、それこそ処分されてしまうだろう。

 

「……一つだけ」

 

『発言権は許可されていない』

 

 ワイズマンの厳しい論調に比して、ジョエルが促す。

 

「構わない。何かな?」

 

「……私はまだ、“サヤ”で居て、いいんですか。裏切り者とは言え、同じ“サヤ”を殺したんですよ」

 

 一拍だけ、沈黙が流れたがジョエルが風と受け流す。

 

「そんな事を気にしているのかい? 機関にしてみれば、どれだけ損耗しようとも最終的に勝利すればいい。“サヤ”は人類の黎明のために必要な駒だ。それ以上でも以下でもないだろう」

 

 ある意味では、想定通りの答え。

 

 しかしながら、それをジョエルが口にした事に意味がある。

 

 ――迷わなくっていいのなら、それで構わない。

 

「……なら、お願いします。私を、“音無小夜”として、そのミッションに組み込んでください」

 

 頭を下げる。

 

 その懇願は想定外であったのか、それとも既知の事実であったのか、静寂が降り立っていた。

 

 やがて、ワイズマンの一員が声にする。

 

『……構いませんな?』

 

『……異論はない。何よりも、有能な“サヤ”を遊ばせておくような余裕もなし』

 

「決まりですね」

 

 ジョエルが手を叩いた事で、自分の次の任務は決定されたらしい。

 

 それと同時にこの査問会の終わりも近づいていた。

 

『……ミッションに向かう“サヤ”への処分は不問とする。よろしいな?』

 

『了承しよう。それに、次の任務こそ、死地の可能性も十全にある』

 

『我々、ロンギヌス機関のために最後の最後まで牙であれ、“音無小夜”』

 

 ワイズマンが離席し、暗い査問会でジョエルだけが居残る。

 

「……だってさ。よかったじゃないか、“オトナシ”の。ここで死なずに済んだ」

 

「……だからって、あなたに感謝する言葉なんてない」

 

「嫌われたね、どうにも。……ただ、一つだけ。こちらもいいかな?」

 

 ジョエルの呼び止める言葉には従わなければいけないだろう。

 

 真那は彼の双眸を真正面から見据える。

 

 ジョエルはぞっとするほどに冷たい声音で、それでいて重々しく昏い視線を投げていた。

 

 その眼差しには、“サヤ”であるはずの自分でさえも心の奥底が震えるような心地であった。

 

「――標的は必ず殺せ。それ以外の命令はない。以上だ」

 

 本当に、その一言だけを言い置くかのように、ジョエルは踵を返す。

 

 彼の気配が完全に途絶えてから、真那はようやく後ずさっていた。

 

 その身をデヴィッドが受け止める。

 

「大丈夫か?」

 

「……デヴィッドさん……? ジョエルは……何で、あんな風に……」

 

「理由がある。ジョエルにもな。我々は役割に集約される意味を持つ。このデヴィッドの名にも」

 

「……デヴィッドさんにも……」

 

 問いかける瞳を投げると、彼は視線を逸らしていた。

 

「……何でもない。忘れてくれ」

 

 手錠が外され、真那は査問会の外で待ち構えていたルイスとジュリアに出迎えられていた。

 

「よう。どうだった?」

 

「やはり、次のミッションへの参加を条件にされた。想定内だが、相性と言うものもある。……少しだけ不安だが」

 

「倉橋真那さん、メディカルチェックを。医務室で行うわ。あなたには次の作戦に向かう前に、肉体と精神への負荷を低減させないといけない」

 

 ジュリアに手を取られ、自分はまだ「倉橋真那」でいいのか、と言う自問自答に囚われる。

 

「……私はまだ……倉橋真那で……」

 

「誰も強制はしない。俺達の間では、特に。君は、自分が信じる限り、倉橋真那であって欲しい。いや、これも俺のエゴか……」

 

 呟いたデヴィッドに何か気の利いた言葉をかけようとして、自分の中には何もない事に気付く。

 

 イザヨイを殺し、そして“サヤ”の中でも異端児とされる自分は、ここでデヴィッドの傷一つ癒す事など出来ないだろう。

 

「倉橋真那さん。あなたは少しでも……私の一意見では休むべきだと思うのだけれど、査問会での決定は覆せないわ。所詮、私もただの“ジュリア”だものね」

 

 そう寂しげに告げて、ジュリアは自分を医務室へと迎える。

 

 反対側の通路を行くデヴィッドとルイスは次の任務に向けての打ち合わせがあるのだろう。

 

 今は――彼らと正反対の通路を取る事そのものが、弱さのような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、結局のところどうなんだ? おれ達の“サヤ”は使えそうか?」

 

 煙草の紫煙をくゆらせるルイスの愚直なまでの正論に、デヴィッドはベンチに座って項垂れる。

 

「……正直なところで言えば、機関は倉橋真那を軽んじている。イザヨイは、“サヤ”の中でも指折りだった。それは間違いない。そして、倉橋真那の中に内在する“サヤ”は、間違いなく……」

 

「最強の“サヤ”――音無小夜で十中八九、か」

 

 濁した先を断言したルイスは煙い嘆息をつく。

 

「……俺はあの時……先代の“オトナシ”を看取った時点で、もう終わりなのだと思っていた。このような地獄の連鎖の……」

 

「何だよ、“デヴィッド”と“ルイス”がただの一般人に戻れるって? それは随分と楽観的な妄想だな」

 

 そうだ、『デヴィッド』の名前が終わりを描こうともそれを許さない。

 

 この名前が、宿業のように自分の人生を制約し続ける。

 

「……見積もりが甘かったのは分かっているさ。それでも……俺達は、数多の“サヤ”の屍の上にある。分かっているんだろう?」

 

 目線を振り向けるとルイスは肩を竦める。

 

「いちいち、見殺しにした“サヤ”の顔色を窺って、これでも切るか?」

 

 ルイスは誰の目もないのを分かっていて十字を切っていた。

 

 その冗長めいた仕草で、救われる自分の浅はかさに心底嫌になる。

 

「……俺は、次の任務に倉橋真那が赴くのは危険だと思っている」

 

「毎回だろう。どんな任務だって安全じゃない」

 

 その通りだ。

 

 自分達は安全圏から“サヤ”へと武器を投げるだけ。

 

 本当の血の戦場で苦しむのは、“サヤ”だと言うのに。

 

「……卑怯者だ、俺達は……」

 

「それ、聞き飽きたよ、デヴィッド。おれ達は、せいぜい卑怯で、そして臆病なまま、夕闇を歩むしかないのさ。彼女らの夜に引き込まれないように、な。それは死の誘因だ」

 

 だが夜に抱かれて消えて行った命に対して、無神経であれと言うのか。

 

 処世術ではあろうが、それはあまりにも――。

 

「俺は、彼女らの死に様を覚えておく事にするよ、ルイス」

 

「辛くなるぞ。いいのか?」

 

「……いいさ。それくらいがデヴィッドの名に相応しい」

 

「そうか。じゃあ、おれは無関心を気取らせてもらうぜ。誰も彼も、お前みたいに真正面から“サヤ”と向かい合えるわけじゃない。ルイスの職務外だ、それも。おれは仕事をするだけさ」

 

 煙草をくず入れに押し付けて、ルイスは片手を上げて立ち去っていく。

 

「仕事をするだけ、か。……お前らしいよ、ルイス。それくらいのスタンスで居られれば、俺もまだ楽なんだろうがな。デヴィッドであろうとするのもある意味では……傲慢の一言なんだろう」

 

 ベンチから立ち上がり、デヴィッドは未だにくゆるルイスの吸い殻を押し付け、その火を完全に消していた。

 

 

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