BLOOD/EMETH   作:オンドゥル大使

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第三十四話 楽園の贄

 

「さぁ、今日から皆さんと共に学んでもらいます。名前は、言えますね?」

 

 自分の名を、電光掲示板へと書きつける。

 

 彼女らはどこか物珍しげにそれを注視していた。

 

「――音無小夜です、よろしくお願いします」

 

 好奇の目線が交わされる中で、担任に席を促される。

 

「では音無さんは……あちらの空いている席に」

 

 首肯して着席してから、端末にメッセージが飛び交っていた。

 

 パブリックのオープンメッセージルームに、質問が飛び交う。

 

〈ねぇ、音無さんってこの間転校してきた、階さんと、同じ名前よね?〉

 

〈どういう関係? あ、関係ないとかもあるか〉

 

〈転校生が多いっていいよね。クラスが賑やかになるのは大歓迎〉

 

 数週間前ならば、自分もメッセージを投げる側だっただろう。

 

 真那は一拍、肺の中へと空気を取り込む。

 

 少女らばかりの女子高。

 

 事前に知らされていたのは、それともう一つ――。

 

 真那は窓際の席で空を眺める人影へと一瞥を振り向けていた。

 

 栗色の髪を一つ結びに髪を結った少女は、こちらの視線に対して応戦するように、一瞬だけ黒曜石の瞳を真紅に染める。

 

 敵意めいた双眸へと、真那は思わず視線を逸らしていた。

 

 個別メッセージに問いかけが成される。

 

〈オトナシ、次の休憩時間、ちょっとツラを貸しなさい〉

 

 やはり、怪しまれているのだろうか。

 

 あるいは、あまりにも偶発的にしては出来過ぎている状況に、困惑もあるのかもしれない。

 

 彼女――階小夜にしてみれば、それは異常事態でしかない。

 

 先んじてミッションに入っていたかと思えば、自分のような不確定要素を噛む事になるなど、と。

 

 その憂鬱さに沈む前に、真那はクラスメイトへと視線を巡らせていた。

 

 前回のように、翼手が張っている可能性が高い――そう作戦前に教えられてきたが、耳朶も視野も、クラスの誰かが翼手である事を特定は出来なかった。

 

 やはり自分に内在する“サヤ”の因子は、まだ完全には操れていないらしい。

 

 デヴィッドによると、クラスメイトの中に翼手が紛れている可能性は八割強。

 

 居ないほうがどうかしていると評されたほどだ。

 

 真那は画材ケースを抱えて、その可能性に耐え忍んでいた。

 

 前回のように――心を開いたかと思えば次は殺し合いなどと言う結末になりかねない。

 

 だから、誰にも心を開いてはならない。

 

 下手に感情移入すれば、殺す時に戸惑うだけ。

 

 そうは分かっているのに、交わされるメッセージのどれもこれも、ただの少女のものにしか思えないのだ。

 

 もし、自分が翼手と疑われたまま、機関の“サヤ”に潜入されたと仮定すれば、それだけでも息が詰まる。

 

 何も知らない常人であろうとも、“サヤ”の殺気は隠し切れないだろう。

 

 それとも、自分は世界の裏側を知っているから、そう思えるだけなのだろうか。

 

 益体のない考えに答えが出るわけもなく、気が付くと予鈴が鳴っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何のつもり? あたしへの当て付け?」

 

 呼び出されたのは平時ならば立ち入りも許されていない屋上であった。

 

 なるほど、ここならば流石に翼手だろうと聞き耳を立てればすぐに察知出来る。

 

「……答えなさいよ。あたしのどこが! 不満だって言うのよ!」

 

「き、キザハシさん……。私はその……機関から命令を受けて――」

 

 こちらが応じる言葉を発する前に、キザハシの手が首筋を締め上げる。

 

 圧倒的な膂力に身体が持ち上がっていた。

 

 もがく間にも、キザハシは詰問する。

 

「答えろ! “オトナシ”の“サヤ”! あたしの何が、足りないって言うのよ!」

 

「く、くるし……」

 

 さすがに“サヤ”の身体能力を持っていても、首を絞められればそれだけでも視界がブラックアウトしそうになる。

 

 血流が遮断され、意識に靄がかかったところで声が弾けていた。

 

「先生! あそこ、イジメです!」

 

 キザハシは舌打ちを滲ませて出入り口を一瞥し、自分を投げ捨てていた。

 

 地に伏して咳き込む自分へとキザハシは一顧だにしない。

 

「死にたくなければ、余計な事はしないことね」

 

 切り詰められた殺気に、真那は絶句する。

 

 それほどに自分は邪魔なのだろうか――その思考が掠めた直後、駆け寄ってきた人影に背中をさすられる。

 

「大丈夫? 何だって階さん……普段は大人しいのに、イジメなんて……」

 

 ゆっくりと、自分の意識が戻ってくるまで背中を撫でてくれていたのはショートボブの少女であった。

 

 明るい茶髪であったが校則違反と言うほどではない。

 

 少女はエメラルドに近い瞳でじっと、キザハシの行った後の階段を睨んでいる。

 

「酷いよね! イジメ、うちの校則じゃ一発退学もあるってのに!」

 

 腕を組んで自分のように怒ってみせる少女だが、真那は以前までのように礼を言えなくなっていた。

 

 彼女も翼手かもしれない――そう思うと喉で言葉が詰まる。

 

「……どうしたの? えっと……音無さん……だよね?」

 

 反射的に少女の中に翼手の残滓を探るが、やはりと言うべきか、直感では自分には翼手か人間かの判別は出来ないようであった。

 

「私はね、チトセ! 友達になろっ!」

 

 差し出された手に真那は躊躇う。

 

 前回は、何も知らずに信じ込んで翼手の策に嵌ってしまった。

 

 今回も、ミッションの成功に貢献するのならば、キザハシの邪魔だけはしてはならない。

 

 そのような浅慮が脳裏を掠めたのも一瞬、相手は微笑んで手を取っていた。

 

 少しだけ強引だが、それでも“サヤ”の膂力に比べればまだ温情のあるしなやかな指先だ。

 

「音無さんっ! 先生に言って、階さんを注意してもらおっ! あんなの酷いよ! 死んじゃうかと思ったもん!」

 

「いや、その……私も……悪かった、から」

 

「悪かったって、音無さん、転校して来たばっかりじゃん! ああいうの、インネンって言うんでしょ? やだなぁ、私。自分のクラスメイトがギスギスするの」

 

 このままでは彼女はキザハシの事を告げ口するだろう。真那は、それだけはあってはならないと声を搾っていた。

 

「あ、あの……っ! これはその、私とキザハシさんの問題だから……えっと……」

 

「チトセ! それが名前なの!」

 

 快活に自身の名を告げた相手に、真那は遅れながらおずおずと応える。

 

「……あ、私……音無、小夜……」

 

「音無さんっ! やっぱりこういうの、よくないと思うな。だって、この学校じゃ、やっぱり揉め事ってのはさ!」

 

 どうやらチトセはそう言ったものを嫌う気質らしい。

 

 それにしても、よく自分の事のように感情を爆発させられるものだと感心する。

 

「……けれど、そのチトセさんには……」

 

「呼び捨てでいいよ! 私もじゃあ、小夜、って呼んでいい? あ、それだと階さんと被っちゃうか? うーん、どうしよ?」

 

 本気で首をひねるチトセに、真那は思わず笑みがこぼれていた。

 

 それを目にして彼女も上機嫌のようである。

 

「よかった。元気、あるみたいで」

 

 どうやら要らぬ心配をさせたらしい。真那は素直に謝っていた。

 

「その、本当にキザハシさんとは何もなくって……。ちょっと相手の機嫌を損ねる事を私がしちゃった……ポカだったから」

 

「そう? けれど、もし何かあったら言ってね? それにしても、転校生にいきなり喧嘩を吹っ掛けるなんて、階さんも怖い人だなぁ」

 

 肩を抱いて震えるチトセに、真那は語りかけていた。

 

「けれど、ちょっと想定外でって言うか。クラスの皆は、私達の事なんて、どうだっていいんだって思ってた」

 

「そんな事ないよ! セクション十五の私達くらいの年齢の子達は、みんな大人しいから! それに、知らない相手には興味津々! メッセ、たくさん来ていたでしょ?」

 

 そう言えば、と真那は端末を取り出して今も溢れかねないほどのメッセージを読み解く。

 

「……これ、ただの興味本位だと思ってた」

 

「この学校の理念は“呉越同舟”って言ってね。昔の言葉なんだけれど、みんな敵同士であっても利害が合えば仲良くしましょうって言う。だから、小夜が……あ、ややこしいんだっけ? 名前」

 

 うーんと後頭部を掻いて悩むチトセへと、真那は真剣なのだな、と眺める。

 

「音無でいいよ。キザハシさんと被っちゃうし」

 

「そうだね。じゃあ音無さん。やっぱり、音無さんって違うセクションから来たの?」

 

「あ、うん……。ちょっと遠いかも」

 

「それってさ! やっぱり、他のセクションってこことはもっと違う、別世界が広がっているってホント?」

 

「うん……半分くらいは本当かな」

 

 こちらの返答にチトセは小動物のようにぴょんぴょんと跳ねて喜びを露わにする。

 

「すごい、すごいっ! じゃあ、みんな、すごい幸せなんだ!」

 

 幸せか、と問われれば返事には窮するものの、自分とて“サヤ”に目覚めなければ似たような認識だったに違いない。

 

「……けれど、怖い病気も流行ってるし。安全ってわけじゃないよ」

 

「あ、えーっと、それさ。こっちじゃ全然聞かないから、名前もあやふやなんだよね……」

 

「セクション十五には、“SAYA”の感染者は居ないの?」

 

「そう! “SAYA”だっけ? 不思議な名前だよね、音無さんと階さんと同じ。あ、これって別に嫌味とか偏見とかじゃないよ?」

 

「……分かってる。慣れてるから、大丈夫だよ」

 

 こちらの言葉繰りにチトセは少し慎重に返す。

 

「そ、そう……? あー、よかったぁ……音無さんが寛容で。この学校ってさ、結構そういうの、さっきも言った通り、うるさいから。みんな仲良く! って。言われなくったって仲良くしてるっていうのにね」

 

「……けれど、それって結構難しいかも。人間、誰だって腹のうちじゃ何を考えてるんだか分からないし」

 

 だから、キザハシの気持ちが理解出来ないと言うわけでもないが、完全な把握は難しいのだろう。

 

 キザハシが何に怒って、何を不服としているのか。予想は出来ても、彼女の気持ちには成り切れない。

 

「……うーん、音無さん、やっぱり別のセクションから来たんだね。こっちじゃ、そういうのあんまりないよ? 他の人が何を考えていても、ある程度はオープンって言うのがこっちの考えって言うかさ」

 

「……けれど、それじゃ、要らない干渉とか起きない?」

 

「起きないんだって。みんな、同じ身分だもん」

 

 そう言って微笑んだチトセの手首には白銀のキーチェーンが絡みついている。

 

「珍しいアクセしてるんだ……、それって」

 

「ドッグタグ! 私達は基本的に、これで管理されてるから!」

 

 ドッグタグをピンと指で跳ねさせたチトセの言い分に、真那は何だか複雑な心境で応じていた。

 

「管理って……それこそ穏やかじゃない……。だって、チトセだって、自由なはずでしょ? このエメトピアの中なら」

 

 すると、チトセはエメラルドの瞳に驚嘆を湛えて、首を傾げていた。

 

「……うん? それはだって、同じでしょう? このセクションで育ったのなら。私達は、みーんな、一緒! 卒業する頃には、進路も決まっているし」

 

「それは……私が居たセクションじゃ工業系が強かったけれど、そんなのだって自由なんじゃ……」

 

「違うよ?」

 

 チトセは踊るようにステップを踏んで屋上を歩んでから、悪戯っぽく笑うのだった。

 

「だって私達の進路は同じだもん。みんな、卒業する時にはね、女の子は十八歳で、“ヨクシュ様”に食べられるの! それが一番の幸せなんだよ!」

 

 その返答に真那は絶句していた。

 

 今、チトセは何と言ったのか。

 

「……翼手に……?」

 

「そっ! けれど、誰も知らないんだよねぇー、この学校に入ったらそうだって言うだけで。“ヨクシュ様”って何なんだろ?」

 

 人差し指で唇を押し上げて思い悩むチトセに、真那は視界がぼやけるのを感じていた。

 

 ――このセクションは何だ? 

 

 一体、何がどうなっているのか。

 

 訪れた意味を問い質さなければならない。

 

 少なくとも――キザハシは知っていたのか?

 

 目の前で少女の年相応に困惑するチトセに、真那は恐れを抱くように後ずさっていた。

 

 

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